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2014年12月12日金曜日
映画 「ダーク ホース」
ニュージーランド映画
監督:ジェームス ナピア ロバートソン
キャスト
ジェネシス:クリフ カーテイス
マナ :ジェームス ローレストン
この映画は、ニュージーランドの先住民族マオリ出身で、チェスのチャンピオンになったジェネシス ポテイ二の実話だ。彼は輝かしい全国チャンピオンの座を獲得したが、実は幼いうちに自閉症と診断され施設に入れられて家族と暮らすことも、学校に通うことも叶わなかった。何度も警察の世話にもなっている。映画では、マオリの映画ということで、マオリの人々の暮らしや独特の音楽や文化や習慣などを見ることができる。社会のマイノリテイーゆえに、「バイキー」と呼ばれるモーターバイクを連ねて走り回り、ドラッグなどの不法取引で生計を立てる人々が出てくる。今日のマオリの姿について何の知識もない人には,良きガイダンスになる。だからこの映画は、マオリの映画だというだけで観る価値がある。
オーストラリアに住んでいると、人々がニュージーランドを自分達の兄弟国と考えているのがよくわかる。文字通りの「マイト」だ。同じように英国領だったし、二つの大戦を英国軍として一緒に戦った上、いまだ英国女王を国の元首に据えている。ニュージーランド人(キウイ)がオーストラリアで学び、働くために、税金や国民保健や年金などでオーストラリアと同様の恩典があるので、若い時にオーストラリアに出稼ぎに来て、そのままオーストラリアに住み着く人も多い。オーストラリアの人口:2300万人。ニュージーランド450万人。二つの国では共通点のほうが多いが、先住民族に関しては異なる。オーストラリア先住民族アボリジニーと、ニュージーランドの先住民族マオリは、外見が似ている点も多いので同じ先祖かというと、これが全然ちがう。アボリジニはオーストラロイドという独立した人種だが、マオリはポリネシア人でクック諸島やタヒチなどから航海で渡ってきた人々だ。人種には、オーストラロイド、ネグロイド、モンゴロイド、コーカソイドに分けることができて、皮膚の色はこの順番で色が白くなっていく。最も黒色の濃いオーストラロイド、アボリジニは先住民族の中でも最も古い5万年から12万年前からオーストラリア大陸に定住していた。その数は100万人ほど。1788年にイギリスによるオーストラリアの植民地化が始まり、アボリジニーは入植者の狩猟対象となって虐殺されていく。なまけもの(入植者と価値観が違う)で、奴隷として働かせられないので、野獣と同じ「駆除」の対象になった。
マオリは、むざむざ絶滅寸前まで「駆除」されたアボリジニーと違って戦闘的、好戦的な性質を持っていてカニバリズムの歴史もあった。アボリジニーがオーストラリアの総人口の内たった2%弱なのに対して、マオリはニュージーランド総人口の15-20%に当たり、都市部では30%にもなり、同じ先住民族でも割合がずっと大きいので、マオリ文化抜きに、今のニュージーランド文化はないと言っても良い。ニュージーランド国歌は、はじめマオリ語、続いて英語で歌われる。ニュージーランド代表のラグビーチーム、オールブラックスは、試合前に必ず伝統舞踊「ハカ」を踊り、敵を目前にして「殺せ、殺せ」と威嚇する。シドニーに暮らしていて、ラグビーやオーストラリアンフットボールやボクシングを見ると、マオリ出身の沢山の選手が活躍しているのがわかる。また盛り場のクラブのガードマンや、銀行から集金して回る警備会社の人など、多くはマオリの筋骨隆々のお兄さんだ。すごく強い。
余談だが、外国旅行者むけのストリップ劇場で、日本人青年が酔って踊り子に触ろうとして、マオリのガードマンにパンチを食らって、病院に運ばれたことがあった。通訳に呼ばれて駆けつけてみると、青年は1発のパンチで上下顎関節が粉々になっていて、一本残らず歯がばらばらに壊されていた。上下総入れ歯と、顎の骨がきちんと整形できるまで何度も手術を繰り返し、彼は2か月近く流動食で命をつながなければならなかった。マオリのお兄さんとは喧嘩しない方が良い。
