2011年4月26日火曜日

カナダ映画 「灼熱の魂」




カナダ映画「アンサンドゥ」、邦題「灼熱の魂」を観た。
2011年アカデミー外国語映画賞にノミネイトされたが、「イン ア ベターワールド」が受賞したため、惜しくも賞を逃した作品。
レバノン生まれのカナダ人 ワジデイ ムアワッドの芝居を デニス ヴィルヌーブが監督して映画化した。アラビア語とフランス語で映画が進行し、英語の字幕がつく。130分。全編 ヨルダンで撮影された。
http://www.sonyclassics.com/incendies/

原作:ワジデイ ムアワッド
監督:デニス ヴィルヌーブ
キャスト
ナワル:LUBUNA AZABEL
ジェーン:MELISA DESORMEAUX POULIN
サイモン:MAXIM GAUDETTE

ストーリーは
中東。孤児院に収容されていた男の子ばかりが集められ 軍服姿の男達によって 一人一人髪を刈られ 丸坊主にされていく。乱暴にバリカンで髪を刈られながら 固く唇をかみ締めて 不屈な瞳で男達を見つめる少年のズームアップで、映画が始まる。

カナダのケペック。フランス語圏。
ナウル マワンは弁護士の秘書を 20年近く勤めながら、双子の姉弟、ジェーンとサイモンを 育ててきた。彼女はこの弁護士のパートナーでもある。ジェーンもサイモンも もう成人して独立した。
ある日、突然ナウルが発作を起こして床に就き、やがて死ぬ。残された遺書を開いて、ジェーンとサイモンは驚愕する。遺書には 兄と父親を探し出し同封された2通の手紙を渡すように と書いてあったのだ。ジェーンとサイモンの父親は 母がカナダに来る前に 中東、ダレッシュの内戦で戦死したと聞かされていたし、兄の存在など聞いたこともなかった。母に どんな過去があったのか。

ジェーンは数学者として 事実から目をそむけてはいけない と考えて母親が生まれた土地、中東のダレッシュに向かう。(ダレッシュはレバノンと思われるが、架空の地名だ。)ジェーンは 母の古いパスポートと写真を頼りに 内戦と 血を血で洗う宗教戦争に引き裂かれた激動の60年70年代を生きた母の軌跡を追うことになる。

ナムルは ダレッシュ南部の小さな村で生まれた。伝統的なモスリムの厳しい戒律が生きる土地だ。ナムルは宗教上 許されない相手に恋をして 恋人を兄弟に殺され 恋人との間にできた男の赤ちゃんを産むが、家名を汚した罪で 家から追われ、ダレッシュの街に、叔父を頼って出てくる。
クリスチャンでリベラルな叔父は ダレッシュ大学の教授だったが、ナムルに教育を受けさせ 彼の持つ新聞社で働くように世話をした。
1970年、極右勢力がダレッシュを占拠し、大学を封鎖した。叔父達はダレッシュを捨て 北に避難する。しかしナウルは 故郷に戻り 昔自分が生んだ子どもを引き取りたいと考えて南部に向かう。しかし南部は完全に極右勢力によって占拠されていた。家は瓦礫となり、家族の姿はない。産んで すぐに取り上げられてしまった息子は 孤児院ごと 軍に連れ去られたという。

街に向かう途中 モスリムの乗客でいっぱいのバスに 乗せてもらったところ、軍に襲われて バスごとガソリンをかけられ 乗客はすべて惨殺される。辛うじてクルスチャンとして一命を取り留めたナウルは 反政府ゲリラに入る。そして極右政府の議長の家に、家庭教師として入り込み 議長を暗殺する。ナウルは政治犯として捉えられ、監獄に送られる。女囚に対する 拷問やレイプはすさまじいものだった。監守の中でも、最も残酷な男からナウルは 繰り返しレイプされ、15年間の刑期を終えるときには妊娠していた。監獄で出産をして、ナウルは 新政府の恩赦によって、産み落とした赤ちゃんとともに、カナダに送られる。
母親の歩んできた道は そのような過酷なものだった。中東の宗教戦争、対立や政治犯などについて、何も知らなかったジェーンとサイモンは、傷つく。しかし そのような中で、遂に探し出した兄と父は、、、。
おどろくべき事実が明らかにされる。
ナウルの1949-2009と、彫られた墓石の前に佇む男の姿を最後に、映画が終わる。

