2017年3月25日土曜日

メッツオペラHD 「ロメオとジュリエット」

オペラが大好き。
この世で一番美しい音は、よく訓練された男のテナーの音だと思う。
オペラハウスの会場の華やかさ。舞台下のオーケストラピットの楽士達の音合わせのにぎやかさ。指揮者がさっそうと入って来る時の期待の高まり。オペラの物語が始まる前の興奮と昂揚感、そういったオペラ開始前の華やぎは、他の何にも代えがたい嬉しさだ。
オペラ「真夏の夜の物語」では、舞台が宮廷の庭になっていて、舞台の端に二階建ての楽士席が作られていた。そこに緑と銀色の宮廷侍従の服を着て、房のついた飾り帽を被った
楽士達が、次々とバイオリンを抱えたり、トランペットをもって着席して、序曲が始まったのだ。何て素敵なアイデア!嬉しくて、跳ねまわりたくなる自分を抑えるのに苦労した。

10年くらい前は、毎月の様にオペラハウスに通っていた。会員になって、中央の前から5番目。すごく良い席を確保していた。しかし、シドニーオペラハウスは、外観の良さに反して、年寄りや障害者にとっては最悪の建物だ。外からオペラハウスの正面玄関に入るのには、数十段の階段を登るが、建物に入りクロークから劇場まで、さらに数十段の階段を登らなければ、中に入れない。劇場入口には入れても、席が後の方だったりしたら、またさらに階段だ。クロークの前に、劇場までの小さなエレベーターができる前までは、足の悪い人は、舞台裏まで歩いて舞台の大道具を運ぶ荷物用のエレベーターで、劇場に上らなければならなかった。そのために案内人が来るのを待って、エレベーターを手動してもらう。また、休憩時間にトイレにいくのも、また階段を下りて登らなければならない。
足の悪いオットは、杖をついてオペラに行くのを諦めて、次に車椅子でオペラハウスに行くのを諦めて、遂にオペラに行くことを完全の諦めた。今、オペラハウスが目に入っても、オットを連れて段差を乗り越えられなくて車椅子で立ち往生したり、空気調整が異常に悪い地下の駐車場で喘息発作を起こして死にかかったりした悪い記憶しか戻ってこない。半分国民の寄付で作られたオペラハウスなのに、どうして健康で若い人しか入れないような建物を作ったのか。愚かだ。バーロー。こんなところには、もう二度と行かない。
もっと上等なオペラを、フイルムで観た方が良い。 というわけで、
ニューヨークメトロポリタンオペラの、ライブHDフイルムだ。

オペラ「ロメオとジュリエット」
作曲: シャルル グノー
原作: ウィリアム シェイクスピア          

初演: 1867年 パリ テアトル リリークシアター
2時間40分 フランス語、英語タイトル
指揮: ジアナンドレア ノセダ
製作: バートレット シア
ジュリエット: ダイアナ ダムラウ
ロメオ : ヴィットリオ グリゴロ
ステファーノ:バ―ジニー ヴェレッツ
メルキシオ: エリオット マドレ

背景
14世紀 イタリア ヴェローナ

ヴェローナ支配層は、1239年、神聖ローマ帝国の皇帝フリードリッヒ2世の協力を得て、近隣諸国を征服し、勢力を拡大していた。それをローマ教皇グレゴリウス9世は 反キリスト的だと非難。ヴェローナの支配層は教皇派と皇帝派に分裂して、し烈な抗争を繰り広げた。皇帝派のモンターギュ家と、教皇派のキャピレット家とは、血を血で洗う勢力争いをくり返していた。

第1幕
キャピレット家のジュリエットは14歳になり、父親はヴェローナ侯爵の甥と娘を結婚させようと、やっきになっていた。しかし蝶よ花よと大切に育てられたジュリエットには、結婚に何の興味も感じられない。ジュリエットは、「恋をするってどんなかしら。炎のような愛に生きてみたい。」とアリアで歌う。
モンターギュ家のロメオは、友人のメルキューシオと、面白半分にキャピレット家の仮面舞踏会に紛れこんで、キャピレット家の一人娘ジュリエットに出会う。ひと目で二人は恋に陥るが、二人は後で、相手が敵同士の家の出であることを知らされる。
第2幕
その夜、眠れないロメオは、キャピレット家の庭に忍び込み、ジュリエットのいるバルコニーを見つめながら思いのたけを告白して歌う。「ぼくの太陽、登れよ登れ、ぼくの心の太陽」と、絶唱。ジュリエットも、バルコニーから姿を現して、自分の思いを伝える。
第3幕
ロメオは旧知の神父を訪ね、結婚したいと申し出る。そこに乳母を連れたジュリエットもやってきて、二人は秘密裏に結婚の誓いをたてる。ふたりの熱唱と、乳母、神父を含めた4重唱が美しい。
キャピレット家の仮装舞踏会から、一度も家に帰ってこないロメオを、メルキューシオたちは心配している。一方、モンターギュ家の男達は、自分の家の舞踏会に忍び込んでいたロメオのことを怒っていて制裁しようと、探し回っていた。街は不穏な空気の覆われていた。結婚式を終えたロメオが街頭で、メルキューシオ家の男たちに見つかって囲まれる。駆け付けたモンターギュ家の者たちと、剣を交えた激しい諍いが始まる。ロメオは親友のメルキューシオを殺されてしまい、いきりたって、メルキューシオ家の跡取り息子を殺してしまう。 その夜、ロメオとジュリエットは、互いの運命を嘆きながら、ジュリエットの部屋で初夜を迎える。ロメオは国外追放と宣告されて、二度とヴェローナの街に帰って来られない。延々と、二人の悲嘆にくれるデユエット。
第4幕
ロメオはヴェローナを去った。ジュリエットは父の強い勧めでヴェローナ侯爵の甥と結婚することになった。結婚を避けるために、どうしたら良いのか、ジュリエットはローランス神父に助けを求める。神父は、みんながジュリエットは死んだと思わせるように、仮死状態になる薬を与える。
第5幕
ジュリエットは霊安室で眠っている。そこにローランド神父の使いと入れ違いに、ロメオが、ジュリエットが死んだと聞かされて駆けつける。そしてジュリエットの死んだ姿を見て、後を追って毒を一気にあおる。その後、目が覚めたジュリエットは、ロメオを見て再会の喜びにデュエットを歌うが、ロメオは徐々に力を失う。ジュリエットに問われて、ロメオはすでに毒薬を飲んでしまったことを打ち明ける。ジュリエットは迷わずロメオの短剣を胸に突き付けて、ロメオは最後の力を振り絞って刃を突き刺し、二人は共に倒れる。
というストーリー。

