2011年10月27日木曜日
映画 「コンテイジョン」
新作映画「CONTAGION」、「コンテイジョン」(接触感染)を観た。
監督:スティブン ソデルべグ
キャスト
夫 ジョン:マット デイモン
妻べス :グエネス パスロウ
娘 :アナ ヤコビ へロン
ジャーナリスト アラン:ジュード ロウ
WHO ドクターオランテイス:マリオン コテイラルド
CDC ドクターミアズ:ケイト ウィンスレイ
CDC ドクターシーバー:ローレンス フイッシュバーン
http://www.imdb.com/title/tt1598778/
1960年代の映画「渚にて」では 放射能で人類が滅亡し、「猿の惑星」では伝染病で地球は 猿に乗っ取られる。1970年代の「タワーインフェルノ」では 最新テクニックで建設された高層ビルが焼け落ち、「ポセイドン」では 沈まないはずの豪華船が沈み、「デイープインパクト」では、彗星が地球に衝突して人類が破滅するはずだった。
人は デザスター(大災害)映画が大好きだ。大災害が起った時に 自分ならどうするか、想像力をかきたてられるし、疑似体験を通して、学ぶことも多いからだ。
医療現場にいるから、自分がもし現役で死ぬことがあったら、きっと職場からの感染で死ぬだろうと思う。原因が細菌だとするなら、抗生物質が効かない耐性菌の蔓延は、深刻な事態にある。細菌よりも小さなプリオンやウィルスでは、狂牛病も鳥インフルエンザも豚インフルエンザも、なかなか手ごわい。病院関係者は 最前線に居る戦場の歩兵のようなものだ。
毎年、ただでさえ インフルエンザウィルスで1万人の死者が出ている。1918年の「スペインかぜ」では、致死率1.74% 48万人の死者が出た。1968年の「香港かぜ」では致死率0.15%で7万8300人が死亡。2009年の豚由来新型インフルエンザの致死率0.2%で約8万人が死亡した。毎年、ウィルスの形を変えて人々を襲うインフルエンザや、新型の病原菌の出現は脅威としか言いようがない。
そんなときにウィルスの遺伝子が 突然変異によって猛毒化してモンスターのように今までにない感染力をもったウィルスになって 秒単位で伝染したらどうなるか。映画が教えてくれる。
ストーリーは
べス(グエネス パスロウ)は二人の子供のお母さん。子供と夫のジョン(マット デーモン)を家に置いて 香港に出張に行っていたが、シカゴ経由で家に戻ってきた。風邪をひいたのか 咳をしていて調子が悪い。帰ってきた翌朝 台所で突然倒れて、病院に運ばれて間もなく死亡する。医師に急性の脳脊髄膜炎で亡くなりました と言われても その朝まで元気で若く美しかった妻が死ぬなどということが 全く夫には信じられない。しかし、病院から帰宅途中で 何と言うことか 今度は息子がべッドのなかで死亡していたという知らせが入る。ジョンは一晩のうちに、妻も息子も失ってしまったのだった。
一方 べスが滞在していた香港で、また彼女が経由したシカゴで 次々と風邪症状から脳脊髄膜炎を起こして死亡する患者が続出していた。翌日には東京で、中国で ロシアで 世界中にウィルスが恐るべき速さで伝播して死亡者が増える一方だった。世界保健機構(WHO)が 動き出す。アメリカではアトランタのCDC(感染センター)が対策の指揮をとることになった。この強力なウィルスは 接触によって感染する。感染、発症後の致死率は40%、恐ろしい速さで接触感染する。
最初にアメリカにウィルスを運んだのは べスと思われる。感染源を断定するためにWHOから ドクターーオランテス(マリオン コテイラルド)が香港に派遣される。しかし香港の 病原ウィルスの伝播状態は最悪だった。数万人の死者が 次々と集団埋葬されている。空港は安全ではない。調査を終え、ジュネーブに帰ろうとしたオランテスは 伝染対策部長とその武装した面々によって 無理やり感染から遠く離れた寒村に保護される。
CDCのドクターミアズ(ケイト ウィンスレイ)は、感染者を各地の学校の体育館などに隔離、収容する仕事に追われている。安全対策は 万全にしていたはずの彼女も、汚染されていたホテルで感染してしまい、倒れる。街中が騒然としている。銀行もゴミ回収も食品の購買も通常のようには もう機能しない。
ジャーナリストのアラン(ジュード ロウ)は CDCの対策本部が 感染予防のための血清ワクチンの抽出に手間取っているのは 巨大医薬品会社が これを機会に利益を出そうとしているからだ と訴えて、自ら感染し、自然療法で治癒したことをインターネットで発表する。多くの支持者が出てきた。その一方、待ちに待った予防ワクチンができ それを人々が奪う。ワクチンのために軍隊が出動しなければならない。生存者のあいだで、ワクチンや食料を奪い合うことが 日常化してしまった。ジョンは娘を感染から守ろうとして、、、。
というおはなし。
なかなかリアリテイがある。
出演者の豪華なこと。それぞれの役者が 主役級の役者ばかり。
そういえば、「タワーインフェルノ」も、フェィ ダナウェイ、ステーブン マクイーン、ポール ニューマン、ウィリアム ホールデン、ロバート ボーン、ジェニファー ジョーンズ、フレッド アステアなどなど、豪華俳優てんこ盛りの映画だった。主役も端役もなく、それぞれの人々が自分の立場で緊急事態に真剣に取り組んでいる。緊迫感があって、良い。
