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2010年12月28日火曜日
映画 「ツーリスト」のアンジェリーナとジョニー デップ
映画「THE TOURIST」、邦題「ツーリスト」を観た。
アンジェリーナ ジョリーとジョニー デップ共演のハリウッド映画。
近年の娯楽映画としては 最高の出来だ。
監督製作:ドイツ人 フロリアン ヘンケル ヴァン ドネルマルク
カメラワーク:オージーのジョン シール。
原作は2005年のフランス映画「ANTHONY ZIMMER」。
ソフィー マルソーが演じた エリーズ役を アンジェリーナ ジョリーが、その相手イアン アタルが演じた役を ジョニー デップが演じている。
http://www.youtube.com/watch?v=l5ZGiuoBuGg
ストーリーは
ロシア マフィアから 多額のマネーロンダリングのための隠し金を騙し取った男の名は アレクサンダー ピアス。ロシア マフィアとしてはこの男、殺しても殺し足りない。見つけ次第八つ裂きにしてやりたい。そんなロシア マフィアの面々は勿論のこと その騙し取った金を 隠し場所に使われたロンドン銀行も 預けられた金の利子を求めて訴訟をおこしている。世界をまたに賭けた金融知能犯罪に、インターポールも 必死でこの男を追っている。
しかしアレクサンダー ピアスの顔を知るものは 誰も居ない。彼の行く先を追うただ一つの鍵は、アレクサンダー ピアスの愛人エリーズ(アンジェリーナ ジョリー)だけだ。だから ロシア マフィアもロンドン警視庁もインターポールも エリーズから目を離せない。彼女の行く先々を 黒服のマフィアが追い、覆面パトカーが追いかける。それを もう2年も続けているのだ。アレクサンダー ピアスはこの2年 動きがない。
そして ある日 エリーズが 突然動き出した。
棲家だったパリを出て、長距離電車に乗るエリーズのあとを 男たちが追う。エリーズは 列車の中で、自分の隠れ蓑に利用するために、男を物色する。声をかけたのは アメリカ人、平凡な旅行者。誠実そうで世慣れない感じで ちょっと冴えない数学教師だ。エリーズは このフランク(ジョニー デップ)と車内で親しくする。
インターポールは すぐにこの男が何物であるかを突き止める。平凡なアメリカ市民。犯罪暦なし。3年前に事故で妻を失くした数学教師だ。エリーズが単に列車のなかで偶然出会っただけの男だと承知している。しかし、インターポール内の ロシアスパイが この男こそアレクサンダー ピアスだと思いこんで 誤った情報を ロシア マフィアに送ってしまう。ロシア マフィアは フランクを拉致しようと計画する。
場所を ヴェネチアに移して エリーズと フランクと アレクサンダー ピアスと思われる男と ロシア マフィアと インターポールとの追いつ追われつの ハラハラドキドキが展開される。
これから先は ミステリー仕立てなので、筋は言えない。
アンジェリーナ ジョリーが とてもとても美しい。これほど美しく映像に納められた彼女の姿は 久しぶり。「ソルト」では 変なかつらをかぶって、アクションは良かったけれど、美しくなかった。今回の映画では これでもか これでもかと 豪華で贅沢な衣装に身をまとい カメラワークも 完璧に彼女美しさを際立たせていた。
カンボジア、エチオピア、ベトナム人孤児を養子にしたうえ 女の子と男女の双子のお母さん。ブラッド ピットの奥さんをやりながら 国連難民高等弁務官事務所の親善大使。2010年2月のハイチ大地震では、ブラッド ピットとともに 100万ドルを国境なき医師団に寄付した。こんな ことをする人が 美しいと嬉しい。
ジョニー デップも とても良い。何が何だかわからないうちに、ギャングから追われ、命からがら逃げ回る数学教師の役が とても似合っている。
何と言っても 舞台が あのヴェネチアだ。
ホテルからゴンドラで 正装して舞踏会の会場に向かうアンジェリーナ、、、ホテル ダニエラのスイートルームのベッドで眠るアンジェリーナ、、ウォータータクシーで手錠をかけられたまま 運河に落ちるのデップ、、、パジャマ姿でセントマルコ広場のマーケットに屋根から飛び降りるデップ。
ゴンドラでまわった 数々の歴史ある建物や風景が よみがえって来る。
ヴェネチアを訪れたことのある人にとっては 嬉しい光景ばかりだ。
撮影のほとんどが ヴェネチアで行われたそうだ。
サンタ ルチア駅、セント マルコ広場、グランドカナル(大運河)、モトスカーフィ(ウォータータクシー)、ヴァポレット(乗り合いタクシー)、サンタ マルコ寺院、パラッツオ ドオモ(元首の館)、ため息の橋、リアルト橋、ホテルダニエラ、ムラノグラス ファクトリー、、。
ヴェネチアは 100数十の島々からなり、これをつなぐ4百数十の橋で構成される街だ。すべての建物は数百年たっている。過去の栄光と繁栄を物語る 古い商人貴族の館。暗くて狭い小道。ホテルがそっくりそのまま博物館で美術館であるようなホテル ダニエラ。そのスイートルームの 調度品の数々などを画面で観ると美しすぎて 哀しくなるのは どうしてだろう。
この街が日々、沈んでいっており いずれは街そのものが なくなっていくからではないだろうか。水の都 ヴェネチアは滅びゆく貴族の哀切の想いがする。
ナポレオンは このサンマルコ広場を「世界で最も美しい客間」と表現した。ゲーテ、スタンダール、ヘミングウェイ みなヴェネチアを 特別に愛した。ヴェネチアは そんな特別なところだ。
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」で有名だが、世界で初めて ユダヤ人ゲットーができた街でもある。
映画「旅情」では キュサリン ヘップバーンが ヴェネチアの運河に落ちて 男に会い 失恋をしてアメリカに帰っていった。
トーマス マンは「ヴェニスに死す」で、美少年に恋をする老作家を描いた。これも素晴らしい 忘れがたい映画になった。ペストがはびこるヴェネチアが 悲劇を予感させていた。
ルキーノ ヴィスコンテイは 自身がシチリアの没落貴族出身だから 映画「山猫」で滅びゆく貴族を描いた。この映画は 洗練されたイタリア貴族文化の華麗や退廃を 世界遺産に復元するかのように描いた一大叙事詩だ。バートラン カスターとアラン ドロン、クラウデア カルデイナーレの名優たちによってイタリアの 滅び行く栄光の歴史が描かれていた。
ヴェネチアは特別な風格と香りを持った街だ。一度訪れただけで いつまでも恋しいと思う。
そんなヴェネチアを舞台にした スリラーアクション映画「ツーリスト」。
とても良かった。日本では3月11日公開。
見る価値ありだ。
2010年12月19日日曜日
アガパンサスの花
いまころのシドニーは ジャカランダの花が終わり、アガパンサスが花ざかりです。
背が高くて 頭の重い 青や白の大きな花が アパートの塀のわきや 入り口から玄関にいたる道の両側に咲きそろい みごとです。葉のある地面から1メートルも高いところに 大輪の花をつけるので、なかなか貫禄があります。日本でも球根を植えておくと 簡単に増えて育つので庭に植える人も多くなってきたそうですが、私はこちらに来て 初めて出会いました。
白、青、紫と花の色がありますが、青が シドニーの初夏の空の青さに似て とてもきれいです。南アフリカが原産地だそうですが、花の名前は ギリシャ語の「アガペ」すなわち愛 と、「アンサス」花という意味との合成語からきています。「愛の花」という訳です。でも 別名「ナイルの百合」のほうが この花のイメージに合っています。
「だておとこ」とか「プレイボーイ」のことを、花(鼻)の下が長い「チューリップ」と、別称で呼びますが、アガパンサスは、花の下が1メートル、、、チューリップどころではありません。
写真は「アガパンサスの花」と、「うちの愛猫クロエとフリージャ」
2010年12月16日木曜日
異国の地に暮らして
多感な頃の二人の娘たちを連れて家族で フィリピンに10年暮らした。いろんなことがあったが、忘れられないことのひとつ。
マニラの片側4車線の大きなエドサ通り沿いにあるガソリンスタンドで、私の乗った車のドライバーが、給油しようとしたら 車寄せの給油スペースに 全裸の少年が倒れていた。数人の男たちが 笑ってタバコをふかしながら、うつぶせになった少年の体を蹴飛ばしたり、足でひっくり返そうとしたりしている。皆、笑っていたので、私のドライバーは 「昨夜飲んだくれた 酔っ払いでしょう。」と言って、そこでの給油をあきらめて、そのまま走り去った。フィリピン人にしては 色の白い、髪の短いほっそりした少年だったが、それを取り囲む男たちの 野卑な顔つきが とても嫌な感じだった。その日は それで、あったことをすっかり忘れていた。
翌日 ドライバーから、それが 20歳の女性で 輪姦された末 絞め殺された遺体だったことを知った。朝早く、新鮮な野菜や魚を買いに行く途中だったから、死後4-5時間は 経っていたのだろう。こともなげに、「あ、あれね、、女だったよ。」と言うドライバーの言葉に、平静を装ってはいても、胸の中で ドッと血が流れ 涙があふれるのを止めることができなかった。
どうしてあの時、何があったのか男たちに聞いて 酔った少年ではなく殺された少女だったと知って、シーツなり毛布なりを掛けてやらなかったのだろう、どうしてか、、と。陵辱されて殺されて なお死体をもて遊ばれていた少女を見て ただ通り過ぎてきた自分を責めた。
フィリピンでは いくつも死体を見た。見て 通り過ぎた。余りに死が身近だった。
それから数年して、娘達とシドニーで暮らすようになった。
ある朝、出勤する人々が忙しく交差するテーラードスクエア。オックスフォード ストリートを歩いて、向こう側に渡る時 道路わきに酔っ払いが寝ていた。若いが金色のもつれた髪、汚れた服、強いアルコールの匂い。そのあたりでは 夜でも昼でも路上生活者がいるし、酔っ払いなどいつも居る。ただ、操り人形の糸が切れたような ひしゃげたように、不自然な形で転がっている。怪我でもしているのかもしれない と思ったが 男の足をまたいで 反対側に渡ってバスを待った。見ることもなく見ていると、スーツ姿のハイヒール 書類鞄を持った いかにもビジネスウーマンと言った感じの女性が 足を止め 膝を折って男の横にかがみこんで 男が息をしているかどうか確かめて、それから安心したように歩み去っていった。一髪の乱れも無く装った出勤途中の若い女性と飲んだくれの 意外な取り合わせにびっくりした。すると、その後にもまた、別の若い女性が 男の横にかがみこんで 胸に手をやり 呼吸しているかどうか確認してから、通り過ぎた。驚くことに バスがくるまでの間に3人もの人が 転がっている酔っ払いの生死を確認していったのだ。衝撃だった。
マニラで殺された少女の全裸死体にシーツをかけてやらなかった自分を責めた自分は シドニーで酔って不自然な様子で転がっている少年を 触ることも近付くことも避けて通り過ぎている。生きているかどうかも確認しなかった。
こんなふうにして、いろんな国で 異国者としてただ、通行人として、余り人々と関わらずに生きて来た と思う。
倒れていたのが日本人だったら、通り過ぎることはしなかったはず。
オーストラリアに暮らして15年たった。
オージーのオットと暮らした年数の方が 日本人の最初の夫と過ごした年数よりも長くなったのに、いつまでもオットは他人で、死んだ夫は身内。
人は人種、宗教、文化、信条によって差別されてはならない と信じるが 自分自身の人種差別意識をいつまでも 消すことができない。
そんな自分を肯定も否定もできずに 異国の地で もう長いこと生きて来た と思う。こんなことを考えるって、ホームシックだろうか、、、。
あぶない、あぶない。
2010年12月7日火曜日
映画 「フェア ゲーム」、ウィキリークは正しい
映画「FAIR GAME」、「フェア ゲーム」を観た。分類からいうと、バイオグラフィーということになっている。誰の伝記かというと、まだ若い 実在のCIA秘密工作員ヴァレリー プラムのことだ。
監督:ドング リーマン(DOUG LIMAN)
キャスト
ヴァレリー プラム:ナオミ ワッツ
夫 ジョー :ショーン ペン
お話は
ヴァレリー プラムは優秀な成績で大学を出ると 自らの愛国心からCIAに志願して局員となる。2001年当時は 彼女は中堅の捜査官だった。
もと外交官の夫 ジョーとの間に双子の子供を抱え 多忙ながら幸せな家庭生活をワシントンで営んでいた。
ジョージ Wブッシュ政権下、米国イラク間の関係が険悪になるのつれ、イラク担当の彼女の仕事も多忙になる。
2001年当時 サダム フセインはウラン濃縮作業をしているという情報が信じられていた。元はと言えば、対イラク対策として、米国の援助によって推進された原子力開発だった。黙して サダム フセインに原子力大量破壊兵器を作らせるわけにはいかない。イラクの原油に狙いを定めていた米国にとって イラクを米国に敵対する軍事大国にすることだけは許すことができなかった。
CIAはイラク担当の秘密情報員ヴァレリー プラムの夫を 以前彼が外交官として赴任していたナイジェリアに送り イラクがウラン濃縮作業を兵器開発のために 行っているかどうか偵察するように依頼する。チームも 各国に情報員を送り 事実確認を急いでいた。妻のヴァレリーは エジプトのカイロ、マレーシアのクアラルンプール、イラク各地に 情報提供者を送り込み 情報を収集していた。
結果はNO。サダム フセインのイラクは 原子力開発も化学兵器も作る予算も持っていなかった。フセインは いちど取り掛かった原子力開発を IAEAの勧告に従っていっさい放棄していた。ヴァレリーのCIAチームは イラクは原子力大量破壊兵器をもっていないと結論して ワシントンに報告した。
しかしその結論が出た日、ジョージ Wブッシュは、「サダム フセインが大量化学兵器を持っていて世界の安全を脅かしている」 という理由のもとに、バグダッド空爆を始めた。そこには副大統領が死の商人兵器会社と密接に利害関係にあったことや、当時下降していた大統領支持率を 開戦によって一挙に上げなければならないブッシュ政権の思惑があった。
開戦のニュースに肩を落として帰宅する妻を見て、夫ジョーは サダム フセインが大量化学兵器を持っている根拠はない という意見を新聞の投稿する。これを見た副大統領は ジョーの発言を潰す為に お抱えのワシントンポストの記者に、ジョーとジョーの妻ヴァレリーを実名で攻撃する記事を書かせる。
CIAの秘密捜査官であることを 新聞で暴露されてしまったヴァレリーに もはや仕事を続けることはできない。ヴァレリーは CIAの仲間達とコンタクトをとることもできなくなり完全に孤立する。開戦による報道管制のいけにえにされたのだ。マスコミは ヴァレリーを3流のCIAのごろつきで サダムが大量化学兵器をもっていない などという夢を見ている反愛国者だと決め付けた。彼女が 仕事で情報収集のために カイロやカラチやバグダッドに送り込んでいた情報員たちも 米国のバックアップを失って命を失うことになる。身の危険にさらされるヴァレリー。死の恫喝の嵐、、、。
ジョージ ブッシュへの抵抗をやめようとしない夫との関係も ぎくしゃくしてくる。身の置き場のなくなったヴァレリーは 二人の子供を連れて実家にもどり、そして ホワイトハウスの公聴会に出頭して 自分のやってきたこと 自分の信念を 嘘偽りなく述べる。しかし、彼女を待っていたのは 2年半に渡る懲役刑だった。
という事実に基ついたお話。
根拠のない情報は情報としての価値はない。正確な情報をもとに事実を把握して現状分析する。これは政治政策にとって なくてはならないものだ。事実確認なくして 大量化学兵器をもつフセイン政権を倒す という理由で開戦に踏み切って たくさんのイラク市民を犠牲にしたジョージ ブッシュは戦犯として国際法で裁くべきだ。直接 兵器の売買、死の商人として戦争の利権に関わっていた当時の閣僚達も同様だ。
たったひとりになっても 事実を事実だと言い続ける勇気。自分の仕事と自分の信念に誇りを持ち続ける勇気。
映画の最後に 実際のヴァレリーが、ホワイトハウス公聴会で証言する様子のフィルムが回る。冷静沈着に証言を述べる彼女の姿に心がふるえる。
実際にあったことを 数年後に映画化する監督の 迅速な撮影と編集作業にも驚かされる。
イラク戦争は過去の話でなく 今 血が流れている現在進行形のできごとだ。いまだイラク戦争で米国兵は撤退できず、バグダッドでは自爆テロが毎日のように起こり、シーア派アラブ人、スンニ派アラブ人 クルド人とが争い合っている。米国のパペット人形 ハミル カザイは自分の利益を肥やすことしか考えていない。
すこしでもイラク戦争の事実を知ること。これが一番大切なことだ。
ウィキリーク がんばれ!!!
