2020年7月6日月曜日

3000人の自宅監禁を許して良いのか

オーストラリアは英国女王を元首とする立憲君主制を維持しているが、その下では連邦国家として、連邦政府と州政府とが組織されている。6つの州と1つの準州すなわち、ニューサウスウェルス州、ビクトリア州、クイーンズランド州、南オーストラリア州、西オーストラリア州、タスマニアと北部準州のそれぞれが立法、行政、司法の3権を持っていて、連邦政府と対等な関係にある。
モリソン首相は、3月13日 COVID対策のためにナショナルキャビネット「国家非常時内閣」を創設し、保健医療専門家を加えた連邦と、各州のリーダーが、COVID対策を討議、決定することにした。このナショナルキャビネットは、国境閉鎖、外出禁止などによって起こる失業対策や、企業助成金、景気刺激策などを打ち出すとともに、外国からの渡航者には2週間のホテルでの滞在を強制、食料品調達と病院への通院以外の外出禁止、レストランはテイクアウェイのみ、劇場、映画館、美術館、図書館閉鎖、スポーツを含むイベント禁止、美容院休業、結婚式葬式参加者の制限、などを次々と発表した。

6月に入り、患者数が減ってきて、連邦政府による制約が徐々に緩められてきたことを受けて、それぞれの州でも州境の封鎖が解けて、人々が自由に移動できるようになってきた。
オーストラリア全体で、COVIDによる死者は104人。シドニーを抱えるニューサウスウェルス州は、人口も感染者数も多かったが、感染者が多く出たシドニー北部は比較的裕福層の住む地域で海外旅行から帰ってきた人や、クルーズ船からの帰還者がCOVIDを持ち込んだ、と言われてる。今になってやっと人々が、1.5メートル間隔を開ければ、外出も、買い物も、外食も、ジム参加や図書館や美術館にも行けるようになった。私自身も半年ぶりに、家族で顔を合わせることができ、念願の孫たちに会うことができて、心から喜んでいる。

ところがビクトリア州では、5月にいち早く外出禁止が解けて人々が出歩けるようになったはずだったが、6月末からメルボルン北部でクラスター感染が起き、患者数が徐々に増え、州境は再び封鎖、厳しい外出制限も課されるようになった。嫌な感じ、と思っていたら、突然昨日、土曜日にビクトリア州総督ダニエル アンドリューが、驚くべき発表をした。怒りでいっぱいだ。

クラスター感染のあったメルボルン北部にある公立の9件の高層タワーアパートに住む、3000人の住民を自宅監禁、隔離、外出禁止、訪問者禁止にするというのだ。40人の看護師が、すべての住人3000人のCOVIDテストのために集められ出動し、500人の警官が、アパートの出入り口を固めて誰も外出したり、訪問者が入ったりできないように警備するという。今日、7月5日に、それは始まった。発表が急だったために、アパートの住人のなかには、監禁されることを全く知らなかった人も多かったという。住人には難民が沢山いる。英語のニュースがわからなかった人も多くいたと思う。

オーストラリアでは、生活保護者や障害者、老人、退役軍人、軍人未亡人、低所得者は政府の査定を受けた後、公営の住居に入ることができる。その人の収入によって一般のアパートよりずっと低価格の家賃、または無料で家が提供される。ニューサウスウェルス州では、そういった住居は近所を見回してもどこにでもあって、どれが公営なのかわからないことが多い。しかし残念なことに、地域によってはアルコール中毒や犯罪の巣になっているところもあるようだ。

メルボルンの9つの公営高層タワーアパートはそうした低所得者のほかに、難民がたくさん住んでいる。ソマリア、スーダン、シリア、イラクなどから戦火を逃れてきた難民だ。彼らは1軒のユニットに6人も7人もの大家族で暮らしている。当然老人も多い。
彼ら難民は自分の国で家を焼かれ、家族を失い、死の恐怖を体験し、国を追われてきて精神的にトラウマを抱えているため、精神病や、自殺願望、アルコール中毒などに陥る人も多い。保護が必要な人々だ。

クラスター感染が起きたと言われているが、先週水曜日に73人、木曜日に77人、金曜にに66人、土曜日に108人感染者が出て、それで突然の3000人自宅監禁となったわけだが、感染者のうちの9つの高速タワーアパートの感染者は、そのうちたった23人だという。別の新聞では30人だという。事実がわからない。30人の新感染者のために、3000人の住む高層タワーアパートを完全封鎖することが合理的なことなのかどうか、情報が足りなくて全然わからない。事実が報道されていない。

以前からメルボルンではアフリカンギャングという名前で、ちょっとした盗みや喧嘩などを起こしたソマリア人の若者に対して、アメリカでいま起きている黒人を異常な暴力で押さえつける白人警官が起こしている問題と同じような、「警官による暴力」が問題になっていた。

9つの公営高層タワーアパートの3000人の住民は、500人の警官に見張られながら、完全封鎖、監禁されて、人との交流を遮断されて、いったいどんな気持ちでいるだろうか。政府はその期間は家賃を払わなくて良い、失業対策費を捻出する、などと言っているが、封鎖が解除になって、人は普段通りに以前の職場に戻れるものだろうか。そのアパートに住んでいたことがわかって、学校に戻った子供はいじめられないだろうか。封鎖されている間、赤ちゃんのミルクは足りるのか。糖尿病患者のインシュリンは大丈夫か。子供たちは好きな食べ物が食べられるだろうか。ただでさえ、この3か月の外出禁止や様々な制限で、疲れ切っている人々にとって、心の再生は可能だろうか。

感染を防ぐということが、人に心を殺すような方法でなされてはいけない。
感染を予防するために難民が犠牲になるようなことは許されない。低所得者を一般人と分断してはいけない。COVIDを理由に差別を助長してはいけない。
今後、この人たちの身の上に何が起こるのか。目をつぶらずしっかり見ていかなければいけない。なんて悲しいことだろう。