ページ

2015年4月8日水曜日

オーストラリアで老人介護

                  

日本では世界に先駆けて2013年に65歳以上の老人が3186万人、人口の4人に一人が高齢者となった。出生率低下、少子化、高齢者人口の急増などにより健康保険制度や年金制度の見直しが急務となった。日本だけでなく先進国では、高齢化社会が急速に進行しており、2050年には、世界人口の18%が65歳以上となり、一人の老人を3人以下の生産人口が支えることになる。

オーストラリアではまだ出生率が上昇しており、日本の直面する人口減はここでは当面ない。アジアや中東からの移民も増加する一方だ。しかし平均寿命の延長、高齢者人口の増加と、医療費の高額化によって、日本同様、国民健康保険制度をこのまま維持していくことは 難しくなってきた。国民健康保険(メデイケア)の自己負担率や、一般医による診療費の自己負担など、毎回国会で論議されている。

オーストラリアはイギリスからの移民によって開拓された国なので、個人主義が徹底していて、一般に日本のように子供が年老いた親を世話する習慣はない。年を取り自分の健康に自信がなくなった人には、2つの選択肢がある。
1)  リタイヤメントハウスと呼ばれるケアつきの集合住宅(日本の有料老人ホーム)に入居する。
2)  自宅にケアしてくれる人を派遣してもらって、掃除、洗濯、買い物の代行や、お風呂に入れてもらったり(ホームケア)、食事届けてもらったり(ミールアンドウィール)するサービスをコミュニテイーから受ける。
 しかし、認知症が出てきたり、排せつ障害が出てくると、最終的にはリタイヤメントハウスや、ホームケアだけでは安全ではないので、老人ホームに入居して24時間のサービスを受けることになる。公立の老人ホームも、有料の老人ホームも年よりにとって人生の終着駅だ。

自宅でホームケアを受けるか、老人ホームに入るかは、二人以上の医師と、老人病専門家による老人審査の判断によって決まる。審査の結果が出ると、そのあとは、その個人が持っている財産、年金、貯金高、恩給、株、金や宝石、美術品から所持する車まで、資産を全部審査される。これは強制だ。オーストラリアでは、銀行貯金を始めるとき、厳しい身分証明が必要で、銀行と税務署とは密接に連絡を取り合っていて、まったく秘密の隠し財産っを作ることができないシステムになっている。厳しい財産、資産の審査が終わると、ホームケアを受けたり、老人ホームに入居するのに、どれだけ自己負担しなければならないかが決まる。基本的に、老人ホームの自己負担金は、1日48ドル程度だ。土地も家も何も持っていない年寄りは、無料でホームケアを受け、老人ホームに行くことができる。お金持ちは、その財産の程度によって異なった自己負担額を支払わなければならない。

オットは半年前に喘息発作と肺炎と心筋梗塞と急性腎不全と尿毒症を起こして以来障害者となった。老人審査の結果では、希望すれば24時間ケアの老人ホームに入居することもできるし、好きな時に施設で短期(1年に84日間)療養することもできるし、自宅でホームケアを受けることもできるレベル、と診断された。
病院からは、これまで歩けなくなったオットのために、スポーツ物理療法士が20回余り、ソーシャルワーカーが2回、オキュペーションセラピストが2回、訪問看護士が4回自宅に来てくれて
様々な相談に乗ってくれたり、オットをよく動かして力になってくれた。オットの長期の入院と、その後の訪問医療は、すべて国民健康保険(メデイケア)と医療保険で賄われ、一銭も自己負担はない。また私にケアラーとして,月に50ドルほどの援助金が出るようになった。わずかだが、無いよりは良い。オーストラリアの保健医療制度に感謝している。

現在オットについて、良い事は、以下3点。
1)  ウォーキングステイックがあれば10メートルくらいは歩けるようになった。
2)  一時、記憶喪失が激しく認知能力も落ちたが、徐々に記憶が戻ってきた。
3)  精神的に健全で、ウツ状態には陥っていない。