2010年12月6日月曜日
情報は誰のものか ウィキリークは正しい
1972年、ウォーターゲート事件で 民主党を盗聴させていた共和党のニクソン大統領は 事実が発覚されて、辞任に追い込まれた。これを情報収集し公開して 事件の契機を作ったのはワシントンポストのボブ ウッドワードら二人の記者だ。彼らは ヴェトナム戦争の主役だったニクソンを辞任させ 英雄となり 政府の機密情報を公にした罪には問われなかった。
田中角栄元首相の金権政治とその体質を報道した立花隆や、朝日新聞の筑紫哲也は 人々から支持されこそすれ 罪に問われなかった。人々は事実を後から知る。権力を持った者が隠している人々が知るべき事実を いちはやく報道 公開する人は 勇気ある人だ。
デモクラシーはアメリカの国是。
民主主義国家では 全ての情報が自由に与えられ、討議され、決定されなければならない。ひとりの偽政者が都合の良い情報だけを国民に与えて世論操作して 私腹を肥やしていた時代は過ぎたはずだ。天皇や キングや ツアーや 軍人が 愚民化政策で国民に目隠しをして やりたい放題やっていた時代は過ぎ去ったはずだ。嘘の切っ掛けを作って 戦争を始める時代も終わったはずだ。
いま私たちは たくさんの情報をネットを通して得ることが出来る。インターネットは 情報を中央から下ってくるのではなく、横に広げ 個人の家に持ち込むことを可能にした。だから 中国で民主活動家達や作家やクリスチャンや少数民族の人々が弾圧され、情報を政府にコントロールされたまま ゴーグルが権力の脅しによって撤退せざるを得なかったことを、残念だと思う。
偽政者が自己保身のために 都合の悪いことを隠蔽するならば、それをハッカーして公にすることは罪ではない。ハッカーは 情報を公開することで 何の利益も得ていないからだ。情報を売るのではなく無料で知りたい人に公開しているからだ。
今、私たちは ウィキリークによって、「イラクに民主主義国家を建設するために」アメリカがやってきたイラク戦争で アメリカ兵がゲームを楽しむように イラク市民を殺すシーンを見ることが出来る。アメリカの横暴なパワーが 国連で はるかに勝っている姿を知ることが出来る。サウジアラビアから莫大な資金を得ながら、影でテロリスト呼ばわりしていた クリントンの姿を見ることが出来る。ケビン ラッドが中国語で語り 中国との外交を重要視するそぶりを見せながら、クリントンには イザと言う時は中国への軍事行動を提案していたことも知ることができる。
サダム フセインは大量殺戮兵器を持っていなかった。これが 今なら、明確な事実だが、これを当時発言したCIA職員は 懲役刑に処せられていた。
事実は 私たちのものだ。情報はあなたのものであり、私のものでなければならない。得た情報を どう使うかはその人次第だが、知るべき事実を公開する勇気ある動きを 止めてさせてはならない。ウィキリークは正しいことをしている。
人の評判を落としたい時 一番卑怯で効果的なのは その人を性的に貶めることだ。いつの時代も 拷問では性暴力が 最も効果的に行われてきた。性暴力は人を文字通り ボロボロにする。人にとって 最もセンシテイッヴな部分だからだ。
マレーシアのマハテイール元大統領は 優れた独裁権力者で 反対勢力を許さなかった。大統領選挙前に出馬した 副大統領だったアンワー サダットを 同性愛行為強要の容疑で逮捕して、彼の選挙活動を封じ込めた。眼科医の妻と おしどり夫婦で民主化運動をしてきたアンワー サダットの政治家としての死は 同性愛を毛虫より嫌うモスリム文化の中で、実に巧みに演出された。
ウィキリークのファウンダー ジュリア アッサンジに、レイプ容疑がかかった。作り話だ。各国政府は 秘密を暴露されることで政権の安泰が脅かされ戦々恐々としている。何とかして ウィキリークの口を封じたい。
しかし、ジュリア アッサンジが何をしたというのだ。政府の隠したい情報を公にしただけではないか。もともと情報とは誰のものなのか。
情報とは私たちのものだ。それを公開して私たちの手にして 何が悪い。
ウィキリークは正しいことをしている。
2010年12月4日土曜日
2010年 観た映画のベストテン
今年 劇場で観た新作映画は 全部で50本。それに加えて数本のビデオを観た。
どの作品も それぞれの良さをもっていて、忘れがたい。5月に 2010年上半期に観た映画のベストテンを書いたので、一年を通して観た映画のベストテンをあげてみる。
ベストテンのそれぞれに 映画評を書いた月日を記した。ふりかえって それを見れば 作品の製作者や ストーリーや キャストなど映画の詳細がわかる。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1496597511&owner_id=5059993
第1位:「終着駅トルストイ謎の死」:マイケル ホフマン監督
3月29日 映画評
第2位:「剣岳 点の記」:木村大介監督
4月24日 映画評
第3位:「アバター」:ジェームス キャメロン監督
12月26日(2009) 映画評
第4位:「インセプション」:クリストファー ノーラン
8月1日 映画評
第5位:「シャッターアイランド」:マーチン スコセッシ
3月15日 映画評
第6位:「ゴーストライター」:ロマン ポランスキー
8月17日 映画評
第7位:「ソーシャルネットワーク」:デヴィッド フィンチャー
11月16日 映画評
第8位:「リミット」:ロドリゴ コルデス
10月14日 映画評
第9位:「インヴィクタス負けざる者たち:クリント イーストウッド
2月12日 映画評
第10位:「ドン ジョバンニ」:カルロス サウラ
6月7日 映画評
第1位の「トルストイ死の謎」で、ヘレン ミレンがトルストイの妻を演じて今年のアカデミー主演女優賞を受賞した。彼女は トルストイ役のクリストファー プラマーとともに、素晴らしい夫婦を演じてくれた。死を迎えようとするトルストイと 世界3大悪妻の一人と言われる妻の愛憎のすさまじさと、彼を慕ってやってきた若いカップルの愛のはかなさの対比が 良かった。一年近く前に観た映画なのに、観た時の感動がそのまま残っていて、忘れられない。
第2位の「剣岳 点の記」は、この山が好きなので、山の映像が出てくるたびに、心が躍った。ヴィバルデイの「四季」が、春夏秋冬の剣岳の姿にぴったりマッチして、本当に良かった。
第3位の「アバター」は、技術面で、新しい映画の時代を切り開いた。映像革命といって良い。とても楽しめる映画だ。
第4位の「インセプション」では、夢の中で人の深層心理を操作する というヒトの脳にとって新しいテーマを扱っていて、興味深い。映画の作り方が凝っていて、一度観ただけでは見落としていることが多く、2度3度みるごとに新しい発見がある。映画として とてもよく出来ていて完成した作品になっている。
第5位の「シャッターアイランド」は「インセプション」と同様、ヒトの深層心理に迫る課題で 難解でおまけに どでんがえしもあって、おもしろい。どちらもレオナルド デカプリオ主演で 彼が永遠の少年のような甲高い声で 懸命になればなる程 ストーリーが複雑に絡み合い スリルに満ちている。
第6位の「ゴーストライター」では、トニー ブレアが好きな人も好きでない人もこの映画を見たら、ブレアを含めてすべての政治家が 嫌いになるかもしれない。大企業のスポンサーから資金を集めて政治家になり、一国の頂点に立って権力を手にしたと思ったら 何のことはない、自分よりもう一回り大きな頂点の繰り人形にすぎなかった と知らされる。むなしい現実。現状への告発、アイロニーと毒に満ちた作品。ズシン とこたえる。
第7位 「ソーシャルネットワーク」フェイスブックが マーク ザッカーベルグの思いつきでできたものではなく、はじめはハーバード大学の紳士録を発想して作られたものだった。そして また大学の仲間どうしの力によって 組織化されたものだったことがわかる。ザッカーベルグだけが 億万長者になろうがなるまいが、このネット社会では 新しいネットワークが生まれるのは必然だった。実名登録 ごまかしのないネットワークが 世界中5億人もの人たちによって支えられているという事実に、価値がある。ニックネーム登録によるMIXIが盛んな日本、外交してソーシャライズすることが世界一下手な日本人にこそ MIXIではなく フェイスブックが必要なのではないだろうか。
第8位、「リミット」は、映画史上 最低予算で作られた 最高に価値の高い反戦映画だ。メッセージがしっかり伝わった。とても良い映画だ。光が限られた棺桶の中で撮影するカメラワークも上手で 役者も良い。限られた予算、限られた舞台に登場人物一人きり という極限への挑戦と言う意味で全く新しい映画だ。
第9位、「インヴィクタス」、ネルソン マンデラは20世紀の希望の星だ。この人の人柄に魅せられない人はいないだろう。映画では アパルトヘイトからの解放が 白人側からも黒人側からも語られている。またマンデラの公的な顔だけでなく 私人としての顔もよく表現されている。洗練されたフイルムワーク。イーストウッドのような監督でなければ、ネルソン マンデラを映画化することはできなかっただろう。
第10位、「ドン ジョヴァンニ」イタリア映画。ドン ジョバンニ、モーツアルト、コンスタンチン、サリエリ、ロレンソ ダ ポンテなど実在した魅力ある人々が、イルミナリテイが跋扈する時代のヴェニスとウィーンを舞台に生きている。当時の人々の有り様が とてもよくわかる。モーツアルトが生き生きしていて 思わず胸があつくなる。こういう映画を簡単に作ってしまうイタリアの文化って すごいと思う。
この1年、良い映画がたくさんあった。内容がつまらなくても ワンシーンだけが 涙が出るほど美しくて忘れられなかったり、しゃれた台詞に感動したり、どんな映画もそれなりの良さがある。映像と音楽と演技の総合芸術としての映画も、技術の発達とともに益々洗練された作品が 増えてきた。
映画が与えてくれる享楽に実を浸し、娯楽を楽しみ、沢山の人とそれを分かち合えることが嬉しい。それらがすべて敵であるように考える学者の家で育った反動かもしれない。
何にも捕らわれず、美しい音楽に涙し、美しい映像に心を奪われ、美しい物語に心ゆすぶられる。芸術に触れ、5感を通じて心から感動できることが 嬉しい。その喜びに出会うため 今後もたくさんの映画を観ていきたいと思う。
2010年12月2日木曜日
2010年 読んだ漫画のベストテン
今年の5月に 2010年上半期に読んだ 「漫画のベスト10」を書いた。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1493916928&owner_id=5059993
今年も、もうお仕舞いに近付いたので、今年読んだ漫画190冊余りのうちの ベストテンをあげてみたい。
ちばてつやの「明日のジョー」で育った。日本を離れて長いので、日本の本が なかなか手に入らない。しばらく漫画から遠のいていたが、「デスノート」と「20世紀少年」、「モンスター」で、漫画の世界に戻ってきた。人間が描かれている。日本の漫画は世界に誇る文化だと思う。
第1位:バガボンド 1-33巻 継続中 井上雄彦
第2位:リアル 1-4巻 継続中 井上雄彦
第3位:聖おにいさん1-5巻 継続中 中村光
第4位:竹光侍 1-8巻 完結 松本大洋
第5位:宇宙兄弟 1-11巻 継続中 小山宙哉
第6位:神の雫 1-25巻 継続中 オキモトシュウ
第7位:ちはやふる1-10巻 継続中 末次由紀
第8位:リアルクローズ1-10巻 槙村さとる
第9位:きのう何食べた 1-3巻 継続中よしながふみ
第10位:海猿 1-12巻 完結 佐藤秀峰
第1位:バガボンドと 第2位:リアル
何が何でも 漫画では井上雄彦の絵が好きだ。「スラムダンク」、「BUZZER BEATER」のあと、 「バガボンド」を読んできたが、絵の美しさ、線のシャープな鋭さ、会話の間の取り方のうまさ、ストーリーの展開の広げ方、そして内容、すべてが好きだ。
宮本武蔵をとりまく人々まで、ひとりひとりが人間として描かれていて、いとしくなる。登場人物すべてが 正しい道を探し求めて生きる 求道者のような 真摯な態度が心を打つ。技術や小手先で 絵を描いていない。全身全霊をこめて描いている井上の姿が 作品を通して見えてくる。本当に得がたい作者だと思う。
第3位:中村光の「聖おにいさん」は おかしさで秀逸。仏教開祖のゴーダマシッダルタと、キリスト教のイエスとが 下界に降誕して日本文化の中で共同生活するから、やることなすことが すべて笑えて仕方がない。その笑いに 皮肉や悪意が全くない。邪気もない毒もない、無邪気な笑いだけがあって、それが心地良い。今までにない とてもすぐれた漫画だ。
第4位:松本大洋の「竹光侍」は 竹ペンで描かれたそうだが、線がシャープで美しい。他の松本大洋の作品のような ペシミズムもニヒリズムも痛みもなくて、安心して楽しめる。ストーリーも好きだ。