残されたジョンと娘がとても良い味を出している。マット デーモンは責任感の塊のようで、何が何でも娘を守るお父さん役が適役だ。娘役のアンナ ヤコビ へロンは13歳くらいだろうか、けなげに父親の命令に従って生きようとする。このくらいの大人になりかけた頃の子供達は 独特の美しさをもっている。
また、医療従事者たちが 自分も父親であり妻であり娘なのに、人々の命を救うために懸命に働く。限られた予防ワクチンを 誰を優先に打つのか。迷いながらも医道を外さないところにも、好感が持てる。
人が何によって生き、誰のために命を捨てられるか。限られた人だけが生き残れるとき、自分にはどんな選択があるのだろうか。いろいろな問いがあり、いろいろな答えがある。
スリリングだ。
だから映画を観ることが止められない。
2011年10月26日水曜日
東川篤哉の「謎解きはデイナーのあとで」
推理小説のおもしろさは謎解きにある。謎解きはあくまで机上の論理であって、何故かあまり血の匂いがしない。
シャーロック ホームズシリーズや、エルキュール ポアロシリーズ、アガサ クリステイーの作品が いまでも人々に読み継がれ、愛されてきた理由のひとつは、その小説の文体に品格があり 登場人物に気品があり、ヨーロッパの洗練された文化の産物だからだ。殺人事件が起るが、庶民はあまり登場せず 貴族同士で殺しあったり、憎みあったりする。その時代、下層の人々が食うにも食えず 子捨てや子殺しなど当たり前だった などという現実の姿をあまり垣間見ることができない。謎解きは頭脳ゲームであり、知性を競い合うものだ。その点、推理小説を読むことは 社会派の小説やドキュメンタリーや、警察ものを読むのと違って、そんな架空の世界で謎解きをして楽しむのが通例であるらしい。
フイリピンで 活字に飢えていた頃 家中で、赤川次郎に夢中になった時期がある。娘達が中学に入るか入らないかの頃で、赤川次郎の作品を50冊くらい ダンボールごと下さった方がいて とても嬉しかった。この作家は音楽を愛し、楽器などにも精通し、480にも上る沢山の作品を書いている、驚異的に多作な作家だ。彼の作品は優しい視線で人を見つめて描かれている。根底に楽天家の眼差しがある。彼の作品を読んでいて、誰も傷つかない。独特の文体に彼なりの品格がある。好感がもてる。娘達は英語で育ってきたから 漢字は「木」とか「海」くらいしか書けないが、赤川次郎のおかげで「執行猶予」、「誘拐犯」、「保釈金」とか「検察送り」などスラスラ読めるようになって、そのアンバランスさが おかしかった。
日本には長いこと 住んで居ないので、このごろ日本で売れている若い作家に興味がある。久坂部羊、百田尚樹、池上永一、金城一紀など、取り寄せて読んでみた。
今年43歳になる東川篤哉の「謎解きはデイナーのあとで」(小学館)も ついでに買って読んでみた。2011年 本屋大賞第1位、100万部売れたベストセラーだそうだ。作品は雑誌きららに連載されて人気を呼び 新作を含めて単行本になったようだ。
ストーリーは
宝生麗子は金融とエレクトロニクスと医療品などで世界に名の知れた宝生グループの総帥 宝生清太郎の娘だが、東京多摩地区 国立警察署の女性刑事だ。そのボスは、中堅自動車メーカー、風祭モータースの社長の息子。いつも高級品に身を包み、派手な外車で走り回っている。
そんなお嬢さん、お坊ちゃん刑事たちが 解決できない難事件を麗子の執事が 簡単に謎解きしてしまう。
麗子の家には景山という、執事兼運転手がいる。夏でもダブルのブラックスーツに身を包み、銀縁めがねをつけて、麗子の送迎をする。彼はプロの探偵になりたかった時期があるらしく、麗子が話して聞かせる事件を いとも簡単に謎を解いて解決してしまう。
というおはなし。
文体の軽さ、内容の単純さ、庶民のお茶の間風の会話からは、麗子や景山や風祭の貴族的品格はまったく覗えない。お嬢様が身に着けるスーツがアルマーニ止まりなのも、お嬢様に気の毒な気がする。靴やバッグはどうなのか。フィリピンに10年住んでいた時、お城のような家に住む方々ともお付き合いしなければならなかった。家に住み着きのコックを12人もっている家庭、メイドが20人。家のドアから居間に通されるまでの廊下に、飾り付けられたジープニーという大きなジープを置いてある家。博物館のような居間。個人所有の動物園や 島を個人所有しているお金持ちの人たち。週末、島で過ごし、月曜には自家用小型飛行期で通学する子供達。立派な風格をもった執事たちにも会った。そんな環境に馴染んでいないと 執事というものを書くことはできないのではないか。
でもおもしろい。
お嬢様と執事、という関係の意外性と時代がかった取り合わせがおもしろいからだ。
読んでいて、様子が目に見えるように想像できるのは、作家が始めからビジュアル派で、これがテレビドラマにもなるし、漫画化されることを想定して書いたからなのだろう。
まえに、池上永一の小説を読んで、彼の悪文に、へとへとになりながらも、これも今の日本文化なのだから、ビジュアル派はこれでいいのだ、という結論に達した。
