2014年8月2日土曜日

日本非公開の映画 「ザ フラワー オブ ワー」

                        

英題:「THE FLOWERS OF WAR」          
原題:「NANJING HEROES」
2012年アカデミー 外国映画最優秀賞候補
ゴールデングローブ 外国映画祭優勝賞候補
中国映画 日本非公開

監督:チャン イー モー
キャスト
ジョン ミラー神父 :クリスチャン ベイル
ジョージ少年    :Huang Tianyuan
踊り子 Yu Mo  :Ni Ni
女学生Shu     :Zhang Xiniyi
長谷川大佐    :ワタベ アツオ
政府軍兵士    :Dawel Tong
ストーリーは
1937年 日中戦争で蒋介石の南京脱出 中国軍撤退に伴い日本軍は首都南京を包囲し、投降勧告に応じなかった軍人を含む市民、14万人を虐殺、2万人の女性がレイプされた。戦後、戦争犯罪として極東軍事裁判と南京軍事法廷で審議、死刑を含む処罰が行われ、日本政府から公式な賠償と謝罪がなされたが、多くの中国人は、それでは充分ではないと考えている。という説明文があって、映画が始まる。
南京は日本軍によって占領されたが、撤退中の中国政府軍や避難する市民たちで混乱を極めていた。建物はことごとく破壊され、道の両側には瓦礫と死体で山ができている。女たちは一様にレイプされていて、無残な裸体をさらしたまま死んでいる。

そんな中を、逃げ遅れたカソリックスクールの女学生の一団が命がけで南京大聖堂を目指して走っている。大聖堂に避難することが安全だとは言えない。13歳の少女たちを案内するのは、同い年の大聖堂の教主の養子、ジョージだ。彼らの姿を見た撤退中の数人の政府軍兵士が 少女たちをガードする。14人の少女たちが大聖堂にたどり着くと同時に、一人のアメリカ人が到着する。ジョンと名乗るその男は、葬儀屋で大聖堂の教主に以前仕事を依頼されていた。しかし大聖堂の正面には大きな穴が開いていて、赤十字の大きな旗が貼ってあるのも関わらず、数日前に空爆されて教主がこの時に亡くなっていた。ジョンは大聖堂の教主の部屋に陣取って、傍若無人にふるまう。教会のワインに手を出して飲んだくれている。ジョージも女生徒たちも、あきれている。

そこに花街の売春婦たちが、12人も避難してくる。ジョンは大喜びだが、女生徒たちは大迷惑だ。踊り子たちも勝手気ままに聖堂の寝室を占領する。なんとか南京を脱出しなければ生き延びられないことははっきりしているが、脱出方法がない。たった一台のトラックは空爆で壊れていた。
ある日、遂に日本兵のトラックが大聖堂に乗り込んでくる。ジョンの指示で踊り子たちは地下に隠れるが、女生徒たちは遅れて日本兵に見つかってしまう。女生徒たちは、立ちふさがる神父の服を身にまとったジョンの背後に隠れる。ジョンは、自分の身の危険を顧みず赤十字の大旗をかざして兵士たちを説得しようとするが、日本兵たちは聞く耳を持たない。兵士たちは、処女だ処女だと叫びながら逃げ惑う女生徒たちを追い廻し、やがて、ひとりひとりと日本兵の手にとらえられる。
この場を救ったのは、一発の銃声だった。辛うじて生き残っていた中国政府軍の出現に日本兵たちはあわてて戦闘態勢にもどる。しかし2人の女生徒が、日本兵の犠牲になって死亡していた。嘆きは女生徒ばかりではない。踊り子たちは地下に隠れて一部始終を目撃していた。このとき女生徒たちも 狭い地下に逃げ込もうとしていたら、兵士に見つかって全員が殺されていた。踊り子たちは、自分たちの犠牲になって女生徒たちが逃げ回ったことにうしろめたさを感じずにいられなかった。しかしこの時から、アメリカ人で飲んだくれの葬儀屋ジョンは、全員から 信頼をこめて「神父ジョン」と呼ばれるようになった。

後日、日本兵の大隊がやってきた。隊長は長谷川大佐と名乗り、先日の小隊の乱行を謝罪し、彼はクリスチャンなので教会を守り、女生徒たちに危害を与えないと約束する。以来、長谷川大佐はしばしば教会に来て女学生達の歌う讃美歌を聞きに来るようになった。
しかし小康状態はいつまでも続かない。日本から大連隊が到着して、南京陥落祝賀会が行われるという。会の出し物に、女生徒たちのコーラス隊を出すように、ジョンは命令される。ジョンはまだ女生徒たちは子供なので、そのような会には出せないと懸命に食い下がるが、長谷川大佐は譲らない。上司の命令だという。その場で間違って女生徒の中に入って数えられてしまった一人の踊り子を含めて13人の女生徒が、祝賀会に歌を歌いに参加する。ということは、そのまま日本兵に女を供出するということだ。女生徒たちは生きて帰れない。悲嘆にくれる女生徒たちを慰める方法はない。思い余って教会の塔からそろって身投げして死のうとする女生徒を止めたのは、踊り子たちだった。反目し合っていた女生徒たちと踊り子たちは、和解する。踊り子たちは女生徒たちの身代わりになって、祝賀会に行くという。教会のカーテンを引き摺り下ろして制服を作り、髪を切り、胸にさらしをまく。しかし日本軍は13人のコーラス隊を待っている。12人の踊り子たちが出て行っても、残りの一人を探すために日本兵たちは教会の隅々まで探すだろう。教主の養子ジョージが最後の一人になることを申し出る。ジョンはジョージ少年のためにかつらを作り、化粧を施す。