第5位:小山宙哉の「宇宙兄弟」は 優秀な弟をもった おちこぼれ兄が いろんな事を考えながら 試練にたち向かっていくところが良い。兄は 間違いなくヒーローではないから 読者は自分自身を投影して見ることができるし 共感しながら読める。多少、日本人的センチメンタリズムに陥りすぎて、浪花節お涙頂戴が 目につき始めた。アメリカのNASAでは通じないと思う。これからはもっとドライに話を進めてもらいたい。
第6位:「神の雫」では、神咲雫の性格が好きだ。心が真っ直ぐで 親に死なれ 家を失い 仕事で苦労しても 心が折れない。子供の時にしっかり 豊かな愛情をもって育てられた子供は 大人になって多少試練にあっても真っ直ぐ前を歩んでいくことが出来る ということを実証しているようだ。ひとつのことに夢中になれることの 素晴らしさを教えてくれる。ワインのひとつひとつの味わいの表現が 多様でおもしろい。新しい味覚の発見をした。同じワインを飲んでみても、全然 神咲雫の表現に共感できなかったのが 残念なのだけれども。
第7位:末次由紀の「ちはやふる」では、綾瀬千早の かるたへの熱中ぶりが可愛い。小学校6年で会った初恋の 綿矢新に言われた「かるたで日本一になるということは世界一になることだ」という言葉に誘われて かるた一筋に前に進んでいく。一生懸命の姿が 美しい。
第8位:「リアルクローズ」では デパートマンの仕事ぶり、服を売るということの 知らなかった世界ばかりを見せてくれて とてもおもしろかった。物を買い付けて 付加価値をつけて売るという社会のしくみに、自分がいかに無知だったか 思い知らされた。
「つまらないものを着ていると つまらない一生になるわよ。」とか、「中身が見た目ににじみ出ちゃうの。だから人は見た目でわかるの。」とか、「洋服は本来オーダーメイドのものです。レデイーメイドの服とはつまり誰にもフィットしない服です。」などという台詞で 天野絹江と一緒に 服について学ぶことが多かった。
第9位:よしながふみの「きのう何食べた」は、二人の男の関係の優しさと、料理の多様さがおもしろい。お母さんが作ると当たり前の きんぴらごぼうや胡麻和えが イケメンの弁護士が、背広にエプロンかけて料理する意外性がうまい。
第10位:佐藤秀峰の「海猿」は海上保安庁という 全然知らない世界を見せてくれた。巡視船での救命活動、マラッカ海峡での海賊退治、飛行機の海上着陸 60メートルの海底探索などなど。ストーリーがおもしろいが この人の描く絵が 大嫌いだ。この漫画が人気になって、映画化されたが、映画のほうが100倍も良かった。
今年も漫画をたくさん読んだ。
今年のベストテンに、浦沢直樹の漫画が出てこない。去年と一昨年は「マスターキートン」、「20世紀少年」で、感心して、「モンスター」で 心を奪われた。それで、彼の作品を全部読んでみたくなって、集めた。「ハッピー」全12巻、「YAWARA」残29巻、「プルート」も、読んだが やはり、彼の作品では 去年読んだ「モンスター」が 一番好きだ。それに勝るものがない。なので、今年のベストテンに彼の漫画がない。
2010年の漫画大賞を受賞した「テルマエ ロマエ」が とびぬけておもしろかったので 上半期のベストテンの第3位にしたが、2巻は おもしろくなかった。残念だ。
大畑健の「BAKUMAN」を読んだ。漫画が大好きで高校生のうちから漫画家をめざす二人の男の子のお話だ。しかし、ストーリーのおもしろさよりも、こんなに若い人たちが 競って 漫画界でしのぎを削っていることに 目が行ってしまった。人生経験の浅い若い人が 小手先の技術と、ちょっとしたセンスで漫画を描いて売る姿は 健康的ではない。
それと若い女性の漫画家が テレビタレントのように人気ランク化されていることも初めて知って驚いた。漫画家の外見やタレント性よりも、作品が大事だと思うが。
「リアルクローズ」や、「働きマン」で、女性が なりふりかまわず社会で活躍する漫画が増えてきた。にも拘らず、女性の活躍する様子に現実感がない。女性首相、女性州知事、女性市長の組織の中で当たり前に生活していると、日本の女性は まだ立ち遅れていると感じる。
可愛いぶる女には もう飽き飽きしている。日本でも 漫画より現実の方が、先を行っているのかもしれない。もっと現実の競争社会で働いて 生き抜いてきた女性のタフネスと優しさを描いた漫画が 出てきても良いころではないだろうか。
2010年11月26日金曜日
2010 今年最後のACOコンサート
オーストラリア チェンバーオーケストラ(ACO)の定期コンサートを 今年も全部聴いた。全部で7公演。
もう10年も リチャード トンゲッティ率いるこの室内楽団をサポートして、寄付金を送り、公演を聴き続けてきた。リチャード トンゲテイは、ヴァイオリンソロイストとして 他のヴァイオリニストの追従を許さない。完全に卓越して優れている。資金不足に喘ぎ、スポンサー獲得に苦労しながらも 決して室内楽団としての質を落とさない。必ず毎年 全員で海外公演に出かけ、国外の若いミュージシャンと共演して新しい空気を取り入れてくる。団員も全員若い。
自由でフレキシブルな、組織の中で一人一人の楽団員が 生き生きと喜んで音楽を表現している。どんなに長いシンフォニーでも 大曲ばかりを並べたコンサートでも 全員立ったまま演奏する。決してアンコールに応えず、演奏で力を出し切ったら サッサと退場して帰る。そういったスタイルも大好きだ。
遂に 眼鏡をかけるようになったリチャード トンゲッテイの、いくつになっても少年のような顔と体つき。新しいロシア人のコンサートマスター サツ バンスカを迎えて一層 技術的に高度で難解な弦楽曲を 当たり前のようにサラリと弾く。そんなACOが 大好きだ。
毎年 定期コンサートの最初と最後のコンサートは 内容が濃い。去年の最後のコンサートは素晴らしかった。いつもはアンコールに応えないが このときだけは いくつもいくつもアンコールに応えて、果てしもない終わりのないコンサートになった。団員と聴衆とが 文字通り一体化したこのときの感動がまだ忘れられない。
というわけで、今年最後のコンサートに、期待して行ったが からぶりして帰ってきた。といっても、ACOが悪かったのではなく、好みに問題だ。演奏はいつも最高だが、演出が良くなかった。嗜好の問題だから、仕方がないけど。
コンサート プログラムは
べートーヴェン ヴァイオリンソナタ「クロイツエル」
ヤナチェック 弦楽四重奏 「クロイツエルのソナタ」
「クロイツエル」という題名の トルストイの短編小説がある。1899年の作品。ベートーヴェンの「クロイツエル」(1803年)を聴いて 感銘を受けたトルストイが 同名の小説を書き、有名になって、映画にもバレエにもなった。
汽車の中で、ボズドヌイシェフ侯爵が、自分の妻が 友人トルハチェフスキーと浮気をしているのを知って、激情にかられて妻を殺してしまったことを、告白するという小説だ。
小説のもとになったベートーヴェンの「クロイツエル」は、「春」とともにベートーヴェンのソナタに代表作だ。初演は1803年のウィーン。
ベートーヴェン自身がピアノを弾き、彼と親しかったジョージ ブリジットタワーがヴァイオリンを弾いた。題名のクロイツエルは、フランス人ヴァイオリニスト ロドルフ クロイツエルに、捧げられた曲だからだ。
実際はベートーヴェンは 初めから これを共演したジョージ ブリジットタワーのために作曲したが、ある女のことで諍いがあり 不仲になったので腹を立てたベートーヴェンが 勝手に曲名を 「クロイツエル」に変えた と言われている。「クロイツエル」で有名な曲が 実は「ブリジットタワー」という曲になっていたかもしれない ということだ。にも関わらず クロイツエルは このソナタを一度も演奏しなかった。女のことで、不仲同士になったベートーヴェンと ブリジットタワーとが共演して、人々の心を揺り動かして、感動させ、トルストイはこれによって 小説のインスピレーションを湧かせたのだから、皮肉だ。
「クロイツエル」も、「春」もヴァイオリンソナタだが、ピアノも同格で対等に弾いて聞かせるソロが多く、高度の技術と音楽性を要求される。
私はどちらも大好き。それぞれに 思い出が深い。嘘みたいな体験がある。
かつて、沖縄にいた時 若きヴァイオリニストが「春」を弾く為に 本土からプロのピアニストを呼んだ。当時このヴァイオリニストは 沖縄で一番の奏者で独身、ハンサム。細身の彼の輝かしいデビューコンサートだったが、呼ばれて東京から来たピアニストは、これまた細身で美人の独身者だった。二人でリハーサルを繰り返すうち、当然のことながら 誰の目から見ても 二人は 恋愛中。ヴァイオリンもピアノもソロがあり 伴奏があり、それはそれは よく調和していて、コンサート大成功の予兆に、お世話する私たちもウキウキしていた。
それが壊れた。どうしてか知らない。コンサートの当日、二人とも目は三角に吊りあがり、口はへの字。二人が憎み会っているのは一目瞭然。
その二人のベートーヴェン「春」は すごかった。ヴァイオリンは 激怒のほとばしり。ピアノは 指も折れよ とばかり鍵盤たたきつけて、わめきたてる。怒涛の春嵐、、、。もう、とても迫力のある「春」でしたね。コンサートの後のうちあげもなく、彼女は 蹴飛ばすようにハイヒールの音高々に去り その足で東京に帰りました とさ。あれはすごい「春」だった。
ヤナチェックの「クロイツエルのソナタ」は、ベートーヴェンの「クロイツエル」からではなくて、トルストイの短編小説をもとに作曲されたもの。1923年にプラハで初演された主人公ボズトヌイシェフが悩みぬいて苦しむシーンが第1章節、妻と愛人が語り合うシーンに続いて、最終楽章で 妻が夫に殺されて 終わる。
今回のコンサートでは 二人の男女の役者が舞台の全面に座り、これを演じた。妻とその愛人だ。二人の対話があって、ベートーヴェン「クロイツエル」が演奏され、二人の演技と対話があって、ヤナチェックの「クロイツエル」が演奏された。
楽章ごとに 役者によって曲が中断される。これに、私は曲を楽しめなかった。曲の解釈は人によって異なる。わたしには私の「クロイツエル」がある。それは人殺しでもなければ、愛でも憎しみ合いでもない。だから、曲を他人に解釈されて、それを押しつけられるのは嫌だ。
そんな意味で 今回のコンサートは全く楽しめなかった。今年最後のコンサートだったのに残念だ。
2010年11月23日火曜日
シドニーはジャカランダが満開
今頃のシドニーの季節を初夏「はつなつ」と呼んでいいのかな。
日差しは日ごとに 強くなっていきますが、ジャカランダの花が満開です。うす紫色の花で、花がまず咲いて、満開になり散り始めて はじめて葉が出てきます。葉が出る前の満開の様子は 遠くから見ると桜の満開に似ています。小高いシドニー北部からシドニー湾を見下ろすと、うす紫色のジャカランダの木々がこんもりと、いくつもいくつも山になっていて、桜が満開の頃の日本のように、見ていると心が満たされて、豊かになっていきます。
風が吹くと 花びらが散る様子も桜に似て、風が強く吹いた朝は 紫色のじゅうたんの上を歩くことが出来ます。南米からやってきた花だそうですが、遠いところから、ようこそ。
オーストラリアの強い太陽に似合う赤い、激しい花が多いなかで、ジャカランダは日本の桜を思い出させる 数すくない優しい色で、心がなごみます。
日曜日の朝、散歩に出て ハーバーブリッジを見て ジャカランダの木の下で ひとやすみ。
2010年11月16日火曜日
映画「ソーシャルネットワーク」 フェイスブック
ベン メズリックの「フェイスブック世界最大のSNSでビルゲイツに迫る男」という長いタイトルの ノンフィクション「THE ACCIDENTAL BILLIONAIRES」を映画化したもの。映画「ゾーデイヤック」、「ベンジャミンバトン数奇な人生」を作った フィンチャー監督による作品。
フェイスブックを創設したマーク ザッカーバーグが 19歳でソーシャルネットワークを作るところから、現在にいたるまでの道のりを映画化したもの。
弱冠26歳の現在活躍している青年が、わずか6年のあいだに 史上最年少で億万長者になった過程を描いた作品。
アメリカ映画
監督:デヴィッド フィンチャー
キャスト
マーク ザッカーバーグ :ジェシー アイゼンバーグ
エドワルド サリヴァン :アンドリュー ガーフィールド
ショーン パーカー :ジャステイン テインバーレイク
キャメロン ウィンクルボス :アーニー ハーマー
クリステイ リー :ブレンダ ソング
マリリン デプリー :ラシダ ジョンズ
ダステイン モスコヴィツ :ジョセフ マゼロ
マーテイン ターナー :マックス ミンゲラ
ハーバート大学の秀才達が 続々と出てきて みな早口でしゃべりまくる。言っていることの内容もすごいが、頭の回転が速いだけでなく そろってイケメン。この映画 ハーバードの回し者ではないかと思うほど「さすが ハーバード すごい!」と思わせる。優れた秀才のいるところには 秀才達が集まる。歴史のある古い校舎、立派な図書館、校内のパブ、質素な寄宿舎、レガッタ競技、ボールダンス、学長の権威主義と俗物性、学食、上級生の下級生いじめ、などなど大学生活の様子が次々と出てきて 興味深い。歴史ある大学の校風がとてもイギリス的だ。大学とは学問の府、若い人たちが 本気で学び生活する場なのだということがよくわかる。