とはいえオーストラロイド、ネグロイド、モンゴロイド、コーカソイドはみんな混血が進んでいてごちゃごちゃになって明確に自分がどんな割合でどこに属するかわからない人も多い。人種が混じり合うことは自然のなりゆきだから、自分が属する言語と文化を大切にしつつ、自分の場所で自分の生き方をしていくことが大切かもしれない。世の中にはたくさんの文化があり、たくさんの言語がある。自分が使う言語、自分のなじんだ文化以外の言語や文化を自分のものとおなじようにリスぺクトして生きていくことが肝心だ。
映画のストーリーは
ジェネシスは、子供の時にほかの子供たちと少し違うようだ、と人に言われて病院に連れていかれて精神病院に入院させられた。そのまま家に帰って母親に抱かれることも、学校に行って同じ年齢の子供たちと遊ぶこともなく成長した。一人、幼いとき兄から習ったチェスを唯一の友として成長し、やがてジュニアになると、チェスのジュニア全国大会で優勝した。大人になってから病院を抜け出して街をうろついていると、必ず警察に探し出されて連れ戻される。そんなことを繰り返しているうちに彼も年をとり、身柄引き受け人がいれば施設を出られることになった。ジェネシスは自由になりたかった。たったひとりの身内となった兄に泣いて頼みこんで施設から出所する。兄はオークランドから少し離れた町を根城にするギャングだ。一人息子のマナが17歳になるとき、別のギャング仲間の家に養子に出す約束になっている。しかし息子のマナは暴力が嫌いな、気の優しい少年だった。ジェネシスとマナはすぐに仲が良くなる。
ジェネシスは街の子供たちにチェスを教えて、ジュニアチャンピオン戦に出場させることに決める。彼にできることはチェスだけだ。マナもチェスが大好きだ。そんなジェネシスに腹を立てた兄は、ジェネシスを家から追い出して、息子をギャング仲間に引きずりこむ。争いが嫌いなマナは、家を出されて公園に寝泊まりするジェネシスの後を追う。ジェネシスは子供たちに勝つためのチェスを伝授する。数か月が経ち、チェスの優勝戦と日となった。ジェネシスと子供たちがオークランドのチェス勝ち抜き戦の会場に行ってみると、びっくり。選抜戦に出場するジュニアたちは、私立の中学校に通う良家の子女ばかりだった。きちんと制服を身に着けたジュニアたちに迎えられて、小さな田舎の町から来て、貧しい服を身に着けたマオリの子供たちは、いやでも自分たちの肌の色を意識せざるを得なかった。それでもゲームが始まれば、ジェネシスにコーチされてきた子供たちは、たちまち元気を取り戻す。負けることを知らない。優勝決定戦に誰が勝ち抜けるのか、、、。というお話。
主役のクリフ カーテイスは、日本でいえば若いころの高倉健のような人。マオリの精悍な顔をした人だが、自閉症の患者を演じるにあたって目いっぱい太って、前歯などボロボロに欠けて間の抜けた顔になっている。殺されても仕方がない覚悟で、ギャングが立ちはだかる中を、マナを連れ出してくるシーンは、この映画の見所だろう。ジェネシスとマナという孤独な魂が融合する瞬間だ。子供はみんな生まれてきたときに、すでに特徴にある性格を持って生まれてくる。温厚で気の優しい子供に暴力の掟が通じるわけがない。それをわかっていて、社会のマイノリテイとして、ギャングとして生きることしかできなかったジェネシスの兄の悲哀も描かれる。
ストーリーは単純だが、こういったマオリの映画は、マオリ文化の案内者となってくれる。百科事典で 「マオリ」とは、という項目を読むより、この映画を見るほうがずっとわかりやすい。だから、こういう映画はマオリの映画というだけの理由で見る価値があると思う。
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