2018年3月17日土曜日
アイウェイウェイ「AI’S LAW OF THE JOURNEY」シドニービエンナーレにて
南半球の3月半ばといえば、秋の兆しが日々増してきて涼風さわやかと思いきや、シドニーは40度の暑さ。炎天下をシドニー湾に浮かぶ、コカトゥー島に行って、アイウェイウェイの作品「AI"S LAW OF THE JOURNEY」(旅の掟)を見て来た。
巨大なゴム製の作品。長さ70メートルのゴム製のボートに、258人の巨大な難民が命を託している。アイウェイウェイの怒りが炸裂している。ライフジャケットを身に着けた人々に顔はない。恐怖も、飢餓も、悲哀も、憎しみも、怒りも顔に表せない。すべての感情を押し殺し、胸にとどめ、ただただ耐えている。ボートの行きつく先に希望があろうがなかろうが、国に留まり死を待つよりは少しでも可能性のあるボートに乗る。苦しくなる。観ていると、とても苦しくなる。建物を出れば、真っ青な空が広がっているというのに。平和そのものの美しい緑に囲まれた島。のんびりヨットが浮かぶシドニーの港。
コカトゥー島は、シドニー湾のフェリー発着所から小型フェリーで30分のところにあり、かつては、造船所、海軍工廠だった。そのもっと昔は刑務所、少年院、監獄として使われていたのでオーストラリアの囚人遺跡群として、世界遺産に登録されている。いまでも囚人たちが建設したレンガ造りの堅固な刑務所が丘の上に立ち、港には巨大な造船施設が残っていて、石炭による発電所から防空壕までそっくり残っている。フェリーは30分おきに発着し、キャンプに来ている小中学生や、ピクニックに来ている家族連れなどで、けっこう平日でも賑わっている。
アイウェイウェイの作品は、21回シドニービエンナーレのために出品された。ビエンナーレは、3月16日から6月11日まで。コカトウー島、NSW州立美術館、現代美術館、オペラハウス、アートスペース、アジア現代美術センターなどで、300以上の作品を見ることができる。今年ビエンナーレのキューレーター、総合芸術監督に抜擢されたのは日本人で、森美術館のチーフキューレーター片岡真実さん。アジア人として初めて監督に指名されたそうだ。作品を出品している作家の20%はオーストラリア人、アジア人が40%、欧米が40%だそうだ。
「AI'S LAW OF THE JOURNEY」(旅の掟)は、2017年3月にチェコのプラハ国立美術館でいったん展示された。巨大な70メートルの長さのゴムボートに、難民が乗っている、この作品は世界中で起きている難民の流入を題材にしている。現在ベルリンに滞在している彼は、ギリシャのレスボス島に渡って来る難民がトルコからヨーロッパに移動しようとして途中で命を落とす現場を見て、居たたまれず作品を作った。この作品によって「ぼくは誰も責めてない。芸術家の自分としてできることをしているだけだ。」と言う。
彼の視点の原点は、「人類は一つ」そして、「私たちはすべての境界を失くし同じ価値を共有し、自分以外の人々との苦悩や悲劇をはじめとする様々な苦難に関わるべきだ。」という信念にある。
彼が2017年、23か国の難民を撮影したドキュメンタリーフイルム「ヒューマンフロー」もこのビエンナーレでみることができる。アフガニスタン、パキスタン、タイ、トルコ、イラク、パレスチナ、レバノン、シリア、ヨルダン、イスラエル、ハンガリー、セルビア、ギリシャ、ケニア、イタリア、フランス、ドイツ、スイス、アメリア、メキシコの国々で起きている人々の移動、戦火に追われ国を捨てて逃れてくる、6500万人の人々を映像に捉えた作品だ。彼は「民主的ないわゆる自由世界に暮らす恵まれた人々があまりにも人間の苦しみに無関心なこと。これは難民の問題ではない。人間の危機であり、助けることができるのに助けようとしない人々の危機だ。」と批判している。
2017年8月―11月に横浜トリエンナーレでも彼のこのフイルムが上映され、会場の横浜美術館の入り口は、難民の命綱となった800のライフジャケットが展示され、美術館の外壁には14艘の救命ボートが展示されたそうだ。トリエンナーレを見に来た人は、いやおうなくアイウェイウェイのライフジャケットと救命ボートを潜り抜けなければ会場には入れなかったわけだ。
彼は2011年中国当局から、81日間拘束を受け、パスポートを没収されて4年間海外に出られなかった。子供の時、反体制派の詩人だった父親のために家族全員が、文化革命時、18年ものあいだ強制労働に従事させられた。彼の反骨精神は筋金入りだ。
ニュースでは毎日のように、アフリカから国を追われて脱出してきた人々のボートが転覆して40人亡くなりました、50人亡くなりましたと報道され、僧衣を着た仏教徒がロヒンジャの母子に襲い掛かかり、家に火を放つ。イラク、アフガニスタンから逃げてトルコに流入する人々、アメリカとメキシコ国境で銃をもつ国境警備隊。気が狂いそうになる。
難民を受け入れたために苦境に立つドイツのアンゲラ メルケルに対して、フランスの極右マリーヌルペン、オランダのヘルト ウィルダースなど、ヨーロッパとアメリカではポピュリズムが広範に勢力を伸ばした。難民の流入のために、自分たちの国の伝統が壊され、仕事を奪われ、生活が苦しくなり、治安も悪くなったという、ポピュリズムの妖怪が世界を跋扈している。
そうではない。グローバル競争の激化、ひたすら市場価値を求め、投機的な資本主義のマネーゲームが富んだ者を肥え太らせて、貧者との格差を広げているのだ。
難民問題は、ヒューマニテイーだけでは語れない。しかし国境などに縛られない、空を自由に飛ぶアイウェイウェイのような芸術家にとっては、共産主義国も資本主義国も、難民を見殺しにしているという意味では全く同じ、犯罪国家に過ぎない。まだ60歳のアイウェイウェイ、これからも発言し続けることだろう。頼もしい。
写真はコカトゥ島