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2023年3月21日火曜日

スピーキングテストは無用有害

都立高校の入試にスピーキングテストが今年から加えられたことで、入試そのものに反対なのに、スピーキングとは!とずっと反感を覚えてきた。
40年ちかく日本を離れ英語圏の社会で働き、暮らしてきたが、英語の能力とは、文法、構文の確かさと、語彙の豊富さで決まると思う。読解力と文章の表現力だ。

東京都教育委員会は、民間会社ベネッセコーポレーションとどれ程癒着があるのか知らないが、スピーキングテストの合否判定は、ベネッセコーポレーションが雇った1日バイトの試験官が決定する。それは公平だろうか。普段英語をしゃべらない国で、普段英語をしゃべらない試験官を、普段英語をしゃべらない会社の人がどうやって選んだのか?合否の基準は?スピーキングのお手本は?スピーキングのお手本など、本来ないだろう。

アメリカ英語のスピーカーはアイリッシュの英語を聞き取れないし、スコットランド英語のスピーカーはアメリカ英語を聞き取るのに苦労する。ニューカッスルの英語ジョーデイは、ケンローチ監督の英国映画でも英語の字幕を必要とするほどわからない。コクニー英語はTを発音しないし、オージー英語も慣れないと聞き取れない。インド人の英語はもっと難しい。しかし読み書きはみんな共通なのだ。読み書きがいかに大事か。

今回の試験では,不受験者には仮の結果を与えて採点したため、採点してみると綜合点で受験者の点数を不受験者の点数が’上回る逆転現象が起きたという。こんなことのために自分が受験に失敗したのだ、と思う生徒が居たら悲しい。英語が嫌いな子が増えるのではないか。
また補聴器を必要とする生徒は、試験でイヤホンを通して質問の答えるのに補聴器を外さなければ回答できないために、技術的に試験が困難だったという。視聴力障害、自閉症スペクトラム、多動障害などの生徒への対策は全くなかった。見切り発車もいいところだ。

スピーキングで何が大事かというと、言うべき内容が大事なのであってスピーキングそのものは大事でも何でもない。美しい発音、なめらかな弁舌、音感の良い話し方、効果的な息継ぎ、印象深いイントネーション、みんなただの技術にすぎない。技術はいつでも、必要になれば身につけられる。テクニックではなく、言うべきこと、考えている事、思ったことの内容を、しっかり日本語で表現できるようになることが大切だ。
英語嫌いな子供を作らないため、スピーキングテストは今年限りにして、もう止めてもらいたい。
I am singing [ Sound of silence ] by Simon & Garfunkel.