大変 インパクトのある映画なので、心臓の弱い人は観ない方が良い。一緒に観たオットなど、映画にあと、家にもどり 一言も口をきかずにベッドに入ってしまった。ナウルは60歳で死んだことになる。彼女の生きた60年、70年は シナイ半島、中東戦争、イスラエル進駐、パレスチナ蜂起、など、ナウルは火薬庫の上で育ったようなものだったろう。映画のようなことも、確かにあったかもしれない。

この映画の残したテーマで 考えたことは、「過酷な過去から人は立ち直れるものだろうか」、という問いと、「母は子に何を残すのか」 ということだ。私は 人は残酷な過去を忘れて 立ち直ることができる、と信じる。人は 触れられれば血が噴出すような 生傷を抱えて生きているが 触れずに生きている。忘れたふりも、立ち直ったふりをすることも上手だ。沢山の人が、そうして生きて来たと思う。ナムルの過去がどんなに残酷なものだった にしても、、、。
それと、母親が死ぬ時、子供達に何を残せるか。どんな親も 子ども達が生きてくれたことを祝福し、感謝し、自分からは1セントでも多くのものを 残してやりたいと思うのが自然だと思う。死ぬ時に自分の負債を子どもに残したい母親など居ない。その意味で、この映画は、非現実的だ。彼女が激白したことで、暴かれた秘密は、子供達にとって抱えきれないほどの痛みだ。残された子供達に それを どう乗り越えて生きろというのか。生き続けられないかもしれない。彼女は最後に 双子の姉弟の兄と父にむけて 愛に満ちた手紙を届けさせた。それが愛だろうか。復讐ではなかったか。
知らないで居る方が、ずっと幸せな場合もある。

映像が美しい。音楽とマッチして とても効果的だ。
母親の過去を探すジェーンとサイモンの「現在」と、ナウルの「過去」とが、交差しながら物語が進行する。画面が現在になると、ロックやブルースのリズムにアラビア語の のびやかな歌が響く。ナウルの過去に画面が変わると 音楽はクラシックの賛美歌に変わる。
風の音が印象的だ。砂塵と風の音、、、遠くのモスクからお祈りの声が響き渡る。映像が洗練されていて、美しい。

2011年4月20日水曜日

デンマーク映画「未来を生きる君たちへ」





デンマーク スウェーデン合作の映画 「IN A BETTER WORLD」、邦題「未来を生きる君たちへを観た。
2011年 ゴールデングローブと、アカデミー賞 最優秀外国語映画賞、受賞作。
スーザン バイヤー監督 (SUZAN BIER) 1時間50分。
キャスト
ドクター アントン:PERSBARANT MIKAEL
アントンの妻マリアンヌ: DYRHOLN TRINE
10歳のエイアス  :MARKUS RYGOAD
10歳のクリスチャン:NIELSEN WILLIAM JOHUK
クリスチャンの父  :THOMSER ULRICH
http://www.imdb.com/video/imdb/vi1945869593/

ストーリーは
デンマークのある小さな街。
二人の 10歳の少年がいる。
エイアスは スウェーデン人で、おまけに兎のような前歯を矯正しているところなので 学校で いじめられている。体の大きな 悪いグループの生贄になって、通学用の自転車を壊されたり 殴られて 生傷を作ってばかりいる。
彼の父親、アントンは デンマークに本拠を置く国連から派遣されて スーダンの難民キャンプで働くドクターだ。エイアスの母親も ドクターだが、家の近くの病院に勤めている。しかし夫が過去に 他の女性と恋愛関係を結ぶ裏切りにあって以来 夫とは別居している。

そんな 壊れた家庭と、学校でのいじめに苦しむエイアスのクラスに 新入生が やってきた。
ロンドンから来たばかりの クリスチャンだ。彼は癌で母親を失ったばかりだ。父と二人 父の生まれ故郷に 帰って来たのだった。クリスチャンにとって、母の死は 耐え難い痛みだった。父、クラウスは いつもクリスチャンに 「母親は必ず良くなって帰ってくる。」と、約束していた。でも母は帰ってこなかった。癌末期に、母は自分がわからなくなって 子どものようになってしまった。そんな母の姿を見て、父は母の死を望んでいた。クリスチャンにはそれが許せない。
クリスチャンは 無表情、無感情を装いながら、心の中では やり場の無い怒りで燃えていた。

