2015年5月17日日曜日
映画「若さの証明」反戦映画について
今年は第一次世界大戦開戦から100年目にあたる。また、第二次世界大戦の終結から70年周年になるので、節目の年というわけで、ヨーロッパでは戦勝記念祭や、記念追悼祭など、大規模な記念祭があちこちで開催された。5月9は、第二次世界大戦の終結記念日だったが、丁度、イギリスでは総選挙が行われていて、結果が保守派の圧勝に終わったために、反保守派が街頭で抗議デモを行い、一部は暴力化した。また女性兵士の記念碑が、落書きされて無残な姿になって発見されて、大きくニュースで報道された。
第二次世界大戦は日本にとってアジア諸国への侵略戦争以外の何物でもなかった。旧満州国、中国、台湾、韓国、シンガポール、フィリピン、ビルマ、インドネシア、タイ、チモール、ニューギニア、サイパン、テニアン、グアムなどに侵攻し、日本軍は、軍民合わせて1900万人の人々を殺した。靖国神社には、200万人の日本兵犠牲者を祀っているが、アジアの1900万人の犠牲者に対して、政府は何もしていない。侵略したことについて、政府は誠意ある謝罪をしていかなければならないと同時に、当時の日本人兵士に対しても、謝罪し足たらない。誰もが喜んで戦地に向かった訳ではない。日本兵230万人のうち、140万人は餓死したのだ。戦場であったこと、人々が経験してきたことを、読み、観て、語り続けることが、今ほど大切な時はない。
戦争は人々の命を奪い、その時代を生きた人々の人生をことごとく変えてしまうものだから、ドラマにも映画にも、オペラにも、バレエにもなっている。ドキュメンタリーを除くと、戦争映画を背景にしたイギリス映画でもっとも印象深い傑作というと、「哀愁」があげられる。アメリカ映画だが、背景も登場人物もロンドンでイギリス映画といって許されるだろう。主演、ビビアン リーとロバート テイラー。若いイギリス軍将校とバレリーナの悲恋物語だ。「風と共に去りぬ」で一世を風靡したビビアン リーの初々しい美しさに見とれずにはいられない。こういったいわばメロドラマを、アメリカが戦中や戦争直後に平気で制作していることを考えると、国力の差を思わずにはいられない。まだ日本では人々が瓦礫の上で飢えていた時期に、ハリウッドではメロドラマを作る余裕も需要もあったのだ。
印象に残る戦争映画の中で、アメリカ映画では、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」があげられる。フランス映画では、ルネ クレマンの「禁じられた遊び」、イタリア映画では、「ひまわり」。これはマストロヤンニと、ソフィア ローレン主演。どれも不滅の名作、反戦映画の最高峰だろう。
映画 「若さの証明」 邦題はまだ未定
原題:「TESTAMENT OF TOUTH」
原作:ベラ ブリテン作 「TESTAMENT OF YOUTH」
キャスト:ベラ:アリシア ヴィカンデル
兄エドワード:タロン エガートン
ロナルド:キット ハリントン
ヴィクター:コリン モーガン
ジェフリー:ジョナサン バレリー
ストーリーは
1910年
英国ヨークシャーの旧家に生まれ育ったベラ ブリテンは、利発で行動的、オックスフォード大学に通う兄、エドワードととても仲が良かった。女の子は屋敷の中でピアノを弾き、刺繍をし、親が決めた結婚に従う、といった世の習慣のなかで、両親はベラに女らしい生き方をして欲しいと願っていた。しかしベラは書を愛し、詩をたしなみ、大学に行って文学を勉強したいと願っている。兄エドワードには、親しい大学の学友が何人もいて屋敷にも、よく出入りしていた。ロナルド、ヴィクター、ジェフリーなどの青年たちだ。彼らはみな、美しいベラに好意と、ほのかな恋心をい抱いていた。中でも作家志望のロナルドは、ベラの文才を認めて、ベラに書くことを強く勧める。そして遂に、ベラは両親の反対を押して、オックスフォードのサマービルカレッジに入学する。