大変美しい顔 姿をした少年歌手が テレビに出てきて、信じられないほど音程をはずして歌を歌っているが、それでもビジュアル派は 許されるそうだ。だから、作家もビジュアル派はそれでいいのだ。
なんと言っても 小説がそれなりに、おもしろいのだから。
2011年10月25日火曜日
2011年10月17日月曜日
祝 オールブラックス優勝戦に爆進
9月10日の日記に 第7回 ラグビーワールドカップが始まった様子を書いた。
土曜日に 準決勝戦 ウェールズ対フランスが行われ、フランスが勝ち抜いた。試合前日 ウェールスのキャプテンは「勿論ラグビー発祥の地でラグビーをやってきた我々ウェールスが勝つ」と明言したが、一方のフランスのキャプテンは 「僕たちはフランス人だよ。明日のことなんか知るわけないでしょ。」と言っていて、その国民性の違いに 思わず笑ってしまった。
試合では ウェールスが圧倒的に強い、デフェンスもトライも申し分ない。にもかかわらず、小さなファウルで フランス側はペナルテイーゴールを取って勝ってしまった。フランスチームは一度もトライさえしていない。解説者もみな腑に落ちない様子で、「強いチームが負けてしまった。」、「良いチームが負けてしまった。」と何度も 何度も繰り返して言っていた。試合は流れだ。強くても勝てるわけではない。試合をやり直すことが出来ない。本当に、ウェールスには残念な試合だった。
フランスチームは 決勝戦でオールブラックスと戦うことになり、ラグビーの真の強さというものを思い知らされることになるだろう。
さて、昨日、日曜日の準決勝戦。
ニュージーランド:オールブラックス対オーストラリア:ワラビーズ。オーストラリアに住んで16年、普段はワラビーズの味方だが、相手がオールブラックスならば 絶対オールブラックスの勝って貰いたい。開催国というだけではなく、クライストチャーチで あのひどい地震被害のあった直後で、国の誇り、オールブラックスが ラグビーで負けて良いわけがない。どんなことがあっても負けられないワールドカップなのだ。もしオールブラックスが負けるようなことがあったら、暴動が起るだろう。
試合は素晴らしかった。一秒も無駄がない。80分がこれほど密度の濃いラグビー試合だったことはない というくらいオールブラックは集中していた。デイフェンスのあつさ、アタックの激しさ。絶対に相手にボールを渡さないという選手達の固い決意が ひしひしと伝わってくる試合だった。
ものすごく優秀なワラビーの10番のクエイド クーパー、14番の ジェームス オコーナー、9番のウィル ギニア、キャプテン5番のジェームス ホーウェルたちの必死の努力が オールブラックスの「勢い」に付いていけなかった。
オールブラックスのキャプテン7番のリッチー マッカウ、9番ピリ ウェープ。ウィーブは 別名「救世主」、試合前の「ハカ」のリーダーだ。特記すべきは スタンドオフ 10番のアーロン クルーデンの活躍だ。彼は怪我で出場できなくなった選手の代役に 試合の直前に出場が決まった、最年少の選手。2年前に 日本で20歳以下のラグビー選手権があったときに ニュージーランド代表のキャプテンとして選手を連れて来て みごとに優勝した。ちょっと小型で痩せていて、ラグビーの体格ではない。その彼が 相手のボールが手を離れたとたんに 捨て身で相手のふところに もぐりこんでボールを取る。相手がパスしたボールを早足で掠め取る。相手側よりも早く走る。もうとても立派な大活躍だった。今後の彼の成長が楽しみだ。
来週は とうとう決勝戦。とても楽しみ。
遂に ラグビー世界一が決まる決勝戦。勝てますか というマスコミにまたフランスチームは来週も 「ぼくたちフランス人だよ。明日のことなんか聞かないでよね。」と言っていられるだろうか。
写真はうちのオールブラック:クロエ
2011年10月13日木曜日
ヒュー ジャックマンの映画「リアル スチール」
新作映画「リアル スチール」、原題「REAL STEEL」を観た。
スチーブン スピルバーグ製作、指揮。監督:ショーン レビ。
1956年の「スチール」という題の短編小説をもとにして作られた サイエンスフィクション。
キャスト
父親チャーリー:ヒュー ジャックマン
息子マックス :ダコタ ゴヨ
リリー :バイレイ タレット
ストーリーは
近未来のアメリカ。
ボクシングは 人命に関わる危険なスポーツなので、禁止されている。代わりに、ロボットボクシングが盛んだ。男も女も 巨大なドームに集まって、人の何十倍も大きな鉄の塊のロボットとロボットを戦わせて、一方がバラバラになるまで 激しい打ち合いをさせることに熱狂している。
チャーリーは 元ボクサー。今は飲んだくれのロボット狂だ。ロボットボクサーをトレーラーに乗せて、全米を興行して回っている。何年も前 とっくの昔に家庭を捨てて ドサまわりをしている。勝っても、負けても飲むばかり。しかし、最近では自分がチャンピオン戦を戦っていたボクシング時代と違って、ロボットもコンピューター操作のリモートコントロール。自分の思うように勝ってくれる訳ではない。自分よりも もっと資金をかけてテクに強いロボットに負かされてばかり。