アントンが 休暇で帰ってきた。再びスーダンの難民キャンプに帰るまで 数週間 エイアスや彼の小さな弟や クリスチャンを遊びに連れて行ってやることができる。そんなある日、エイアスの弟が粗暴で乱暴な自動車整備工の子どもに いじめられた。中に入ったアントンは その男に恫喝され、暴力を振るわれる。
アントンには 強い信念がある。暴力に暴力で返しても何も生まれない。自分は筋の通らない無意味な暴力を決して恐れない。そう子供達に言い聞かせて、アントンは その男の前に立つ。しかし、男はアントンの説得など何も聞かず、再び一方的に暴力を振るった。アントンは このことで子供達に 暴力を恐れない自分の正しさを示したつもりだったが、子供達は ただ、信頼する人が 自分達の目の前で殴られる暴力への恐怖を体験することになった。

クリスチャンの古い家の作業小屋には、ずっと昔 亡くなったおじいさんが放置していた爆薬が沢山あった。クリスチャンは インターネットで爆弾の作り方を学び、爆弾を作る。エイアスの父アントンを侮辱して殴ってきた自動車修理工の車に 爆弾を仕掛けるためだ。暴力には暴力で対するしかない。エイアスの協力が要る。しかし気の弱いエイアスは どうしてよいか わからない。思い余って アフリカにいる父に ネットを通じて電話をする。すると、父は いつもの父ではなく うっすら涙を浮かべ 疲れているから息子と話が出来ない、と言う。そんないつもと様子が違う 気弱な父を見たエイアスは 父を傷つけた悪者を征伐しなければならない、と思い込み、クリスチャンと一緒に 敵の車に 爆薬を仕掛けることにする。
アントンはその日、難民キャンプで 幼い少女の命を救うことができなかったことで気落ちしていた。そこを、少女を傷つけた張本人 反政府軍のキャプテンが 怪我をしてアントンの部屋に 銃をもって押し入ってきた。アントンは 死んだ少女を侮辱して笑いものにする この男を 治療せずに キャンプ内にいる人々に引き渡したのだった。男は難民達によって撲殺される。アントン自身の暴力へのの強い信念が揺らぎ始めた。アントンは傷ついていた。

クリスチャンとエイアスは 車の下に爆弾を仕掛ける。しかし発火直前に何も知らない 女の子が近寄ってきたのを 止めようとしてエイアスは爆発とともに吹き飛ばされる。幸い エイアスは命を取り留める。クリスチャンは警察にも父親にもすべてを話して、エイアスの母親に許しを求める。しかし、母親はクリスチャンをなじり、責め立てることしかしない。
クリスチャンは それをみて エイアスは死んだと思いこんでしまった。
彼は、ひとり、死んだ母親のところに行こうとして ビルの屋上から飛ぼうとしているところを アントンに救い出される。
というお話。

10歳のころの子供達の 傷つきやすい魂が、痛ましい。孤独な少年達、エイアスとクリスチャンの傷の痛みがひしひしと伝わってくる。
信頼していた両親の離婚と、学校で毎日繰り返される いじめにあっているエリアスの孤独は、母親の死を受け入れられないで 平然を装っているクリスチャンの孤独と 同じだけ 深くて大きい。

しかし孤独で哀しいのは、少年達だけではない。
夫の裏切りを許せない妻も、アフリカで止むことのない暴力と 不合理な医療活動に押しつぶされそうなアントンも、そして 妻がガンで苦しみながら死んでいくのを見送ることしかできなかったクリスチャンの父親も みな大きな傷を抱えて生きている。

痛みや哀しみをうすめてくれるように、自然が 雄大で美しい。
アフリカの大地、どこまでも広がる砂漠、砂塵のなかを歩き続ける女達の色鮮やかな 衣装が目を瞠るほど美しい。
デンマークの海辺の町。
人は誰もが 疲れて帰ってくるところは 海辺だ。朝も、昼も夜も 葦の茂る湿地と、それの続く海 広くて大きなな果てのない海を眺めて、心を鎮める。

