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2021年4月1日木曜日

韓国のドラマ「愛の不時着」




娘がNETFLIXを見られるようにしてくれたので、さーて!何を見てみようか、とプログラムを見渡してみた。長いことテレビはニュースだけ、本気でテレビドラマを見たことがなかった。が、ドラマ「愛の不時着」が、「2020年NETFLIX日本で最も話題になった作品のトップワン」、欧米でも人気となり「NETFLIX最高の国際番組ナンバーワン」に選ばれた、またROTTEN TOMATOSで、97%を記録している、とある。
それならば、とクリックして見始めたら、これがおもしろい。第1話から第16話まで、24時間余りのフイルムを、3日で見終えた。やれやれ。

主要登場人物
ユン セリ:ソン イエジン(韓国実業家、財閥令嬢)
リ ジョン ヒョク:ヒョン ビン(北朝鮮第5中隊隊長)

私が感心したのは、人を愛するということは、その人と学びあい、一緒に愛を育てるということだ、ということが上手く描かれていたことだ。はじめに愛があるわけではない。愛は育てて初めて愛になる。パラグライダーで、竜巻に巻き込まれて韓国から国境を越えて北朝鮮に「空から落ちてきた」ユン セリは、若い実業家で頭脳明晰、ビジネスの実績をもち、美貌に恵まれているが、父と愛人との間に生まれた娘のため、継母から憎まれ、2人の血のつながらない兄たち夫婦からも嫌われていて、その孤独感から自殺を図ったこともある。ビジネスのために外面は華やかな社交をこなし、メデイアにもてはやされているが、内面は自分の殻に閉じこもり余計な会話をスタッフとすることもなく、スタッフに厳しく会議では雑音一つ、口答え一つ許さない。無能な兄たちをおいて、父親から後継者として指名され、さらに誰にも心を許さないでいる。

一方、北朝鮮の中隊長、ジョン ヒョクは人民軍政治局長の息子だが、優秀な軍人で父親の後を継ぐはずだった兄を事故で失い、ピアニストとして生きる道を自ら閉じ、留学中だったスイスから帰国して、兄の代わりに父親の望む軍人になった。一番仲が良く、大切にしていた兄を失った心の傷が大きすぎて、以来、人に感情を表したり、余計な会話をしたり親しい人間関係を作るのを拒否して、孤独でいることを自分に課している。しかし誠実な人柄で、4人の忠実な部下からは全幅の信頼を置かれている。

ユン セリがパラグライダーで落下したのは、韓国と北朝鮮の国境非武装中間地帯、それを警備中だったジョン ヒョクが発見する。そんな2人が出合い、ユン セリは生き延びるために、ジョン ヒョクは義務感から仕方なく自分の家にユン セリをかくまい、韓国に帰してやるために、尋常ではない努力をする。
2人とも傷つきやすい心を奥に秘め、外面は上手に社交できる大人だ。ユン セリが見つかった時、第5中隊の隊員が、韓国ドラマを見るのに夢中だったり、酒を飲んでいて警備を怠ったことで、ユン セリに弱みを握られジョン ヒョクは否応なくユン セリを匿うことになるが、検閲で問いただされて、あろうことか婚約者だ、とまで言って彼女を庇う。韓国から密入国すればスパイ容疑で、ただちに射殺か厳しい尋問をうけなければならないことをジョン ヒョクは良く知っているからだ。
そんな状況に陥っても、ユン セリはジョン ヒョクとその部下たちを自分の保護者としてちゃっかり利用するだけでなく、隊員一人一人の性格や望みを的確に読み取って、それぞれと堅固な人間関係を構築してしまう。唯一敵の陣地に入り込み、まわりの人々を自分の味方に引きずり込んでしまう手法といったら、みごとというほかはない。


ジョン ヒョクの部下4人の描き方が実にうまい。憎まれ口の言いたい放題、皮肉屋で粗野、酒に弱いのが弱点のピヨ チス曹長、無口で隊長に全幅の信頼と最大の尊敬を示すパク グアン軍曹、韓国ドラマに夢中のキム ジュモク中級兵士、極貧の田舎に親兄弟を残してきた17歳のクム ウンドン初級兵士。それぞれが純朴で魅力ある青年として描かれる。

