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2009年3月17日火曜日

オペラ「ムチェンスクのマクベス夫人」




ドミトリ ショスタコビッチ作 4幕 3時間のオペラ「ムチェンスクのマクベス夫人」を観た。
原作は、ニコライ レスコフの同名の小説。

このオペラを 1934年にショスタコビッチが レニングラードとモスクワで、同時に発表したときには、26歳の新鋭の作曲家の登場に おおむね評判は良く 人々から受け入れられた。ヨーロッパにもアメリカにも紹介され、好評を得た。しかし1年半後、1936年がターニングポイントとなる。

1936年1月、たまたまオペラを観に来たスターリンは、内容に激怒して途中で退席した。その2日後「プラウダ」で、このオペラをケチョンケチョンに批評する文が無署名で掲載され、事実上これが上演禁止の絶対命令と解釈された。スターリンの直接介入である。何百万人もの人々がスターリン圧政下で粛清され、シベリアに送られた。ショスタコビッチも 身の回りのものを鞄に詰め いつ逮捕されてシベリアに送られても良い様に鞄を横に眠らなければならなかった。

1963年にショスタコビッチは このオペラをもとに、「カテリナ イズマイローバ」という題名で ベッドシーンを削り、かなり内容の変更をして発表上演した。しかし、もとのままの「ムチェンスクのマクベス夫人」の再上演は、1979年まで待たなければならなかった。

彼は リアリストで皮肉屋で 過激だったのだ。
はじめ、ショスタコビッチは ドイツのワーグナーの「ニーベルングの指環」のような長編の大きなオペラ4部作を作曲するという壮大なプランをもっていた。明確な人民の意志を持った力強いロシア女を描く構想も、正義を芸術に求めるスターリンの力によって破壊された。彼はこのあと、国外脱出もままならず スターリンの粛清の脅えながら、作曲を続けるが、オペラは作らなかった。

出演
カテリーナ:スーザン ブロック(ソプラノ)
愛人セルゲイ:サイモン オニール(テノール)
夫ジノーヴィ:デビッド コクララ(テノール)
父ボリス  :ジョン ウェグナー(バス)
オペラオーストラリアコーラス オペラバレエオーケストラ
指揮:サー リチャード アームストロング

そのスターリンを激怒させたストーリーは
第1幕
裕福な商人の妻、カテリーナは、父親に絶対服従で 妻には思いやりのない夫に不満で退屈な日々を送っている。夫の出張中、裏庭で使用人たちが 一人の女を集団暴行に及んでいる。中心人物は 女たらしで悪名たかいセルゲイだ。カテリーナは男達の間に入って 乱行をやめさせる。でもセルゲイに魅力を感じてしまう。その夜、セルゲイはカテリーナの寝室に忍び込み、カテリーナと結ばれ、二人は愛し合う。

第2幕
息子の妻が使用人と不貞を犯したことを知った父親、ボリスは激怒するが、カテリーナはすばやく ボリスを毒殺する。 カテリーナとセルゲイが愛し合っているところに 帰宅した夫ジノーヴィは、二人に撲殺されて、地下室に隠される。

第3幕
カテリーナとセルゲイは結婚する。幸せいっぱいの日に、酔っ払いがウォッカを探しに地下室に入り込み 死体を発見して事態が明るみに出る。 第4幕 カテリーナとセルゲイはシベリアに送られて強制労働に就いている。こんなところでも、セルゲイの女あさりは 止まらない。傷心のカテリーナの前で これ見よがしにセルゲイは新しい恋人ソニエッカと愛し合っている。カテリーナは そんな男のために殺人をしてきた自分に耐えられなくなって遂にソニエッカを海に突き落とし 自分も後を追う。 というおはなし。 ショスタコビッチの描いた「ロシアの強い女」カテリーナは 欲情に負けて夫、夫の父親、さらに邪魔な女も殺す。全く人間としての恥も プライドも 倫理観も 社会観もない女だ。

スターリンは第1幕の 一人の女が労働者に集団暴行を受けるシーンでショックを受け、直後のカテリーナとセルゲイのセックスシーンにダブルショックを受け、第2幕の父親殺しで もう我慢できず席を立ったのではないだろうか。音楽的評価はともかく、わたしも同じ思いだ。どんな状況であっても、それがちょっとした悪ふざけであっても、多数の男が一人の女をいたぶって面白がるシーンに耐えられない。たしかに、この時代の教育のない労働者にとって気晴らしといえば、酒と女だ。ひとりの女たらしが連れてきた女を 沢山の男で からかうのは面白いだろう。しかしこれを 舞台でやられるのは たまらない。

また 家に忍び込まれたカテリーナにとって、男の選択の余地はなかった。情欲を愛情と勘違いして ダブル殺人をやってのけたカテリーナは 実は強いロシア女などではなくて、可憐な女であり、被害者だ。原作者は 簡単に3人殺してのける女 カテリーナに「マクベス夫人」と言う名をつけた。手を血で汚したシェイクスピアの「マクベス」からきている。しかし、シェイクスピアのマクベス夫人も 殺人をせざるを得なくなり、嘆き、おのれを呪う哀しい女だ。

スターリンの怒ったオペラの内容はともかく、音楽は生き生きとして良かった。100人のコーラスが抜群に良い。コーラスも沢山でてくると、音に厚みができて、すごく良い。ソプラノもテノールも上手だった。

ショスタコビッチは13歳でぺトログラード音楽院で ずば抜けて才能あるピアニストとして注目をあびた。しかし、早いうちに父親に死なれて、経済的には苦労が絶えず、貧困の中で映画館で無声映画の音を即興演奏して生活していた。26歳でオペラを発表すれば スターリンに粛清の脅しをかけられ、スターリンが死ぬまで脅えながら作曲しなければならなかった。

交響曲を1番から15番まで作曲している。弦楽4重奏も1番から15番まで作り、業績はこのシンフォニーと4重奏で現代音楽作曲家として不動の地位を得た。シベリウス、プロコフィエフに並ぶ作曲家として 高く評価されている。重く、暗く、難解な弦楽4重奏。演奏者にとってはチャレンジであり、おもしろいかもしれない。でも自分はやめておく。