2025年2月23日日曜日

映画「ブルータリスト」

映画「ブルータリスト」
上映時間200分、途中で15分の休憩が入る長編映画。
監督:ブラデイ コーベット。2024年ベネチア国際映画祭、銀獅子賞受賞、主演のエドリアン ブロディは、今年の英国アカデミー主演男優賞を受賞し、アカデミーでも候補作になっている。
美男とは程遠いワシ鼻、「八」の字の眉毛、これほどユダヤ人の典型的な顔の男優はほかになく、「戦場のピアニスト」では忘れ難い優れた作品を主演した。今回もピアニストに続いて、ホロコーストから生還した男の役を演じている。

映画はナチの嵐を生き延びて、難民としてアメリカに渡ってきた人々が、運ばれた船から自由の女神に迎えられ、喜び涙して激しく抱き合うシーンから始まる。しかし、彼らが船底からみたのは、逆さの自由の女神だ。行く先の困難を暗示しているかのようだ。

ポーランドのワルシャワで図書館や市庁舎などを設計、建設したキャリアを持つ建築家ラズローは、戦直後の混乱の中で妻と離れ離れになってしまった。到着したアメリカで富豪の実業家ハリソンに出会い、彼の妻を探し出しアメリカに呼び寄せる事を引き換えに、ハリソンの望む母親の名を冠した礼拝堂を建設することを約束する。

ラスローは依頼に合わせて巨大な街のコミュニテイ全体に貢献できるような、図書館やジムやプールを備えた教会の図を描く。建物の上の窓からは、正午と夜明けの光が差し込むと、教会の教壇に十字架の光が現れるような工夫を凝らしてある。
ラズローはナチから生還してきたが、深い傷をもっていて、生きることを渇望している。彼の激しい性愛も、絶望と苦渋の性愛も、アルコールやドラッグで踏み外さないと正気を保っていられなくなる精神の弱さも、ただただ痛々しい。

題名のブルータリストは、残酷な人の意味だが、この映画では建築様式を言う。フランス語で生のコンクリートを(BETON BRUT )というが、ロココ調などの装飾を凝らした様式ではなく、コンクリートを打ちっぱなしにして壁にペンキを塗らない、モダンで無駄のない建物のことを言う。このようなヨーロッパから来たスタイルや知的なラスローに、アメリカ人の依頼者は、優位性と同時にコンプレックスを持っている。

監督は若干36歳、今後が楽しみだ。映画の初めから終わりまで音楽の使い方が秀逸。不協和音の連発と、同時に流れる音楽に工事現場のくい打ちの音か製鉄所の雑音のような音が、低音に流れていて不安感を呼び起こす。楽しい映画じゃない、と主張しているようだ。

ナチズムによるユダヤ人迫害の歴史は、これまでも数々の優れた映画を生み出して生きた。
エドリアン ブロディの「戦場のピアニスト」、メリル ストリープ主演の「ソフィーの選択」、ケイト ウィンスレット主演の「愛を読む人」、ロベルト ベニーニ監督主演の「ライフ イズ ビューテイフル」、どれも忘れ難い名作だ。
600万人の殺された人々にはそれぞれ600万の「語り」があっただろう。600万人のユダヤ人の悲劇を言うなら、いま、このときに5万人のパレスチナ人はどうか。5万人の語るべきストーリーがある。自分たちの祖父や祖母が過去に痛みを受けた人々が、なぜパレスチナ人の痛みを自分の痛みとして感じられないのだろうか。