しかしいよいよユン セリを韓国で行われるスポーツ大会に招聘された選手団に混じって逃がそうと空港に向かう途中、邪魔がはいりジョン ヒョクがユン セリの身代わりに銃弾に倒れると、ユン セリは怪我人の手当のために北朝鮮に留まる。ジョン ヒョクの犠牲的な態度にユン セリの心のなかに芽生えてきたものが愛情だったことに気付く。家族に愛されたことがなかったユン セリは、しかし自分の感情を表す方法を知らない。

一方、北朝鮮軍備にはびこる腐敗や、事故で死んだと思われていた兄が実は密輸グループによって殺されたという事実が浮かび上がってきたり、ロシアに留学していたジョン ヒョクの婚約者が現れたり、ユン セリの兄から巨額の資金を盗み取って国際警察から追われている詐欺師が北朝鮮に潜伏していたり、さまざまな出来事が起き、それを経て二人は少しずつ愛を育てていく。互いの自己犠牲を重ねていくことによって、それぞれがのっぴきならないほどに互いになくてはならない相手になっていく。一人で愛を育てることは出来ない。様々な局面で試される犠牲の積み重ねが、確かな愛情関係を築いていく。その描き方が秀逸だ。

それにしても二人が時間をかけて育てた愛がどんな細やかな形で相手に伝えられていくか、それぞれの描写が驚くほどだ。ユン セリが、使っていないジョン ヒョクの部屋で夜を明かした朝、彼の本棚の本を並べ変えて、タイトルを横から読むと「ジョン ヒョク愛している」のメッセージを残していく。ジョン ヒョクがユン セリの家を去る時、水しか入っていなかった冷蔵庫を食料で一杯にしていき、料理の仕方を残していく。睡眠薬なしで眠れないユン セリのために自分がピアノを演奏してその録音を枕元に置いていく。1年先までメッセージを予約できる携帯で、毎朝毎晩メッセージを送り続ける。その日ごとの暦を語り、メッセージを残し彼女の健康を気使う。
長さ80キロメートルの、いつ崩れて生き埋めになるかわからない古い坑道を、酸素のなしに這って通り抜け、北朝鮮から韓国にユン セリを救うためにやってきた男だ。ハリウッドばりのカーチェイスや、銃の打ち合い、カンフー的格闘もかるーくやってのけて、ユン セリの命を守り切る。フイルムをみながら、たくさんの女性たちのため息が聞こえてきそうだ。

韓国製ドラマの優れたところは、そういったメロドラマの見せ方の秀逸さだけではない。涙と感動の間に、上手に「笑い」を入れるところだ。失敗なしの完璧男ジョン ヒョクが地雷を踏んでしまったり、彼の部下たちの生き生きとした純粋で、まじめなだけに滑稽な姿、村の女たちの虚栄心、韓国セレブたちの競争心のおかしみ。ジョン ヒョクが韓国に潜入しているあいだ、刑事たちは北朝鮮のスパイとして街頭カメラや尾行で追うが、カメラでとらえた映像が、ジョン ヒョクが年寄りを助けたり、荷物を持った女性に手を貸したり、泣いている子供を世話したりする映像ばかり。模範的市民を表彰するためのデータ集めているわけじゃない、と刑事部長がキレるところなど、笑える。
主役並みにハンサムな、詐欺師とジョン ヒョクの婚約者との淡い恋なども、たくさん笑わせてくれて、最後に泣かせる。

笑いの後に深刻な涙っぽいシーンがあり、再び笑わせる、といった切れ目のない物語の抑揚が実に上手につけられていて、エンタテイメントとして成功している。笑わせて、しかしその笑いの裏にしっかりと描き出されるあたたかい人間性。悪い人がいない。素直な心で笑えて、気持ち良い。それはドラマに血が通っているからだ。人間社会には欲があり、悪がある。それをブラックユーモアで笑う醜悪な文化がある。しかしこのドラマは、人の心は育てあうことができる、と言っている。トマトの苗に10の誉め言葉を毎日言って育てると美味しい実がなる、とみんなが信じて小さな苗に声をかける。実直で、信じれば育つ、という確信が底辺に流れている。あたたかいドラマだ。

1話から16話まで、24時間余りを、ひきずられるようにして一挙に3日で見た。さすがにくたびれたけど、時間を無駄にしたと思わない。あなたは何日かけてこれをみるだろうか。