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2011年6月29日水曜日
映画 「ノルウェイの森」
日本での映画公開から半年たって、やっと この映画がヴィデオで手に入ったので、観て見た。
ハルキの世界がそのまま映像になっていて、驚いた。監督 トラン アン ユンは、フランス語の翻訳でこれを読んだそうだが、とても深いところで ハルキの世界を理解していることがわかる。翻訳者も優れているのだろう。
ハルキは ユン監督から映画化の申し出があったとき すぐに快諾したという。ハルキの作品は ベストセラーになり、36言語で翻訳され世界で出版されている。小説の中に出てくる音楽のCDが流行ったり 携帯電話のコールに使われたりもしているそうだ。ノーベル文学賞受賞も目前らしい。
彼が過去に生み出した作品は すべてとっくに彼自身の手からは離れているのだ。それでいいのだと思う。
原作:村上春樹
監督:トラン アン ユン
キャスト
ワタナベ:松山ケンイチ
直子 :菊地@子
ミドリ :水原希子
キズキ :高良健吾
ストーリー
キズキと直子は3歳の時からいつも一緒に育って成長してきて 互いに無くてはならない強い結びつきを持っていた。そんなキズキの親友ワタナベは 中学でも高校でも キズキと直子と3人で一緒に遊んで過ごした。
しかしキズキは17歳で自死、ワタナベは 一人東京で大学生活を始める。そして偶然、直子と出会う。二人はひんぱんに会うようになり、直子の20歳の誕生日に二人は結ばれる。しかしワタナベの不用意な一言が 直子のキズキを失った傷を再び痛みつける。直子は東京を去り、京都の山奥の療養所に入所してしまう。療養所に直子を訪ねたワタナベは、直子とキズキの間にあった傷に触れることになって 直子を守ることがキズキに託された責任だと思い込む。しかし直子は、、
というお話。
テーマは二つ。
ひとつは 愛する人を失った喪失感から 人は抜け出せるのだろうか ということ。
もうひとつは 愛があって肉体が結びつくことができない不毛の愛に 人は耐えられるかどうか ということ。
3人が3様の答えを出す。キズキは17歳で自死し、「永遠に17歳である」ことで結論を出し、直子は 21歳まで生きるが 喪失から抜け出せずキズキの後を追うという結論を下す。ワタナベは 直子を失うことによって、2度も親友のキズキを失う。だから彼はこんなに悲しかったのだ。彼は二人を失って キズキの親友に託された責任を負うこともなく、初めて自分自身のひとりだけの自由を得る。3人3様の結論。人は自分の選択を生きるしかない。
ハルキ独特の世界、空気が透明で 生活の匂いがしない。登場人物は極端に口数が少なく ひとことひとことに とても大切な意味合いが含まれている。女は 危うく揺れ動くが 男はいつも誠実だ。そういったハルキの世界が 忠実に映像になっていて、とても良かった。
直子の療養所のある田舎の自然描写が秀逸だ。カメラワークが独特。自然が中心で その端っこの隅に人が佇む。
山々の緑、陽を受けた川の輝き、冬の始めの雪原の美しさ。これに音楽がとても合っている。弦楽重奏の使い方が素晴らしい。直子の不安、罪悪感、喪失感 死者のささやき、幻覚、幻聴が そのままヴァイオリンの不協和音で表される。うまいな と思う。
ユン監督は ベトナムのフランソワ トリュフォーだ。トリュフォーは 壮大な抒情詩のような映像を たくさん残した。 彼がフイルムに中で映し出す緑は ふくよかな貴婦人が佇む印象画に出てくる 光り輝く緑だ。それをユン監督は継承している。「青いパパイヤの香り」の詩情たっぷりの映像の美しさ。「シクロ」の画面の美しさ。若く 貧しい青年達の無残な姿が 美しいベトナムの情景の中で 浄化される。
まだ若い監督だ。彼の前作にくらべて画面のひとつひとつが、はるかに洗練されてきた。音楽の使い方が前作に比較できないほど素晴らしい。自身でも「音楽はインスピレーションと思考をもたらす言語だ。」と言っているが、映像と音楽の使い方がとても良い。
ハルキと同じ時代を生きてきた。
安保、ベトナム反戦、安田講堂、防衛庁攻撃、明大学生会館、六角校舎、神田カルチャラタン、、、おびただしい数の学生達が傷つき、たくさんの自殺者を見送った。殺された仲間も居た。大切なのに失った人が沢山居た。
直子の苦しみも、当時の自分の苦しみに重なる。
「20歳が美しいなんて、誰にも言わせない。」ポール 二ザンじゃないけど、、どうしてあのころ 平和になったベトネムなんか見たくないとでも言うように みんな急いで逝ってしまったのだろう。
ミドリの会話やワタナベの言葉が エキセントリックだと言う人が居る。あの時代 みんながエキセントリックだった。トロッキー、バクーニン、フロイト、ヴィトゲンシュタインとか ごっちゃにしながら付け焼刃で仕入れた知識をその日のうちにしゃべらずに居られない。女の解放、性の解放を言いながら男物のジーンズで走り回って 不器用な恋をした。今も古傷に触れれば血が滲む。
とても共感できる映画に仕上がっている。