2019年4月2日火曜日

フレーザー島での日本人高校生死亡事故について

3月29日に海外交流プログラムで神奈川大学付属高校から来豪していた二人の高校生が、フレーザー島のマッケンジー湖で溺死した。
16歳になるまで大事に育てられたお子さんを失くされたご両親、ご兄弟姉妹、親類の方々、親しい友人の皆さんの哀しみを思うと胸がつぶれる想いだ。母親にとっては妊娠期を含めれば17年間、大事に大事にと育ててこられた命を、突然の事故で失われた悲しみは、耐え難い喪失だろう。心からお悔やみを申し上げたい。

プログラムでは、彼らは3月24日に日本を出発し、28日にクイーンズランドのブリズベンからフレイザー島に到着。29日は島の中央にある湖で遊んで、31日に帰国する予定だったそうだ。高1と高2の15人の生徒に、2人の引率教師、1人の添乗員が付いていて、話によると湖畔で女子の記念撮影をしている間、男子は泳いだり遊んで待っていた、そのほんの少しの間に男子2人の姿が見えなくなった、という。
一人の男子生徒が溺れ、それを助けようとしたもう一人の男子生徒も溺れたのだろう。15人の生徒に、2人の引率と添乗員という数字は妥当だと思う。8日間の日程も、観光を含めた海外交流プログラムに無理がなく、行程にフレーザー島を入れたことも良い立案だったと思う。

マッケンジー湖は石英が崩れて真っ白い砂になったまわりに囲まれた、透明度の高い淡水湖だ。フレーザー島はブリズベンから300キロ、世界最大の砂でできた島だ。寒くなると赤ちゃんを連れたクジラやイルカが北上するのが見られ、野鳥の宝庫でもある。犬の先祖、デインゴの生息地でもある。

どんなに気を付けていても事故は起こる可能性がある。人は完全ではないし、人の体は完璧ではないからだ。
何十キロもの遠泳が得意な人で、陸より水の中が好きだという健康体の見本のような人が、ある日突然、足の着く子供プールで水死していた例を知っている。娘たちの学校でも授業中のプールで、普通に泳いでいた11歳の生徒が突然死したこともあった。

何千万人の特に開発途上国の子供達の命を救ってきた、麻疹や百日咳の予防注射で、3%の割合で副作用を起こす子供が居る。発熱、発疹、ときとして死亡に至ることもある。しかしだからといって予防注射を避けてはいけない。人の体は誰もが同じではないから副作用が出るかもしれないが、予防すべき疾患にかかるより統計上、はるかに良い結果が出ている。医学は進歩しているのであって、退化していない。それを信じて良い。
人の体は数学の方程式のように結果を出せない。効果があるはずの治療が効かない、癌だと自分で信じて亡くなったが解剖してみたらガンなどなかった、治療を何もしていないのに自然に完治した、、、そんな例がどこにでも転がっている。人の体は科学だけで説明できない。

1996年にオーストラリアに来て、看護士として働き、医療通訳として登録していたので頼まれれば夜間緊急で呼び出されることも多かったが、日本からの修学旅行の付き添いの依頼は断ったことがない。楽しいからだ。喜んで、本職の方は有給休暇を取って、修学旅行の付き添いをした。学校によっては日本から看護士を付けてくる学校もあったが、オーストラリアの緊急医療システムを知らない上、医師の指示がないと何もできない日本の看護師はできることが限られる。オーストラリアの看護師は、時給も高いが、能力も高い。PCで血液検査の結果を見ながら患者に血液凝固剤をどんどん投与するし、看護士の判断で投与できる薬品も沢山ある。またオーストラリアの看護師の免許は万能で、明日ロンドンに飛んで翌日から病院で働ける。英国、アイルランド、シンガポール、ドバイなど中東の国々でも、免許が通じる、といった便利さがある。

修学旅行の付きそいで,思い出すことが沢山ある。
シドニーの中心街、日本で言うと渋谷ハチ公前のようなところで、タバコを買おうとしていた男子生徒が、指導教員に捕まって沢山の人々が行き交う真ん中で、腕立て伏せ50回やらされていた。いがぐり頭の可愛い男子が大声で数を数えながら腕立て伏せをやっているのを、やめさせようと駆け寄るおばあさん、おやまあと遠巻きに嘆息する人々、、。私は交通整理。