父親の跡を継いで ロボット修理工場を経営する女、リリーのところに転がり込んで 何とか頼み込んで自分のロボットを修理しながら居候していたが 借金がかさむ一方だ。とうとうリリーに 愛だ恋だの言うよりも お金を返して と冷たく突き放されてしまった。ロボットボクシング興行主に払わなければならない借金もとうに期限が過ぎている。
進退窮まったところで、警察から連絡が入り、何年も前に捨てた妻が 亡くなったという。裁判所に呼び出されて、ひとり残された11歳の息子、マックスと、父親チャーリーは再会することになる。死んだ妻の妹が マックスを引き取りたいと言う。彼女は裕福で年の離れた老紳士と結婚していて、マックスを養子にして 立派な教育を身につけさせたい と思っている。
それを知ったチャーリーは 即座に義妹の夫に「750で どうだ?」ともちかける。息子を裕福な男に売って 得たお金で新しいロボットを買い、ボクシングの試合で勝って借金を返せる。これですべて円満解決だ。
5万ドルを前金で 残りは一月後に。義妹夫婦はイタリアで暮らしていたが、マックスを引き取るに当たって、イタリアの家を処分して ニューヨークで マックスと暮らせるように準備する。その期間1ヶ月だけ実父チャーリーのところにマックスを預けていく。ということで、話し合いはついた。
10万ドルで父親に売られた息子は1ヶ月だけ ろくでもないロボット狂の飲んだくれのところに預けられた。父の顔など覚えていない。昔 父親に捨てられて 母を失くしたばかりのマックスは 自分が売られた金でチャーリーが手に入れたロボットに対面する。
新しいロボットは日本製、超悪男子という名のロボットだ。新しいロボットに夢中のチャーリーを尻目に、マニュアル時代の元ボクサーチャーリーよりも、コンピュータ操作は 新世代11歳のマックスの方が「うわて」だ。リモートコントローラーは、いつの間にかマックスの手に。
チャーリーは 新しいロボットをトレーラーに積んで、マックスを伴いボクシング会場に行く。しかし、このハイテクの新機種ロボットは アッと言う間に 叩きのめされて 鉄くずに。
チャーリーにはこのロボットの修理する資金もない。ロボット解体所に忍び込んで部品を盗んで来るしかない。真夜中 マックスを連れて部品を探索している最中 マックスはロボット廃棄場の巨大な穴に誤って落ちてしまう。寸手のところで捨てられたロボットに引っかかって マックスは命拾いをする。助かったマックスは チャーリーが止めるのも聞かず、自分の命を救ってくれた古いロボットを抱えて連れて帰る。
その「アトム」という名のポンコツロボットは 修理してみると、昔の鋼鉄で出来ていて、リモートコントローラーで操作するよりも、自分の前の人のまねをするロボットだった。マックスが飛び跳ねれば、アトムも飛び跳ねる。マックスとアトムが楽しそうに 一緒に ヒップホップのダンスする様子を見て、チャーリーは これは 使えるかもしれない と考える。そして、元ボクサーは アトムにボクシングの戦い方を教えて、訓練する。
チャーリーとマックスの アトムを連れた興行の旅が始まった。ロボットアトムとマックスのダンスは どこでも受けた。そのあとで、ボクシング試合をさせても、なかなかアトムは よく戦ってくれた。アトムは小さいながら鋼鉄製だから、セラミックや新素材のロボットよりも 壊れても修理が効く。リモートコントローラーか効かなくなっても、アトムはチャーリーの動きをコピーすることができるから 続けて戦うことができる。そんな、アトムに人気が出てきて、活躍することになった。しかし、一ヶ月があっという間に経って、養父母が帰ってきて、そこで、、、。
というお話。
天才子役 という言葉があるが、11歳のダコタ ゴヨの マックス役が素晴らしい。母に死なれて、父に10万ドルで売られた息子という難しい役を 実に自然に演じている。ヘラルド紙やロスアンデルスタイムスでも、ダコタ ゴヨを手放しで褒めていた。「ナチュラル チャーム」生まれてついた魅力、というか、全く役を演じていると思わせない自然さで 役柄になりきっている。
カナダ トロント生まれ。生後2週間でテレビのコマーシャルに出たのが、デビューだったそうで、5歳のときから 俳優としてテレビや映画に出演している。最近の映画では2009年「アーサー」、2011年の「THOR」、2012年「ライフ オブザ ガーデアン」など、ハリウッド映画に出演している。
印象的な子役といえば、2006年の「リトル ミス サンシャイン」のアビガイル ブレスリン、2001年の「アイ アム サム」のダコタ ファニング。1986年の「スタンドバイミー」のリバー フェニックス。
その前になると 1952年の「禁じられた遊び」のブリジット フォッセイ、1948年の「自転車泥棒」ビットリオ デ シーカ監督が使った子役などが、最高だった。大人を見上げる懸命な瞳の光の強さは 大人にはまねできない。ダコタ ゴヨはこれから きっと大活躍してくれることだろう。