出演者の全員が 並みの人の3倍の速さと 3倍のボキャブラリーの数々を駆使して会話しているので 大学生の雰囲気も本物っぽい。ちなみにマークが最後に自分のPCでポチンとキーをたたいて「友達」にする弁護士の女性ラシータ ジョーンズは 実際ハーバード出身だそうだ。
映画として、よくできている。映像は美しく、監督が自由自在に役者を動かし操作している。せりふが多いので どの役者もものすごい厚さの台本と格闘したことだろう。じつにハーバードっぽい雰囲気を 監督も役者たちも脚本家もこなしている。とても完成度の高い映画だ。
ラリアの国営ABCテレビで、新作映画を二人の評論家が紹介する番組がある。マーガレットとデヴィッドという年配の評論家が 互いの意見をぶつけ合う様子がおかしくて 何十年も続いている人気番組。辛口の批評が多く、新作で公開直前なのに「こんな映画は見るに値しない」と断じる作品も出てきて おもしろい。その二人が この映画に5点満点をつけたので、びっくりした。ミヤザキ ハヤオの「ポニョ」以来のことだ。めったにない。
実際、映画を観てみて、なるほど と思った。
ストーリーは
マーク ザッカーバーグと同級生の女の子は 学生ホールで話をしている。彼女は 話をきちんと聞こうとせず、自分の知識や考えを矢継ぎ早に披露するマークの態度に怒って 絶交を言い渡す。
そこで ひとり寮に戻ったマークは 腹いせに PCで彼女を始めとする同級の女子学生全員に関する個人情報を公表する。名前や出身、あだ名やサイズまで公表されて、女子学生たちは人気投票のえじきとなった。マークのやったことは男子学生たちを 大喜びさせ ハーバード校のなかで注目をあびることになる。
マークと親友のエドワルドは 双子のウィングルボス兄弟と出会う。兄弟はマークがやったような技術を使って 友達作りのネットワークを作る というアイデアを持っていた。メイルアドレスをもっている人同士が ネット上で次々と友達となり その環を広げていくことができる。そんなつながりをマークは エドワルドやウィンクルボスと 協力して 大学で組織作りしていく。そんなネットワークが大学の新聞で話題になったところで、マークとエドワルドに ナップスターの創始者 ショーン パーカーから招待状が届く。
マークとエドワルドが会いにいってみると、ショーン パーカーは 派手に女遊びをして、お金を湯水のように使いながら、PCの可能性について 次々と話を一方的にまくしたてる。エドワルドは ショーンを ただの誇大妄想の精神分裂症患者としか思えずに嫌悪するが、マークはショーンの生活態度や俗物性に、惹かれていた。
そしてマークは大学を離れ、エドワルドにもウィンクルボス兄弟にも言わずに フェイスブックをショーンの会社に売り渡し、その経営に関わっていく。裏切られたエドワルドは深く傷つき、双子のウィンクルボス兄弟もアイデアを盗まれた、として訴訟を起こす。訴えられたマークは、、、
というお話。
脚本を書いた49歳のアーロン ソーキンは この映画は 「友情と裏切り、嫉妬と忠誠心を描いた人間ドラマだ」 と言っている。
マークひとりが自分では予想も期待もしていなかったのに フェイスブックによって一挙に億万長者になって 現代のヒーローになったことを私たちは知っていたが、実はこんなアイデアや そこに至る道でハーバードの学生達が知恵を出し合い 友情や信頼がフェイスブックを育ててきたのだ、ということがわかる。利益を独り占めしたマークは後に エドワルドやウィンクルボス兄弟に 和解金を払うが、彼にはハーバード精神や その中で培われてきた友情や信頼は失われ、2度と回復することはできなかった。映画では、一人の天才の孤独な姿が その無表情の裏に、よく表されている。現役で活躍する26歳の青年を通じてハーバード大学の校風や青年達の姿が生き生きとと描かれている。優れた人間ドラマだ。映画としてとても完成度の高い よく出来た映画だ。
ハーバードの生徒会長に立候補するウィンクルボスは マークの裏切りにあって 兄弟や他の友人達が訴訟を起こそうとしても、断固として反対して「否、ハーバードの学生はハーバードの身内を訴えたりしない。」と言い切る。選ばれた紳士の模範、ここにあり という感じで ほれぼれする。一人で双子役を演じ、立派な好青年の代表選手をそつなく演じている。実際のウィンクルボス兄弟は ボート競技で北京オリンピックに、アメリカを代表して出場した。頭が良く スポーツも出来る立派な青年紳士達だ。
ナップスターの創始者、ショーン パーカーを演じたジャステイン テインバーレイクは 6つのグラミー賞やエミー賞をとった 有名なシンガーソングライターだったと、娘から後から聞いて知った。映画では憎まれ役だが、頭が良いのがよくわかる。そんな人とは知らなかった。若い人とは話をするものだ。年寄りは知らずに通り過ぎ、知らずに老いて行く。若い人たちから学ぶことは無限にある。PCもフェイスブックもツイッターもIPADも、、、限りない。
フェイスブック加入者は5億人を軽く突破した。
毎日何気ない会話をフェイスブックで様々な人たちと交し合う。権威ある親がいて兄弟 親戚 祖父母かいるといった大家族を中心にした社会は崩壊した。子供を中心とした核家族さえ もう確かではない。家族のない社会で 何かを書き込めば 必ずどこかの誰かがPCで読んでいて 返事や答えを書きこんでくれるフェイスブックは 現代の人々を孤独を救う家族の代理のようなものだろう。
東京生まれの娘達は 沖縄、レイテ島、マニラ、シドニーと移動して生活してきた。インターナショナルスクールで育ったので 友達は世界中に広がって散らばっている。フェイスブックは そんな彼女達にとって、なくてなならないネットワークだ。
ネットワークは 最新医療の知識を僻地で受け取ることもできる。
ロシアで またジャーナリストが殺された。政府の汚職とチェチェン反政府運動に関わっていたジャーナリストだった。中国では ノーベル文学賞を受賞した作家が拘束 収監されて、その妻の自宅拘禁になっている。フェイスブックや ツイッターは こういった人権に関わる運動に 今後大きく貢献することになるだろう。
とても良い映画だ。観る価値はある。
2010年11月14日日曜日
映画 「ゲインズブール」とルーシー ゴードンの自死
映画 「ゲインズブール」を観た。1960年代にシンガーソングライターとして、俳優として一世を風靡した フランス人セルジュ ゲインズブールの一生を描いた作品。
生涯 反逆児であり続け、酒と女に溺れるデカダン生活を送り、有名女性を次々とよろめかせ、死ぬまで世の流れに抵抗し続けた男。外見的に観れば こんなワシ鼻の醜い小男が どうして世界中にゲインズブール熱を撒き散らし 人々を夢中にさせたのか わからない。時代が より激しい捨て身の反逆者を必要としていた としか 解釈できない。
セルジュ ゲインズブール:エリック エルモスニーノ
ブリジット バルドー :ラエテイーナ カスタ
ジュリアット グレコ :アナ モウグラリス
ジェーン パーキン :ルーシー ゴードン
ストーリは
ゲインズブールは1940年代 ナチ占領下のパリで幼年期を過ごす。古典音楽のピアニストだった父親から、厳しくピアノを教育される。しかし、体罰が当たり前の厳しい教育や 学校生活や、差し迫るドイツ軍からの迫害など 彼は意に介さない。時代状況など全くかけ離れたところに、彼は自由な自分だけの世界を持っていた。達者な筆使いで女達の裸体画や、セックス描写を描き自分でストーリーを作って楽しんでいた。女以外に関心が向かない、早熟な少年は 夜の女達から人気があった。
やがて、大人になってキャベレーでピアニスト兼 歌手として働き始める。自由自在に作曲して それに詩をのせて自分で歌う。自由で奔放な即興曲に、次々とファンが増えていく。
地下鉄の切符切りを歌った「リラの門の切符切り」でデビュー、フランス ギャルの「夢見るシャンソン人形」で、ユーロビジョンコンテストで優勝し、いちはやく世界に名が売れて、時の人になる。妻帯者でありながら、ジュリアット グレコなど有名な女性と 次々に浮名を流す。
60年代のセックスシンボル ブリジット バルドーと恋愛関係に陥り バルドーのために沢山の曲を作る。超有名な「ジュテム モア ノンブリュ」も、そのうちの一つだが、当時バルドーは ドイツ人のビジネスマン ギュンター ザックスと結婚していたため この曲が発表されなかった。 後に ゲインズブールが40歳で、20歳のイギリス人 ジェーン パーキンと結婚したとき、二人でこの曲が デュエットで歌ってレコード化され、発表された。ベッドのなかで、あえぎながら 男女が歌っているとしか思えない曲も、いまなら皆 普通に聞いているが、当時は レコード会社も歌手も 逮捕覚悟で吹き込んだのだった。
ジェーン バーキンとの間に シャルロット ゲインズブールを始め3人の子供に恵まれるが その後ゲインズブールは 心臓発作を繰り返しても 深酒とチェーンスモーキングを 止めようとはしなかった。
レイゲに凝って、ジャマイカでフランス国歌「ラ マユセーズ」をレイゲ調に編曲して発表するが、これが愛国者の反感をかい、つるし上げられ、右翼に何度も襲撃され 自暴自堕落になっていく。「ラ マユセーズ」の著作権を自ら破産するために、買ったりもした。19歳の中国人モデルと結婚して男の子の父親になったりする。
死ぬまで酒と女を愛し、社会からも、家庭からも自由で、自堕落な男だった。残した曲が数え知れない。
というお話。
彼の作った曲の歌詞は そのまま歌えば何と言うことはないが、二重の意味を持っていて、そのほとんどが猥歌とも言える。ダブルミーニングのおかしさを それを作った本人が一番おもしろがっていた。何も知らずに 歌って有名になった 当時18歳のフランス ギャルなど、あとで自分が歌っていたことばの別の意味を知らされて、うつ状態に陥った事実もある。
この映画のなかで 一番輝いているのはバルドーだ。バルドーが初めて ゲインズブールのアパートに押しかけて、一晩過ごした時に、私のために曲を作って と言われてゲインズブールは眠らず 夜の間に3曲の曲を作った。夜明けに、その曲に合わせてバルドーが 裸ではしゃいで踊るシーンが、どこから観ても本物のバルドーのようで、とても魅惑的だ。役者のラエテイータ カスタは、38歳のファッションモデルだそうだが、バルドーを演じるに当たって 現在76歳のバルドーに会って、彼女の承諾を得たという。この女優、バルドーのそっくりさんで成功したので、これから人気が出るだろう。ヨーロッパの映画ニュースで、今一番セクシーな女優 という名誉な名前がついていた。
ゲインズブールとジェーン バーキンのカップルは 70年代の超過激な曲を逮捕覚悟で発表したり、国歌を猥歌にしたり、トレードマークのミニスカートで街を闊歩し、前衛的な存在だった。二人で出演した映画の数々は 過激なセックスシーンばかりだ。それを やせっぽちで中性的なジェーン バーキンがやると 全くいやらしくない。膝上20センチのスカートも、背の低い人がやると小学生になってしまうし、体育系体系に人がやると ただのピンポン選手になってしまう。 バーキンのミニスカート姿の小粋な美しさは他の誰にも真似ができない。
映画でゲインズブールも グレコもバルドーも本物そっくりで真実味があり、とてもよかったので、肝心のジェーン バーキン役の女優が 全く似てなくて、いま60歳代の本人のほうがいまだに魅力的なのは、とても残念。この、ルーシー ゴードンと言う人、いくつかの映画のチョィ役に出ていて、「スパイダーマン3」では、ニュースキャスター役で出ていた。ゲインズブールのジェーン役が この人にとって初めての主役級の役だったのに、ジェーンとは雰囲気も顔もスタイルも似ても似つかない。彼女が悪いのではなくて、適役ではなかった ことが残念だ。
この役者ルーシー ゴードンは、28歳、イギリス人。この映画を撮り終わった後、映画のリリースを待たずに、パリのアパートで首を吊って自殺した。
もしも、女優として大成できない と悟って逝ってしまったのだったら、とても哀しいことだ。
(写真の女性はスパイダーマンで出演のルーシー ゴードン)
2010年11月4日木曜日
映画「ファイナルデスティネーション」真田広之のオールヌード
映画「THE CITY OF YOUR FINAL DESTINATION」を観た。イギリス映画。
邦題が まだない。直訳すると「あなたの最終目的地」、とか「最後の安住の地」、とか「ファイナル デステイネーション」とかが、無難だろうか。映画撮影中に 製作者が亡くなり 財政問題を抱えて、映画編集に時間かかかり、4年たってやっと完成して公開された。
監督:ジェイムス アイボリー(JAMES IVORY)
キャスト
アンソニー ホプキンス (アダム)ANTHONY HOPKINS
オマー メトワリー (オマー)OMAR METWALLY
シャーロッテ ゲインズブール(アーデン)CHARLOTTE GAINSBOURG
ローラ リネイ (カロライン)LAURA LINNEY
真田広之 (ピート)