題材に 社会問題や深刻な民族問題を扱っているが、映像そのものは、美しい抒情詩のようだ。映像の美しさに 心を浸けるだけのために、観ることもできる。すぐれた映画だ。

2011年4月14日木曜日

ロシア映画「私がどうこの夏を終えたか」




ロシア映画「HOW I ENDED THIS SUMMER」を観た。
邦題がまだ わからないので、勝手に「私がこの夏をどう終えたか」と 直訳したが、「この夏」とか、「この夏に私に起こったこと」とか、「夏のおわりに」とか、いろいろな題が考えられる。もし日本で公開されることになって、邦題がついたら、タイトルを書きかえることにする。
2時間20分。
監督:アレクセイ ポポグレフスキー(ALEXEI POPOGREBSKY)
1972年生まれの 若い監督だ。

キャスト
パーシャ:グレゴリー ドブリジン(GREGORY DOBRYGIN)
セルゲイ:セルゲイ パスケパリス(SERGEI PUSKEPARIS)

ストーリーは
北極に一番近い シベリアの果ての小さな孤島。
数年前に原子核爆発実験が行われ 島が放射能で汚染されたため 住民は全員 避難し 移住させられている。
そこに 気象庁測候観測所の監視官セルゲイが 一人だけ残って 観測を続けている。この島に生まれ育ち 妻と息子を持ったセルゲイにとって、妻子だけは移住させても、自分が他の土地の移り住むことはできなかった。島は荒れ果て、ヘリコプターから投下される石油のドラム缶ばかりが荒涼としてひと気のない島に転々と転がっている。セルゲイはその石油で 一年中 夜の来ない北極に近い島で体を温め、投下された塩漬け肉を食べて生きて来た。必ず 毎日同じ時間に気象観測結果をラジオで送り、報告する。何の変化もない 規則正しい生活だ。ラジオから送られてくる 妻と息子からのメッセージを受け取ることだけが 彼の心のよりどころだ。

そこに、大学を立たばかりの青年 パーシャが 夏の間の数ヶ月を過ごしにやってくる。セルゲイは少々荒っぽいが、愛情をもって若い職員に仕事を教える。ミーシャは パソコンを持っていて、セルゲイが 手書きで観測結果を書きとめて、統計を作る時間の 半分の時間で 報告事項を作ってしまう。時間が余るとコンピューターゲームに興じている。セルゲイには それが 気に入らないが、ミーシャが間違ったデータを出す訳ではないから、叱りつけることができない。
妻と息子に送る毎日の伝言も、無骨なセルゲイが考える言葉より、ミーシャに聞いたほうが 気の利いたメッセージが送れる。

ある日 セルゲイが 数日間、ボートで向かい側にある島の浅瀬にやってくるアラスカマスを獲りに行っている間に、ミーシャは緊急連絡をラジオから受け取る。それは、セルゲイにとって、何よりも大切な妻と息子が入院した という知らせだった。恐らく 白血病で、ふたりは死の床にある。

何も知らないセルゲイが たくさんのマスを釣って、上機嫌で帰ってくる。セルゲイは、妻がいたらどんなにこの魚に喜んだだろうか、とミーシャに話して聞かせる。ミーシャはとうとう、セルゲイに緊急連絡を伝えることが出来なかった。この島にセルゲイのために、ヘリコプターは来ない。ヘリコプターが来るのは、ミーシャを迎えに来る時だけだ。
このときから、ミーシャは、セルゲイに対する罪の意識に苛まれる。

遂にセルゲイが事実を知ってしまった。ミーシャはセルゲイの怒りに、心底脅えて セルゲイにむかって銃口を向ける。そして、逃亡する。セルゲイと暮らした暖かい小屋から 無人小屋に逃げる。夏とはいえ極寒の戸外で 北極熊に追われ 震えながら過ごす。自責の念と ぬくぬくと暖かい小屋にいるセルゲイへの憎しみ、、。遂に いまだに熱を放熱している放射性物質に さらしたアラスカマスをセルゲイに食べさせる。

夏の終わり。パーシャを迎えに ヘリコプターがやってくる。パーシャは、どうセルゲイに謝罪してよいかわからない。自分は卑劣だったと思う。
しかし、セルゲイは しっかりパーシャを抱いて 見送ってやる。
というお話。

