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2018年3月11日日曜日

15世紀のタペストリー「貴婦人と一角獣」を観る







1484年から1500年の間にフランドルで制作されたと言われている「貴婦人と一角獣」のタペストリーを観に、NSW州立美術館に行ってきた。
フランスの国宝だそうで、「中世のモナリザ」といわれている。フランスのカルチェラタンにあるクリュニー中世美術館の所蔵品で、ニューヨークメトロポリタン美術館に一度、2013年に日本に一度貸し出されただけで海外では展示しないと言われていたが、クリュニー中世美術館改装中の間、オーストラリアに貸し出されることになった。2月から6月24日まで。このタペストリーは、男装の作家ジョルジュ サンドが自分の小説の中で絶賛したために、世の注目をあびることになったと言われている。

15世紀に作られた作者不詳、作成動機不明、制作年月不明のタぺストリーが、フランス中部の小さな遺跡,ボウサック城で発見されたのが19世紀に入ってから。倉庫に丸めてあって、ネズミが食い襤褸のようになっていたタペストリーは、1841年の発見から、長い交渉の末、1882年に政府によって購入された。それ以来補修され、復元されて現在はクリュニー中世美術館によって収納展示されている。

6面のタペストリーは背景が赤色、そこに痩せて背の高い貴婦人と、花々と沢山の動物が描かれている。この貴婦人は6枚とも同じ女性とみられ、6面とも中央に立ち、右にライオン、左に一角獣をはべらせている。描かれている旗の紋章が、フランス王シャルル7世の時代に有力者だったジャン ル ヴィスト家の紋章なので、彼が自分の娘の結婚を祝って作らせたものではないか、と言われてる。

貴婦人の右に座るライオンは警護、従属を表し、左に座る一角獣は、純真、忠実、処女性を表す。花々のうち薔薇の花は純情、パンジーは幸運、ザクロの樹は繁栄を表す。6面のタペストリーすべてに、8匹以上の動物がいて、多いものには18匹の動物がみられる。たとえば犬(忠実)、猿(罪)、キツネ{狡猾)、ウサギ(繁殖)、ひつじ(無知)、たくさんの鳥、そしてマグパイは、マリアに受胎を告げた天使ガブリエルに例えられる。

6面のそれぞれに、どんな意味があるか解釈はいろいろあるが、人の5感を表すという解釈が有力。すなわち
第1面は、貴婦人がライオンと一角獣を横に置いて、花輪を作っている。これが臭覚。
第2面は、貴婦人が一角獣の角を握っている。これが触覚。
第3面は、貴婦人がアーモンドの実が入った器を持っている。これが味覚。
第4面は、貴婦人がパイプオルガンを奏でている。これが聴覚。
第5面は、貴婦人が自分の膝の上に一角獣の両前足を抱いて、鏡に映った一角獣の姿を見せている。これが視覚。
第6面は、宝石箱の中の宝石を手にした貴婦人で、第6感といわれる「魂の欲望」。貴婦人は宝石を、己の欲望のまま取り出そうとしているのか、それともいったん手にした宝石を戻そうとしているのか、不明。一貫して処女性を求めてきたが、欲望に走ろうとしているのか、それを押し戻して純潔を保とうとしているのか。
どのタペストリーも赤色をバックに、鮮やかな庭の花々と動物たちがバランス良く描かれていて、貴婦人は繊細で美しい衣服を身に着け、たたずまいは慎ましく、気品に溢れている。

始めてタペストリーの美しさに惹かれたのは、ローマだ。システインチャペルに入る前、バチカン教会に入るなり両側に並んだ、いくつものタペストリーに心を奪われた。彫刻でもない、絵画でもない、個人の作でなく沢山の人の気の遠くなるような根気と途方もない時間をかけて織られたタペストリーの見事なこと。こんな繊細な作業に携わる人々が居て、その一人一人が美の欲求にかられた芸術家であったこと。そんな結実であるタペストリーが、当たり前のように通路に架けてあって、人々はただ通り過ぎ、ほこりや汚れにさらされ、何世紀ものあいだ陽の光にさらされてきたことが、信じがたい。いま思えばローマはタペストリーも、彫刻も、絵画も何もかも、信じられないほどの美にあふれていて、このような空気の中で育ち、生活できる人々が、ただただ羨ましく思えた。

そこで、このフランスが誇る6面のタペストリーだ。
赤が素晴らしい。裏はもっと鮮やかな赤だそうだ。見えないけど、、。色がさめないように展示は照明がおとしてある。写真は撮れるがフラッシュは禁止だ。
ところでアーモンドの実の入った器を持つ貴婦人のタペストリーを見ていて、アッと声をあげてしまった。左端に居るのはタスマニアタイガーではないか。

タスマニアタイガーは、タスマニアに生息していた、オオカミの大きさでオオカミのような顔と声を持つ肉食動物だ。トラのような縞模様が体と尻尾にみられる。それでいて何と有袋類。この国にはカンガルー、コアラ、カモノハシなど有袋類動物の宝庫だが、中でもタスマニアタイガーの美しさは特別だった。絶滅させてしまった事は残念に尽きる。

このタペストリーが作られたのが1500年少し前。オーストラリア大陸はまだ「発見」されていない。まして端っこのタスマニアなんて、もちろん先住民族アボリジニの国だった。でもこのタペストリーにこの動物がいると言うことは、ジェームス クックがオーストラリア大陸を発見するより前の時代に、タスマニアにフランス人が来て、ジャングルでタスマニアタイガーに遭遇して、フランスの中部に戻って、その姿をタペストリーに復元したのか、、、という可能性は全く、、、ない。
これらタペストリーに描かれている動物のほとんどは一角獣を含めて想像上の生き物だったのでした。
写真はタスマニアタイガー