2012年5月12日土曜日

シェイクスピアの「マクベス」と「蜘蛛巣城」


      

オペラハウスの小劇場で、「マクベス」を観た。
ベル シェイクスピアという、今時こんな時勢に シェイクスピアだけを演じているというグループによる公演。行って見て、役者達が全員若い人たちばかりだったことと、観に来ている人たちも若い人ばかりだったことが 驚きだった。
シドニーのオペラハウスで オペラやコンサートを月に一度くらいの割で、観に行っているが 観客はいつも年寄りばかりだ。座っている人たちを後ろから見ると白い髪のひとばかり。車椅子や歩行器や杖を使っている人も多い。そんなだから 今回シェイクスピアを観に行って、若い人ばかりだったので とてもびっくりした。芝居が終わって 皆が席を立ち、出口に行き着くまでに待つ必要がない。みな、サッサと出て行って、エレベーターの前に長い列ができることもない。若い人たちは 足腰が軽いのだ。たった、200年の歴史しかないオーストラリアという若い国で、若い人たちが、古英語で台詞を言うシェイクスピアの芝居に魅かれて観に来ていることに、新鮮な感動を覚えた。

でも、振り返ってみたら、私がモリエールの芝居「町人貴族」と、「スカパンの悪巧み」を演じるコメデイフランセーズを観て、心底感激感動したのは 小学校5年生のときだった。大きな舞台で、朗々たる声、明確な発音で語る言葉の美しい力強さ、鍛えた体で役を演じる役者たちのしなやかで軽やかな動き、舞台芸術の多様さなど、芝居の世界に魅せられた。芝居をやりたい。
でも、自分の声帯が極端に弱いことに、程なく気がついた。興奮して大きな声を出すと 翌日は必ず声が嗄れてハスキー声になっている。その翌日は 全く声が出なくなっていて、回復するのに日数がかかる。風邪をひいても まず咽喉から悪くなる。タバコの煙が立ち込めるところで、4弦バンジョーを持って歌えるスーマーさんは、すごいと思う。舞台俳優も シンガーソングライターも、学校の先生も、自分には向いていないことがわかった。騒いでいる人を黙らせることが出来ない。以来、舞台は観るだけ、歌は聴くだけ、学校の先生は批判するだけ。

マクベスは 本来誠実な男が権力意識の強い妻をもったために、自分が仕える城主を殺してしまい 自滅していくお話だ。オペラにも、バレエにも 映画にもなっている。
映画で、いちばん印象に残っているのが、1957年、黒澤明の「蜘蛛の巣城」だ。白黒映画だが、まさに芸術作品。役者達が能の動き、顔の表情を作っている素晴らしい作品。マクベスを、戦国時代の武将に置き換えているが、原作に忠実で、海外でも評価が高かった。黒澤が「七人の侍」を作った後の、油が乗り切った頃の作品だ。主役は三船敏郎。妻が山田五十鈴だった。
「森が動く」シーンも良かったし、山田五十鈴が「手を洗っても洗っても血が取れないの。」と言いながら狂っていくところなど、お歯黒で黒髪の山田五十鈴が演じると、どんなお化け映画よりも怖かった。

この映画では面白いエピソードがある。ラストシーンで三船敏郎が多勢の弓矢に射られて殺されるが、これが黒澤による特撮ではなく真迫力を出す為に、本当の弓矢の名人が三船をめがけて次々と弓を射た。三十三間堂の通し矢の名人だったそうだ。撮影終了後、三船は 「殺す気か」と黒澤に食って掛かり、それでも腹の虫が治まらず、後日酒に酔った勢いで、散弾銃をもって、黒澤の自宅を襲った。その後も三船は頻繁に、黒澤をバズーカ砲で殺してやる といきまいていた という。これは東宝撮影所の伝説になっている。

東宝撮影所は成城にあるが、伝説といえば、1946年から1948年にかけて、「東宝争議」が起った。当時、職員1200人の解雇を通知したことに怒った組合が、撮影所の正面にバリケードを築いて立てこもった。これを排除するために、警視庁から2000人の警察官、アメリカ軍GHQからは MP150人、歩兵自動車部隊、装甲車、M4中戦車、航空機3機が出動して、東宝撮影所を包囲した。アメリカ軍は、「来なかったのは軍艦だけ」、というほどの重装備だった。成城という小さな街で起った、ひとつの労働争議のために、これほどの軍が介入した歴史的な事件だったが、あまり報道されておらず、知られていない。
12歳年上だった私の最初の夫は、自分の家が、成城のこの撮影所に近かったので、目の前を米軍の戦車が通り過ぎていくのを目撃している。細かく当時のことを、憶えていて話してくれたものだ。私が産まれた頃の話だ。

普段はとても静かな成城の街で学生時代を過ごした。緑が多く、仲間と話しをしながら、飽きることなく何時間でも散歩した。東宝撮影所が近かったから、学生会館にいると映画のエキストラ出演の依頼がよくきていて、アルバイトする学生も多かった。
成城は坂が多い。ある日、考えごとをしながら一人で長い上り坂を ゆっくり歩いていた。後ろから誰かが息をきらせながら上ってくる。ハアハア ゼイゼイいいながら、何故かこっけいな気がしたが、振り返るのも面倒で、そのまま歩いて坂の頂上まで来た。ここで その後ろから坂を上ってきた中年の太った男に呼び止められて、振り返った。、、と、そのとき、男は明らかに落胆した表情をみせて、「あ、、きれいな歩き方ですね。」とだけ言って、くるりと背を向けて坂を下りていった。 なんなのよ。全く、失礼な。「歩き方だけかよ。」、、後から思うと、この男は東宝撮影所の何かで、スカウトマンだったのだ。

それはともかく、役者にはなれなくても シェイクスピアの芝居に出てくる台詞をいくつか覚えておくと良い。ハムレットの「TO BE OR NOT TO BE」だけでなく、「森が動く」や、「洗っても洗っても血が落ちない。」の台詞など、ちょっとした会話にはさむだけで、おしゃれじゃないか。
しばらくぶりに、シェイクスピアの芝居を観て、改めて芝居の面白さを味わって、とても満足した。