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2015年8月13日木曜日
今日の気分は野良猫次第
もう5年余り、野良猫を世話してきた。黒ねこと、縞ねこと、白黒ぶちの3匹、まるまると太っている。
約200世帯が住むノースシドニーの高層アパートに住んでいるが、アパートの建物と土台の間に、日本で言う「縁の下」みたいなスペースがあって、そこに真っ黒の野良猫が住み着いた。毛並みが良いので、もとは飼い猫だったろう。でも余程、頭も性格も悪い飼い主だったようで、猫に避妊もさせていなければ、オーストラリア政府が飼い主に義務付けているマイクロチップスも埋め込んでいない。おかげで厳しい野良猫暮らしを強いられた猫は、疑い深くなって、保護しようにもすばしこくて捕まえられない。
黒い野良猫に興味をもつようになった切っ掛けは、鳥の死骸だ。
野良猫が隠れ住んでいるスペースのまわりに、たくさんの鳥の羽が落ちている。鳥がどうしたのか、と注意深く観察するようになって、太っていた黑猫がいやに痩せたのに気が付いた。野良猫は妊娠していて、やがて生まれてきた子供たちに、飛んできたハトやカラスを殺して食べさせていたのだった。「母は強し」だ。アパートの周りに来る鳥が、ことさら鈍いわけではないだろう。母猫は余程飢えていたの違いない。
そんなわけで、子連れ野良猫に餌をやるようになった。朝と晩の二回、猫用缶詰めとビスケット。やがて子猫たちの目が開いて、母猫について外に出るようになると、不憫に思ってそっとミルクや食べ物をスペースの入り口に置いていくアパートの住人が何人も出て来た。かと思うと、まゆ吊り上げて「野良猫は汚い、臭い、子猫を無限に産む、捉えて処分しろ。」と叫びまわる住人も沢山いる。こういう一見正論を通そうとする正義の味方みたいな偽善者が一番タチが悪い。
でも黒猫はよく子供を産んだ。冬でも気温10度を切る日が少ないシドニーで、野良猫は年に3回も子供を産む。妊娠中なら捕まえられるかと思うと、そんなに甘くない。なんとか妊娠中に捕まえようとしている内に、子供達が生まれている。猫好きの清掃会社の人と一緒に、泥だらけで腹這いになって建物の下の狭いスペースから、一匹ずつ生まれたての子猫を取り出して、ペットレスキューのところに持って行ったこともあった。やっと歩き出すようになるまで待って、ひとつひとつ捕まえて、ふところに収めて、獣医のところに行って里親探しを頼んだこともある。釣りに使う大きなネットで5匹丸くかたまって寝ているところを、一時に全部一緒に捕えて保護したこともある。それを茂みからじっと見ているであろう母猫の気持ちを考えると、居たたまれない思いがするが、一匹の野良猫で、大騒ぎしているアパートの住人を思うと、これ以上野良猫を増やすわけにはいかない。どうしても子猫たちは、獣医の手で寄生虫駆除とワクチンを打って、避妊手術をして、どっかの飼い主に引き取られなければならない。
200世帯の沢山の人が住むアパートで、野良猫を世話しているのが誰だか、どうしてわかったのか。誰の通報かわからないが、アパートの管理会社から手紙が来た。アパートの住人全員の利害を考えて、「野良猫に餌をやるのを止めなさい。」という結構、強制力のある内容だった。このアパートは駅に近く、勤めている病院の目の前で、ジムもプールもあって便利だから借りて住んでいるが、持ち家ではないから管理会社からの警告を無視すれば、強制退去になり兼ねない。反駁も無視もできないまま、かくれてそっとエサやりを続けてきた。エサを入れた入れ物をエサやりの15分後に片付けにいく。証拠を残さない。猫の餌を持って、猫たちを猫撫で声で呼んでいる一番ヤバい時に運悪く、「猫反対派住民」にとっ捕まってしまった場合、こうした危機を切り抜ける唯一の方法は、「やっていません」を繰り返すことだ。これは1968年12月にデモで逮捕された時に学んだ。
「野良猫に餌をやっているだろう?」
「やってません。」
「そのエサの入った入れ物は何だ?」
