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2014年10月14日火曜日

死なないオット


            

娘の結婚式をクアラルンプールで済ませて、シドニーに帰り、通常の生活に戻って、ほっとしていたところ、オットが派手に倒れてくれた。
深夜、喘息発作で呼吸ができなくなり救急車で病院に運ばれてみたら、肺炎を起こしていることが分かった。救急室で抗生物質の治療を受けたが、呼吸が戻らず人工呼吸器を取り付けなければならなかった。そうしているうちに、血液検査で、トロポネントという酵素が血液に浸出していて心臓の筋肉が急速に壊れている最中だということがわかった。二度目のハートアタックだ。危機状態で夜が明けて、翌日にはクレアチニン値が600まで上がっていて、腎臓不全になった。クレアチニンの正常値は60から120だが、600まで上がって腎臓透析をせずに生きている人も珍しい。

オットはサンタクロース型体型で、おなかが重いのでベッドで起座状態で、人工呼吸器をつけていて、苦しくなると手足をバタバタさせて、マスクを外してもらいたがる。外すと自分でヒューヒュー呼吸しながら、のどが渇いた、水じゃいやだ、ジュース飲みたい、などと勝手を言う。オレンジジュースだ、リンゴジュースじゃいやだ、オシッコしたい、ウンチもしたい、吐き気がしてきた、だのと大騒ぎをしたあと、また呼吸ができなくなって、機械を取り付けられて口を封じられる。そんなことを漫画のように何度も何度も繰り返した。心筋梗塞を起こしているので、アンジオグラフィーと言って、造影剤を入れて動脈検査をしながら、狭くなった心臓血管にステントを入れて血管を拡張してやらなければ心臓の筋肉が死んでしまうが、それをすると造影剤のせいで腎臓が完全に死んでしまう。心臓を生かせば腎臓が壊死する。腎臓を生かせば心臓が壊死する。いずれにせよ肺にもたっぷり水がたまっていて呼吸ができないという絶体絶命状態でいた。

3人の呼吸器ドクターチーム、2人の心臓外科ドクターチームと、2人の腎臓専門ドクターチームが、顔を合わせて、次々と出てくる悪化するばかりの血液検査やCT検査結果に、表情を曇らせていた。この時点でどのドクターも、オットを救命できると思っていなかったと思う。
そんな中で、両目をぱっちり開けて、人工呼吸器のマスクを自分で引きはがし、ダーリン、ジュースちょうだい、ダーリン、おしっこーと、元気に叫びまくっているオットに、ドクター達は、ホホウという表情で互いに顔を見合わせていた。私は横で、いつもの通り甲斐甲斐しくオットを介助しつつ、全くコイツは、死ぬまでしっかり生きるんだなあ、、、と実感していた。

僕は死ぬまでリタイヤしないで、仕事を続ける。癌なんかでどこかが痛くなってもモルヒネは使わないでね。死ぬまでしっかり自分で自分がどういう状態なのかわかっていたいから。常日頃オットはそう言っているが、実際自発呼吸ができないような状態で脳に十分な酸素が送られないと、意識を失うか昏睡状態になるはずなのに、両目をしっかり開けて意識を保っていた。これは立派。
誰も眠らない救急室で24時間が経ち、ICUに移り、集中治療が続けられたが、オットと私に、3チームのドクターたちは、ずっと検査結果と治療について、何度も何度も説明してくれた。良くなります、みたいなオタメゴカシは、だれも言わなかったし厳しい現実だけをきちんと話してくれた。本当にこういう点は、オーストラリアのドクターたちは立派だと思う。

で、、、その日から12日経った。肺にはまだ水がたまっていて、呼吸が苦しい。心筋梗塞はどうしようもないので、薬で治療していて、腎臓も透析せずに何とか保っている。レントゲンや血液検査結果は入院時とあまり変わらない。机上のデータだけを見るとひどい重病人みたいだ。
しかし本人は毎食毎食が待ち遠しくて、よく食べよく飲み、早く仕事に戻りたいと叫んでいる。とっても元気。

公立病院だが食事の内容は、それほど悪くなく、朝8時にコーンフレーク、パンにヨーグルトと果物。10時にはお茶と、ビスケット。1時の昼食には、スープ、肉か魚かパスタとパン。6時の夕食にはスープと肉か魚とパンに何か甘いもの。夜8時には、お茶とビスケットという、最低限誰もが空腹で苦しむようなことはないように配慮されている。
ところがオットは朝ご飯が待ちきれないので、朝7時にパパイヤ、スイカ、メロン、イチゴ、キウイを切ったフルーツカクテルを、入院以来、一日も欠かさず届けなければならない。昼食も待ちきれないので、階下の売店に行ってそのつど希望の品、ケーキを珈琲を買いに行かされる。夕食後も夜中におなかがすくのでベッドサイドに果物などが十分あるかどうかを確認してから、帰宅している。

本当に死ぬまで死なない奴、朝7時に行くと目を輝かせて、何持ってきてくれたのと、ベッドでちゃっかり待っている奴。早く元気になって二人で一緒に階下のカフェでアイスクリーム買って食べようね、と何度も何度も言う奴。ああ、、、君のウェストが大きくなるごとに私の方は反比例していきそうだよ。