2019年9月1日日曜日

新海誠の「天気の子」

アニメーション映画「天気の子」
英語題名:「WEATHERING WITH  YOU」
作:新海誠
音楽:野田洋次郎 RADWIMPS
登場人物
森嶋帆高:16歳 高校一年生
天野陽菜:15歳 中学生
天野凪 :小学生 陽菜の弟
須賀圭介:ミニコミ雑誌所有者
須賀夏美:圭介の姪 雑誌社の雇用員
ストーリーは
16歳の帆高は、住んでいた伊豆諸島神津島での生活と学校から逃れて、家出して東京に出てくる。上京するときの船で、須賀という男と知り合い、困ったことがあったら訪ねて来るようにと名刺を渡される。帆高は新宿に来てみたものの、身分証明書なしでは仕事が見つからず、ネットカフェで暮らすうち、マクドナルドでバイトをしている少女にハンバーガーをご馳走してもらう。しかし、仕事は見つからず所持金に事欠いた帆高は、ネットカフェにも居られなくなって、名刺を頼りに須賀を訪ねる。須賀は姪の夏美と二人で、街のjミニコミ情報誌を作っていた。訪ねて来た帆高に、須賀は事務所に住んで編集を手伝うように言う。見よう見まねで編集を手伝ううち、ある日、帆高は、マクドナルドでハンバーガーを出してくれた少女が、人相に良くない男達に囲まれているところに出くわし、とっさの機転で少女の腕を掴んで男達から引き離して逃げる。少女は陽菜と名乗り、母親を亡くしたあと小学生の弟、凪と二人で暮らしていた。

2021年の夏は、毎日が雨だった。帆高は陽菜が一時的に天気を晴れにすることができる特殊な能力があることを知る。陽菜は亡くなった母親が病院に居たとき、雨ばかりで気が沈むので母のために雨が止むように祈りながら、ある古いビルの屋上の神社の鳥居をくぐった。それ以来、陽菜が強く願うと空が晴れてくるのだった。
帆高はこの陽菜の特殊能力を、ウェブサイトで宣伝して生活の糧にする計画を考え付いた。毎日雨ばかりで困っていた人達は、このウェブサイトの「晴れ女」を見て、自分たちの特別の日を晴れにしてもらう依頼をするようになり、二人で始めた「晴れ女「のビジネスは順調に稼働するようになった。

しかし以前に、帆高が人相の悪い男達から陽菜を救い出した時、男達が持っていた拳銃の引き金を引いてしまったことが警察に知られ、刑事たちが須賀の事務所を訪れる。帆高は身元が分かってしまうと、家出してきた実家に引き戻されてしまう。また陽菜は未成年で小学生と二人で住んでいることが警察に知られると、姉弟が引き離されて施設に引き取られることになる。帆高と陽菜は凪を連れて逃亡して、3人はホテルに泊まる。ホテルで自動販売機の食べ物や、カラオケで楽しんだ後、陽菜は帆高に、自分の体がだんだん透明になってきたことを告げる。須賀夏美が「晴れ女」について取材して得た知識では、「晴れ女」について哀しい言い伝えがあり、空を晴れにするたびに晴れ女は人柱として体を空に奪われていくのだと聞かされていた。陽菜の懸念どおり、翌朝目が覚めてみると、帆高の横に眠っていたはずの陽菜の姿は消えていた。

陽菜が人柱になったことで、長雨がずっと続いていた東京は、嘘のように晴れ上がっていた。人々は太陽の光を見上げて喜んでいた。しかし帆高はこの晴れが、陽菜の犠牲によって起きたことを知って、警察の追跡を振り切りながら、陽菜がくぐったというビルの屋上の鳥居に向かう。夏美のバイクに助けられ、刑事たちの行く先を妨害する須賀に助けられながら、帆高は懸命に走り、屋上の鳥居をくぐる。一瞬の間に帆高は空に舞い上がり、雲の上にいた陽菜を見つけて救い出す。二人は一緒に地上に落ちて来て、再び東京は雨になる。やがて東京の低地地帯は水没し、人が住めなくなる。

雨は3年間止むことなく降り続き、警察の手にかかった帆高は、実家に帰されて学校に戻る。帆高は3年後、大学進学のために上京し、陽菜と再会する。
というおはなし。

英語字幕つきで街の映画館で観た。日本の映画がこのように、シドニーの街の映画館で上映されるのは、年に1本くらいだろう。だいたい英語圏に住む国民は字幕付きの外国映画を、どんな名画であっても面倒がって見ない。観客が入らないから上映しない。上映しないから外国文化への興味が薄い。とても残念なことだ。日本に居たときは、子供の時から字幕付きのロシア映画、フランス映画、イタリア映画などを見て来た自分にとって、ヨーロッパの国々の重厚な文化的な映画を観ることが出来なくなって悲しい。人が教養を積む、人が外国語を身に着けるということは、その国の文化を理解し、その国の芸術に触れ、その国の空気を吸うことだ。少しでもたくさんの国の芸術作品に身近に触れることが教育というものなのに。もっとオーストラリアでも、外国語映画を街で上映して欲しい。

