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2018年11月17日土曜日

マイケル モアの「華氏119」

ドキュメンタリーフイルム「華氏119」
原題:「FAHRENHEIT 911」
監督:マイケル ムア
製作:2018年

119という数字は、2016年11月9日に、アメリカ大統領選挙結果が出てドナルド トランプが勝利宣言をした日で、この数字に因んで、フイルムのタイトルがつけられている。つい先日、2018年11月6日に大統領予備選挙が行われたことも、記憶に新しい。

「華氏 911」と混同しやすいが、こちらは2004年の作品で、2001年9月11日の世界貿易センタービル崩壊後、イラクに大量破壊兵器があるとして開戦に踏み切ったジョージ W ブッシュ政権を批判した作品。ナインイレブンは2004年作品で、ノベンバーナインが今年最新作品だ。ナインイレブンの方は、アメリカで約1憶2千万ドル、全世界で2億2千万ドルの興行収入をあげ、ドキュメンタリーフイルムとしては過去最高の興行成績を記録した。未だにこの記録が破られていない。

マイケル ムアは怒れるジャーナリスト。熱い男だ。アポイントメントを取らずに突撃インタビューで取材して真相に迫る彼のスタイルは独特。偽政者の不正に怒り、一般市民の目で政府を告発し続けている。世界中の富が総人口の1割に満たない富裕層によって保持され、持てる者と持たざる者との格差が拡大する一方の物質社会。富の最たる武器製造産業が世界各地に戦争を創り出し、武器を売りつけては市民を殺し続けている。どの国の政府も、税制で優遇され肥えるばかりの大企業の言うままのパペットと化している。ありもしない社会福祉を夢見て、働きずめで搾取され続けてきた一般労働者は、税をむし取られ、貧しいものから順に戦争に駆り出されていく。それでも人々が怒り続けることを忘れてしまうのは、ちょっとだけ月に一度だけわずかな蓄えから贅沢な食事をして、数年に一度だけちょっと旅行などしたり、ブランド品を身に付けたりして、僅かな富裕層の夢を見ることができるからだ。真に豊かな富裕層と比べて余りに惨めな自分の生を、認めたくないばかりに格差社会の残酷性に自ら目をつぶってしまうからだ。怒ることは現実を見ることだ。マイケル ムアは怒り続ける。

彼はもともと民主党支持者だったし、ラルフ ネイダーの支持者だった。しかしこのドキュイメンタリーフイルムでは、共和党も民主党もきっちり批判している。2016年の大統領選挙で、識者やマスメデイアがトランプの当選などあり得ない、と笑い飛ばしていた時、彼は中西部のアメリカの製造業に関わっていた労働者の不満を綿密に取材していて、いち早くトランプが当選することを予想していた。
今回のフイルムは トランプが当選して勝利宣言を発するところから始まる。どうしてトランプが大統領選に出馬したかというと、歌手のグウェン ステファニーのギャラが自分がもっていた番組の出演料よりもずっと高いことを知らされて激高して決めたという。歌手のくせに、女のくせに、と怒り狂った末大統領、、、というエピソードは初めて知ったが、興味深い。
またトランプが口汚く中南米出身者をテロリスト、レイピストと根拠もなく決めつけ、アフリカンアメリカンを二ガーと最悪差別語で言い、女性を金の力で何でもさせることができるんだと自慢してみせ、身体に障害のあるジャーナリストのマネをして面白がる、、、およそ人間としての品格も最低限の教養も見られない、そういった素養を彼は猿に重ねて笑わせてくれる。猿の方が余程マトモだよね。

マイケル ムアの故郷ミシガン州、フリントの取材は秀逸だ。マイケル自身がこのアメリカ中西部のラストベルトといわれるど真ん中の出身で、彼の祖父も父親もGM(ジェネラルモーターズ)の工場労働者だった。ここではトランプ並みの富豪ビジネスマン出身の知事の独裁政治がまかり通っている。州の財政を倹約するために水道が民間化され、今まで水質の良い水道を使っていた市民が、高濃度に鉛で汚染された水道水で生活を余儀なくされた。鉛は飲めば、体から排泄されず脳に蓄積されて知能障害、多動児を生み、皮膚障害や流産、死産、未熟児出産の原因となる。汚染された湖から取水された水は、老朽化した水道パイプの内部で鉛が溶け出し、それを飲料水や料理や洗濯に使う市民から鉛中毒者が出る。怒った市民の抗議行動を見て、知事はGMの工場だけに今までと同じ良質な水道を提供する。しかしアフリカンアメリカンがマジョリテイーの市民には、汚染水のままだ。遂に、フリントの住民はワシントンに抗議行動に出る。

その返礼は、恐ろしいことに、何の予告もない、装甲車を先頭に繰り出した大規模な軍事演習だった。鉛中毒で人々が移住して空き地になった場所を、軍が爆撃訓練を称して砲撃する。突然の軍による攻撃に震えあがる市民たち。
そんな最中に、オバマが街にやってきた。もろ手を挙げて熱狂、歓迎する市民たち。フリントの公会堂でスピーチをしたオバマは、途中で咳をしてみせてコップに入った水を飲ませてくれ、と言う。興奮した市民、聴衆たちは大喝采をして、鉛で汚染された水道水のグラスに口をつけるオバマの一挙一動をかたずをのんで見守っている。知事は鉛は基準以下だと言っているが、化学者たちは鉛中毒の警告をしている。そんな危険で、毎日自分達が飲まされている鉛汚染水を、オバマが一緒に飲んでくれる。
市民集会でも、フリントの知事や議員たちとの懇談会でもオバマは、水道水を所望する。すばらしいパフォーマンスだ。しかし市民はしっかり見ている。オバマはグラスの口をつけてみせただけで決して飲まなかった。飲むつもりもないのに、わざわざ所望して公の場で飲むふりをする。ペテン師オバマは醜い。オバマはとても醜い。オバマは醜い。

