2012年3月22日木曜日

600人の日本人



日本から600人の団体旅行客が 延べ8日間に渡ってシドニーにやってきたので、付き添いの仕事をした。
東京駅八重洲口正面に本社のある大きな会社が 販売店の人々を招待する形で行われたイベントだ。文字通り日本全国の販売店から参加した人々は、最年長88歳の方を筆頭に、大体が50歳代で、夫婦で参加しているカップルも多かった。その600人の方々が、4社の航空会社の飛行機でシドニーに着いて、ヒルトン、シェラトン、ウェステインなど5つの5つ星のホテルに分宿して、グループごとにシドニーの観光を楽しんだ。

シドニーといえば、オペラハウス、ハーバーブリッジ、水族館、タロンガ動物園、ワイルドパークでコアラと一緒に写真を撮り、ボンダイビーチ、フェリーでマンリービーチを見て、ブルーマウンテンまで少し遠出して、次はハンターバレーまでバスを飛ばしてワイナリーを訪問する。食事は、まずキングサイズのロブスターや、オージーステーキを味わって、夜のフェリーに乗ってフレンチ、中華街での飲茶、イタリア街でのパスタランチなどなど、シドニーならではの バラエテイに富んだ食事が提供された。
中日には、オリンピック会場のドームに、600人が一同に会してパーテイーがあり、食べ放題、飲み放題、遊び放題の大盛況だった。
銀行にどれだけお金を預けても利子がほとんど付かないような時代に、こういった大企業の大判振る舞いは、見ていて気分が良い。
、、、で、私は、600人の旅行者に対して 雇われたたった一人のナースだった。24時間体制で、病人や怪我人が出た場合に対処する という契約。8日間、皆の泊まっていたホテルに ひとつ部屋を取ってもらって過ごした。

日本人の団体がオーストラリアを旅行するときに 日本からナースを連れてきても何の役にも立たない。怪我人が出ても、病人が出ても救急車が呼べない、救急隊に申し送りができない、病院宛てに報告書が書けない、現地の医師と会話が出来ない、患者に説明ができない、、、では仕方がない。特に、団体の場合、食中毒の疑いが出たり、下痢患者が沢山でれば病院だけでなく保健所への報告義務が出てくるし、事故にあえば警察との交渉も必要になる。もしもの場合は、警察だけでなく大使館や家族との連絡も要る。現地の事情に詳しいナースでなければ役に立たない。

シドニーで医療通訳とナースをしてきて 今まで日本からの団体旅行の付き添い業務を依頼され、一緒に団体について旅行したことが何度もある。せっかく日本とオーストラリアのナースのライセンスがあるのだから、日本人にためにお手伝いしたい。中でも高校生、中学生の修学旅行の付き添いが一番楽しい。
女の子達は 屈めばパンツが丸出しになりそうな短いスカートの制服姿で よく笑って可愛いが、乗馬体験でキャーキャー黄色い声を出して、落馬されるのが一番怖い。馬に振り落とされてもケロッとしているが、一応こちらは脊椎損傷を疑って、寝かせたままの姿勢で救急車を呼ばなければならない。一人なら良いが、二人三人となったらお手上げだ。
高校野球で有名な男子校の修学旅行のときも おもしろかった。約束を守れなかった生徒に対して、罰として 教師がメルボルンの繁華街で昼食時の混雑の真ん中で腕立て伏せ30回をやらせた。すると、その先生をつかまえて、オージーのおばさんが、「子供にこんなことをさせるなんて!」と、怒って先生に説教をはじめて、事を収拾させるのが大変だった。日本人は童顔だから高校生でも ほんの子供に見えるのだ。

3年前に国立大学付属高校の修学旅行の付き添いを2年連続で依頼されて、その後、日本人の旅行付き添いをすべて、お断りするようになった。旅行中 生徒間のいじめに直面したとき、いじめる生徒の側に立つ教師を見て、すっかり嫌になってしまったのだ。いじめっ子は 体が先生くらい大きくて 礼儀正しい勉強も出来るらしい子供だった。この子は私にも 一番初めに話しかけてきた子で、その時の印象は「とてもいい子」だった。でも影で陰湿に、体の弱いクラスメイトをいじめていた。それを知っていて、あるいは、予測していて 見ようとしない教師達の、「いい子」と「いい先生」の姿を前にして絶望した。たった、4-5日の外国での修学旅行に付き添っていただけの私には 弱い子達のために何もしてやることができない。無力感と日本の教育現場の状況に打ちひしがれて、すっかり嫌になってしまった。

以来 日本からの団体旅行付き添いや、旅行者の医療通訳は引き受けなかった。でも、今回久しぶりに日本旅行者に囲まれて、日本語ばかりが飛び交う世界に置かれて 8日間とても楽しんだ。
何より、5つ星のホテルに泊まれて嬉しい。米国大統領だったクリントン夫婦が泊まったホテルだ。夜景が美しい自分だけの部屋で、バスタブにたっぷり湯を張り、2ドル60セントで買った日本製の温泉の素を入れて湯の中で鼻歌を歌う。ホテルの朝食ブッフェも、嬉しい。シドニーヘラルドを広げて、まず生ジュースと果物、普段食べないイチジクやパッションフルーツをたくさん。青汁ショットとか、ニンジンショットとかも、怖いもの見たさで試してみる。フレンチト-ストを特別にシナモン多めで作ってもらって、はしゃいでみる。ホテル内のビジネスルームで 他に誰もいないので コンピューターデスクに足を乗せ、普段読まない雑誌を読みながら コーヒータイム。運動不足を理由に、キングサイズのベッドでトランポリン。
自分の携帯と、緊急呼び出しの携帯と、ご丁寧にトランシーバーまで持たされているから、いつでも飛んでいけるようにしていなければならなくて ジムで自転車こぎしたり、プールやサウナまでは、行けなかったのが心残りだけれど、、、。

日本人の働きぶりに 目を瞠った。600人の観光客を楽しませるために 世話係として日本から来ている何十人もの旅行会社のスタッフと、現地のスタッフの、昼夜厭わずの働きぶりは、それはそれは、すごかった。それぞれ観光場所のバスの発着、フェリーのチケット準備、レストランでのテーブルごとの飲み物や席順の打ち合わせ、すべてのグループがスムーズに動けるようにお膳立てすることの大変さ。スタッフが明け方まで働き通している姿には 心から感服した。何もそこまでお客さんに、手取り足取り おんぶに抱っこしなくても、、と思うようなサービスの徹底ぶり、、、これが日本の良さなのだろう。でもこれほど丁寧にめんどうを見てくれる旅行会社のサービスに慣れてしまうと 自分ひとりで外国旅行する能力が身に付かない。外国で友達が作れない、英語が上達しない、外国文化への理解も限定される。
日本の良さは、日本の悪さでもある。

それはともかく、、、大した病人も怪我人も出なくて、600人の方々が シドニーをそれなりに 見て、味わって、楽しんで帰ってくれた。それが嬉しい。
去られたあと、ちょっと寂しい。