2017年12月23日土曜日

2017年に観た映画ベストテン

第6位:沈黙

2月24日に詳しい映画の解説と映評を書いた。 豊臣秀吉は1587年50万人の大軍を率いて九州に侵攻し島津義久の島津藩を降伏させキリスト教信者を迫害した。その前までは、九州から仙台まで、沢山の教会が建ち有馬、安土には神学校が建ち40万人ものクリスチャンの数を誇っていた。キリシタン禁令下ポルトガル人フェレラ司祭は、他の司祭らとともに日本に密航し、20年余りスペリオという最高の重職について布教を続けていた。その彼が捉えられ棄教したという知らせがローマ教会に伝えられる。フェレラを恩師として慕っていたロドリゴ司祭が、他の2人の司祭とともに日本に渡航する決意をするシーンから、この映画が始まる。

カメラが純白で巨大な大理石のローマ教会に居る、3人の黒服の司祭達を映し出す。何も遮る物のない権威の象徴である教会の巨大な建物と、小さい小さい司祭たちの存在。やがて彼らは、教会を出るために降りる長い階段を、今度はカメラが教会の塔、頭上高いところから見下ろす。アリの様に小さな人間の姿。黒衣を風に翻し、死を決意した司祭たちが静か音もなく足早に歩み去る。
今度はカメラが美しい海岸線を映し出す。広がる空、荒い大波が打ち寄せる。美しい太陽の輝きの中で何かが不協和音を奏でている。波打ち際に3本の柱にズームしていく。何とそれは、3日3晩磔の刑にあって苦しみながら殉死していく信者たちの呻吟する音だった。巨大で荒々しい自然の中で、小さな小さな存在としての人間。こうしたカメラワークが例えようもなく美しく素晴らしい。自然と人、権威と弱き者、こうしたコントラストを映像で表現するマーチン スコセッシ監督の手腕が冴えている。


第7位:モヒカン故郷に帰る  

日本映画はこちらでは手に入らないが、コンピューターエキスパートの義理の息子の努力によっていくつかの日本映画を手に入れることが出来た。観た映画は、「怒り:レイジ」、「新深夜食堂」、「深夜食堂」、「FOUJITA」、「桐島部活やめるってよ」、「ヒミズ」、「くちびるに歌を」、「世界の片隅に」、「南極料理人」、「世界から猫が消えたなら」、「イニシエーションラブ」、「孤独のグルメ」セッション1から5まで、などなど。私小説的、4畳半的で楽しいが小津の世界をさらに小さい規模にしたような。でも日本映画はそれで良いのかもしれない。

「モヒカン故郷に帰る」は、沖田修一監督。がなりたてるばかりのデスメタルバンドのボーカル永吉が妊娠した恋人を連れて7年ぶりに故郷に帰る。両親と弟に歓待されるが、父親が突然倒れ癌で余命わずかなことを知らされる。モヒカン頭に松田龍平、父親に柄本明、母にもたいまさこ、恋人に前田敦子。この家族のやりとり、どこか間の抜けたゆるさと言い、昭和的セピアカラーといい、本音で怒鳴り合える家族喧嘩といい、笑いが止まらない。はじめから終りまで笑って笑って、最後のころには気が付いたら涙を流しながら笑っていた。人情にやられた。個性と個性がぶつかり合える、温かい家庭を心から良いなあと思う。うらやましい。こんな家庭で育ってみたかった。日本の良さがいっぱい詰まっている。芸達者な柄本明の演技が秀逸。


第8位:軍艦島

8月18日にこの映画について映評を書いた。すぐれた反戦映画。戦時下、長崎県端島の石炭採掘現場は地下1000メートルの深さにある海底。95%の湿度、30度の暑さという過酷な環境で、沢山の中国人、韓国人が強制労働させられていた。敗戦まじかに鉱夫たちは反乱を起こし、多くの犠牲者を出しながらも島を脱出する。暴力シーンが多い分、感傷もロマンスもあって、見ていて情に流されそう。韓国映画独特の、自分の身を挺して悪と戦い死んでいくヒーロー達、強くて優しい女と子供を守る男達、どの男たちも身長180センチ以上ある引き締まったみごとな身体を持っていて、裸が絵になっている。歴史的事実を描いた映画だが、エンタテイメントとしても成功している。


第9位:

WHERE TO INVADE NEXT   

マイケル モアによるドキュメンタリ―フイルム。イタリア、フランス、フィンランド、チュニジア、スロベニア、ドイツ、ポルトガルを旅行して現在米国では深刻な問題になっている事柄を、他の国ではどのように対処してきたかを取材している。人がより幸せに生きるには、どういった国の対策が必要なのか、何をは国から学び持ち込むべきなのかを問う。
ダニエル トランプが大統領選に出馬しても、女性差別発言や、下卑た立ち振る舞いにジャーナリズムをはじめとして誰もが次期大統領に選出されるはずがないと予測していた時に、ずっと早いうちからマイケル モアは、トランプが選出されることを予測していた。徹底的に取材をする人。人の話をきちんと聞いて回る。彼のジャーナリストとしての確かな目で、アメリカ社会の底辺で暮らす人々に何が起きているのかを早くから予測していた。

労働団体の力が歴史的に強いイタリアでは、労働環境が良い。2時間の昼休み、産休、年6-8週間の有給休暇、有給ハネムーン、年13か月分の給与など。それらによって逆に生産性が向上している。
フランスでは学校給食がフルコースで質の高い食事が提供されている。また性教育も早いうちから行われている。
フィンランドの学校では、子供達は遊ぶことで、より多く学ぶという思想から、授業時間が短く、宿題がない上、学校ごとの標準値を設けない。それでいて世界一学力がある子供達を輩出している。
スロベニアでは大学では、奨学金も学費もない。それでいて学力レベルは大変高い。
ドイツでは労働者の権利が高く、生活と仕事とのバランスが取れた生活スタイルを選ぶことができる。
ポルトガルではドラッグが自由に手に入り、健康保険が充実しているため、薬物中毒者はドラッグが自由化されたあと減少している。
ノルウェーでは死刑制度が廃止され、監獄がない。犯罪者が普通の人と同じように自立して生活できるように配慮されていて、犯罪率が下がっている。
チュニジアでは女性が妊娠中絶を自由にでき、出産も自分で管理できるように女性の権利を守ることに配慮している。
アイスランドは世界で初めて民主的に女性大統領を選出した国。2008-2011年の財政危機をもたらせた銀行に厳しく責任を追及する女性大統領が活躍している。

こういったすべての政策アイデアはもともとは米国のものだった。余裕ある労働環境を得るためにイタリアを侵略する必要も、子供達が自由に遊ぶ時間を作るためにフィンランドに移住したり、産前産後の女性の健康を得るためにチュニジアに侵攻する必要もない。アイデアだけは持っていて、実行できなかった米国の政治に問題があったのだ。という結論に同感。

第10位:オリエント急行殺人事件

アガサ クリステイが1932年に発表した推理小説で、エルキュール ポアロシリーズのひとつ。リンドバーグの息子が誘拐されて殺された事件にヒントを得て書かれた小説。何度も映画化されているが、今回のはアメリカ映画。監督と主演に ケネス ブラナー。

1974年の英国版が、とても1939年代のオリエント急行列車や時代背景が原作に近く、よくできていて、おまけにキャストが豪華絢爛でアカデミー賞も獲ったし、文句なしだったので、今回のアメリカ版はちょっとがっかり。
でも、ジョニーデップの悪漢ぶりが、とても良かった。これじゃ殺されても仕方ないよね、というようなワルが狡猾な弁舌をふるい、女性には冷淡、差別的で、ポアロに命を狙われているからと警護を依頼する小心もの。悪い奴だが人間的に描かれているところが良かった。ドラゴミロフ侯爵夫人のジョデイ デインチも良かった。この人は何を演じても可愛い。
イギリス版1974年では、59歳になってもなお美しいイングリッド バーグマンが、グレタ オルソン役を演じてアカデミー賞を取ったが、今回の映画でこの役はペネロペ クルーズ。英国版で、あの下から男を見上げる悩殺美人のローレン バコールが、ハバード夫人役だったが、今回の映画ではミッシェル ハイファ―がこの役をやっていた。英国版ではアーバスノット大佐役を、ショーン コネリーが演じたが、今回の映画では全然知らない人。ラチェットの秘書役も今回は知らない人だったが、前回の英国版では、あの「サイコ」の美青年アンソニー パーキンスだ。英国版で前回アンドレ伯爵はマイケル ヨークが演じたが、今回はセルゲイ ポル二ンで、バレエダンサーだそうだ。登場したときから只者ではない殺気と狂気をもちあわせた、異様な緊張を醸し出していて、推理小説にもってこいの役柄を好演していた。

ただこの映画、殺人者が多いので一人ひとりの殺人動機や役割を描き切れず、どうしても消化不良になっている。長編小説を2-3時間の映画にするのは容易ではないだろうが、推理物は小説の魅力には勝てない。推理は頭の体操だから活字によってよりイメージを広げていくことに醍醐味がある。やはり推理物は読むに限るって、、、映画評になってない。