孤島に暮らすたった二人の男達の心理的葛藤がテーマになっている。
パーシャは 2メートルくらいの長身で美男子。ものすごく笑顔が可愛い。それに比べて セルゲイは 太ったおじさん。頑固一徹で 時代遅れの 几帳面なだけがとりえの観測官だ。セルゲイが仕事をしているあいだ、パーシャが アイポットでロックを聴きながら 飛んだり跳ねたり遊んでいる。そんな姿が とても可愛くて憎くめない。
それが段々、話が深刻になってくるに従って セルゲイの妻子への深い愛情、自分だけが死の島に残って仕事を続ける固い決意と責任感が わかってきて、セルゲイの男らしさに心が傾いてくる。
そして、そんな100%誠実なセルゲイを殺そうとまで思いつめたパーシャの卑怯な態度が許せなくなってくる。

圧巻はラストシーン。セルゲイの大きな体が か細いミーシャを包み込むように 万感の思いをこめて抱くところだ。ものすごく長い間、二人は抱き合っている。
セルゲイには妻と息子を避難させたときから妻子の死も 自分の死も避けがたいものとして すっかり受け入れていたのだ。言葉なしにセルゲイの決意、達観、そしてパーシャへの友情が、しっかり伝わってくるシーンだ。セルゲイは若いミーシャに 自分が無骨で不器用な男として死んでいく姿をしっかり伝え、希望を未来のあるミーシャに託したのだ。

登場人物 二人だけ。会話が極端に少ない映画。
読みようによって、解釈も違ってくるだろう。
自然が美しい。夜の来ない北極の夏。広大な大地と痩せた山々。北極熊がエサを探す姿、荒れる海。言葉がない男達の心理劇が、美しい自然の中で 繰り広げられる。
とても心動かされる映画だった。

私達人類は 原子力という本来人を殺す目的で開発された パンドラの箱を開けてしまった。開けられた以上、人類は破滅に向かって進むしかない。破滅のその日まで、私達はセルゲイのように 毎日変わらず、仕事に精を出し、家族を愛し、淡々として生きていくしかない。ただ、残念なことは、私達にとって未来を託せるミーシャが居ないことだ。ヘリコプターはいつまでたっても来ない。

2011年4月13日水曜日

赤毛のアンの手作り絵本




外国の小説を読むことの面白さの中に お話の中に出てくる料理や食材やお酒で 私たちの生活にはないものが出てきて それを想像しながら読むということがある。
イヤン フレミングの007シリーズも 登場人物のお酒に対するこだわりがおもしろくて、しばらくドライマテイニとか ジンに凝ったことがある。「ナルニア物語」で、弟が砂糖菓子を もらいたいばかりに 氷の女王に魂を売り渡してしまうシーンがあるが、このお菓子をシドニーで見つけたときには 躊躇なく買って味わってみた。

「赤毛のアン」は、孤児だったアンが 、マシュウとマイラ老兄妹に引き取られて グリーンズゲイブルの彼らの家で 家事を習い、学校に行って、大人になり 恋をして結婚してたくさん子供を産んで、、、というお話だが、小説のなかに、沢山のカナダのケーキや 家庭料理が出てきて、おいしそうな本だった。本の中に出てくる料理や御菓子や キルトや手芸品を絵本にしたのが、この本「赤毛のアンの手作り絵本」だ。

とても美しい3冊の本。大好きだった。
鎌倉書房から出版されたのが 1980年。とても大切にしていたのに、結婚された方に差し上げてしまった。以来、もう一度手に入れたいと、ずっと思っていたが、鎌倉書房が倒産して手に入らなくなった。諦めて もう二度と見られないのかと思っていたが、白泉社から 1995年に再版されて 2006年に増版されたものが 手に入った。とても嬉しい。母親から娘に渡されて 読み継がれている ロングセラーなのだろう。

がっしりして重い 料理と手芸の本。写真とイラストと説明とで成り立っている。1ページごとに 美しいテーブルセッテイングに料理やお菓子の写真があって、開きのページには アンのイラストと関連するストーリーのエピソードが載っている。後半は、その作り方の詳しい説明や型紙が載っている。それぞれのページの見出しが楽しい。たとえば、「アン ハリソンと友達になる ピンク砂糖で飾ったお手製のくるみ菓子」、「アンとダイアナの寄付金集めで、いかにもカナダ風なおいしいテイーブレッド」、モーガン夫人 突然あらわれる ピンチを救ったバーリー家の鶏の煮物」、「ブレア氏のエプロンといちごのレアケーキ」、「「子どもの好きな鶏ごはんとフルーツサラダの献立」、「アンとダイアナ少女時代にもどる、ダイアナを魅了した悪魔のチョコレートケーキ」、「アンの可愛い天使達、女の赤ちゃんのためのピンクのベビーふとん」などなど。

