2014年7月13日日曜日
松本大洋の漫画 「SUNNY」
子供を捨てる親が居るかと思うと、そんな子供たちを集めて一緒に生活する親も居る。松本大洋の新しい作品、「SUNNY」は、そんな漫画だ。いま5巻まで出ている。
園長先生が始めた「星の子学園」という施設の庭には、廃車になった日産サニーが動かなくなった時のまま放置されている。そこに入り込んで子供たちは、自分が運転して自由に車を動かしている気になったり、後部座席で本を読んだり、隠れてタバコを吸ったり、人知れず泣くために、そっと乗車してきたりしている。
星の子学園の園長先生は、6年前に奥さんを亡くしてからすっかり年を取って引退しており、足立稔先生夫婦が実質的な経営と子供たちの世話をまかされている。園長先生の孫の牧男さんは 京大生でアルピニストだ。大学が休みになると星の子学園で働く。子供たちはそれを待ちかねていて、みな牧男さんと一緒に遊んで、一緒に寝てもらいたがる。子供たちにとって牧男さんはヒーローだ。しかし両親は学園に全く関わっておらず、牧男さんのやっていることに批判的だ。子供たちを見ていて牧男さんは、どう生きていくべきかわからなくなって大学を休学して山の単独行ばかりしていた。ガールフレンドの七子さんを連れて、星の子学園のみんなに紹介する。そのうちに大学にも復学するつもりだ。
園に静という小学校3年生の男の子が両親に連れられてくる。父親の経営していた自動車工場が破産し、生活が経ちゆかなくなって、園に預けられることになった。母親からは毎週手紙を送るし、必ず迎えに来るから、と言われて納得してきた、勉強のよくできる眼鏡をかけた子だ。サニーの中に泣きに来ると、「僕も園に来た頃はいつもここで泣いたよ。でもだんだん悲しいのになれてくるんだ。」と、同い年の春男に言われる。あんなに約束したのに、両親からの手紙はだんだんと送られてこなくなり、やがて音信不通になる。ある夜、静は足立さんの車の鍵を持ち出して車にエンジンをかける。予定では駅まで車を運転して、電話で足立さんに謝り、電車に乗って新幹線の乗り換えて、昔家族で住んでいた家に帰るつもりでいた。着いた駅で母親のために花を買い、工場に父を迎えに行って、そろって家に帰るという予定を立てていた。予定通りに車の運転が小学校3年生にはうまくいかず、コントロールを失った車は電柱にぶつかって静は保護される。静の家出予定表をみて園長先生は静に本当のことを話す決意をする。静の母親は行方不明で、父親は破産して前住んでいた家にはもう誰も居ないということを。
静と同い年の矢野春男は小学校1年生のときに園に来た。親に捨てられたショックとストレスで髪が白くなってしまったのでホワイトと呼ばれている。両親に遊園地にでも行くように騙されて連れてこられて、翌日目が覚めてみたら親が居ない。泣くのではなく叫び、ゲーゲー吐きながらもまだ叫び続け、延々と親を探し回った。暴れて園の女子の髪を切り、犬小屋を燃やし、全員の靴を池にぶち込み、園は竜巻に襲われたように破壊された。それから2年経ったが、今も春男は、学校では問題児、園で煙草を吸い、虚勢を張っている。
そんな春男の父親はいつも金を持っていなくて、女い食べさせてもらい、ヒッチハイクでふらっと園に来ては園の世話になる。春男と一緒に暮らす気がないのに春男に会いに来て、またふらっと居なくなる。母親は、時々春男に会いに来て自分の住む東京に連れて行き数日過ごして、春男を園に帰させる。母親は春男に「また髪が白くなったのね。素敵よ。」と言い、「私のことをかあさんと呼ばないで。矢野杏子と呼んで頂戴。」などと要求する。そんな母親に春男は「いつもお母さんに会いたいねん。会うてしまうともう別れる時のことを考えて胸んとこいっぱいになんねん。会えるの1年のうち3回ぐらいやろ。なんや会うてても半分くらいからもう別れるときのことばかり考えてしまうねん。」と告白する。園長先生の孫の牧男さんがやってくると他の誰よりもとなりに寝てもらいたがり、牧男さんが約束通り七子さんを連れてくるとバケツいっぱいドジョウをとって待っている。
中学3年生の伊藤研二は新聞配達をしている。姉の朝子は高校生で、園の小さな子供たちの世話もしている。アル中で気の弱い父親を捨てて出て行った母親には男が居る。身勝手な父親に振り回される研二は、不良少女と呼ばれる春菜と心通じ、淡い恋心をもっているが、春菜はやがて学校を止め、男の車に乗って去る。姉の朝子は偶然に道で会った母親に誘われて喫茶店に入るが、自分のことしか考えられない母親に、「親はおらんもんやて研二もうちも覚悟はできてるさけ」と言ってコーヒー代も自分で払って、親に背を向けて園に帰ってくる。
純助は弟のしょうすけと入園した。父親はなく、母親は長期入院をしている。その母親にお見舞いに行くために、二人して毎日四葉のクローバーを探している。
静と春男と同じ小学校3年生にめぐむという女の子が居る。両親ともに亡くなっているが、いつも両親との楽しかった話をみんなに自慢して話して聞かせる。学校では園の子供たちよりも普通の家庭の子供たちと遊びたがる。遠い親戚夫婦が、不憫な孤児のめぐむに会いに園にやってくるが、めぐむは一緒に寝てくれるという申し出を断り、夫婦が買ってくれた服を着たがらず、外出して映画を観ても上の空で園に帰りたがる。子供の居ない寂しい夫婦は、めぐむを引き取って育てることも考えていたが、当のめぐむに何もかも拒否された末に、おばさんは言う。「大丈夫よめぐむちゃん。めぐむちゃんがおばさん達の前で上手に笑ったりできないこと。お父さんやお母さんにわるいと思っちゃうのよね。おばさんもおじさんもめぐむちゃんが優しい子だということがよくわかったよ。ホントよ。今日はありがとうね。二人とも本当に楽しかったわ。」 そして夫婦は去っていく。めぐむにとって両親はまだ亡くなっていないのだ。恐らく永遠に。
他に知恵おくれの太郎や、きりこや犬のクリ丸や猫のくろが居る。園の子供達はどの子供達も親のない子供達だ。身勝手で子供のような親ばかりがたくさん出てくる。淡々とした子供たちの口から出てくる言葉のひとつひとつから、血がにじみ出てくるようだ。
松本大洋の描く子供達が、みな線の細い美しい絵で描かれている。読んでいて、何度も何度も彼の描く線が、にじんで見えなくなってくる。松本大洋はたくさんの漫画を描いていて、独特の世界を見せてきたが、この作品は彼が一番描きたかった作品なのだという。一番描きたかったことを、やっと、描ける年齢に彼が達したということでもあるのだろう。
「ナンバーファイブ」が彼の作品のなかで一番好きだったが、この「SUNNY」に描かれる子供の心は 彼にしか描けない。本当の名作として、ずっとこの先も人々の心に残って、忘れられない作品になっていくことだろう。