2014年5月6日火曜日

映画 「インヴィジビル ウ―マン」


                              

原題:「INVISIBLE WOMAN」
監督:ラルフ フィネス
キャスト
チャールズ ディケンズ:ラルフ フィネス
ネリー エレン ターナン:フェリシテイー

英国シェイクスピア俳優、ラルフ フィネスの監督した映画第1作目の作品。19世紀のイギリス文学を代表する国民作家チャールズ ディケンズの秘められた私生活を映画化したもの。チャールズ ディケンズといえば、日本でいうと森鴎外とか、夏目漱石に当たるだろうか。日本映画でも文芸作品は、常に一定の人気を保っていて、毎年いくつかの古典作品や、近代文学が映画化されている。

ディケンズ(1812年―1870年)の代表作は、「クリスマスキャロル」、「偉大なる遺産」、「二都物語」など。彼の作品は、トルストイからも、ドストエフスキーからも愛された。ディケンズと妻のキャサリンとの間には10人の子供がいたが、1858年に彼は妻子を残して、エレン ネリーという19歳の女優とフランスに居を構えた。その時彼は46歳だったが、死ぬまでこの女性を愛した。しかし彼女を妻にはせず、公表することもなかった。
ディケンズは英国だけでなく、ヨーロッパじゅうから名士として人々から尊敬され敬愛されていたから、彼の秘密を知っている人々も他言することがなかった。ディケンズは秘密を抱えたまま亡くなり、人々はネリーのことについて、語ることなく忘れ去った。まさに、ネリーは、「INVISIBLE」、見えない女、隠された女だった。この映画は、彼女の立場にたって描かれた作品。

役者であり監督をしたラルフ フィネスは、この女性の秘められた物語に魅かれて映画化を思い立ったという。伝記作家クライア トマリンによって書かれたものをアビ モーガンが脚本にした。自分の過去を誰にも語らず、ディケンズとの約束を守りとおして生きて死んでいった女性の苛立ちと苦悩と悲哀が描かれている。

ストーリーは
1857年、エレン ネリーが初めてディケンズに会ったのは彼女が18歳の時だった。ネリーの母親は、もと女優で、ディケンズの芝居を演じていたので、ディケンズとは親しかった。母親はネリーと、もう一人の娘を連れてディケンズの新しい舞台のためにロンドンに来ていた。亡くなった夫の遺産で暮らしているが、生活はそれほど楽ではない。
このときディケンズは45歳。作家活動も舞台の仕事も順調で、もっとも油が乗りきった時期で、彼の芝居は、人気を博していた。彼自身が舞台で主役を演じたり、舞台で詩を朗読したりして公演を成功させていた。そんな彼が、18歳の気の強い、自分の意思をはっきり言う美少女に恋をする。ネリーはあこがれの人に求愛されて、周りの人々の忠告や、本妻からの圧力などまったく目に入らない。盲目的にディケンズを心から慕い、恋に生きる。

ディケンズは、妻と別居して、ネリーを連れてフランスに移る。二人の愛の巣で、子供を宿るが死産する。ディケンズは死ぬまで彼女を愛した。
ディケンズの死後、ネリーは、教師になってディケンズの芝居を学校の子供たちに教える。結婚して子供も生まれる。幸せな家庭を持ったはずが、心はまだディケンズにある。彼の死後も心は喪に服している。いつも黒い服を着て、感情の起伏が激しい。それを理解できない夫も、周囲の人々も困惑するばかりだ。村の神父は、壊れそうな家庭を心配して、夫婦の力になろうと、折に触れてネリーに語り掛けて、堅く閉ざしたネリーの心を開こうとするが、ネリーは拒否するだけだ。時がたつほど、ネリーの感情が制御できなくなっていく。過去の思い出に生きるネリーと、現在のネリーとの境が、限界に達した時、ネリーは海に向かう。海を表現したディケンズの詩の朗読が聞こえる。荒ぶる海の波が砕け散る浜を彷徨するネリー。そんな凄惨な姿を見て神父は理解する。この不幸な女がディケンズの秘密の女だったのか、と。ネリーは神父の差し出した手にすがる。そして、神父とともに教会の墓地を歩くことによって 心の苦しみが消えていくのを自覚する。
長い長いディケンズとの旅路は終わったのだ。
というお話。

人は弱い存在だ。
誰でも人は秘密を抱えて生きている。しかしその秘密が大きすぎて、抱えられないとき、人には秘密を分かち合える人の存在が必要だ。
ネリーは抱えきれない秘密を、神父に理解されることで、生き返る。そして重すぎた過去を捨てて、別の女性として生きることができた。人生にとって忘却することがいかに大切なことか、この映画は物語っている。

監督主演したラルフ フィネスは52歳、英国サフォークイプスウィチ出身。父親は写真家、母親は名高い小説家の長男。弟ジョセフは役者、妹マサは映画監督。ラルフは王立演劇学校を出て、シェイクスピアロイヤルカンパニーで役者になり、イワン ツルゲイネフ、ヘンリク イプセン、サミュエル ベケットなど好んで演じ、映画「シンドラーのリスト」で、ナチ将校の役を演じて注目をあびるようになった。このことは、前の日記「グランド ブダペストホテル」で述べた。この作品で内部に狂気を秘めた軍人を演じてアカデミー賞男優賞の候補になり、1996年には「イングリッシュ ペイシャント」でこれまた内部に嵐を抱えた元貴族の学者を主演した。良い作品だったが、2005年の「ナイロビの蜂」と、2008年の「愛を読む人」(「朗読者」)は、どちらも秀逸。2作とも、忘れられない作品になった。この作品では最もこの役者らしい役を演じた。この人の魅力は「壊れ物としての人間」の「あぶなっかしさ」の表現の仕方にある。作家ジョン ル カレによる「ナイロビの蜂」も、ベルン ハルト シュリンクのよる「朗読者」(愛を読む人)も、原作が素晴らしく、ベストセラーにもなったが、本当に映画が良かった。
珍しく、ラルフ フィネスは「グランド ブダペストホテル」で笑わせてくれたが、次作では007ジェームスボンドシリーズで、ボンドのボスにあたるMの役を演じることになっている。Mは、長年ジュデイ デインチがやっていたが彼女はもう黄変部変性疾患で失明状態なので、ラルフにバトンタッチして引退するようだ。ラルフ フィネスのM、どんな親分になるのか、次作が楽しみだ。