ピーター カメロンの同名小説を映画化したもの。この映画はジャンルでいうと、すぐれた文芸映画ということができる。そこに、嫉妬や殺人が からむが、美しい南米ウルグアイの田舎で暮らす 裕福なユダヤ人家族の叙情的なラブストーリーだ。
アルゼンチンで撮影された その景色が美しい。また、サーの称号をもつアンソニー ホプキンスが素晴らしい。映画の中でピアノを弾き 芸術を愛する役柄だが、実生活でも絵を描き、作曲をする72歳の役者。
でもこの映画の話題性は、主人公をシャーロット ゲインズブールが演じていることだ。あの1960年代に一世を風靡したフランスのシャンソン歌手セルジュ ゲインズブールと 女優ジェーンパーキンの間に出来た娘。ゲインズブルグは、ブリジット バルドーをはじめとする世界中の女達を よろめかせた。「ゲインズブール」という題名の映画が 彼のそっくりさんが演じて製作されて、じきに公開される。彼の短い一生を映画化したものだそうだが、彼の悪い男ぶりを、近々映画で観られるのが楽しみだ。その娘のシャーロットは 可憐で可愛らしい。
もう一つの話題性は、アンソニー ホプキンスの愛人役に 日本の真田広之が演じていることだ。彼の全裸シーンが出てくる。彼の体が美しい。
それと、彼の映画がとても キングイングリッシュで、良い。長いこと日本に住んでいないので この映画を観るまで 全然知らなかったけれど この人は1999年から ロイヤルシェイクスピア劇団で 日本人としてたったひとり、本場のイギリス人に混じってシェイクスピアを演じて 大英名誉勲章(HONORARY MBE)を受賞している。例えて言うと 歌舞伎座にイギリス人が入ってきて日本語で歌舞伎を演じるようなものだから、それは大変なことだったろう。
いまは、ロスアンデルスに住んで 人気のTVドラマ「ロスト」に出演している。なかなか、立派な若手の国際俳優なのだ。
彼の作品では トム クルーズの「ラストサムライ」、ジャッキー チェンの「ラッシュアワー3」日本映画「亡国のイージス」などで見ていた。スタントマンを使わないジャッキー チェンの映画で 同じくスタントマンを使わない真田広之が エッフェル塔の上で武術を駆使してやりあう場面を ハラハラして見た記憶がある。また「ラストサムライ」で、トム クルーズに日本刀の使い方や身のこなし方を教授したのは彼だったそうだ。
とても良い英国英語を話す。耳が良いのだろう。彼は 5歳のときから役者をやってきたが、この映画で初めてゲイの役を演じることになった。役作りに とても苦しんだ とインタビューで言っている。
この映画で 忘れられないシーンがある。ものすごく広い どこまでも広がる草原を 真田広之が ひとり馬に乗って走ってくる。まわりには 何もない。やがて向こうの一本道からポンコツのスクールバスやってきて 一人の女の子を下ろしていく。その女の子を真田広之が馬の上の鞍に跨ったまま かがみこんで女の子をヒョイと抱き上げて鞍にすわらせて 馬を走らせて屋敷に送っていくシーンだ。こんな芸当が本場のカウボーイにとっても どんなに難しいか、乗馬体験のある人は想像がつくだろう。それを彼がやると、とても自然で 美しい絵になっている。印象に残るシーンだ。
ストーリーは
現代ラテンアメリカ文学を代表する作家JULES GUNDが亡くなった。アメリカの大学で文学を教えるオマー(オマー メトワリー)は、彼の伝記を書きたいと考えて遺族に承諾を請う手紙を出す。しかし、返ってきたのは それを拒否する作家の兄と未亡人と愛人のサインつきの手紙だった。遺族をなんとか説得して伝記に一刻も早く取り掛かりたいオマーは 鞄ひとつでウルグアイの作家が住んでいた田舎にやってくる。
そこは、戦前にドイツから逃れてきた裕福なユダヤ人家族が 買い取って農園を開いた広大な領地だった。遺族たちの許可なしに屋敷にやってきてしまったオマーは 簡単に帰ることもできない。遺族はオマーが屋敷に滞在することを許可する。
気位が高く 取り付く島もない未亡人カロライン(ローラ レニー)。
亡くなった作家との間に小学生の娘を持つ 愛人アーデン(シャーロット ゲインズブール)。作家の兄アダム(アンソニー ホプキンス)と彼の愛人ピート(真田広之)。
人里はなれた田舎の大きな屋敷で 作家を中心に奇妙な人間関係を続けてきた人々にとって、オマーはかっこうの退屈しのぎでもあったのだ。若いが紳士的で教養もあるオマーを 未亡人以外の家族達は すぐにうち溶けて仲良くなった。
アダムは25年前に ピートを養子として迎えた。ピートは アダムの世話をしながら 農園の管理やアーデンの娘の学校の送り迎えなどをしている。アダムは自分が死んだら、農園も何もかもピートに与えるつもりでいる。オマーは 年齢が近いこともあって、ピートと親しくなっていく。作家の愛人アーデンとも親しくなり 静かで和やかな田舎の生活の中で やがて二人は魅かれあっていく。
アダムは作家の未亡人カロラインが じつは作家の弟を殺したのではないか 作家が書き残していたはずの小説を隠しているのではないか、疑っていた。これを機会に、母親が自分のために残していてくれた宝石を売ったお金を カロラインに与えて屋敷から出すことにした。カロラインは出て行く。
もう伝記を書くことを拒否する理由もない。アーデンもアダムも、オマーに作家の伝記出版を許可することにした。オマーは 伝記を執筆するために、アメリカに帰っていった。
平穏な日々が もどって来る。
アダムとピートの優しい時間。アーデンと娘とのやすらぎの時間。
そして時間が経ち アダムとアーデンのところにオマーが帰ってきて、、、。
とうお話。
アーデンのシャーロット ゲインズブールが 初々しくて愛らしい。アンソニー ホプキンスが素晴らしいが、真田広之がとっても良い。硬派の男がゲイの役をやると輝いて美しい。ウルグアイの自然が美しい。長編の抒情詩を読んでいるようだ。
2010年11月1日月曜日
映画 「レッド」 超過激な新老人達
映画「レッド」、原題「RED」を観た。
これぞハリウッドというくらいハリウッドらしい映画。REDという 同名のコミックブックを映画化したもの。
題名からして笑える。
REDとは、リタイヤード エクストリーム デンジャラス:超危険退職者の略字。
その超危険な退職老人とは
1) ブルース ウィルス (フランク) 55歳(役者の実際年齢)
2) モーガン フリーマン(ジョー) 73歳
3) ジョン マルコビッチ(マービン) 57歳
4) へレン ミレン (ヴィクトリア) 65歳
4人の平均年齢63歳
カーチェイス、機関銃、ショットガン、バズーカ砲、もちろんパトカーを始め 車なんか100台くらい燃えて、ただの鉄くずになるし、静かな郊外の家なんか、粉々のコンクリートの粉塵になる。
過去、アメリカ政府がCIAを使って 南米やアフリカに介入してたくさんの不正工作をした。今の政府にとって、退職した知りすぎたCIAエージェントが 生きていてくれては困ることもある。何年も前に 退職して田舎で静かな余生を送っているはずの おじいさんおばあさん元CIAの命が危ない。
ストーリーは
フランク(ブルース ウィルス)は 退職して年金暮らしになった。郊外に大きな家を買って 気ままな生活をしている。いまは年金配送係りの女性:サラと電話で たわいのない会話をすることが、楽しみになっている。会ったことはないが、彼女がハーレークイーンに はまっていれば、同じ本を買ってきて読んでみる。そんな単純で気の良いサラに フランクは魅かれていて、いつか会って見たいと思っている。サラも フランクに誘われて悪い気はしない。
そんな 平和に つつましく暮らすフランクが 突然何の前触れもなく プロのCIA集団に襲われる。家ごと木っ端微塵に襲撃されて破壊された。いつかこんなこともあるかもしれないと 日頃 準備をしていた通りに 完全武装して彼は脱出する。しかし、哀しいかな、長年CIAで生活してきたフランクには 友達がいない。まだ会ったことのないけれど、心のささえといえば、サラだけだ。そんなわけで、サラのアパートに転がりこむが、そこも安全ではない。サラの合意を得る間もなく フランクはサラを誘拐するような形で 逃亡劇が始まる。サラにしてみれば「恋」どころではない。電話で話しをするだけだった男がいきなり自分のアパートに居た と思ったら 何者かに襲われて自分の生活も何もかも捨てて 命からがら男と一緒に逃亡することになった。
フランクは昔の仲間を訪ねる。
老人ホームにいるジョー(モーガン フリーマン)、ジャングルの中 奥深く秘密の砦に暮らすマービン(ジョン マルコビッチ)、そして、ヴィクトリア(ヘレン ミレン)4人のREDがそろった。退職した元CIAエージェントたちだ。サラを含めて5人の元CIAと、現CIAとの戦争が始まる。
一体 どうして退職者が襲われたのか。
CIAの秘密文書管理室から得た情報によると、以前 フランクたちが関わったCIAのグアテマラでの不正工作をした男が 副大統領になった。彼が大統領の座を得るためには スキャンダルを事前に封じておかなければならない。事実を知っている もとCIAが生きているとめんどうなことになる。したがって処分するしかない。ということだった。
4人のREDたちは、副大統領を誘拐する。元CIAと現CIAとの戦争が始まった。
というおはなし。
ブルース ウィルスは 絶対死なないヒーローだ。ハリウッドの華だ。
「ダイ ハード」シリーズでも ボロボロになっても絶対死なないで、恋人や家族を守る。アメリカ人が一番望む男の理想の姿をいつも演じている。55歳になっても顔にも、体にも全く贅肉がついていない。良い顔をしている。画面では、追手を逃れる為に、次々と変装するが、警官姿がよく似合う。制服の似合う男に女は弱い。むかし 映画「コンコード」でアラン ドロンがパイロットの制服できめて出てきた時 失神しそうになった記憶がある。
ブルース ウィルスも、ジョン マルコビッチも二人とも背が高く 贅肉がなくて美しい体をしている。二人でバズーカ砲や機関銃をかついで走り回って、敵と格闘し ぶん殴りふっ飛ばしていても とても自然すぎて、年寄りが無理しているとは感じさせない。55歳と57歳なんて、いまは、若者か。だからRED(超危険な年寄りども)と呼ばれていても、あまり実感がわかない。そこを73歳のモーガン フリーマンとヘレン ミレンは加わって、やっと、まあREDと呼ばれてもいいかも という感じになる。
ヘレン ミレンは、エリザベス女王を演じてオスカー女優になり、「トルストイ謎の死」でトルストイの妻を演じて アカデミー女優主演女優賞をとった。素晴らしい女優。73歳の彼女が機関銃を持つ。白いロングドレスにクイーンイングリッシュで 「あいつのどてっ腹に5発 玉をぶっぱなしたんだよ。」などと言う。それがとても とても優雅で可愛い。
4人のベテラン役者たちの添え物 ブルース ウィルスが愛してしまったサラ役のマリー ルイーズ パーカーが、テイーンとか20歳代のピチピチギャルとかでなく、とりわけ美人でもなく頭が良いわけでもない 普通の女の役をやっていて とても良い。必死で戦って自分を守ろうとするREDたちに 次第に魅かれていく女の姿がとても自然だった。猿くつわをはめられて しゃべれない場面が やたらと多かったが、彼女 目だけでとても雄弁で、多くを語る。人質で殺されそうになって、怖がって泣きそうになるけど フランクを大きな目でみつめるときの雄弁な表現力は秀逸。
CIAの秘密資料図書館で 資料を管理していた俳優は ハリウッド映画で長年端役をやってきた役者さんで、93歳だそうだ。そんな貴重な人を使っているところもシャレている。
おもしろい映画だ。
これを観て まだまだ私もいけるかも、、、と思い込んで あきらめていたケンカを やりなおす人がでてくるかも。
本当にベテラン役者を 4人も使った 贅沢な映画だ。
平均年齢63歳の4人の役者たちの 今後の活躍を見守っていきたい。
2010年10月28日木曜日
「ウィキリーク」と映画「ミレニアム2火と戯れる女」
イラク戦争に関する米軍軍事機密をハッカーして、公表したウィキリークは、現代のヒーローと言って良い。今回 公表された機密事項は 40万点。
米軍が発表したよりも はるかに多くのイラク市民が 米軍とその連合国軍によって殺されていたことも、極めて残酷な国際法で禁止されている拷問を 捕虜に行っていたことも 証拠と共に明らかにされた。
事実を隠蔽して国家としての体裁を保とうとする国と、事実を国民に公表するハッカーとの間で、今後、ますます情報合戦が激化していくだろう。
隠されていた事実が 人々の目にさらされることによって、歴史も変わってくることだろう。
ウィキリークを始めた人は クイーンズランド タウンズビル生まれの38歳、JULIA ASSANGE オージーだ。これからは、新聞を読むよりも 先に、「WIKILEAK」を読む人が増えてくるだろう。
映画の邦題「ミレニアム2 火と戯れる女」、原題「THE GIRL WHO PLAYED WITH FIRE」を観た。コンピューターハッカーの女のお話だ。
スウェーデン映画。ベストセラー小説の映画化で、ミレニアム3部作のうち、2番目の作品。「ドラゴンのタットーをもつ女」の続編。