ジュリエット役は、ドイツ人のソプラノ、ダイアナ ダンラウ。厚みのある力強いソプラノだ。表情が豊かで体当たりの演技もとても良かった。14歳のジュリエットが嬉しい時にぴょんぴょん跳ねたり、父親に甘えてしなだれかかったり表現が優れていて、30歳近くの亭主もちの女性と思えない。独唱の多いオペラで3時間ちかく、ほとんど二人舞台といって良い過酷な舞台。インタビューに答えて、「一日一日をサバイブすることで一杯で、他のことなど何も考えられない。」と言っていた。文字通りの大役なのだろう。

ロメオ役はイタリア人テナーのヴィットリア グリゴロ。彼の熱演がものすごく熱い。14歳の少年の役なのだから、もうちょっと力を抜いてソフトにやってくれと言いたくなる。汗をぶちまけながら全身で熱唱、このまま数か月の公演で体がもつのか、他人事ながら心配になる。インタビューで、ジュリエットを横に抱いて、「ぼくは彼女と結婚するんだ。」と宣言して、完全に役になりきっている。決闘場面など本当に剣を抜いてやり合って、トムクルーズ並に活躍。ジュリエットのいるバルコニーに飛び上り、3メートルの高さの門柱に半分足が浮いた状態で、ジュリエット、ぼくの太陽、太陽と、歌いまくっていた。これほど動きの激しいロメオ役も珍しい。

ニューヨークタイムスの批評を読んでみると、「たしかにこの二人が愛を交わし合い、これでもかこれでもかと熱唱する姿がとてもリアルだ、二人で最高の愛のケミストを発散しまくっている。」 と書いてあった。二人はこのオペラの前は、「マノン レスコー」を共演していた。この後、半年後には、「ホフマンの舟歌」でまた共演するようだ。相性が良いのだろう。二人の共演、これからも楽しみかもしれない。心配かもしれない。互いの家族が壊れて血を見るかもしれない。どうでもいいが。

オペラ「ロメオとジュリエット」は、シャルル グノーが作曲し、フランス語で歌うが、作風は古典の中の古典。重鎮グノーの作品だから、オペラ「ファウスト」もそうだが、重くて宗教色も強い。
一方、バレエの「ロメオとジュリエット」は、セルゲイ プロコフィエフ作曲で、現代的で明るい。人気作品だから、今も昔もたくさんのバレエ団が、これを演じているが、中でも1965年ロイヤルバレエロンドンで、ルドルフ ヌレエフと、マーゴ フォンテイーンが演じた作品が最高で、これ以前にも、これ以降にも、この二人以上に美しいロメオとジュリエットはあり得ない、と伝説になっている。まことに夢のような組み合わせだ。

映画では、1968年 フランコ ゼフィレリ監督によるオリビア ハッセイと、レオナルド ホワイテイングが演じた「ロメオとジュリエット」を、最も高く評価したい。このとき17歳だったオリビア ハッセイの、みずみずしく、ういういしくもまた清楚な美しさには目を見張る。相手役の18歳のレオナルド ホワイテイングも、稀有な美少年、本当に美しかった。この映画の後、レオナルドは二度と映画出演せず、その世界から遠ざかってしまった。オリビア ハッセイも、この映画のあと全然良い映画にもましな役にも恵まれなかった。
2015年になって、二人は 「ソーシャル スーサイド」というスリラーミステリー映画で、47年ぶりに、仲良く共演して話題になった。すっかり年を取ったレオナルドは、みごとに額が広くなってふくよかな顔になっていた。昔の絶世の美少年の面影もない。大昔のロメオとジュリエットが47年ぶりに共演したイギリス映画、ということだけが話題の2流作品だったらしく、こちらでは公開されなかったので、観ていない。

このあと1996年、クレア デインズとレオナルド デカプリオが、映画「ロメオとジュリエット」を演じたが、不興だったようだ。2013年には、ヘイリー スタンフェルドと ダグラス ブースで再びイタリア映画、「ロメオとジュリエット」が作られている。
またバーンスタインのミュージカル「ウェスト サイド ストーリー」も、このシェイクスピア作品がもとになっている。
もともとは、シェイクスピアのオリジナルではなく、ギリシャ神話がもとになっているが、人々は悲劇が好きだから、この作品はこれからも、オペラや、バレエや、ミュージカルや、映画で繰り返し繰り返し 全世界で演じられて、人々の涙をそそることだろう。そういえば、フイルムを見ながら泣いている人が結構いて、二人の絶唱をききながら、あちこちで嗚咽したり、鼻をかんだりしている音がした。
土曜日の午後、家から魔法瓶に甘い紅茶とサンドイッチを持ち込んでのひとり観劇。
こういう週末、全然わるくないぞ。