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2008年6月29日日曜日

ペッカ クシストのバイオリンコンサート


フィンランドの若いバイオリニスト ペッカ クシスト(PEKKA KUUSISTO)のコンサートを聴いた。
ペッカは、サイモン クロード フィリップ(SIMON CRAWFORD PHILLIPS)というピアニストを連れてきた。シテイーエンジェルプレイス A席$85.

30を越えたばかりのペッカ クシストが私は大好き。
チャイコフスキーコンクールで優勝したり準優勝したり、ジュリアードを主席で卒業したりした人たちが ごろごろいる日本。幼稚園の先生がスイスの国立音楽学校の卒業生だったり、ウィーンのバイオリンコンクールで優勝した人が普通の主婦やっってたり、大学のコンパで酔った学生が 余興で軽くラフマニノフ弾いちゃう様な子がいても誰も驚かない日本。500万円程度のバイオリンを持っている子供の数から言ったら恐らく日本が一番だろう。そんな日本では、ペッカは無名なんだけど。

6年前にオーストラリアチェンバーオーケストラの、リチャード トンゲッテイが、定期公演のときに、ゲストに、ペッカを迎えた。その時、プラチナブロンドのほっそりした、少女漫画から抜け出てきたような 華奢な青年がオーケストラをバックに モーツアルトのソナタを弾いた。とても、澄んだデリケートな音で、私は思わず 彼を モーツアルトを弾く為に生まれてきたような青年、と言って絶賛してしまった。

その2年後くらいに再び来豪して、今度はトンゲッテイとビバルデイを弾いた。
その後、映画「4」で、ビバルデイーの「四季」のうち、春を日本の奏者が、夏をオーストラリアの奏者、秋をニューヨークのバイオリニストが、そして冬を、ラップランドの国のペッカが弾いていた。雪で埋まった湖を友達達と民謡を歌いながら歩いたり、彼自身の家らしい暖炉の燃える丸太小屋で、沢山の友達に囲まれて音作りをしている映像が出てきて、楽しい映画だった。 何年もかけて、注目してきた若いバイオリニストなので、その後を知りたくて、聴きに行った。

プログラム
1)ジーン シベリウス:バイオリンとピアノの為のソナチネ 作品80番
2)フランツ シューベルト:バイオリンとピアノのためのソナタ 作品384番
3)ジョン コリグレアーノ:バイオリンソナタ 1963作

コンサート開始のっけから、ペッカは ピアニストと肩を組んでラップランドの民謡を歌った。続けて、彼のガダニー二のバイオリンを持って、次々と、ラップランドの民謡を弾いた。とてもよかった。
冬、雪の積もった音のない世界で遠くから語りかけてくる澄んだ音、詩情豊かな、情感いっぱいの歌。 シベリウスも「フィンランデイア」にあるような力強さではなく、透明でささやくような、北の風が聴こえてくるような 実にデイケートな音だった。雪景色のラップランドの情景が感じられる音楽だった。

ロシアから独立する前のフィンランドでは フィンランド人の愛国的士気が昂揚することを恐れたロシアから 「フィンランデイア」は 演奏することを禁止されていた。独立運動の前奏曲ともなった この曲はフィンランド人にとって 国の誇りだ。シベリウスが91歳で 亡くなった時、彼は国葬にされて 国中が喪に服した。

ジョン コリグレアーノというアメリカの作曲家の作品は シベリウスやシューベルトと比べて難解で技術的に大変でヘビーな ジャズのテイスト。でも、力強い 美しい曲だった。この作曲家、知らなかったが、1997年オスカーを取った映画「レッドバイオリン」を作った人だった。現代音楽作曲家は、多才だ。

ペッカはフィンランドの代表的音楽家ということで、世界各国のコンサートで すでにシベリウスを130回 弾いているそうだ。フィンランド政府から 1752年作のガダニー二を貸与されているが、芸術監督として、自分も若いのに、若い音楽家を養成するためのキャンプやプログラムを作って、盛んに活躍しているらしい。
ピアノストとの、いかにも信頼しあった同士と言う感じが、会話や音のやりとりでわかり、微笑ましい。彼の人柄の良さを感じさせる。苦しんで自分の音を作る孤高の人ではなくて、いつも友達に囲まれながら ジャズに傾倒したり、電子音楽をやったりしながらクラシックに捉われない音楽に挑戦している。お祖父さんもお父さんも作曲家、お母さんも、お姉さんの旦那さんもピアニストだそうだ。

ペッカのコンサートは、2夜のみ。1500席の会場は、熱心なファンでいっぱいだった。予定どうりの曲や、ペッカのジョークをまじえたトークも終わり、アンコールで沢山の曲を弾いたが、最後に、「これが最後の曲ですよ。これが終わったら、みんな家に帰って寝ましょうね。」と、言ってファンを沸かせたあと、弾いた曲は、ララバイ。

ミュートをつけて、その上 ピアニシモで弾かれる小曲が、会場では息をするのもためらわれる静寂のなかで、澄んだ透明な音が流れて、そして終わった。
心に残るコンサートだった。