本で読むほうが、絶対おもしろい。でも映画もすごくドキドキする。2時間あまりの映画の間 心臓がずっと早鐘のように鳴りっぱなしだった。
第1作「ドラゴンのタットーをもつ女」の映画評は、下記につけておく。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1468298751&owner_id=5059993
スウェーデンは北欧福祉社会国家のモデルといわれ、ゆりかごから墓場まで国民の暮らしが 政府のあつい福祉政策で保護されている。その分だけ税金に給料の半分以上をもっていかれ 福祉社会特有のドラッグ アルコール中毒、暴力など社会の秩序を乱す犯罪は多発している。冬が長く、雪に閉じ込められる時間が長いため、精神病の発病や、家庭内暴力も多いが 徹底した個人主義のため犯罪が表に出にくい。
プロのコンピューターハッカー:リスベットと、ミレニアム編集長ミカエルはコンピューターを通じて知り合った。かつて死線を二人して掻い潜ってきた二人の間には 男と女の愛情や友情以上の 強い信頼関係が築かれている。
第1作「ドラゴンのタットーをもつ女」で、リスベットとミカエルは 人種差別に凝り固まった異常性愛の人殺しに 翻弄されたが、第2作では 国際犯罪のセックスワーカーの人身売買組織に狙われる。2つの作品を続けてみることで、リスベットが どんな悲惨な少女時代を送ってきたか なぜ彼女が無口で誰も信頼せず かたくなに孤独を守ろうとするのか、誰が彼女の本当の敵なのかが、わかってくる。
この3部作のおもしろさは パンクなハッカー女と、まじめな正義感あふれるジャーナリストのミカエルとのとりあわせの「不釣合いぐあい」にある。リスベットは一人で生きる女だから 誰も理解者も友達も協力者も必要としない。それを知っていて、ミカエルは リスベットの後を追わずに居られない。結果としてリスベットは ミカエルに助けられたり助けたりするのだけれど、そういったことでべつにリスベットは 嬉しくも何ともない。だ、けれども 居ても居なくても邪魔じゃない。そんな ふたりのコンビネーションが、とても良い「味」になっている。
ストーリーは
ロシアや東欧から送り込まれてストックホルムで働かされている セックスワーカーの人身売買を調査してきた 若いジャーナリストが ミカエルが編集長をしているミレニアムの仲間に入ってきた。若い正義感に燃えた 優秀なジャーナリストだ。
人身売買は、裏の世界で繁盛を極めているが、なかなか表に出てこない。それは 政府高官や 財界の大物が関与しているからだ。何十年も前に存在していた秘密警察まで これに関わっている。この犯罪組織を 告発することはミレニアムにとっても 命がけの大仕事になる。ミカエルは 持ち前の正義感から、熱心に組織の解明に取り組む。
ようやく、記事が仕上がったという連絡を受けたミカエルは、若いジャーナリストの家に 原稿を取りに行く。しかし一瞬の遅れで ミカエルは2人の記者の射殺死体を発見することになる。続いて リスベットの後見人の死体が上がる。死体の横に、リスベットの指紋つきの拳銃が置かれていた。
リスベットは3人の殺人容疑で指名手配される。ミカエルは リスベットの無実を確信しているが 証明することができない。リスベットは自分を破滅させようとしている犯罪組織に自分から近付いていく。なぜ、3人の殺人の罪を着せられたのか、、。巨体で先天的障害のため痛みを全く感じない 異様な殺人者に 追いつ追われつ 細身の一人の女の活躍ぶりに 息をつくひまもない。とても緊張する。
ストーリーは スリラーなので、これから読んだり観たりする人のために 話の筋をこれ以上言うことは出来ない。
映画でおもしろかったので、本を読む人も多いだろう。
パンクなハッカーが 細腕で活躍する しかもスウェーデン語で書かれた小説が どうして世界中でベストセラーになって 映画化されて高い評価をうけているのか。
ひとつには 取り上げている事件が「現代」をよく映し出しているからだと思う。コンピューター、ドラッグ、パンク、人身売買、ぺデファイル、猟奇殺人、何でもありだ。それと、国や大企業という巨大すぎて個人が太刀打ちできない力に対して、薄幸な少女時代を送った女が一人きりで 立ち向かっていく姿に魅かれるからだろう。
男に媚びない女の潔さ。
第1作の映画のなかで 好きな場面がある。リスベットが自分からミカエルのベッドに入り込み関係を持ったあと、何日かして、男のベッドで眠るリスベットの体に手をかけるミカエルに、リスベットは手を払いのけ 歯をむき出して怒る。「じゃあ、どうして自分のべっドで寝ないの?」と聞くミカエルに背を向けながら居座るリスベットを、ミカエルが優しい目ざしで笑うシーンだ。君がいてくれてもいい。居てくれなくていい。邪魔じゃない程度に居てくれるのが快適、というくらいが、理想的な関係だろうか。
男にしか出来ない仕事も、女にしか出来ない仕事も もうなくなってきた。同性婚も、異性婚も 子供を持つにしても実子も養子も そう遠くない将来全く同じ権利を法で守られることになるだろう。そうなれば男と女の結びつきも変わってくる。
あなたなしに生きられない、とか 愛に生き愛に死ぬ などというのは、オペラの世界でしか生き延びられないかもしれない。
第3作「眠れる女と狂卓の騎士」が楽しみだ。日本ではもう限られた劇場で公開されているらしい。
3作目のシドニーでの公開が待ち遠しい。
2010年10月18日月曜日
女性総督、女性首相、レズビアン閣僚
オーストラリアは世界で初めて女性に参政権を与えた国だが、それから116年もたって、今年になってやっと 女性の首相を迎えた。
労働党内部に対立があり、ケヴィン ラッド前首相との確執があり、連邦下院選挙では、与党労働党:74議席に対し、野党自由党:73議席という、たった1議席差で 辛うじてジュリア ギラード首相の首がつながった。74議席といっても 内容はグリーンの1議席と 無所属議員2人を含めての 与党主流派だから、今後も労働党だけで突っ走ることはできず、波乱ずくめだろう。
それにしても、ようやく女性首相が誕生したことを嬉しく思う。
オーストラリアは 英国国王エリザベスを元首とする 立憲君主国家だ。
憲法では英国国王の代理である「連邦総督」が 議会の開会,休会,解散、議会を通過した法案の承認、拒否、修正要求。行政の執行権、閣僚の任命、解散権、国軍の指揮権をもっている。現在の連邦総督は 初めて女性が選ばれた、クエンテイン ブライス(QUENTIN BRYCE)。彼女は、女性かくあるべしという女性の見本のような 人だ。教養高く、気品のある容姿、立ち振る舞い、身に纏っているカラフルな美しいスーツ、、、彼女の趣味の良さと、気品あふれる姿は、ダミ声、どかどか歩きのエリザベス女王とは比べものにならない。月とスッポンだ。本当に素敵な女性。
国の連邦総督が女性、首相がジュリア ギラード、そして加えて、ニューサウスウェルス州の知事が クリステイーナ カネリ、二人の男の子のお母さん、オーストラリア育ちのアメリカ女性だ。そしてまた、シドニーシテイー市長が これまた女性のクローバー モア(CLOVER MOORE)だ。
シドニーに住む私は 女性がボスの政治機構の中で生活していることになる。
連邦総督:クエンテイン ブライス
首相:ジュリア ギラード
NSW州知事:クリテイイーナ カネリ
シドニー市長:クローバー モア。
これって、すごいことかもしれない。日本だったら、女性天皇、女性首相、女性東京都知事、女性区長のもとで生活するのと同じことだ。こういうことは、今後実現しない。アメリカでも実現しない。女性大統領、女性州知事、女性町長。
そのジュリア ギラード首相が 第2次ギラード内閣を正式に発足させたが、任命式が連邦総督府で行われた。
任命された首相をはじめとする14人の閣僚が それぞれ奥さんとかパートナーとかを連れて 次々と車で総督府に到着して 式に向かう様子が ニュースで映し出された。ジュリア ギラードは独身だが、長年のパートナーがいる。仲良く、手を繋いで式場に向かった。
前環境相のペニー ウォンは 今回 「予算、規制緩和相」になったオーストラリア生まれの中国女性だが、ガールフレンドを連れて式場に入った。大勢のカメラマンのフラッシュに 驚きながらもペニーの後をついて式場に向かうオージー女性の姿を見ながら こういう光景を 日本で見ることはまずないだろうと思った。同様に、アメリカでも まず同じことは起こらない。
レズビアンの閣僚が 就任式にガールフレンドと共に式場に現れる ということが、当たり前に行われて、それを誰一人として オーストラリアでは注目しない自然さが、とても快かった。
そういえば先ジョン ハワード首相政権下で 野党だった3党の全部:労働党、グリーン、国民党の党首が3人とも ゲイだったことがある。いまでも、グリーンの党首 ボブ ブラウンはゲイだが、とても人望がある政治家だ。彼なしに、ジュリア ギラード政権は発足できなかった。
こうしてみると、オーストラリアは 改めてジェンダーに優しい 新しい国だということができる。それが とても自然だ。
そんな国に住んでいる。そのことが とてもうれしい。
写真は
連邦総督クエンテイン ブライス
シドニー市長クローバー モア
予算相ペニー ウォン
2010年10月14日木曜日
映画「リミット」、原題「BERIED」
こんなに おもしろい映画 近年観なかった。すごい。
低予算。出演者一人。95分の間 たったひとりの役者が ほとんど身動きのできない状態で棺桶に入れられたまま どう救出してもらうか格闘するというお話。
邦題「リミット」 原題「BERIED」。
スペイン人監督:ロドリゴ コルテス
キャスト:ライアン レイノルズ
襲われて気を失った記憶がある。
気がついてみると手足を縛られて 猿ぐつわをかまされて棺桶の中に押し込まれ土に埋められている。暗闇のなかで、何も見えない。これでパニックに陥らない方がおかしい。最低の状況だ。
可能な限り手足をばたつかせて 両手を自由にする。猿くつわを外し 足の紐を外す。手探りでポケットの ジッポライターを取り出して 棺桶の中を見渡してみる。押しても引いても棺桶の木箱はびくともしない。大声で叫んで助けを求める。しかし帰ってくるのは 漆黒の闇だけだ。
突然、足元に転がっていた携帯電話が鳴る。恐怖で全身がケイレンする。狭い箱の中で 苦労して それを足で蹴って 手元まで持ってくる。アラビア語表示の携帯電話だ。応答すると、落ち着いた男の声が、この携帯電話で自分の姿を ヴィデオを撮って、身代金を出すように米軍に懇願しろ、と言う。彼は500万ドルの身代金の為に誘拐されたのだ。携帯電話の電池は半分しか残っていない。時間がない。
彼はポール コンロイ(ライアン レイノルズ)、民間企業に雇われたトラック ドライバー。イラクで 物資運送中に襲われた。彼は携帯電話を使って 991緊急呼び出しに電話するが、電話交換手は冷たく、アメリカ国内以外の緊急には対応できないと すげなく電話を切られる。所属する会社に電話するが留守番電話でメッセージ対応。自分が住んでいたオハイオ警察に電話する。また、FBIに電話する。助かるために 次々と電話するが、どの電話も自分の陥っている緊急事態をわかってもらえない。自宅に電話するが またしても留守番電話。さんざん電話を使っても 助けが来ないと 思い込んで 認知症になって もう自分のことを憶えていない老人ホームにいる母親に さよならを言う為に電話したりもする。
持っているものは ジッポライター、携帯電話、鉛筆、ポケット容器に入ったウィスキー、蛍光棒だけ。絶望、焦燥、生への渇望、混乱。
出演者ひとり、撮影場所は 棺桶の中だけ、照明はジッポライターか 蛍光棒、携帯電話の光源だけ。役者が嘆き、笑い、絶望し、期待し、怒る。良い役者だ。最悪の状況になかでの、喜怒哀楽を 限られた動きの中で 巧みに演じていた。
埋められた棺桶の中で 外界と自分を繋ぐ唯一の命綱が携帯電話だ。真っ暗闇の中で聞くと、電話の声から人々の生活する様子が 手に取るようにわかる。自宅に電話して 子供の声から 夫をイラクに送り出した妻の様子や留守宅のありようが ありありと見えてくる。FBIの事務的な対応から FBIが いかに人命救助からかけ離れてた仕事をしているか、が よくわかる。ようやく受信されたヴイデオから、事情がわかって米軍の担当官が出て、説得力のある話し方で、その人の人柄も見えてくる。たったひとつの携帯電話を通じて 驚くほど広い世界の 様々な役割を持った人々に姿が見えてくる。息を殺して、暗闇で聞いていると、今まで見えなかったものまで 見えてくる。実に 効果的な音の使い方だ。
この映画をみて むかし見た怖い映画「激突」、原題「CRUSH」を思い出した。この映画は どういうお話か というと。
都会に住むセールスマンが 仕事で南部に出張することになった。初めての土地を車で走るうち、一本道の退屈なハイウェイ、道を走る車も 余りない。何気なく前を走っていた 大型トラックを追い越す。すると、このトラックは 意地になって追い越してくる。追い越しておいて それでいてわざとゆっくり走って、イライラさせる。そこで、また追い越すと今度は後ろから追い上げてきて ぐいぐいと後ろから車を押してくる。