当日、軍のトラックが迎えにやってくる。13人の女生徒に扮装した踊り子たちとジョージは、渾身の思いをこめて、女生徒達とジョンに別れを告げる。彼らは軍のトラックに乗って走り去った。踊り子たちの去った後、ぐずぐずしてはいられない。ジョンは修理の終わったばかりのトラックの荷台に女生徒たちを寝かせ、その上に教会のワインや物資を載せて南京を脱出するための道のりを走り出すのだった。というお話。

この映画は日本では公開されなかった。映画のはじめに南京虐殺で14万人が犠牲になったという説明があるが、この数が問題になったようだ。南京虐殺にはいろいろな説がある。30万人の犠牲という説から、数千人説まである。しかし、国際的の高く評価されている監督による作品で、英国人アカデミー俳優のクリスチャン ベイルが主役になっているのだから、日本で上映すべきだったと思う。
チャン イー モーは今では中国の芸術を代表する大御所で、天才監督といわれているが かつては抵抗の芸術家だった。1987年の「紅いコーリャン」は、彼の作品の中で一番の傑作だと思うが、ここにも日本軍の残虐さに引き裂かれる貧しい農民たちの姿が描かれている。1991年「紅夢 レッドランタン」、1999年「初恋のきた道」(THE RODE HOME)は、チャン ツィイのデビュー作になった。2002年「英雄」、2004年「LOVERS」、2006年「王妃の紋章」も忘れられない。どの作品も広大な中国の自然が背景にあって美しい。この監督を中国の黒澤明という人がいるが、それよりも中国のデヴィッド リーンの作風に近い。美しい自然をバックに、Ni Ni や、ゴング リーやチャン ツィイなどの美しい女優を素晴らしく美しく撮る。その腕は確かだ。

この映画は救いようのない歴史的悲劇を映画化したにも関わらず、チャン イーモーの美的センスがあちこちに光っていて美しい。さすが、「色彩の達人」だ。終始紺色に制服を着たおかっぱ髪の女生徒たちの清楚な美しさ。一方、真紅の口紅をさした華やかな踊り子たちの艶やかさ。
暗い教会、黒服の神父の前に、黒い兵隊たちの群れがやってきて蛮行を行う。抵抗する神父ジョンが、大聖堂の檀上から広げる国際赤十字の真紅の旗が鮮やかにひるがえる。その黒と赤のコントラストがみごとだ。
中国政府軍の最後の兵士が、1連隊の日本兵を道ずれに死んでいくが、そこが布地問屋の建物だった。大爆発のとき 彼も日本兵も何もかも粉砕されるが、美しい色とりどりの絹布が空に舞い上がる。赤や黄や青の絹が舞い、美しい花火を見るようだ。スローモーションでこれを見せる。チャン イーモーでなければ こんな色使いはできなかっただろう。みごとだ。

映画のテーマは自己犠牲とヒロイズム。
ー飲んだくれのジョン ミラーには自分だけで逃走するチャンスがあった。現に偶然アメリカ人の友達に会って、一緒に最後の船に乗って逃げるように勧められる。しかし14人の女生徒と12人の踊り子と孤児ジョージの命が、自分ひとりにかかっていることを知って、教会に残る選択をする。
ーまた孤児ジョージはたった13歳、踊り子たちが去った後、少女たちと一緒にジョンの運転するトラックで南京脱出をするチャンスがあった。しかし彼は日本軍が要求した13人目の女生徒として日本軍の祝賀会に行く。そのために恐らく日本軍を欺いたことで最も過酷な殺され方をしただろう。それを彼は選択した。
ー12人の踊り子たちは、ジョージのトラックに乗って逃走することができた。日本軍は13人の女生徒、処女を要求していたのだから。しかし踊り子たちは自ら女生徒を装い、日本軍に供出されていく。彼女たちも残酷な殺され方をしたことだろう。
ーその踊り子たちの決意をする前に12人の女生徒たちは、最初に日本軍がやってきたときに、踊り子たちを立ち退かせて自分たちが地下に隠れることもできた。しかしそれをせずに図書館に閉じこもったために見つかって追い回された挙句2人の犠牲者を出した。
ー最後に残った中国政府軍兵は、女生徒を守るために教会前を防備する必要はなかった。他の兵士たちと一緒に撤退することもできた。しかし彼は残って死ぬ選択をした。

自分が殺されるか否かという間際に、みんながみんな重要な選択をする。「人のために生きてこそ本当に生きたことになる。」というトルストイの言葉を 自分たちの命で’証明しているような生き方だ。美しいが悲しい。
チャン イーモーは、「どんな状況に置かれても人は愛し、助け合い、少しでも人間的であろうとする。そういった人間的な愛と犠牲は不変で永遠のものだ。戦争の中でも、人間精神が変わらないと尊いものだということを表現したかった」、と言っている。貴重な言葉だ。
とても美しく、良い映画だ。日本で非公開なのは、残念だ。
日本語版はないが、アマゾンから中国語に英語字幕のついたヴィデオを取り寄せることができる。実際アマゾンまで行かなくても良い。(笑) クリックするだけだ。