2010年4月29日木曜日

松本大洋の漫画




ピンポン
竹光侍
吾 ナンバーファイブ
青い春

松本大洋の漫画を初めて読んだのは「ピンポン」1-4巻が最初だった。筆太で、油絵のように、ひとつひとつの絵がしっかりと力強く描かれていて それがときとして、抽象画のような、くずれ方をする。絵が実におもしろいので、驚いた。

二人の少年のピンポンをめぐる 争いがテーマだ。ペコとヒーローの出会い、そして最後の別れが とても心に残る。 ピンポンの天才ペコが ヒーローにとって、本当のヒーローである以上、ヒーローにペコを乗り越えていくことは出来ない。それでいい と本人が心の底で思っているからだ。ナンバーワンをめざす 男ふたりの友情とも ライバルともいえない、もっと深い心の奥の方での結びつきが、単純なスポーツ漫画とは、一味ちがった感動をもたらせる。

次に読んだのは、「竹光侍」1巻から8巻で完結しているらしいが 5巻までしか手に入らなかった。竹筆で描かれているらしい。
独特の筆のタッチがとても良い。小説で言う 行間を読ませる、という芸をこの作家はもっていて、自由自在に使っている。

江戸下町長屋に住む 瀬能宗一郎は めっぽう剣は強いのに それをおくびにも出さず 長屋仲間のために 大切な父のかたみの剣を質入れしたまま質に流してしまう。子供達を集めて学問を教える寺子屋をやっている。穏やかな人柄から子供からも大人からも 慕われている。酒もいけるが、甘いものに目がない。こんな男が放っておかれるわけもなく 親しい遊女もいるが、家庭をもつ気などない。

信濃の国 立石領 多岐家、瀬能宗右衛門の息子として育ったが、実の父は 時の将軍だ。瓜二つの顔が事実を物語っている。そこに、監獄破りの極悪人が現れる。木久地真之介。メシという名の鼠をペットに飼っている。理由なく罪のないものを殺す、この極悪人を宗一郎は許せない。がゆえ宿命の敵となる。

細い筆が 侍の表情を捉えて 絵が美しい。
油断していると 子供が女に化けた狐にさらわれそうになったり、女の子に化けた大魚に 川の底に引きずりこまれそうになったりするシーンが 自分が子供の頃に想像していた世界のように、よみがえってくる。

次に「吾 ナンバーファイブ」
天才科学者:PAPAの手によって 創造された超人類は、9人。王がワン、仁がツー、惨がスリー、死がフォー、吾がファイブ、岩がシックス、亡がセブン、蜂がエイト、苦がナインの、面々だ。超人類は平和隊として、生態系を崩壊させた人類のために 人の進むべき指針を示すために 造られた。
彼らは それぞれが個性が強く、協調性はないが、「共鳴」する。仲間が遠くに居ても「感じる」ことができて、どういう状況にいるのかが互いに、わかっている。

しかし、ある日、超人類の中で、ナンバーファイブが 脱退し仲間を殺して女を奪い 女と逃避行をはかる。 恋路ゆえの逃避行なのだが、女:マトリョーシカは、いつも食うだけ。何もしゃべらず食い続け、悪無限的に太り続ける。
一方、ナンバーワン(王)は、国民から支持されてる 一番の人気者だ。彼はものすごく強いくせに非暴力主義者で心優しいヒーローだ。しかし、ナンバーファイブに狙撃されて、死ぬ。そして、反乱軍は投降して、最終的には平和隊の生き残りは 人類と平和的に共存していく。

小学館IKKIコミックでは4巻で完結した。一冊一冊の表紙の絵が美しい。ナンバーファイブと、マトリョーシカのふたりが 砂漠や雪原や牧草地や地の果てで、並んで立っている。まわりに大小 ありとあらゆる動物が 恐竜を含めて描かれている。色彩といい、動物の描写といい、額に飾る洋画のように美しい。
物語の中でも、登場人物が 自由なイマジネーションで、巨大になったり 小さくなったりしながら、いつも動物が背景に登場する。ナンバーワンのお城に キリンがやたら、くつろいでいたり、魚も浮かんでいたり、窓から熊が顔を覗かせていたりする。ひとコマひとコマが 愉快でおもしろい。
超人類といいながら、ひとりひとりは実に心細やかな 好青年たちなのだ。彼らの「感じ」「共鳴」できるという結びつき方に、とても魅かれた。

次に読んだのは「青い春」。
短編集で、「しあわせなら手をたたこう」
高校3年生。学校屋上の柵に 外からつかまって、手を何回叩けるかを競う、命をかけた娯楽。校長らは、落ちこぼれどもの同士討ちだ、ととりあわない。7年ぶりに8回手をたたいた英雄の九条は、もう仲間達から離れたい一心で、弟分に ついはっぱをかける。兄貴を心から慕っている弟分は12回たたいて、踊り場のコンクリートで頭を割って死ぬまで 手をたたき続行ける。

「リボルバー」
突然ヤクザに リボルバーを贈られた3人の高校生。これは本物のヤクザからの招待状だ。3人は 学校では、ワルだが、ヤクザになる気はない。弾丸を1発だけ残して、3人は海に向かう。地獄にタッチして、帰ってくることにしたのだ。ロシアンルーレット。誰も恨まない。誰か死んだら海に流す と約束して。しかし、3人とも生き残り、「感動だよ、、。」と。

「夏でポン」
みんなの夢だった甲子園。県の準決勝。
最後の一球。エースは ピッチャーが カーブのサインを出したのに、直球を投げて、サヨナラ負けした。
エースとピッチャー、サードとセンターの4人は 甲子園が終わるまでマージャンをする。15日間休みなし、眠さにも負けず、4人甲子園が終わるまで苦行を続ける。マージャンをしながらも会話は最期の試合のことばかり。「カーブで勝てたんだ。」と言い、「キャッチャーはいつも正しかった。」「ヒーローは自分勝手でよ。」と言うが、みな「あの直球は最高だったよ。」と。
エースは プロからスカウトをされていたが 甲子園に行けなかったので、親の後をついで酒屋になる。少年達、大阪の球遊びが終わるまで 不眠不休でマージャン がんばれ!

このほか「鈴木さん」、「ピース」、「ファミリーレストランは僕らのパラダイスさ」、「だみだこりゃ」がある。
どれも味わいがあって、良い。わたしは、「夏でポン」が一番心に残った。

松本大洋の絵はそれぞれの作品ごとに大きく異なる。ひとつひとつの作品がほかの作品と全然 類似点がなくて、並べてみても 同じ人が書いたと思えない。とても、作品ごとのテイストを大事にしていて、絵にこだわる人なのだろう。
読んだもの、みなおもしろかった。
残りの作品も、読んでみよう。楽しみが増えて、嬉しい。