ヒュー ジャックマンは ブロードウェイで 踊りも歌もうまいと ミュージカルで認められ人気者になったオージー俳優だ。「エックス メン」で鉄の爪を持ったスーパーヒーローを演じ、「オーストラリア」では、荒馬にまたがり勇敢なカウボーイをやった。背が高く、美しい肉体を持ち、シャープな顔をしている。同じオージー俳優でも、メル ギブソンやラッセル クロウのような アクの強さはないが、その分 どんな役でもできる。とても良い役者だ。飲んだくれの元ボクサーの役など とても似合う。
しかし、この映画では、そんなマルチタレントのヒュー ジャックマンがかすんで見えるほど 子役のダコタ ゴヨが光っていた。
アトムに潰されて 次々と新しいハイテクロボットを開発するのが 日本人の怖い顔をした技術者だったり、アトムの前の日本製ロボット:超悪男子が、日本語でしかリモコンが作動しない、など、笑えるシーンもたくさんあった。日本製イコール優れた技術ロボット というイメージは健在なようだ。
ハリウッド製娯楽映画。おもしろい。
見る価値はある。
2011年10月11日火曜日
映画「あしたのジョー」僕らは明日のジョーだったか
「僕らは明日のジョーなんだ。」と言って、田宮高麿は「よど号」に乗って ピョンヤンに行き そこで死んだ。
1968年から1973年。「あしたのジョー」が少年サンデーに連載されていた当時の「ぼくら」にとって、あしたのジョーは本当に漫画以上の存在だった。「本は心の栄養」だそうだが、あしたのジョーは心の栄養どころか 血であり肉であった。
このころアメリカはベトナムを爆撃し、日本全国が米軍の基地だった。
東京のど真ん中を 米軍ジェット機輸送のためのオイルが連日突っ走っていた。核も堂々と持ち込まれていた。
ベトナム独立のために銃を持ち、農地に穴を掘り 圧倒的な軍事力をもつ米軍に徹底抗戦していたベトナムの人々を 殺す為に毎日飛び発っていくアメリカ軍人を 日本政府は送り出していた。多くの良識ある人々は ベトナム反戦運動に立ち上がった。当時のべ平連、全学連や全共闘は、傷ついても傷ついても負けずに立ち向かっていく あしたのジョーに自分達の姿を重ね合わせていたと思う。向かっていく巨大な壁は、自分達の力にかなうわけがないアメリカ政府と日本政府の安保条約であり、自衛隊と機動隊の力だった。
ベトナムを激しく爆撃するアメリカ大使館に「抗議」に行って、1967年10月逮捕された。17歳だった。単純直行実行主義だったから、米軍のベトナム介入に反対して 気がついたら歩道の敷石を割って アメリカ大使館に石を投げていた。月島警察署で 刑事が私が何も言ってないのに 目の前で「私は**大学の**の指揮の下にシャガクドーのデモに参加し、、、。」と スラスラ書いていくのを あっけにとられて見ていた。ふーん。ふむふむ。あの先頭に居た人は あの有名な**大学の**さんという人だったのか、、。シャガクドーって どういう字? 私の学生運動の理解度など、その程度だった。明治、法政、中大、東大に出入りしていたが 自分の大学には骨のある新聞会さえなかった。友人は佐世保、防衛庁に突入していたが マルクスやレーニンよりも、あしたのジョーから 手っ取り早く より多くの自立の精神を学んでいた。 今思うと冷や汗が出る。
この作品は 漫画だけでなく、何度もテレビでアニメーション連載番組になったり、映画化されたりしていたらしい。2011年2月に映画化されたものを観た。先日帰国の際 日豪間の飛行機の中で見たのだが、画面が小さくて、よく動きがわからなかったので、改めてヴィデオで観た。
監督:曽利文彦
ストーリーは
1960年代。まだ日本は 完全に戦後復興していない。ベトナム特需で、経済が潤ってくるのは その後だ。場所は東京の下町。涙橋を渡ると 貧民街だ。家賃を払えない人々が 川沿いに勝手にバラックを建てて住み着いた いわば無法地帯だ。
そこで飲んだくれの元ボクサー 丹下段平(香川照之)は、しょぼいボクシングジムを持っている。何年も前のボクシングへの夢を捨てられずにいるのだ。
ある日、ケンカで矢吹丈(山下智久)の身のこなしを真近に見て、ジョーに天性のボクシングの才能があることを見抜く。ジョーは親に捨てられ孤児院から抜け出してからは、窃盗、詐欺 暴行の常習犯で 少年院と娑婆を行き来する 明日のない生活をしていた。
丹下は少年院に収容されたジョーに手紙を書く。明日のために、強くなれ。ボクシングを通して、ケンカではなく本当の男になれ、と。
ジョーは少年院の中でも問題児だった。大した意味もなく反抗する。腹を立て自分が叩きのめされるまで 圧倒的多数の警備員を相手に勝ち目のない争いを挑んでいく。そこで、プロボクサーの力石徹(伊勢谷友介)に出会う。怖いもの知らずのジョーは、自分の体より遥かに大きく しかもウェルター級チャンピオン戦が予定されている力石に、挑戦して、二人は少年院の中のリングで ボクシング試合をすることになる。ジョーは生まれて初めて ボクシングのグラブをつける。リングで、ジョーは 殴られても殴られても 立ち上がり 勝負はつかない。遂に二人は互いにノックアウトして、同時にリングに倒れる。勝負はつかなかった。
少年院を出たジョーは このときの試合で いつか力石を完全に倒すことが自分の目標だと定め、丹下ジムに直行する。明日のジョーが強くなる為の 厳しい訓練が始まった。酒びたりだった丹下の目が、再び輝きだした。