城戸崎愛が料理とお菓子、上田園子のパッチワークとアップリケキルト、北道万里江の洋裁、竹沢紀久子のフラワーアレンジメント、広川ますみの料理と手芸、松浦英亜樹、石垣栄蔵のイラスト。
とてもとても素敵な本だ。料理や手芸の本はいくらも出ているが これほど内容が ぎっしりつまって充実した それでいて美しい本はほかにはない。
むかしむかし大好きだった本が30年ぶりで手に入って とても嬉しい。
というわけで、今夜は「アンとマイラ二人の生活、マイラと楽しむサーモンステーキデイナー」と「メアリーおばさん、住み着くが あったかいうちに食べたいミルクシチュー」。

2011年4月7日木曜日

池上永一の「テンペスト」を読む



池上永一は 1970年、沖縄那覇市生まれ、石垣島育ち、早大在学中に、沖縄を舞台にした小説で認められ、注目されてきた若手の作家。
作品に「バガージマヌパナス」、「風車祭」、「夏化粧」、「シャングリア」、「レキオス」、「やどかりとペットボトル」などがある。

先週 読んだのは「テンペスト」上下巻と「トロイメライ」の3冊。
「テンペスト」は、おもしろいと評判になって、堤幸彦の演出で舞台化されて、新歌舞伎座で、公演されている。
「テンペスト」は、琉球版「ベルサイユの薔薇」とでも言おうか。真鶴という美貌で頭脳明晰な女性が 当時は女が学問することが許されていなかったので 男装して学問を修め 琉球王国の尚真王に仕えるというお話だ。

ストーリーは
19世紀 琉球王朝 第18代国王 尚育王の時代。
孫家の父は 琉球王の後継者争いに負けて今は ただの役人だが、いつかは息子を王家に上げて 王から権力を奪い 王家を復活させたいと願っている。男子の誕生ばかりを願って 生まれる前から孫寧温という名前をつけていた。しかし 妻の命を引き換えに 生まれてきたのは女の子だった。
父の落胆にも関わらず 娘の真鶴は 学問が好きで学んで知識を得ることが楽しくて仕方がない少女にだった。硫歌、孟子、荘氏 漢詩に外国語まで、知識欲は留まることを知らない。当時厳禁されていた英語やオランダ語を 唯一琉球に伝道のために来ていて拘束されていた英国人宣教師から 密かに教わっていた。
男装して私塾に入り 学問を重ねて 年に一人登用されるかどうかわからない という難関試験を経て ついに琉球政府の役人として王に仕えることになった。時に13歳、史上最年少の官士だった。

年少で小柄ながら 知識が豊富で13ヶ国語を話し、決断力のある寧温は 次々と降りかかってくる外交問題を解決して めざましい活躍をする。琉球政府は 大国清国とは 冊封体制を取っており 年一度 冊封子が 輸出品を持って来た時は最大のもてなしをして 圧力に負けず 対等な貿易をした。また、一方では薩摩藩に支配されており 島津から役人を迎えて 良好な関係を維持していた。琉球のような小国が、どの国の植民地にもならないように済むためには、清国とも薩摩藩とも等間隔の距離を置き 上手に外交することが不可避だった。

しかし寧温は 清国から秘密裏に入り込んで政界を汚染していた阿片とそれに関わっていた政府関係者全員を処分したり、思い切った財政緊縮政策を取った為、他の閣僚達からは恨みをかった。さらに、清国から追放されて来ていた臣官が、内部撹乱を目論んでいることを知り口封じするはずが、殺してしまい、断罪されて八重山に流刑の憂き目に会う。

八重山でも政敵に狙われて、逃げ延びた先で九死に一生を得て、農家の老婦に拾われる。ここでは女の子として育てられ、機織をして暮らすうち、那覇から尚泰王の側室探しに来た役人の目にとまる。王の妻は、子供に恵まれなかったため、国中で側室を探していたのだった。側室の条件は 美貌や品格だけでなく高い教養が必要だった。真鶴は その点 漢文で読み書きできるだけでなく日本の詩歌にも 琉歌にも優れていたため、難なく、何百人の候補の中から、側室に選ばれる。