そんな調子で はじめは車の追い越し合戦のおふざけだと思っていたセールスマンは これは冗談でなく、本気でトラック運転手が 彼を殺すという明確な殺意を持っていることに気付く。
セールスマンは 北部の人間だから知らなかったけれど、北部のプレートナンバーで 南部の道で、南部の車を追い越すようなことは、してはいけなかったのだ。面子をつぶされたトラックドライバーは セールスマンが どこまで逃げても逃げても隠れても 必ず見つけて追ってくる。警察や人に助けを求めても お構いなしにトラックごと襲ってくる。トラックは背が高いから どんな男が運転しているのか 顔が見えない。太い腕が運転席の窓から見えるだけだ。最後まで この殺人者の顔はわからない。顔のない追っ手から 逃げても逃げても逃げ切れないセールスマンのあせりと 恐怖感が伝わってきて 本当に怖い映画だった。子供の時に 汗びっしょりかいて 怖い思いをした映画は忘れられない。
大人になって あとからこの映画を作ったのは スピルバーグだった、とわかって、ウーン なるほど と思った。監督として初めての作品だったのだ。初監督作品。スピルバーグの才能がきらめいている。
最後に気になったのは、この映画のタイトルは、「BERIED」なのに、邦題が「リミット」だ。どうして原題どおりにしないのかわからない。
詩だって、外国の詩の題を翻訳者が勝手に変えたりしないだろう。題名には 監督ひとりだけでなく、映画製作者全体の意志が篭められているのだ。原題「BERIED」「埋められて」または「埋められた」あるいはべりッドで 良いのではないか。
他に 変な例を挙げると 原題「TAKEN」が、「72時間」になって、原題「UP」が「カールじいさんの空飛ぶ家」になって、原題「マイ シスターズキーパー」が「わたしのなかのあなた」になる。原題「コンサート」が 「オーケストラ」になったのは、なんかなあーと、、、。それにしても「リミット」などというタイトルにして欲しくなかった。日本語のセンスを疑う。
それにしても、実によくできた映画だ。
すぐれた反戦映画でもある。反戦へのメッセージが きちんと伝えられている。
この監督の才能に、注目していきたい。
2010年10月12日火曜日
映画 「食べて祈って恋をして」
原作は エリザベス ギルバートの自伝小説。700万部 売り上げたベストセラーを ジュリア ロバーツが演じてヒットしている映画。
女性むき映画ということになっている。
腹立たしい。女なら 馬鹿でもいいということか。
ジュリア ロバーツが美しいことは認める。42歳になって、3人の子供の親になっても なお可愛らしくて笑顔など 大輪の牡丹の花のように美しい。人気なのに 子育てに一生懸命なところが好感をもてる。だから 我慢して2時間余り無内容な 画面を目で追っていた。一言で言って アンリアル。非現実的。
こんな友達 持ちたくない。天上天下唯我独尊、ジコチュー、セルフィッシュ、周りを引きずり回して 精神的未発達児、ないしは ただのわがまま女。世界一物質的に豊な国で、良い仕事に恵まれて 理解ある夫に恵まれた人のお話だ。ドル危機も 10%を越えたアメリカの失業率も、ジハドもテロアタックもイラク、アフガン戦争も4000人を越える戦死者も 全然関係なーい世界のお話だ。
ストーリーは
ニューヨークでジャーナリストとして働いているリズ(ジュリア ロバーツ)は 平凡な教師の夫(ビリー クラダップ)との暮らしも8年となり、もう喜びや 新鮮な感動を感じられなくなっている。一大決意をして、家を出て、友人宅(ヴィオラ デイヴィス)に身を寄せているうちに、若い恋人に出会う。恋人デヴィッド(ジェームス フランコ)は、ヒンドゥー教の信者で、二人して同棲して道場に通うが、リズには どうしても心が満たされない。35歳のリズは、28歳の恋人が止めるのも聞かずに 心の平安を求めて海外旅行することに決断。離婚と恋人との別れで すっかり失ってしまった食欲を取り戻す為に、とりあえずイタリアへ。
手始めにイタリアで 4ヶ月、美味しいワイン、パスタにピッザでしこたま脂肪を蓄えたあとは、インドのヒンドゥー道場へ。リサは 道場で心の平安を祈るが 早起き、道場の床みがき、粗末な食事の日々に 心の平安も望めない。ここで結婚を控えているインド人の女の子と、アメリカ人(リチャード ジェンキンス)と友達になる。彼女の結婚式に呼ばれて 幸せそうな若いカップルをみて、自分が離婚したのは自分が精神的に大人になっていなかったからだと悟って、ちょっと寂しい。リチャードのほうは、自分が妻子を捨ててきたことを リサに涙で語り、アメリカに帰っていく。リサも、これで充分とばかりに、インドネシアのバリ島へ。
バリではヒンドゥーの高僧の家に通って 教えを得る。好々爺とした高僧は リサに優しく、バリヒンドゥーは、インドのヒンドゥーのように厳しくない、自分らしく心を平静にもっていれば良いと。リサは 瞑想とヒンドゥーを学ぶ日々。リサが怪我をした時に世話になった 民間医師が 身寄りのない子供を育てていることを知り、ネットを通じて 友達から募金を集めて その子に 一軒家をプレゼントする。そんなある日 島のガイドをしているブラジル人(ハビエル バルデム)に出会って恋をする。しかし、その男に一緒にバリで暮らすことを提案されて、そんな急なことを、と、逆上。アメリカに帰国する決意をして、最後の日。お別れに行った高僧に、心の平静はいつも保てるわけじゃない。時として恋で平静でいられなくなっても、それでよいのだ、と言われて、恋人のところに 飛んでいく。というお話。
夫に満足できず、恋人にも飽き足らず、別れてしまって 仕事を1年休暇とって豪華な海外旅行。場所が変われば、もっといいことが あるかもしれない と旅に出る。数ヶ月セックスレスの生活をしたあと バリでちょっとセンチメンタルで大人の男に出会って恋をする。しかし、これでハッピーエンドなわけがない。こんな女はじきに「心の平安が得られなくなって」つまり、飽きてしまって別れるに決まっているからだ。
この映画のアンリアル
1)働き盛りのアメリカ人が10%以上の失業率に泣いている現状で ニューヨークのジャーナリストが1年の休暇を取ったあと復職できるのは 非現実的。
2)友達にネットで 可哀想な家のない子のために基金を募っただけで すぐに5万ドル:500万円集められる と思わない。何度もチャリテイーでお金を集めたことがある。無条件で1万円の小切手を切ってくれる友達が500人、、すぐにそれを送ってくれることは あり得ない。
3)バリのヒンドゥー高僧は、りサの手相をみて予言する。?。ついでにカード占いでも やったらどうか?
4)欧米人にとって ヒンドゥーは安直な癒しでしかない。座禅を組めば 心の平静が得られるか。
5)インドでは英語が公用語。アメリカ人は会話に不自由ないはず。どうして現地の人とまったく交流しないのか。
世界遺産の60%がイタリアの集中している。文化発祥の地、芸術の国イタリアで、リズは、ただ英語を話せる限られた友達と食べるだけ。これではイタリア人も落胆するだろう。インドでは祈って 結局同じアメリカ人男から 涙の告白を聞かされただけ。そんな後では、バリで1年ちかく 干されていた「LOVE」に、どんな男も良くみえるだろう。
「鎌倉!!!流行のミニワンピでスウィート探し。かくれアンテーク見つけちゃった!!!ちょっとオシャレなフレンチも!!!見ーつけた!!!ビタースウィート。ミニ知識サイチョー クーカイってなあに?」というような ヤングの女性週刊誌を見せられたような感じ。
だいたいリサは 何が欲しいんだ。何が問題なのか、まったく初めから正そうとしない。物事の本質を全く追求しようとせずに、場所だけ変えて 男だけ変えて それでよしとする。何も変わらない。いい女だから 「自分へのご褒美」に「自分探しの旅」というわけだ。
いつまでも「自分自分」と叫び回りながら まわりを引きずり回しながら 心の平静を主張しまくっている。ところが、最後には 平静でなくてもいいんだ、、と言われて、サッサと1年間の修行を忘れて男の胸に飛び込む。知恵も心もない。そんな程度の心の平静で良かったのか。女ってこんなもんだよ、という男の声が聴こえてきそうで腹立たしい。
彼女の生き方に共鳴 共感し、感情移入できたりする女って、何なんだろう。場所を変えても、男を変えても 何も変わらないのですよ。一生 青い鳥を探して夢を見ていてもいいけど、私の周りには来ないで。
この作者は 「本当に自分でこの男のために今 死んでもいい」と決意できるような本当の恋をしたこともなければ、「この仕事 どんなことがあっても他の誰にも取られたくない」と しがみつきたくなるほどの本当の仕事をしたこともなければ、「神様、この人のために心の平安を下さい」、と真に神に祈ったことも したことがない人に違いない。なぜなら、このストーリーに それらが何ひとつ ないからだ。
2010年10月7日木曜日
ブルームの真珠養殖場
シドニーの家を出て、北部準州ダーウィンから西オーストラリア キンバリーを 2週間かけて旅行している。オーストラリアのなかでも アウトバック、秘境といわれるところばかりを旅行してきて、やっと、観光地ブルームについたところ。この旅の終わりが近ずいている。
ブルームの街を歩く。
街には真珠を売る宝石屋が ひしめいている。海岸沿いに広がった海辺の リゾートタウンには 宝石屋とパブと食べ物屋くらいしかない。ガソリンスタンドの横に ATMがあるのを見て、開けた街まで やっと来たことを実感する。いままで、アウトバックにいて、現金を使う機会もなかった。
せっかくだから、宝石屋を見てみる。お客がある程度 入ると 主人が真珠ができあがるまでの 説明をしてくれる。やはり、高いものは良い。とても手がでない。宝石屋もピンからキリまであって、ちょっと遊びに来て 友達や家族にお土産を、と思って手がでるくらいの値段の真珠は みんなブルームで獲って加工したものではなく 中国製だ。
街から 白砂の海辺が広がる ホテルのあるケーブルビーチまで バスで10分。ケーブルビーチクラブリゾートというホテル。ファイブスターだ。
そこからバスを出してもらって 真珠養殖場を見物に行く。バスで30分あまり 赤土のでこぼこ道を揺られて 小さな養殖場に港に着く。砂は真っ白なサンドストーンで、海は白濁したミルキーなエメラルドグリーン。カルシウムが多いために海の色が透き通ったグリーンでなくて、ミルキーな優しい緑色になっている。遠浅の海には アシやヒルギが蔽い茂り、ワニも海鳥も たくさんいる。陸には野生の馬までいた。鳥では、シラサギとトビが目立つ。足の長い優雅な鳥たちが 魚を獲り 巣を作っている。
船に乗り込み しばらく沖にいくと、海中に網が張り巡らされていて ひとつの網を引き上げて見せてもらうと 大きな真珠貝が6つずつ きれいに収まっている。真珠貝の大きさは15センチ四方くらい。2年かけて、真珠貝を大きく育てるのだそうだ。
真珠貝は上皮から唾液のような内分泌液を分泌する。貝の生殖器に核を埋め込むと その分泌液で核を大きく育てる。いったん、核入れのために貝をこじ開けられて 核入れをされた真珠貝は また6個いりの網に収まって 海に戻され波にゆられて 何度も位置を変えられ転がされて約1年 丸い形に育つように工夫されながらで育つ。
核入れをする技術が一番難しいそうだ。優れたテクニシャンは1日に1000の核入れをするという。このへんのところを ミキモトは特殊な技術を持っていて、マル秘中のマル秘らしくて、日本のテクニックを盗もうとする 業界スパイが暗躍しているらしい。プロの潜水士を雇って 日本の真珠養殖場のサンプルを盗んだり そのへんは もう007の世界らしい。
でも、私が見物したノーテンキの真珠養殖場では、真珠貝をこじ開けて 核入れするところも見せてくれたし 見学者の中から やりたい人にもやらせてくれた。これがうまい人は85%の核の定着率だそうだ。ということは、15%は無駄になる訳だけど、、、。
核入れスペシャリストは とても良いお金で雇われて 短期の間にちょっとしたお金持ちになれる。説明してくれたお兄さんも その一人で、「ぼく85%の成功率」と自慢する。「3ヶ月で 1年分の稼ぎをもらってしまったたあとは どうするの?」と聞いたら 3ヶ月フィージーでサーフィンやって、3ヶ月カジノで遊んで、3ヶ月メイト(友達)とパブでビール飲みながらフットボールみるんだよー。と言っていた。じつにオージーらしい 国民平均的模範解答だ。
というわけで真珠貝の核入れの成功率が85%。その後 同じ貝に2度目、3度目の核入れをする。それごとに貝は成長して大きくなっていくから、できる真珠も大きくなる。しかし貝も若くはなくなるので、4度目のときには 成功率は落ちていって 5%くらいまでになる という。直径10ミリくらいの真珠は3回目の核入れでできたもので、成功率40%というから、やはり大きいものほど高価になる。直径15ミリくらいの 今人気の真珠は 一粒300ドルとかいう値段になるそうだ。
養殖場を見学してからボートを降りて 港にある養殖場の経営する店の中を見て回る。ここで見学者達は お茶とケーキを ふるまわれて 安楽椅子で休んだ後は、店の宝石を見せられて ついつい買い物をしてしまうことになる。