しかしその年に戦争が始まる。ロナルドは、真っ先に戦場に送られる。ロナルドに惹かれていたベラは、自分だけ大学で勉強を続けていることに、居たたまれなくなって、休学届を出して、志願して訓練を受け、ロンドンの病院で戦傷者を看護する。しばらくして、戦場から一時ロナルドが帰ってきた。大喜びで彼を迎える家族やエドワード、ヴィクター達だったが、ロナルドはすっかり人が変わっていた。戦場の厳しさは、彼から希望や人間らしい感情を奪い去ってしまった。ベラは必死でロナルドに語り掛ける。そして、時間を取り戻し、正気をとりもどしたロナルドとベラは婚約する。しかし、彼は再び前線に戻っていく。べラは、ロンドンの病院で、ただロナルドを待つことができなくなって、自分も西部戦線 最前線の野戦病院に、従軍看護婦として志願して行く。そこは、地獄のような戦場だった。 そしてクリスマス休暇に戦線から一時帰るというロナルドの知らせを待つ、ベラと家族に送られてきたのは、ロナルドの戦死の知らせと血にまみれた軍服だった。
ベラは、北フランスの戦場に戻る。傷を負い失明した兵士が運ばれてきた。兄エドワードの親友ヴィクターだった。ベラの懸命の看護で回復してきたヴィクターに、ベラは、「戦争が終わったら一緒に住みましょう。」と提案する。ヴィクターはベラに婚約者がいると嘘をついてきた。ヴィクターはベラに会ったその日からベラを愛していて、ロナルドへの遠慮から嘘をついてきたが、いま愛するベラからプロポーズを受けているのだった。その夜、ヴィクターは、自ら銃で頭を撃ち自死する。失明したヴィクターにベラを幸せにできる自信がなかったのだ。エドワードの別の親友ジェフリーも戦死した。
やがて、野戦病院では収容できないほどの傷病者が、テントの外のぬかるみにまで運ばれて、並べられるようになっていた。その中に、べラは出血多量で意識のない兄、エドワードを見つける。ベラの懸命な看護で、エドワードは傷を癒し、また戦場に帰っていく。ベラは、母親急病の知らせを受けて、ヨークシャーの故郷に戻る。そこで、すっかり衰えた両親と、自分を待っていたのは、兄エドワードの戦死の知らせだった。ベラはみんな失ったのだった。
ベラはロンドンの大学に戻る。4年という歳月がたっていた。戦争が終わった。ロンドンは終戦を喜び祝う人々で浮かれ沸き立っている。しかしベラの顔に笑顔はない。
というお話。
映画の最初にシーンにすべてが語られている。
例えようもないヨークシャーの田園風景の美しさ。深い緑の池、樺の木々、一面の緑、咲き乱れる野の花々、水仙が咲き誇り、ラベンダーが香る美しい田舎。そこをエドワードとベラ、ロナルドとヴィクターがふざけながら、おしゃべりに夢中で歩いている。ベラは兄と一緒に大学に行って勉強し、自分の人生を自分の手でつかみたい。そんな時代を先取りしたような18歳の少女を熱のこもった目で見つめる青年たち。若者たちの命の躍動。みなベラにとっては大切な家族のような存在だったのだ。そんな未来のある若者たちを一人残らずベラは失う。激しい号泣や、諍いや、争いなどなく、ただ悲しいことだけが続いていく。そういった事実をベラが淡々と受け入れながら、歩んでいく。静かに時が流れ、ヨークシャーの美しい自然だけが何も変わらずに、春を迎えている。セザンヌの印象画をみているような美しい光景が続く。
抒情的で美しい映画だ。
ベラの半自叙伝。まだ女性が高等教育を受けることが珍しかった時代に、ベラはオックスフォードで文学を学び、戦時中は看護婦として最前線の野戦病院に行き、そのことごとを書いた。女性による戦争従軍記録として、彼女の著作は英国で高く評価されている。日本では与謝野晶子の時代。野上弥栄子、林扶美子、円地ふみこ、岡本かのこ、宮本百合子などが物を書き出すのは、もっとずっと後のことだ。
スウェーデン人の女優アリシア ヴィカンデルが、とても美しい。同じスウェーデン出身のイングリット バーグマンに共通する知的で硬質な美しさだ。深い悲哀を胸に秘めて前を向いて歩んでいく姿が健気で清々しい。細くて頼りなげだが、柳の枝のようにしなやかで強い。とても勇気付けられる映画だ。どんな時代でも、自分の足で生きようとする女性の姿に尊敬と敬愛の思いが湧き上がる。