一方、力石は財団の令嬢、白木葉子(香里奈)が所有する白木ボクシングジムに属し、立派な設備やプロのトレーナーを使って 世界チャンピオン戦を戦うことになっていた。力石を世界一にすることが 白木財閥の目的だ。どんなことがあっても力石に世界一のタイトルを取らせたい。 しかし力石もまた、ジョーを完全にリングの底に沈めて 前回の勝負がつかなかった試合を完了させたかった。
いつしかジョーは 力石を倒すこと、力石は 世界チャンピオンのタイトルを取ることよりもジョーを倒すことが目標になっていった。白木財閥は様々な手を使ってボクサーとしてのジョーを潰そうとする。ジョーに勝てるわけのない相手を次つぎと出してくる。ジョーの得意技は クロスカウンターパンチ。自分を打たせて、その隙に打って相手を倒す。ついに白木財閥が力石、ジョー戦を回避することが出来なくなった。力石とジョーとでは身長も体重も違いすぎる。ウェルター級の力石は バンタム級にまで体重を落として、ジョーに対戦することになる。とうとう二人はリングに上がって、、、。
というお話。
丹下段平を演じた香川照之という役者を「剣岳 点の記」、「北の零年」、「明日の記憶」、「20世紀少年」で見た。この役者は独特の輝きを持っていて、自分の役に魂をこめて 演じていることがよくわかる。私が見た彼の演じた映画の中で、この丹下段平の役が一番良かった。片目で出っ歯 腹巻姿でいつも酒の匂いがする 難しい役をよく演じていた。
力石徹の 伊勢谷友介も、よく減量したと思う。打ち合いのシーンも迫力があった。ジョーをやった山下智久という人は 「クロサギ」という映画で見たことがある。ジョーの美しい体を 映画のためによくトレーニングして作ったと思う。
原作ファンの いまはもうおじさん、おばさん おじいさん おばあさんの面々も、この映画には、結構満足したのではないだろうか。
2011年10月7日金曜日
ベンジャミン シュミットのヴァイオリンを聴く
2011年の第7回オーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)の定期コンサートを聴いた。ウィーンから ヴァイオリニスト ベンジャミン シュミットが ゲストとして来て ACOと共に演奏した。
いつもACOコンサートは 音響の良いエンジェルプレイスのホールで聴くようにしているが、ベンジャミンの人気が高いので今回はチケットが完売されていて、仕方なくオペラハウスの どでかいコンサートホールで行われるコンサートに足を運んだ。2500席が 程よく埋まっていた。席は 2階の舞台に向かって右側のボックス席。息を切らせて 上の娘と傾斜のきつい階段を登る。チェロは背中を見ることになるが、ヴァイオリニストたち全員の顔が真近に見える。
プログラム
1) ジョン セバスチャン バッハ
二つのバイオリンのためのコンチェルト 作品1043
2) エリック コーンゴールド セレナーデ
3) HK グルバー バイオリンコンチェルト
休憩
4) フランツ シューベルト ロンド Aメジャー 作品438
5) ジョセフ ランナー ダイ ロマンテイカ 作品167
6) ジェオルグ ブレインシミット ミュゼット
最初の曲、バッハは 二人の娘達と何百回弾いたか 数えきれない。第1ヴァイオリンと第二ヴァイオリンを二人の娘が 曲の途中で入れ替わったり、私がヴィオラをやったり、チェロをやったりして、よく一緒に演奏した。いつもつっかえるところでは 思わず娘と顔を見合わせたりして、ベンジャミンが ACOをリードするのを聴いた。
バッハ以外は、全員ウィーン生まれの音楽家達のウィーンの香り高い ロマンチックな曲ばかりだった。軽やかで、気品があって、洗練された美しい音楽。
シューベルトのロンドと、ラナーのワルツがとても良かった。
シューベルト自身が ヴァイオリンもヴィオラも演奏し、家族で弦楽四重奏に親しんでいたので、難曲の弦楽曲が多いが、ロンドは明るくて、聴いていて踊りだしそうな軽くて とても甘いロマンチックな曲だ。
また、ラナー(1801年ー1843年)は、ベートーベンの後、ブラームスが出てくるまでの間、ウィーンで最も必要とされていたワルツの作曲家だった。ヨハン シュトラウスの良き友人でも またライバルでもあったようで、ワルツ、ギャロップ、マーチなどを200曲あまり作曲し、自分でもオーケストラを持っていて演奏したという。
それを、ウィーン生まれのウィーン育ちのベンジャミンが演奏すると、最も華やかだったころの 19世紀のウィーンの光り輝く栄華の姿が浮かび上がってくるようだ。
内田光子がよく日本人なのに、ウィーンで育ったので 彼女がピアノを弾くとウィーンの音がする、と言われている。わたしには そのようなピアノの音の違いを聞き分けることは出来ない。しかし、弦楽器には、確かに音質の違いがあるようだ。ウィーンフイルの独特の明るさ、ベルリンフィルの吹奏楽器を生かした力強い独特の輝き。
そして今回のコンサートの音は たしかにウィーンの香り立つ 華やかなコンサートだった。明るくて 春のように心地よい。ゲストのベンジャミンは、とてものびのびと自分で演奏しながら、21人の弦楽走者達をリードしていた。実に楽しそうに演奏して、軽やかな足取りで舞台を去っていった。気持ち良い。