うっかりして私も 娘達にイヤリングを買ってしまった。一緒にボートに乗った人たちは、一粒15ミリの大きさの真珠のネックレスを思わず 何を血迷ったことか ついつい買ってしまっていた。良い商売だ。
ミキモトも こんなことをやっているのだろうか。そちらにも行ってみたかった。
真珠養殖場から帰って、ケーブルビーチを歩く。インド洋に沈む太陽を見ながら フィッシュ アンド チップスを食べる。ラクダに乗って海辺を歩く人たちが一列になって、ゆっさゆっさと進んでいく。一日 すっかり日焼けして ほってった体にビールが美味しい。
今日で旅を始めて2週間。
明日は最後の日。朝、海岸を散歩して 荷物をまとめて飛行期に乗る。ブルームからパースに飛んで、そこで乗り換えて、パースからシドニーへ。着くのは夜だ。明日の夜は 2週間の旅行を終えて、なじみのある枕で眠ることができるはずだ。
オーストラリアの北の先 ダーウィンから キンバリーを見てブルームまで下りてきた。
良い旅だった。
明日もビールが美味しいだろう。
2010年10月5日火曜日
ブルーム日本人墓の破壊と捕鯨
年間250万人の観光客で賑わい、日本人にも人気のあるブルーム。
目線を変えれば 別のブルームが現れる。
1942年、3月3日 この港に日本軍が爆弾を落として70人あまりの人々が亡くなった。
日本軍は ダーウィンを空襲して243人死亡者を出し、ブルームでは70人、シドニーにも特殊潜水艇が侵入して 魚雷でフェリーを攻撃して21人死なせ ニューカッスルにも潜水艦が市内を砲撃して 建物や住居に被害を出している。タウンズビルにも ラバウルを基地とする飛行艇が空軍基地を爆撃している。こういう事実は 攻撃した方は忘れているし、今の日本の若い人は知らない人のほうがずっと多い。
しかし 日豪間に起こった歴史の中で 本当に起こったことは 知っていれば知っているほど良い。決して無視してはいけないのだ。なぜなら戦争は過去に起こったことでも、現在に通じている道だからだ。
たとえば ブルームには日本人墓がある。
昨年8月に映画「COVE」(邦題「入り江」)が上映された直後、ブルーム市議会は 姉妹都市だった和歌山県との姉妹都市関係を継続しない決議がなされた。それと同時に、この日本人墓が荒らされて、墓石が割られ、破壊された。
映画は和歌山県大地町の イルカ追い込み漁のドキュメンタリー作品で、アカデミードキュメンタリー賞を受賞した。この映画については 何度も言及してきたが、またアタッチする。
http://dogloverakiko.blogspot.com/2009/08/blog-post_25.html
映画は、ブルーム市議会の決議、日本人墓の破壊と いろいろな波紋を投げかけた。いかに、オーストラリアでは海洋保護の立場から 日本の捕鯨、イルカ漁に否定的な立場に立っているかがわかるだろう。墓荒らしというのは、西洋では死体を焼かずに そのまま埋葬するだけに、とても重い罪になる。にも関わらず ブルームに貢献して亡くなった何の罪もない日本人の墓を荒らすということが起きた。簡単には犯せない罪なのに それが行われた ということを日本人は深刻に捉えなければならない。
墓荒らしは、大地町でイルカをつきん棒で殴り殺す日本人、世界中の批判をあびながら なおも調査捕鯨という名の商業捕鯨を続けている日本に対する「報復」なのだ。野生動物保護の立場から いま、沿岸イルカ漁も 調査捕鯨も中止するべきだ。
707基、919人の 日本人の墓が葬られている。
グループツアーから離れて、個人で日本人墓を訪ねる。ブルームの街から20分。バス停留所から10分歩いて、着いた墓は よく整備されていた。古いものは 1880年代から 130年も前から真珠業に携わっていた日本人の名と出身地が 墓石に彫ってある。沢山の人が溺れたり、潜水病やサイクロンで亡くなった。30代 40代で亡くなった人が多い。入り口にある記録によると もとは小さな墓地だったものを 1983年に 日本船舶振興会の笹川良一氏の基金と 参議院議員玉置和郎氏の努力によって、修復されて、現在の墓地になった と書いてある。事実、墓石は御影石が多く、日本風の石が使われて立派なものが多い。つい最近の真新しい墓もある。今年 亡くなった人の墓もあった。
一度 破壊され、割られた墓石を いくつもいくつも見る。無残だ。修復されているが、いったん割られた石だということが一目瞭然だ。哀しくて 写真にとることができない。日本とオーストラリアの交流に貢献し、この地で真珠業を助け、命を落とした人々を、せめて、静かに休ませてあげられないものだろうか。
国と国の摩擦のために、亡くなって 土になってもまだ蹂躙される。もの言わぬ 707基の墓。
こんなときほど異国に暮らす者として、孤独感、寂寥感を感じることはない。
日本人にとっては 戦争も終わっていないし、捕鯨問第も解決していない。現在は過去に しっかりとつながっている ということを再認識させられて、ブルームの墓地で ひとり悄然とする。
ホテルに帰って ビールでも飲もう。
キンバリー12日目ダービーからブルームへ
人口1500人のフィッツロイから ダービーを通過する。
ダービーはキンバリーのは一番古い町。港町として羊毛と鉱石を輸出するための港だった。鉱石を運搬するためのトラックは 50メートルの長さ、84のタイヤがついている。こんな大きなトラックが鉄や亜鉛を満載して船に載せるために 右左折したり 方向転換できるように道路も驚くほど広い。なにもかもが ジャイアントな町だ。
真珠の養殖も 漁業も盛んで バラマンデイー、サーモン、泥カニがとれる。
このダービーの町には 有名な「プリズン トリー」がある。
囚人の木とは、アボリジニーの囚人を 繋ぎとめておいたバオバブの木のことだ。よくオーストラリアの観光ガイドブックに 写真があるので、見覚えのある人も多いだろう。
これは、130年も前の頃、白人入植者たちが クヌヌラやホールスクリークやフィッツロイからアボリジニーの若者を誘拐して、ここまで歩いて連れてきたところで、鎖でつないだ木だ。こうして奴隷としてつれてこられたアボリジニーの若者達は ここからボートに住まわされて、真珠を取る為に強制労働させられた という。こうしたアメリカ南部の奴隷制度と同じことが ここでも1880年代まで行われた。首に縄を巻かれ、何十人ものアボリジニーの若者達が数珠繋ぎにバオバブの木につながれている 痛ましい写真が木の横に展示されている。
入植者がやってくる前のオーストラリアには 100万人のアボリジニーが住んでいた。それが 過酷な入植者たちの「開拓」と「文明化」のために アボリジニーの人口は6万人にまで減少した。現在人口は35万人にまで回復したが、アボリジニーが 入植者と同等の人権を認められ、公民権を持ったのが1962年。アボリジニーの平均寿命は ノンアボリジニーの平均寿命より「17年」も短い。この差がなくなるまで、この国に平等はない。
ダービーからブルームに向かう。
その途中で 携帯電話がメッセージ受信のベルを鳴らす。感激。
ダーウィンを過ぎてから 12日間旅を続けてきて携帯電話もインターネットも通じなかった。したがって、娘達の消息もわからないが、私たち老夫婦がどこで彷徨っているかを 娘達に伝えることが出来なかった。険しい山々のキンバリー地区から 一挙に観光地ブルームに到着したのだ。携帯電話にたくさんのメッセージが届いていた。何という文明の恩恵、そのありがたさ。
自分の家から私のところに留守番に来てくれて 猫のめんどうを見てくれている娘の報告を聞く。我が家の気難しい 家出経験のある黒猫クロエと、他にアパートの軒下に住み着いた2匹の捨て猫たちを4月から面倒見てきたが これら全部の猫たちを、仕事で忙しい娘が世話してくれている。みんな元気と聞いて ほっと安心。
地の果てのようなキンバリーまで来て、雄大な自然に感動しながらも 携帯電話なしに 生活することが不安な自分のちっぽけさ。
ブルームは人口15000人。真珠の街だ。
日本と最も縁のある場所。ミキモト真珠はみんな この島からきている。世界中の真珠の85%がここで取れる。真っ白な砂の海岸、インド洋に沈む大きな太陽。10キロも続く白い砂のケーブルビーチには 年間250万人の観光客が訪れる。
世界のトップ5ビーチのひとつだそうだ。
長旅に 咽喉が渇いた。
今日もビールが美味しい。
写真1,2は囚人の木。3はブルームの真珠産業に貢献した日本人の記念像
2010年10月4日月曜日
キンバリー フィッツロイのゲイキ渓谷
西オーストラリア キンバリー地区のアウトバック、ホールスクリークからまた別のアウトバック タウン:フィッツロイに向かう。400キロメートルの距離。キンバリー地区は 厳しい気候による土壌の浸食によって 古代から切り立った山岳地帯が多い。北部の峡谷地帯では 無数の岩山が聳え立ち 土壌がラテライトで占められるので雨期には 水がたまり交通不能になる。
一本道のハイウェイの両側に広がるのは 赤い土と青い空。走っていて、行けども行けども サバンナというか、砂漠ともいえる赤い不毛な土壌に、ユーカリの木々、数え切れないほどのターマイト(シロアリ)のアリ塚が続く。そこにバオバブの木が あちこちに立っている。ユーカリの木もバオバブの木も 水のないところに平気で自生する。バオバブは 幹が地面近くの下に行くほど太くなる。たくさんの葉をつけているものもあるし、まったく裸のバオバブもある。来月には、もう雨期になる。雨が降り出したら 新しい葉をつけるのだろう。
ターマイト(シロアリ)の巣はキンバリーの旅行が始まった日から 目に付いていた。赤土が盛り上がって どれもその形が異なるのだが 高いものは1メートルを越す。中では社会性を持ったアリ達が 一匹の女王の為に生き 戦い、子孫を増やしている。新しい巣は赤土の真新しい色をしているが、古い巣はもう白くなっているが ちゃんと中では女王がセッセと働きアリや 兵隊アリや 子育てアリをこき使って大きな女王専制社会を維持しているのだそうだ。
着いたフィッツロイのモーテルは、そのむかしマクシーンという名のシドニーで弁護士をしていた女性が牧場主と恋に落ちて住み着いた家だったという。1886年のことだ。牧場主は スコットランドからの移民ウィリアム マクドナルド氏だ。二人して人里離れたフィッツロイで牧場を始めて事業を成功させ 現在ここ一帯の土地は すべてこの家族のものだ。牧場を始めるにあたって、ニューサウスウェルス州から数万頭の牛を 10ヶ月かけてこの町まで移動させたのが 始まりだそうだ。美しいフィッツロイ河があり、雨期には一帯が洪水になり 後で栄養分の富んだ牧場地になる。フィッツロイのモーテルには ウィリアムとマクシーンの写真や肖像画が所狭しと 飾られていた。
モーテルを出て、ゲイキ渓谷に向かう。フイッツロイ河の豊な水が 切り立った岩山を切り裂いて その間を流れている。350キロメートルの両側ライムストーンの山々に囲まれた渓谷をボートで見る。これで渓谷をボートで見るのは5つ目だ。北部準州キャサリン渓谷、キンバリーのクヌヌラでオード河、エル クエストでチェンバーレイン渓谷とエマ渓谷を、そしていまゲイキ渓谷を見ている。どれもそれぞれ 趣きのある渓谷だ。ゲイキ渓谷が一番おだやかな渓谷といえる。両側の絶壁も岩壁も他の渓谷に比べると それほど高くない。豊かな水、鳥や魚が多く、ヒルギ林が茂って緑が多い。
ダーウィンから旅をしてきて11日目。 ひどい喘息持ちのオットが シドニーでは 吸入器を持ち歩き その肥満体と関節炎と喘息で100メートルと歩けない。それが旅を始めてから 一度も喘息発作を起こさず、他の旅行者と一緒に名所から名所へと、よく歩いている。よくやっていると思うが、褒めると調子に乗るので叱咤激励、鬼の監督を続けている。
モーテルのレストランで 他の旅行者と会話するのも楽しみのひとつだ。ドイツから来ている30代のカップルは アリススプリング、エアーズロックから ダーウィンのカカドウ国立公園を2週間かけて見てきたあと キンバリーをまた2週間旅行している。キンバリーのあとは パースからアデレードまで先を旅行する予定だそうだ。ドイツの「すずしくて ここち良い夏」から いきなりオーストラリアの灼熱の世界に飛んできて冒険旅行に魅惑されている、と言う。
スコットランド人の二組の夫婦は、奥さん同士が中学校で仲良しだったが 片方がオーストラリアに移民してしまった為 数年に一度ずつ 同じツアーを申し込んで 一緒に旅行して旧交を温めているのだという。ウィットに富んだ とても素敵な老夫婦だ。オランダから来ている二組の夫婦、イングランドから 別の2人組、南アフリカからも。
みな「常識」というものが 年寄りの間でしか常識でなくなってしまった現代のなかで、礼儀正しく、何かちょっとした手違いで嫌なことがあったり、待たされたりしても、決して文句を言わず ユーモアで乗り越える 大人の生き方の できる人たちだった。サービスが悪いとすぐ怒ったりする日本人の大人げのないマナーを思い出すと、まことにヨーロッパ人は立派だと思う。
今日もビールが美味しい。
ゲイキ渓谷の はじめの写真で中州の岩の上に、ワニの子供が居る。