2013年10月26日土曜日
山でオットと3日目:安曇野
標高2450メートルの室堂から黒部平1828メートル、そして黒部ダム1470メートルに下りてきた。泊まった「くろよんロイヤルホテル」は、下界への玄関口だ。館内にはレストラン「吉兆」まである格調の高いホテルだった。オットは朝食にクロワッサンを、私は勿論御飯と味噌汁と山葵漬けだ。落葉松に囲まれたホテルを出て、バスで一挙に安曇野に下る。途中、蓮華岳、餓鬼岳、針ノ木岳、赤沢岳、爺が岳が見える。
安曇野は北アルプスの山々から湧き出た梓川、黒沢川、鳥川、中房川によってできた扇状地、松本盆地の一部だ。安曇野の至る所から地下水が湧き出ていて、ワサビやニジマスの養殖に利用されている。いまはリンゴの季節で、真っ赤に色付いたリンゴがバスの窓から手が届きそうに実をつjけている。四方山に囲まれていて、晴れていれば常念山脈、槍、穂高、唐沢岳、乗鞍岳、御嶽山などなど、北アルプスの山々が全部見られるはずだ。今日は、曇りで手前の低山しか見えない。あつい雲の上の方に、いつ山がのぞけるか、遠くに目を凝らす。
高瀬川を渡って、穂高町に入りワサビ農園に案内される。ワサビは気温の低い、水の綺麗な清流でしか育たない。ボートに乗って、ワサビ農園に水を送る水路で水遊びをする。オットは透き通った冷たい水を農園に送り込む水車にいたく感動して、ボートから身を乗り出して写真を撮りまくっている。6人乗りのゴムボートが オットが動くごとにバランスをくずしてユラユラ揺れて、同乗者たちがハラハラしている。ボート遊びのあとは、ワサビバーガー、ワサビラーメン、ワサビビールのある売店で、ワサビアイスを食べたが、ちっともピりっとこなかった。色だけはワサビ色だったけど。
そのあとバスは「碌山美術館」の前を通る。
荻原碌山、1879-1910は、東洋のロダンと言われる穂高町出身の彫刻家だ。穂高東中学校のとなりに、彼の個人美術館が建っている。ここには碌山に関係の深い高村光太郎の作品もある。40年余り前に、この美術館に一人で来た。槍、穂高を縦走して山を下ってきた。駅の案内所で紹介された民宿に泊まった翌日、民宿のおかみに勧められてふらりと立ち寄った小さな美術館で、彼の作品「デスぺラ」、(絶望)を観たとき文字通り雷に打たれたように、感動で動けなくなった。木の床の小さな館の中心に据え置かれたこの ひざまずく女の彫刻を見て、みごとに絶望する女の姿と、孤独にさまよう自分の心とが合致したからかもしれない。この彫刻に出会うことが、槍、穂高を登る目的だったかのようにも思えたものだった。「デスペア」は、碌山が生涯愛した、たった一人の女性、相馬黒光への報われない愛の苦しみを描いた作品だ。相馬黒光は中村屋の創始者、相馬愛蔵の妻で、夫婦ともに芸術家でもあった。体をゆがめて地面に伏せ、うつむく女は、碌山の絶望を全身で表している。1909年の作品だ。碌山は報われない愛に苦しみながら31歳で急死する。
数日後、私とオットは上野の国立近代美術館で、偶然、碌山の作品、「女」に出会った。両手を縛られて、顔を天に向ける女のブロンズ像をみて、すぐに碌山を思い浮かべたのだから、余程「デスぺラ」の印象がまだ残っていたのだろう。
バスは、「ちひろ美術館」に停まる。岩崎ちひろは、国際的に有名な絵本画家で、親が穂高町出身だったそうだ。美術館のまわりは広い公園になっていて保育園の子供たちが保母さんに連れられて、お弁当を食べていた。館内には3000冊の絵本が閲覧できるようになっている。ちひろの絵がたくさんのカードになっていて、母親が子供に画を見せながら、画のイメージを親子で膨らませて、物語をつくることができるようになっているセットを、DVDと一緒に購入した。4歳の孫娘と2歳の孫息子のために 良いおみやげができた。 美術館の隣の旅館でランチを食べる。見た目にきれいなお弁当。おっとっと、、、!マツタケがあるではないか。さり気なく焼き野菜と一緒に並んでいる。口に入れて初めて、マツタケだとわかった。すごく得をした気分。
旅の終わりに長野県の名産品ばかりを集めた物流センターに、バスが止まる。みんなおみやげを両手いっぱい買っている。マツタケを入れた籠も売っている。巨峰の入った籠をひとつ買って、ホテルで食べることにした。夕方、バスは最終地点、上田に着いた。ここから新幹線に乗って東京に帰る。25人のツアーで、ほぼ全員と仲良くなった。ガイジンはオットだけだったので、皆から大事にしてもらった。人ごみで迷子と遭難を繰り返す私たちだったが、皆親切でありがたかった。感謝感激で、さよならだ。
新幹線で、上野に到着。上野駅に「アンデルセン」というパン屋工房ができていて、焼きたてのパンを売っている。飲み物とサンドイッチとパイを買ってホテルに向かう。このツアーが始まる前に泊まった同じホテルなので、置いてきたスーツケースは、もう部屋に運ばれているはず。前と同じレセプションの人が、笑顔で「お帰りなさい」と迎えてくれる。そんな心使いと言葉かけが何よりうれしい。
ビールにサンドイッチ、安曇野で買った巨峰ブドウを食べると もうオットは、風呂にも入らずにベッドへ。私は3日間分のたまった洗濯物をもってホテルのコインランドリーへ。洗濯物のドライヤーが回っている間、アンデルセンのパイで、ウィスキーをチビチビやりながら、撮った写真を見返して、深夜ひとり二マニマして顔を緩める。とうとう山に行って、帰ってきたんだ。