昨年は、「万引家族」がカンヌ国際映画祭でパルムドールを賞与されたので、街の映画館で見ることができた。今年は韓国の映画「パラサイト」(寄生虫)が同じくカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したので、シドニーでも一般映画館で上映した。日本の「万引き家族」も、韓国の「パラサイト」も同じようにエグい作品だった。気持ちが悪い。人をあざむき、ごまかし、うらやみ、うらぎり、盗む。そうしながら自分の家族だけは強く結び合って愛し合っている、と言われても、私は信じない。他人をだましながら自分の子だけは可愛がる、ということができるほど、人は器用に出来ていない。自分の子を愛することは、他人の子も、世界の子供も愛すると言うことだ。韓国映画「パラサイト」も家族同士の結びつきが強く、貧しい自分の家族のために裕福な家族を滅亡させる話で、「万引き家族」よりも強烈な血の海を見せられて、嫌になった。どうしてこの2作がパルムドール賞受賞したのか理解できない。「万引き家族」の監督の初期の作品は良かった。「そして父になる」など、泣きすぎて溺れそうになる。「パラサイト」の主役も、「タクシードライバー」を主演した素晴らしい役者。日韓ともに、年に1本くらいしか一般の映画館で上映しないのに、こんな作品しか上映しないなんて、、。

それはともかく、新海誠だ。
新海誠の作品で一番好きなのは、「言の葉の庭」だ。これほど美しい自然描写のあるアニメーションを未だに他に観たことがない。
メガヒットになった「君の名は」では、彗星が落ちて来て一つの街が丸ごと消え去るが、神社の巫女の娘が街の人の命を救う。その娘、宮永三葉と、身体が時々入れ替わる少年、立花瀧も不思議なお神酒の力で蘇る。今回の「天気の子」では、人柱だ。何世紀前の話だ?神社の鳥居、お盆の迎え火、夏祭りの花火、昔は海だったという東京の下町、などなどノスタルジックだ。むかしむかし、あるところで、という日本のお伽噺が、現代っ子の少年少女を使って語られる。

ストーリーは前回の作品より単純だが、終わり方は同じ。昔、出会った少年と少女が数年後に再会できるほど、東京は狭くないと思うが、それでもハッピーエンドになると安心して、幸せな気持ちになる。登場人物が5人。それぞれ魅力的に描かれている。妻を病気で失い、妻の親に自分の娘を育ててもらっている須賀の生活力の無さ、頼りなさとその幼児性ゆえに、妙に家出少年帆高の理解者であるところや、帆高が懸命に走る姿に加勢するために、思わず警官に掴みかかっていくところなど、情にもろい、良い人に描かれている。夏美もなかなか就職できない女子大生だが、家出少年の力になってやることのできる良い人だ。
陽菜の弟、凪が小学生だが高校生の帆高よりも女性心理に詳しく、帆高から「先輩」と呼ばれている。凪は女性扱いを、よく心得ている素敵な子だ。幼くしてシングルマザーに育てられてきて、その母親に病気で死なれたのだ。思いやりがあり、細かい心使いに長けている、とても魅力的な子供だ。総じて、誰も悪い人が出てこない映画だ。
ただこの映画「言の葉の庭」に比べて、あまり共鳴できないのは。陽菜がどうして晴れ女になったのか、充分描かれていないからかもしれない。病気の母親のために空が晴れて欲しかった、という点がもっとストーリーに強調されないと、運動会や、初盆や結婚式のために晴れ女になって、ジャンジャンお金を稼いでいるうちに、身体が透明になって姿が無くなっていくことが、哀しく思えない。人柱は悲しい話じゃないのか。

しかしさすがに新海誠だ。画面が美しい。この人の絵は5感を満足させる。雨が降り始め、水たまりが出来、しずくが窓を伝い、木々が息を吹き返し、水滴で重くなった花が頭をたれ、草草がうずくまる。
雨を視覚でとらえ、音で雨の強弱を感じ、雨の匂いが立ちのぼり、木々に落ちる水滴が味わえ、雨を全身で実感することができる。とても確かな筆力だ。「言の葉の庭」は短編だが、「君の名は」より「天気の子」より、100倍美しかった。ストーリーも、音楽も、自然描写も、細かい筆使いも、高度だったと思う。作者が有名になる前の初期の作品って、どうしてこんなに良かったんだろう。