様々な個性をもった演奏家を 毎回ゲストに迎えて、一緒に演奏するACOの力量は確かだ。年7回ある定期公演では、ピアニスト、ヴァイオリニスト、フルーテイスト、ハーピスト、アコーデオン奏者、歌手、俳優、吟遊詩人、ダンサー、画家などなどを ゲストに呼んで共演する。今回のように、ウィーンからのゲストヴァイオリニストを迎えると、音全体が 華やかな色に染まる。
アイルランドのヴァイオリニストが来たときは、ACOの全員がケルト人になったかのように アイリッシュの旅芸人の早弾き、目にも留まらぬ弓さばきで、ケルトミュージックを演奏してくれた。
フィンランドからペッカ グストが来たときは、演奏が始まったとたん、そこに北欧の乾いた空気が流れ 氷の湖がどこまでも広がる光景がはっきり見えてきた。ロシア人がゲストだったときは チャイコフスキーの音に、広大な黒々とした樹林が迫ってきた。何でもできるACOは、力量のある立派な室内楽団だと思う。
21台の弦楽器のなかで、団長のリチャード トンゲテイが使っているのが 1743年の カロダスという名のついたグルネリ、副団長のヘレン ラズボーンが貸与されているのが 1759年のガダニーニ。
コンサートマスターのサトゥ バンスカが使っているのが 1728年のストラデイバリウス。チェロのテイモ べイユが貸与されているのが リチャード トンゲテイのヴァイオリンと同じ木から作られた 1729年のジョセッペ グルネリ。メンバーも どんどん若い人たちが古い人たちに入れ替わって 厳しい稽古に耐えてきた団員達の音は、この15年の間に 本当に良くなっている。
家に帰ってきて 来年予定されているACOの定期公演の 年間通しのチケットを予約した。同時に来年のオペラ オーストラリアのチケットも支払った。毎年この時期に 買っておかないと 良い席が確保できない。
来年の今頃、自分がどんな状態で 何をやっているか 全くわからない。チケットがあっても 病気もするだろうし、行けない日も出てくるだろう。家からコンサート会場まで 夜の運転がだんだん 心配になってきたし、会場の階段も辛くなってきた。しかし、少しでも健康に気をつけて、来年のコンサートも、変わらずに 元気に出かけていけたら良い、と思っている。
2011年10月4日火曜日
映画 「借り暮らしのアリエッテイ」
「借り暮らしのアリエッテイ」のヴィデオがやっと手に入って 観る事が出来た。世界中に感動のメッセージを送り続けているスタジオ ジブリの作品。日本では昨年公開されてヴィデオも出ており もう話題にもなっていないかもしれない。
たくさんのジブリの作品を観てきた。
一番好きなのは、「となりのトトロ」と、「風のナウシカ」。
二番目に好きなのが「耳を澄ませば」と「魔女の宅急便」。
どの作品も、登場する女の子が その年齢に関係なく親から精神面で自立している。決断するのは いつも自分自身の判断だ。勇気があって潔い。
原作:メアリー ノートン 1952年出版「床下の小人たち」
企画 脚本:宮崎駿
音楽:セシル コルベル
監督:米林宏昌
40年前から 宮崎駿と高畑勲によって企画されていたそうだ。
公開にむけて 東京都現代美術館と、兵庫県立美術館で、種田陽平展が開催され 身長わずか10センチの小人の世界を体験できる、巨大なセットが組まれジブリの世界が体現されたそうだ。
映画は、全国447のスクリーンで公開され 初日2日で興行収入9億円 68万人の動員、映画観客動員ランキング1位を記録。2010年度の邦画の興行収入第1位、92,5億円を記録した。韓国、台湾、フランスでは公開されたらしいが、オーストラリアには来なかった。
ストーリーは
翔の両親は離婚していて、母親は翔を 自分が育った祖母の古い屋敷に預けて海外出張している。思い心臓病の翔は これまでに何度か心臓手術をしていて、再び 一週間後に手術を受けることになっていた。
おばあさんの家には 長いこと小人が住んでいる。
かつておばあさんの父親は 屋敷で小人を見たことがある。そんな小人達が快適に暮らせるように夢みて、小人の家を作らせた。家具や日用品、電化製品まで本物とそっくりに 専門職人に作らせたものだった。寝室、応接間にリビング、台所は電気をつければ本当に調理もできるオーブンや食器まですっかりそろっていた。
そのおじいさんが亡くなったあと、小人の家は娘に引き継がれ、彼女が小人が現れるのを ずっと待って すっかりおばあさんになってしまっても小人を見ることがなかった。そして、小人の家は翔に引き渡された。
翔は おばあさんの家に着いた その日に庭で元気な小人が 草の間をすり抜けて行く姿を見ていた。そして、その夜 14歳になった小人のアリエッテイは、父親とともに翔の寝室を探索にきて 再び翔に見られる。小人は人間の家の床下に済み衣食住に必要なものは 「借りて」くることで生きてきた。人に見られてはいけない という掟を持っていた。今まで 人や鼠やカエルなどの小動物に見つかって命を奪われた小人が 沢山居たのだ。
孤独な翔は アリエッテイと友達になりたい。しかしアリエッテイが 人と関わりを持つことは小人の世界全体を危険にさらすことだった。