オバマはかつて良心的弁護士で、民主党員だったが、共和党のブッシュよりもニクソンよりもたくさんの市民をアフガニスタンやイラクなどでドローン攻撃で殺害した。罪のない女子供を殺害した数が過去の大統領のなかで断トツに多い。オサマビン ラデインを法的手続きなしで殺させたのもオバマだった。犯罪者だったかどうかも未だにわかっていない被疑者を、違法に殺害するのは最も恥ずべき卑怯者のすることだ。

オバマを批判したマイケル ムアは、ヒラリー クリントンにもその矛先を向ける。大統領選挙で同じ民主党のサンダースの方が支持者が多かったにも拘らず、彼女は地区ごとに改作した偽りの報告を選挙委員会に出して、サンダースを引きずり下ろした。評の改ざんだけでなく、サンダースの集会の妨害や中傷など共和党でもやらないような汚い手でサンダースが自ら大統領選を下りるように画策した。そのため怒った民主党支持者たちは、本選挙で投票に行かなかった。民主党を割り、投票数を減らし共和党票を当選させたのはヒラリーだ。大型兵器産業や、ゴールデンサックスのような金融企業から多額の財政資金をもらっているのも、トランプだけでなく、ヒラリーもオバマも受け取っていたのだ。腐敗しているのは共和党だけではない。

ウェストヴァージニア州の教師たちの立ち上がりもレポートされている。ここでは学校の先生が低収入者むけのフードチケットに頼らざるを得ない。教師の生活を保障せよ、という大規模なデモでワシントンまで行進する。NO MONEY IS THE STRONGEST POWER。無一文が一番強い。何も奪われるのものない教師たちの捨身の行動。
トランプは、医療健康保険制度を葬り去り、銃規制の声に耳を貸さず、メキシコとの境に高い塀を築き、移民を拒否し、アフリカンアメリカンや先住民族や南アメリカからの移民差別を助長し、LGBT差別や女性差別を平気で行い、ジェルサレムにイスラエル大使館を置き、輸入関税を高くし、中国ソビエトを威嚇する軍事演習を繰り返している。彼の行動は、21世紀のファシズムとも言える。トランプのその姿は、ナチズムによるヒットラーの顔に重なる。アメリカの民主主義は崖っぷちに立っていて、ハンドルを握る男は常軌を逸したトランプだ。トランプは民主主義を壊し、ずっとホワイトハウスに住むことを、自分のゴールにしている、とマイケル ムアは言う。

一方で希望もある。草の根運動からうまれたサンダースの子供達だ。今回の大統領予備選で、ニューヨーク州から出馬して最年少で当選して下院議員となった29歳の、プエルトリコ出身のアレクサンドリア オカシオ コルテスだ。レストランで働きながら大学時代にもらっていた奨学金の返済をしている身だが、ボランテイアでサンダースの選挙運動を手伝った契機に政治に無関心ではいられなくなって出馬した。この人がものすごい美人だ。賢い女性は美しい。
またミシガン州から出馬して女性のイスラム教徒で下院議員に当選した、ラシダ タリーブ42歳。そして、マサチューセッツ州からアフリカンアメリカンの女性、アヤンナ プレスリー44歳。3人ともサンダースの子供達と言える。

フイルムは学校での銃乱射事件にあって、自分は生き延びたが友達を失ったエマ ゴンザレスのスピーチで終わる。銃規制に動かない政府に怒る高校生たち。自発的に集まり、共和党議員たちに全米ライフル協会からの寄付金を受け取らないと約束してください、と詰め寄るテイーンたちの姿が健気だ。
トランプを当選させたラストベルトの貧しい白人男性は、トランプが再び雇用を安定させて、アメリカドリームを復活させてくれることを願ってきたが、遅かれ早かれ彼らはトランプが貧しい階層の味方ではないことに気が付くだろう。彼はミリオンネイヤーを、ビリオンネイヤーにするだけの存在だったことに気付くことだろう。

ドキュメンタリーフイルムだが、ユーモアあり、ちゃかして笑わせるし、音響効果も良く狙っている。フリントでの軍による演習などすさまじい銃弾音で音だけで鳥肌がたつ。また、事実を並べるだけでなく誰にでもわかるように順を追っていて説明されていて、理解しやすい。インタビューも一方だけでなく双方の意見をちゃんと解りやすく編集している。
この映画が公開されたのは、大統領予備選の前だったから、当選者がまだわかっていなかった段階だったが、3人の当選した女性下院議員たちが、草の根運動のクラウドファンドで資金を集め、選挙に出る姿を捕えて、生の声を伝えている。彼女たちが必ず当選すると読んだマイケル モアの判断力は素晴らしい。
最後のエマ ゴンザレスの感動的な、一生に一度ともいえるスピーチも、涙なしに聴くことができない。小気味よいテンポでトランプ政権の2年間が総括されていて、すぐれた作品に仕上がっている。
マイケル ムア、この人には暗いところを独り歩きせず、サウジアラビア大使館などには行かないで、長生きして欲しい。