2022年9月3日土曜日

なつかしきわが家

1967年に美濃部亮吉が東京都知事に立候補したとき、80歳過ぎた兵衛のおじいさんが選挙宣伝カーの高い台によじ登って応援演説したのには驚いた。
経済学者大内兵衛(1888-1980)は私の祖父の弟になるが、早くに父親を亡くした父にとっては実の父親同然だった。兵衛の仲間たち、大森義太郎(1898-1940)、有沢広己(1896-1988)、脇村義太郎(1900-1997)、高橋正雄(1901-1995)、美濃部亮吉(1904-1984)らは東大で親しくなり、雑誌の刊行や論文発表に協力し合った。1938年に全員が「共謀して無産運動の理論的指導を行い労農派の勢力拡大を図り共産主義運動を行った。」という理由で検挙され、治安維持法により1年半拘禁ののち、1944年に全員が無罪判決を受けた。

その後、美濃部亮吉が東京都知事になったとき、これらの全員が非公式のブレーンとして12年間の美濃部都政を支えた。彼は完璧な福祉国家を思い描いていて、教育と医療は、誰もが無料で享受すべきだと考え、都立病院、看護学校が次々と建てた。
1972年私は大卒後業界新聞社で働いていたが、職場の女性差別に辟易していたので、彼の作った都立看護学校に入学した。学費、寮費、学食すべて無料、卒業後、新設の都立病院に就職し、二人の子供を出産、病院付属の保育園に通わせたが、それも無料だった。美濃部都政の恩恵を浴びたが、このころの施設はみな今では新自由主義の台頭ですべて、民営化されてしまっていて金儲けにための施設に成り下がっている。

このときに取ったナースの資格が20年後にオーストラリアで生きるとは思ってみなかった。日本を離れて30年になるが、ナースになって本当に良かったと思っている。美濃部都政と兵衛のおじいさんには心から感謝している。
今年で73歳になるが、フルタイムでナースを続けている。職場に20年ちかく居ると、古い仲間は家族のようなものだが、このコビッドでたくさんの仲間を失った。過重勤務に逆らって辞めていった人は数えきれないし、一番仲の良かったドイツ人ナースに死なれた。1年経ったがいまでも思い出してしまうと涙が嵐のように噴き出して止まらない。

勤務の中でも夜勤が好きなのは、眠れない患者とゆっくり話ができるからだ。
50代で事故の後遺症で3歳程度の知能になった人がいた。彼のベッドのわきに座り込んで、童謡を歌い絵本を読み、彼が牧場で育った頃の話を聞いた。そのうち彼は私が出勤してくるのをドアで立って待っているようになり、いつも後をついてくるようになった。体が大きいのに仕草が3歳児で可愛い。でも傷から感染症をおこしてあっと言う間に亡くなってしまった。
1932年生まれのロシア人のおばあさんがいた。ボリシェビキのロシア革命のときにモスクワで生まれた白髪の美しい人、子供の頃の話を聞きたいが、認知症で言葉がでない。夜ベッドで大きな目を開けているので、眠れないの?と聞くと、ベッドの端に体を寄せて、ここにおいで、と誘ってくれる。昔はそうやって自分の布団に孫を入れて寝かしつけていたのだろう。
フィンランドからオージーを結婚して来たおばあさんがいた。夫に死なれ子供も親戚もなく一人ぼっち。手をつないでシベリウスの「フィンランデイア」を鼻歌とバババ、ジャジャーンで歌って笑い転げた。移民の国オーストラリアには本当にたくさんの人々が居る。

病院は人が生まれ、人が死んでいくところだ。聞くとみんな「うち」に帰りたいという。しばらくして、みんなうちに帰っていく。「うち」は地上だったり空の上だったりするけれど。うちに無事に着くまでできるだけ見届けたいと思っている。
アイルランド民謡の「なつかしの我が家」を歌ってみた。歌詞を訳すと

大きなお城で贅沢に暮らす享楽もある でも粗末な我が家に勝るところはない  見上げれば魅力に満ちたところもあるけれど  世界中探しても我が家ほど良いところはない  貧しい我が家   でも宝石をちりばめた豪邸など うらやましいと思ったことがない 我が家こそ心豊かになれる 我が家 なつかしい我が家
I am singing Irish folk song,[ My Sweet Sweet Home].
My pleasures and palaces though we may roam, Be it ever so humble, there's no place like home. A charm from the skies seems to hallow us there, Which seek thro' the world, is never met with elsewhere. Home ,home , sweet ,sweet home, There no place like home, there's no place like home.