有名女子公立高校1年生の女の子。夕方からお腹が痛いと言い、痛がり方が尋常ではないのでホテルドクターを呼ぶと、ホテルに2人1室で共有していたため3日間便秘しただけだったんだけれども、同室の子も、その隣の部屋の子も、またその両隣の子もお腹が痛いと泣きだして、一晩に28人の患者、集団ヒステリーという奴。手持ちの薬が足りなくなって、深夜薬屋のドアをたたき開けることに。

修学旅行ではシドニー、メルボルンなどの観光に、田舎の牧場での体験を取り入れる学校も多かった。その際、乗馬が一番やばい。馬の扱い方、たずなの扱い方を通訳し、ヘルメットをかぶせて一人一人馬に乗せて、牧場を歩いてもらう。馬が怖がるから馬にまたがった時に高いけど、黄色い声を上げないでね、と何度も言い含めたのに、女の子は一様に馬の背に乗った途端に、たかーい、キャーと 激しく黄色い声を上げる。自然、振り落とされる子供も出てくる。落馬すると、本人が頭は打たなかった、首も痛くない、と言い張っても一応頚椎損傷を疑って、病院に連れて行く。めんどうもいいとこ。都心ではない。牧場だから救急車を呼ぶにもお金も時間もかかる。

14歳男子。体が一回り他の子供達よりも大きくて、クラス委員長。ハンサムで礼儀正しく何でもよく知っている。最初に紹介されたら私の仕事に興味を持ったらしく、接近してきて,一番に仲良くなった。先生方からも信頼されていて、生徒たちと教師らとの間に立つまとめ役のような子だった。立派なお子さんですね、と両親をねぎらいたくなるような。ところが隠れたところで体の小さな眼鏡の男子を虐めている現場に遭遇。突入して、弱い者いじめの卑怯者と、この男子を弾劾する声は、1オクターブ高音の不快音。あのとき私は泣いていたかもしれない。くやしくて。

オーストラリアは毒蜘蛛が世界一多い国。靴を履こうと思ったら、黄色い蜘蛛がスポシューから出て来た、と騒ぐ男子。咬まれたの、咬まれなかったの? わっかんなーい。汗で臭い立つ足には無数の傷が。どれが咬まれた後なの? わっかんなーい。こんなクレームにも、万一毒蜘蛛が咬んでいたら数時間後に死ぬから、一応救急車を呼んで病院に付き添ってやらなければならない。

ナースの部屋はここだから、何かあったら深夜でもいつでも来なさい、と言っていたから、深夜一人で来て暗い顔で、ひとこともしゃべらないですわっていた女子もいた。隣に座って、ゆっくり暖かいウィスキーを二人で朝までなめていた。翌日は別人のように仲の良い子に明るい顔をみせていたので安心した。

シドニーの有名高級ホテル。ベッドで逆立ちしたら、ガラス張りの絵画に足を突っ込んで蹴破ってしまった元気男子。3針縫っただけで済んだ。
有名ホテルのビュッフェスタイル朝食時間。男子生徒が先にがっつり取ったので、完全にオムレツやソーセージやサラダやパンの皿は空っぽ。女子の朝食がない。大急ぎで厨房に行って新たに作らせて、市内見物5分前に朝食終了ということもあった。
修学旅行で一緒に過ごした子供達にいつも元気をもらってきた。一緒にいる時間が長くなると、どの子も、自分の子供の様に可愛い。彼らの成長の一時に、海外経験がプラスになってくれれば嬉しい。

生徒達は帰国していく。旅先であったことの全部は親には言わない。多感な少女期。多動な少年期の修学旅行だからいろんなことが起きる。事故も起きる。
しかし、子供たちが高校や大学の入試に必須科目である英語を、ほんの少しでも英語圏の人に使ってみる冒険の機会を奪ってはいけない。日本という小さな島国を出て、自分には当たり前のことが外国では通じないという体験をしてみるチャンスを逃してはならない。世界の中の日本の姿を見るために、一度は日本から出て見る勇気を失なってはならない。

人は完全ではないし、人の体にはわからないことが沢山ある。事故はどんなに注意していても起こることがある。
最悪の事故が起こったからといって、海外修学旅行が取りやめになったり、職員が処分されたりしてはいけない、と思う。