2012年2月2日木曜日
黒白無声映画 「アーチスト」
新作のサイレント映画「アーチスト」、原題「THE ARTIST」を、オープンエアシネマで観た。
オープンエアシネマは、近年大人気で、チケットが、発売同時に売り切れる シドニー夏の名物イベントだ。これは、真夏のこの時期、ハーバーブリッジとオペラハウスを目の前にした対岸に、臨時に建てられた大きなスクリーンで、風に吹かれながら映画を観るという粋なイベントなのだ。人から聞いてはいたが、初めての体験。予約が出来ない、ネットを通じての販売のみで、早いもの勝ちなので自分ではチケットが買えない。娘がチケット発売と同時に、キーボードを素早くたたいて、何度もコンピュータークラッシュを繰り返しながらも、買ってくれた。
当日、仕事が終わったばかりの娘と、日本食屋で鰻弁当を包んでもらって、シドニーの観光スポット ミセスマッコリーチェアに向かう。芝生の上には、組み立てられた500席ほどの椅子が並んでいる。最大手の銀行がスポンサーなので、無料の新聞やチョコレートが配られて、案内係も沢山居てサービス満点。バーとレストランも仮設されている。
8時過ぎ、海風に吹かれながら、お弁当を食べ終わり、シャンパンを飲み終わる頃、オペラハウスとハーバーブリッジに夕日が当たって輝きを増す。他の人々も、ピザなど持ち寄って食べていたのを片付け始め、レストランに居た人は椅子席に戻る。やがて、すっかり暗くなった海から、倒されていたスクリーンが立ち上がるのを見て、歓声があがる。私も暗くなった海から真赤なスクリーンが立った瞬間、思わず子供のように手をたたいていた。夜空に高層ビルのライトが光っていて、港に停泊する大型船も、輝いて美しい。
なかなか粋なイベント。とても素晴らしい。毎日、ハーバーブリッジなんか運転している、オペラハウスなんか、月に一度くらいの割りでオペラやコンサートを聴きに来ている それでも これらを背景に夜空の下でスクリーンを観られるなんて、素晴らしく贅沢なことのように思える。16年シドニーに住んでいても、いいなと思うくらいだから、初めてシドニーを訪れる人を連れてきてあげたら とても喜ばれるだろう。
http://www.imdb.com/video/imdb/vi2003082265/
さて、映画「アーチスト」。
監督:ミッシェル アザナヴィシウス
キャスト
ジョージ:ジャン デュ ジャルダン
ぺピー :ペレニス ぺジョ
21世紀、映画撮影技術が格段に高くなり、CGも、3Dも、モーションキャプチャーフイルムも 自由自在に使えるようになった今、何で今頃サイレント映画を作るんだ。しかも、白黒フイルムで、、、。それが、ゴールデングローブ ミュージカルコメデイ部門で最優秀映画賞を受賞した。アカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、など10部門でノミネイトされている。
ストーリーは
1920年代、パリ。
白黒サイレント映画が、人々の一番の娯楽だ。主演は人気のジョージ バレンテイン。人々は彼の演じる冒険物語や恋愛ものに夢中になっている。彼にあこがれて、たまたま偶然にダンサーとしてエキストラの役を得た 若いぺピー ミラーは、スタジオで出会った大先輩ジョージ バレンタインをますます恋慕うようになる。ぺピーの即興のダンスにタップダンスで答えてくれるなど、ジョージは気さくに、新人の力になってくれるのだった。一方、ジョージは、愛情の冷めきった妻との空虚な家庭生活をしている。
しかし時代は変わり、映画産業はサイレント映画からトーキー映画の時代に突入していった。人々は映画の中で、美男美女が気の効いたせりふを言い、演技をする新しい映画の登場を歓迎した。新時代の波に乗ってぺピーは人々からもてはやされ、今や大女優になった。
ジョージ バレンタインは自分のサイレント映画のスタイルを捨てようとしない。頑固に映画はサイレントで、俳優は顔や体で感情のすべてを表現すべきだと考えている。そんな頑固が災いして、彼は映画会社から解雇される。意地で、自分で監督、俳優、演出、製作のすべてを手がけて映画を作るが、すでに時は遅く、観客はサイレント映画に見向きもしなくなっていた。納得できないジョージは 妻にも去られ、破産し、酒びたりの生活に落ち込む。忠実な運転手兼、執事にも給料が出せず、出て行って貰った。自分が気に入って、収集した家具や、映画で使った道具屋、自分の肖像画など、すべてオークションで手離して、得たお金も酒代になってしまう。ついに、自分が主役を勤めた何百本ものフイルムに火を放つ。火傷を負い 病院に送られたことを知った、ペピーは、彼を自宅に引き取る。
しかし、そこでジョージは オ-クションにかけられて最後のなけなしの酒代になった自分のコレクションが すべてファンによって買い取られたのではなく、ぺピーがジョージを助けようと思って買い取ってくれていたことを知ってしまう。自分は世間から すっかり忘れている。そんな時代遅れの自分が トーキー映画の花形女優の情けにすがって生きているのか と思って、絶望したジョージは、銃をもって引き金を引いて、、、
というストーリー。
白黒サイレント映画の良さを出し切った まさに「アート」な作品。撮影技術が進むところまで進化してしまった現在、映画の原点にもどるという意味で とてもチャレンジな映画だ。いま、こうしてチャーリー チャップリンなどの白黒映画を思い起こしてみると俳優達がいかに プロに徹して演技を見せてくれたか、いかに白黒フイルムに映えるように表現やしぐさをしっかり演技していたかが思い起こされる。
主演のジャン デュ ジャルダンの普段の姿を見るとブラウンヘアで青い目の 一見何の特徴もない青年にすぎない。そんな普通の男が 白黒映画の中では、ポマードですっきり、つややかな黒髪を後ろに流して、口ひげがおしゃれなクラーク ゲーブルを若くしたような美男子になり、堂々とした演技を見せて、文字通りの花形役者だ。まゆ一つの動かし方で、女心を揺り動かすし、食卓で目を伏せる姿で、妻との関係が冷えていることを現す。タップダンスもうまい。笑顔が実にチャーミングだ。クラーク ゲーブルが画面で大写しになり ウィンクするとドタドタと、ファンの女たちが卒倒するフイルムを見たことがあるが、そんな感じ。とても良い役者だ。
今年のアカデミー主演男優賞にふさわしいと思うが、この新人で無名のフランス人役者より、ハリウッドとしては、ジョージ クルーニーの「ファミリーツリー」も良かったので、クルーニーのほうが有力かもしれない。
助演女優賞はぺピー ミラーを演じた、ペレニス ぺジョーが獲得するだろう。大きな目、黒髪でボブ、ダンスが上手な可愛いフランス娘。彼女の演技も、とても良かった。新人だが35歳の2児の母。両親はアルゼンチンでピノチェト軍事独裁政権のときに、フランスに亡命してきたラジカリスト。3歳でフランスに来て、両親が何もかも失って他国で生活を一から築いてきた苦労する姿を見て育ったという。
脇役だが、ジョージの執事を演じた、マルコム マクダウェルの しぶい演技が冴えている。
ジャンも、ペレニスも サイレント映画を学ぶために 沢山のサイレント映画を観たそうだ。チャップリン、バスター キートン、ジーン ケリー フレッド アステア、ジョン クロフォード、メアリー ピックフォード、、、。何と豊かな映画の世界だったことだろう。こうした貴重な映画史があって、今日の映画が作られるようになったのだ。
白黒サイレント映画を、無名のフランス人新人が主演している、ということで、話題になっている。
とても良い映画だ。見る価値がある。