「やってません。」
「野良猫は迷惑なんだよ。あんたがエサをやって居続かせると困るんだよ。」
「やってません。」
「ぐずぐず言わずに早いとこ吐いちまえ。全部白状したら楽になるぞ。」
「やってません。」
「おまえがやってるんだろう。こっちは証拠があるんだぜ。」
「やってません。」
という訳で、そのうちに相手の顔がひきつってくる。相手があきらめるまで、この手でいく。そんなやりとりを、茂みとか、隠れ家の中から猫たちが、ハラハラしながら観ている訳だ。「かあちゃん頑張れ」という猫たちの応援が聞こえてくるようだ。
一方アパート管理会社は、害獣駆除の専門業者を雇って、野良猫を処分しようと動きだした。罠を仕掛ける。建物の下のスペースを金網で閉鎖する。毎日罠をつっかえとっかえ変えて巧妙に捕らえようとする。ある真夏の昼下がり、遂に母親猫が罠に捕えられた。小さな金網でできた罠の中で母親猫が低い声で唸っている。この罠が害獣駆除会社のものなのか、同志による母親猫保護のための罠なのか、確認するために家から電話をかけまくっていて、敵による罠だとわかってあわてて罠をぶっこわそうと下に下りたときには、もう遅かった。罠ごと連れ去られていた。
3匹の子猫が残った。母を亡くして以前よりもすばしこく、絶対に人を信用しない。呼ぶと一定の距離を置いてエサを食べに来る。3匹とも雌だと分かって、気が気ではない。早く避妊手術をさせないと、、、。とうとう動物保護団体に助けを求める。彼らは、特別性能の良い罠を貸してくれた。まず、母親似の真黒の猫、サンダーが捕まって、獣医のところでワクチンを受け、避妊手術を受けて、腹巻みたいな包帯姿で隠れ家に帰された。次に縞猫、マギー。白黒ぶちのババがなかなか捕まらなくて、半年もたってやっと罠に入ってくれて、手術を受けた。もうこの頃には3匹全員がすっかり成猫サイズになっていた。獣医からの請求書も ずいぶんビッグサイズになっていたけれど。もうこれで野良猫の妊娠を心配することもない。野良の雄が興味を持たないので病気をうつされることも怪我させられることもない。平和に暮らせる。
ババと名付けられた白黒ぶちがぽっちゃりの日本猫風で可愛い。うちの飼い猫クロエと一緒に暮らさないかと、手術のあと家に引き留めた。しかしワイルドに生まれて、ワイルドに育った彼女、部屋の隅にかくれて出てこない。水も飲まなければエサも食べない排便もしない。結局ハンガーストライキを3日間やって、ベランダから身投げした。15メートルの高さから、空に向かって大きく飛んでいってしまった。ペットとして飼い主に拘束されるくらいなら、「死んだ方がマシだぜい。」という強力なメッセージを残して自由人、黒白ぶちは身を投げた。そして、15メートルの高さをものともせず軽々と着地して、翌日からまた他の2匹の猫たちと一緒に、朝食を貰いに来た。
彼女の15メートルハイジャンプから、5年も時が経った。3匹とも今やまるまる太っている。名前を呼べば近くまで来るし、決して体を触らせてはくれないが甘えた様子もみせる。寒い日には どうして寒さをしのいでいるかと心配するし、呼んでも来ない日は 何があったのか気になる。朝晩2回のエサやりごとに元気な顔が見られれば一日中嬉しい。
人の中にも物質主義の世の中が嫌で、仕事にも家庭に縛られるのもいやで、自由に生きたい風来坊がたくさんいる。猫にも飼われることを拒否して、自由に生きる野良猫が居ても良い。
人にはだれでも自由になりたいという贅沢な夢がある。
腐った阿部政権の「日本国籍」から自由になりたい。重税に苦しむ納税義務から自由になりたい。社会的責任から自由になりたい。絶え間なく忙しい職務から自由になりたい。病気で介護なしに生きられなくなったオットから自由になりたい。すべての束縛から自由になりたい。自由になって、国籍を持たない、職業を持たない、名前を持たない、誰でもない存在になりたい。
そんな、自分の夢を3匹のワイルドな猫たちに託しているのかもしれない。今日の気分は、野良猫次第というわけだ。