翔の様子を見ていた家政婦のハルさんは 翔が小人と関わりをもっていることに 気がついていた。家の管理をまかされている家政婦にとって 台所から食物を「借りて」いく小人は泥棒だ。捕まえて ねずみ駆除業者に引き渡さなければならない。そう考えてアリエッテイの母親 ホミリーをつまみ出して ねずみ駆除業者に渡そうとする。家政婦ハルさんと、アリエッテイと翔との戦いが始まる。
アリエッテイは 翔の機転と活躍のおかげで 家族を取り戻し 安全な場所に移動していく。翔との別れが迫っていた。
というおはなし。
「12歳の心臓病の男の子」が とてもよく描かれている。他の子供と同じことが出来ない、待つことに慣れ、受動的で一種のニヒリズムのような諦念に居る子供の様子が とてもリアルに書かれている。
むかし、心臓病の子に たった一人の親友と言われていた時期がある。小学校、中学とラジオ体操や体育はいつも見学、遠足に参加したことがない、いつも気難しい顔をして ひとりきり。話しかけると 思い切り皮肉めいた言葉で傷つけられる。裕福な家庭の子で、下手に出て ふざけてみると、思い切り高みから残酷で軽蔑のこもった悪意と嘲笑で、攻撃してくる。たまにしか学校にこれないのに 思いカバンを持ってやるどころか、一緒に横に歩いてやる子など 全く居なかった。わたしは普通に話しかけていたが あとでその母親から「たったひとりの親友になってくれて ありがとう。」と言われた時はめんくらった。
だから、翔が 初めてアリエッテイを見たとき、「本当に居たんだね。」とさして 驚いた風もなく言う様子や、アリエッテイに再び会って、君達一体何人いるの?人間は68億人も居るんだよ。 小人は やがて絶滅する存在なんだよ と 平気で言える。子供らしくない翔の諦念と、多少投げやりな様子や倦怠感の漂う身のこなしなどが、とてもよくわかった。
その翔が 「見てもいい?」と問い、アリエッテイをみた瞬間に 恋をする。大きく目を見開き 思わず「きれいだね。」と。今までの口調や表情と打って変わって 恋する男の子の顔になる。
その瞬間がとても良い。
受動的に生きてきて 何時までも自分は寝たきりで友達もできない、一週間後の手術など成功しようがしまいが どうでも良い と思ってきたが、翔に大切なものができた瞬間の 大きな変化。何が何でも生きていきたい。恋を知らなかった翔から 恋を知った翔への変貌。
一方のアリエッテイは すでに翔を初めて見たときから恋をしていた。初めて父親と探索に出たときに 翔の顔をまともに正面から見てしまい その瞬間に、恋をしていた。だから 翔からの角砂糖を返しに行く時の懸命さも、「私達にもう構わないで。」と言ってみせる強がりも、際立っている。
そんな惹かれあった少女と少年が 小人を泥棒としか捉えられない家政婦の悪意に立ち向かう。アリエッテイは 母親をつれ戻しに行くことに一瞬の迷いも 躊躇もない。翔は そのアリエッテイの姿に感動しながら 家族の結束、生きる力、愛する人を失なうまいとする懸命さを学ぶ。
最後、アリエッテイは心を込めて 翔の指を抱きながら涙を落とし、自分の髪留めを翔に差し出す。翔は 君は僕の心臓の一部だ といって それを受け取る。なんと言う心と心の 強い結びつきだろう。
アリエッテイの気持ちを思えば、翔は自分の手術が成功しようがどうでも良いとは、断じて言えない。彼は一人ではないのだ。アリエッテイのために 生きなければならない。
人は誰でも 自分の心にアリエッテイの髪留めを持っていたならば、どうでも良い生き方など できない。自殺などできるわけもない。道を誤ることもない。他人を傷つけることもないだろう。
自分の心に アリエッテイの髪留めをもち、君は私の心臓の一部だ といえるような人を探し続行けたい、誰もが 観ていて そう思ったのではないだろうか。見終わって、深い感動が染み渡ってくるような、良い作品だった。
2011年10月3日月曜日
どーん ときてます
父が8月14日に亡くなって、8月23日に シドニーに戻ってきた。
翌日から職場に戻り、週4日、40時間の勤務の生活にもどり、休日には、今までどおり、映画を観たり、オペラハウスにも2夜ほど ピアノコンサートと 室内楽のコンサートに行き、また、初孫の2歳の誕生日パーテイーに出かけて行き、次の週には 仲の良い友人5人とその子供達8人をランチパーテイーに呼び、普通どおりの楽しくて、忙しい 私らしい過ごし方をしてきた。
まえに、親を亡くしたショックは後から どーん ときますよ、何人もの人から言われていた。やはり、どーん ときて、起き上がれない。声が出ない。言葉が出ない。眩暈と吐気と咳と熱と頭痛と全身痛と食欲不振と、何もかもが突然襲ってきて 1週間寝込んでる。これからは、回復期。
写真は ランチパーティーに来てくれた 日本人ナース達の子供達。
多くはオージーと結婚して みな別々の病院に勤めているので なかなか会えない。日本人ナースは 質が高く、オージーナースより優しいので、どこでも評判が良い。子供達の動きが激しいので、一枚の写真にみなが写ることは不可能。
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