ぺリーが艦隊をつれて 琉球を訪れた。ペリーとの交渉のために 王朝政府は 是が非でも寧温が必要になった。尚泰王は、急遽 八重山に使いを出して寧温の名誉回復、政府への帰還命令を出す。
困ったのは、真鶴だ。一人二役を演じなければならなくなった。真鶴は側室として女性ばかりの館に住まいながら、朝になると役人になって寧温として出勤しなければならない。しかし、寧温の巧みな外交術によって ペリーとの交渉は 琉球国としての面目を保つことができた。ペリーら一行は 琉球のあと、浦賀に向かい、江戸幕府に開国を迫る。近代日本の幕開けだ。

しかし、一人二役はいつまでも続けることはできない。
遂に寧温が 真鶴という側室であることが明るみに出てしまい、真鶴は地位を剥奪されて城から追放される。そのとき真鶴は 尚泰王の赤子を抱いていた。保護された寺で子育てが始まる。明という名前をつけられた男の子は 母親の真鶴に負けず劣らず利発な子供で 早くから読み書きを憶え、学問好きの子供に育っていった。

しかし、時は 明治12年。琉球処分として、熊本から帝国陸軍の大軍が来襲。首里城が明け渡され、尚泰王は 東京に連れ去れていった。
真鶴は 空となった首里城王宮に明を連れて忍び込み、これが最後と知って、明を王座に座らせ、国王任命の儀式をするのだった。
「1879年 琉球王国は沖縄県となった。」で、この物語が終わる。

沖縄はむかし3年間 住んだ。娘達が幼稚園から小学校2年戦まで過ごした土地なので、特別に愛着がある。守礼の門のわきにある城西幼稚園、城西小学校に通っていたので 竜たん池や首里城は毎日の遊び場だった。
首里は、那覇の喧騒と庶民の生活臭から離れ、坂を上り石畳を登っていった高台にある。城の歓会門、久慶門まで石段を登っていくと 素晴らしい眺めだ。この小説のラストシーン 琉球処分で、あわただしく王家が東京に拉致されたあと、残った寧温が 息子を幻の尚家の国王として王座に座らせるシーンは感動的だ。

ペリー来日、徳川政府の終焉、日本開国、近代日本の幕開けと天皇を中心とした集権国家のはじまりも、沖縄の側からみれば「琉球処分」の一言に尽きる。視点を変えて日本の歴史を捉えることに、小説は成功している。
清国からの冊封子を歓会門から通し、薩摩からの役人を久慶門から通して、ペリーが港の借款契約を取ろうと圧力をかけても応じないで どの国からも独立した琉球王朝を存続させてきた琉球の外交戦略が、とてもおもしろかった。

それにしても 彼の悪文には悩まされた。
たとえば
「同じ頃、表の世界にいる花当の嗣勇は、美貌に磨きをかけていた。王府の高官たちを次々と手玉にとって着実に出世の道を切り開いていく嗣勇は琉球のシンデレラだ。ただし計算高いのが玉に瑕だけど。--花びらが枯れてしまう前に次のステップを考えておかなければならないのは、時代を超えたホステスの悩みだ。」
とか
「王宮にはふたつの顔がある。昼間は政治の中枢として知的な顔つきをしているが、夜は紅をさす貴婦人に変わる。もともとは王宮は男装の麗人なのだ。」
などとある。
???

文章は まず言っている事に矛盾がなく文体に無理が無いのでなければ すんなりとは読めない。描写するためには表現力が必要だ。残念ながら文才は誰もが持って生まれてくるわけではない。生まれつきスポーツが得意な子がいたり、絵をかくのが上手な子が居るのと同じように 文才も生まれて付いて来る。努力によって補うことは出来るが 努力で文才を得ることは出来ない。この作家の文章には格調も品格も文法の正しい使い方もない。テレビ文化の中で育って現代っ子の会話調。あらかじめ映画化されたり漫画化されることを念頭において書いている。しかし、おもしろい。それで良い。
 
以前娘達とテレビを見ていたら、ひどく美しい少年が、極端に音程が狂っているのに マイクをもって平気で歌を歌っている。それを指摘したら、娘が ビジュアル系だから、それでいいのだ、という。びっくりしたが、そうか、、、それでいいのか。なるほど。
だから、この小説も ビジュアル系ということで、、、これで良いのだ。
おもしろいのだから。