結婚していたので寮には入らなかったが、学費無料で、返金なしの奨学金のお小使いを受け取りながら、卒業後は都立病院に就職。奨学金もらったお礼に、いっぱい働くから、と約束したそばからたて続けに妊娠してごめん、有給休暇。ほとんど無料の病院付属の保育園で娘たちも、自分も親として育ててもらった。経験豊かな保母さんたちに何もかも教わって支えられた。どんなに感謝しても感謝しきれない。40年以上前のことだ。
病院はエアシューターでカルテも薬も、他の施設とやりとりして、必要な時、瞬時に受け取れる。看護師たちは、月に2日の生理休暇をもらえたし、残業する人などいなかった。看護師たちには、更衣室とロッカーが与えられていて、仕事が終われば脱いだ制服はポイとドロップすればエアシューターで地下3階の洗濯室に行って、洗われてピシっとアイロンされて、3日後に配達されてくる。シャワーもお風呂もあって着替えて、保育所の娘たちと帰宅する、そんな40年前のことを、いまオージーナースたちに話して聞かせると、みんな目を丸くして、「すごい!日本すごい!」、「保育所無料ってすごい、自分は給料の半分以上チャイルドケアにとられてるのに!」とか、「制服にアイロンかけて返してくれるの、うらやまし。」とか言われる。しかし、いまになっては、その良かったすべてが、過去になっている。公立病院付属だった保育所は民間に売り渡され、洗濯業務も給食業務も民間。ついでに政府は、都立病院そのものを私立に売りに出す予定だそうだ。
最近、医療通訳を頼まれたとき、日本人ナースと話していて、日本では残業が大変だ、と聞いて驚いた。給料も上がっていないことも驚きだ。
40年前にできていたことが、今できなくなっている。保健所がない、ナースが足りない。病院が足りないって、どういうこと。美濃部亮吉都知事のあと、どんな悪い奴が知事をやるとこんなひどいことになるのか。
今日本ではCOVID 患者の急増に、病院施設も、看護師も足りなくて悲鳴を上げている。COVID患者を受け入れていた私立病院が経営が成り立たなくなって倒産の憂き目にあっている。低給料、過重労働で働いている看護師たちがいっせいに離職している。政府は看護師を確保するために、この40年間何もせずにいたのだから、こんな結果がでることは当然だった。40年前にできたことが、どうして今できないのか。待遇は良ければ誰も離職したりしない。
国家予算で、どんなことがあっても削ってはいけない分野が、教育と医療だ。これを国家ではなく、民間にやらせたら、国は滅ぶ。市場原理に任せ、アングロサクソン型資本主義の、新自由主義を導入すれば、「小さな国家」と、「巨大な民間企業」が出現し、教育も医療も切り売りされて、企業を太らせるだけになる。あってはならないことだ。
オーストラリアの看護師の免許は英国、スコットランド、アイルランド、カナダ、シンガポール、中東の国々でも通用する。沢山の英国人やアイルランド人がこちらの病院に働きに来ている。彼らは病院の寮に入ったり、アパートをシェアして働き、お金がたまるとオーストラリア中を旅行して楽しんでいる。ナースには1年に6週間の有給休暇があり、たいてい年内に消化する。残業したら、自分のタイムマネージメントができないトロい奴と思われ嫌がられるから時間きっちりに帰る。病欠も嫌がられない。定年はない。何歳になっても働けるし、雇用で年齢、性別、出身で差別されてはいけないことに法で決められている。
私がオーストラリアでナースになって一番ほっとしたことは、ナースという専門技術職が社会的に高く評価されていることだった。学校の先生より給与も良いし、地位も高く評価されている。
日本で看護師になると言った時、母に「他人の尿や便を扱う仕事に就く気ですか?」と問われ、のちにフイリピンで離婚騒動が起きた時、兄には「看護婦の分際で子供2人育てられる、などと思いあがるな。」と言われた。驚くべき職業貴賤と、男尊女卑の精神構造。日本の看護師はその教育の高さや、技術を過小評価されすぎている。日本では医師会の力が強く、ナースが独立した職業と認識されておらず、医師の「お手伝いさん」扱いされてきた歴史も無視できない。
こんなことではいけない。看護師が誇りをもって働けるような社会、看護師がいつ6週間休暇をとっても困らない勤務体制、看護師が風邪気味のときに気持ちよく病欠が取れる勤務表、そして働いた分に見合うような給与をもたなければ、医療に明日はない。
日本の看護師さん。今の生活がおかしいと思ったら、COVIDのいまのうち英語をしっかり学んで、さっさと辞表をたたきつけ、国外に出るべきだ。
ナースの知識と技術は、どの国でも通用する。