しかしオットについて悪いことは、、、無限にある。
1) 週2-3回、一回5時間の腎臓透析を受けなければならなくなった。透析中、血圧の上下が激しいので、5時間のうち前後1時間ずつは、付き添ってやらなければならない。
2) 10メートル以上は歩けない。バランスも悪く、転びやすい。
3) 失業した。死ぬまで働くと言い続けてきたオットを、会社はあっさり首にした。最後の頃は体調が悪く、それでも行きたがるので車で送迎したが、職場で居眠りしたり失禁したりした。職場の判断が、やむを得ないのは解るが、毎朝早起きして職場に行きたがるオットを あきらめさせるのが本当に可哀想だった。
4) オットには友達が居ない。失業して社交相手がなくなり社会との接点がなくなった。
5) 趣味がない。私が相手をしないと何もしない。
6) 無収入になった。少し前まで私もオットもフルタイムで働いていたから老齢年金が出ない。
7) 多額の税金額を前に茫然としている。税金は前の年の収入に対して掛けられるので、無収入になっても払わなければならない。
8) 貯金がない。そんな習慣がオットにはなかった。

つくずく再認識させられたことは
1)  自分よりずっと若い男と再婚すればよかった。
2)  結婚前に貯金額を確認しておけばよかった。
自分の誤った結婚については、早まったとしか言い様がない。20年前に友人や知り合い一人居ないオーストラリアに、二人の娘を連れて移住してきた無鉄砲。着いて右も左もわからないうちに、いきなり結婚した無茶も、20年経ってから、しおらしく反省してみても始まらない。

オーストラリアメンバーズイクイテイ(ME)銀行が1500世帯を対象に調査した結果、オーストラリアの世帯の3分の1は貯蓄1000ドル未満だった。また、多くの家庭では緊急時や失業時の当面必要な3000ドル程度の調達が困難だ、という。貯蓄が習慣になってさえいる日本人には、1000ドル未満の貯金しか持っていないなんて、信じられないことだろう。しかし私がもっと驚いたのは、結婚してから互いに別会計だったので、オットの収入さえ詳しく知らなかったオットは、この多くの3分の1のお気楽オージーのお仲間だったことだ。貯金がなくても、もう年なんだから恩給や年金があるだろうと思っていたが、趣味が仕事なので死ぬまで現役で働くつもりでいて、年金など積み立てても居ない。どうして収入のいくばくかを貯金に回さなかったのか、今ごろ問い詰めても仕方がない。オツムが日本式ではない。収入いっぱいの生活をして、余れば旅行して遊んで使い切るスタイルがオージースタイルだった。

私はフルタイムで働きながら、オットの世話をしながら、生活を一人で支えなければならなくなった。誰もが社会の一線から引退して年金でつつましくも心豊かな老後を楽しむ年齢に、私は知らず知らずオットという大荷物をかかえて、走り続けなければならなくなっていたのだ。

オットが何かするたびに、何か言うたびに、文句やひとりごとで悪態をつきたくなるが、介護者としてトラブルを回避する方法は、以下4つ。

1) 冷蔵庫のドアだけでなく家じゅうの壁や柱に娘たちと孫たちの写真をべたべた貼っておく。ふと顔を上げたとき、愛らしい子供達の顔が笑いかけてくれる。娘や孫の笑顔は何よりも強力な現実逃避策だ。
2) あちこちに日本製ロイスのチョコレートを、すぐ口に入れられるようにして置いておき、オットがトイレを汚したり、1日に5回も洗濯機を回さなければならなくて、げっそりな時ごとに、すかさずチョコレートを口に入れて、その味わいに集中する。
3) オットと対面しているときは、笑顔で、片耳だけ髪にかくしてイヤホンでモーツアルトを聴いている。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲第1番、モーツアルトのバイオリンコンチェルト3番。自分が弾いたことのある曲を聴いているときはどんなに周りがうるさくても曲に集中できる。
4) ギターでシングアソングライター的即興で、がなりたてる。私は知る人ぞ知る(誰も知らない)作詞家で、「あなたが死んでも泣かないかもしれない」とか、「骨は青い海に沈めて」とかいう新作(珍作)を自分で歌うのだ。オットにはもちろん日本語がわからない利点がある。
以上だ。