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2014年1月8日水曜日

映画 「ザ レイルウェイ マン」(鉄道員)

                                       


原作:「THE RAILWAY MAN」 エリック ロマックス
監督:ジョナサン テプリスキー
英豪合作映画
キャスト
エリック ロマックス: コリン ファース
妻、パテイー    : 二コル キッドマン
若いエリック    : ジェレミー アーヴィン
ナガセ タカシ   : 真田広之
戦友 フィンレイ  : ステラン スカースガード
ストーリー
第2次世界大戦、1942年2月、シンガポール陥落とともに、英国軍は日本軍によって武装解除させられた。鉄道技師だったエリック ロマックスは、捕虜としてタイ、ビルマ国境に送られて、鉄道建設に従事させられる。強制労働に駆り出された捕虜たちは、炎天下のなかをジャングルを切り開き、充分な水や食料を与えられないまま長時間働かされ、マラリアに罹患したり、栄養失調で、数えきれないほどの死亡者を出した。

エリックは6人の仲間たちと、密かに部品を集め組み立ててラジオを作り、BBCの受信に成功した。また仲間とともに、強制キャンプから脱出する機会を待っていた。しかし、隠していたラジオ受信機が監視兵に見つかり、6人は厳しい体罰を受ける。中でもエリックは首謀者として、一人隔離されて激しい拷問を受ける。当時、日本軍は対、ビルマ国境地帯のゲリラ攻撃に手を焼いていた。エリックたちが受信機を通じてゲリラと連絡を取り合っていたのではないかと疑われていたのだった。エリックは、連打や水攻めの拷問を受けて、傷だらけになって仲間のところに生還した。それは、連合軍の勝利と、英国軍捕虜解放の直前のできごとだった。

戦争が終わり、エリックは故郷に帰り、鉄道技師として勤める。そして、今や、何年も月日が経ち、人々は戦争のことなど忘れたかのように見える。エリックは、もう若くなかったが、恋をして結婚する。いっときの幸せな新婚生活ののち、妻、パテイーはエリックが、夜中に悪夢にうなされて激しい発作を繰り返すことを知る。何が原因なのか、エリックは堅く口を閉ざして、妻に何も語ろうとしない。問いただすと、エリックは、ひとりきり閉じこもってしまう。パテイーはエリックの戦友のフィンレイに、夫に何があったのかを聞き出そうとする。フィンレイは、パテイーの度重なる懇願に、堅く閉ざしていた口を開いて、自分たちが捕虜として強制収容所で、ひどい拷問を受けたことを話す。それを聞いたパテイーは、捕虜だった過去の心の傷のために一生を棒に振ってはいけない、このままではエリックは廃人になってしまうと、考え、打開策を考える。フィンレイも、エリックが6人の仲間の犠牲になって、首謀者としてひとり激しい拷問を受けたことで、傷ついていた。

そんな折、自分たちが収容されていた捕虜収容所が いまは戦争記念館になっていて、ナガセという日本人がその館長を務めているという情報が入る。忘れようにも忘れられない名前だ。ナガセが拷問をした。ナガセは日本軍の英語の話せる数少ない通訳兵だったので、エリックたちに尋問と拷問を繰り返した本人だったのだ。フィンレイは恨みを晴らすために、この男を殺しに行こうと、エリックを誘う。しかしエリックはフィンレイにさえ、心を閉ざして協力を断る。エリックは孤独に耐えられなくなってついに自から命を絶つ。親友の死を知ったエリックは、彼に背中を押されるようにして、かつての収容所に向かう。年を取ったナガセに再会して、エリックはナガセを殺そうとする。しかし一切言い訳を言わないナガセに向かって、エリックはナイフを突き立てることができない。そして、ようやくナガセは語りだす。ナガセは自分が戦時中に侵した罪を償うために、記念館を維持することにしたのだという。エリックはイングランドに戻る。そして、数年後妻のパテイーを連れてナガセのもとを訪れる。二人は和解し、死ぬまで友人として互いに尊敬し合って生きた。 という本当のお話。

タイトルが「ザ レイルウェイ マン」(鉄道員)で、主演がコリン ファースだと聞いたときは、浅田次郎の短編小説、「鉄道員」(ぽっぽ屋)を思い浮かべた。この英国版で、高倉健の役をコリン ファースが演じるとしたら、ファースは適役だ。でも 違って、鉄道が好きで好きで仕方がない鉄道技師の戦争体験の話だった。
戦勝国オーストラリアに、敗戦国からきて暮らしていると、ときどき自分の居場所がないような気にさせられる時がある。それがアメリカだったら、「パールハーバー」だろうし、オーストラリアだと「タイ ビルマ鉄道」だ。1942年にシンガポールの陥落によって、捕虜となった連合国兵が3年半にわたって収容所でビルマ鉄道建設に従事させられた。鉄道建設の枕木の数だけ死者を出したと言われる、悪名高い鉄道建設だった。死者の多くがオーストラリア兵だ。オーストラリア兵の第2次世界大戦の戦死者17000人に対して 捕虜の死者は8000人に上る。その多くが日本兵によるサンフランシスコ条約違反した捕虜虐待によって死亡した。投降したにも関わらず、水も食糧も与えずに強制労働させた日本軍の罪は大きい。

映画のテーマは「赦し」だ。戦後何十年経っても未だに拷問されたときの恐怖心から逃れられない元捕虜と、直接拷問に手を染めた元日本兵、、、どちらも戦争の傷から治ることができないでいる。どちら側に立つ男も、戦争前には単なる市民だったのであり 戦争に巻き込まれ戦場という異常な状況に翻弄された、いわば被害者でもある。この映画は宗教を超えて、民族や思想を超えてエリックとナガセが和解できたのは、ナガセの心からの謝罪によるところが大きい。はじめに謝罪あり、だ。それなくして和解はない。

戦争がもたらす帰還兵の心の傷とトラウマは、深刻だ。日本のPKOがイラク派遣をしたとき、陸上自衛隊5500人、航空自衛隊3600人、連絡要員、幹部を含めると1万人近くが派遣された。一人の戦死者も出さなかったが、彼らの帰還後、陸上自衛隊員で19人、航空自衛隊員6人が自殺しているという。ー(半田滋「集団的自衛権行使は何を守るのか」)
アメリカではこのPTSD、心理的外傷後ストレス障害は、より深刻だ。戦争で仲間が残酷にも血を流しながら死んで行ったり、女子供を殺したり、孤立無援の場に置かれたり、恐怖に長時間さらされたりする経験を持って帰国しても、普通の生活に戻ることができない。パニック障害、うつ病、フラッシュバック、睡眠障害などに陥り自殺者も多い。米軍帰還兵の3分の1が PTSDに悩まされているといわれ、自殺率は男性兵士で普通の人の2倍、女性兵士では、普通の人の3倍の自殺率を記録する。イラク、アフガニスタン帰還兵220万人のうち、自殺者は、年間6500人で、戦死者よりも多いという結果が出た。

人は脆い、壊れものだ。人を殺して元の自分に戻ることはできない。
映画の中で、二コル キッドマンが、「彼に、もどってきてほしいの。」と夫の親友に訴える切実さが、光っている。それと、最後に元日本兵を殺しに行って何も果たせずに帰ってきた夫を全力で抱きしめながら妻が言う。「あなた、迷子になっていたのね。おかえりなさい。」とても共感を呼ぶ言葉で胸に沁みる。憎しみの海で迷子になっていた男が、赦すことを知って、元の自分に戻ってくる。長い長い旅が終わったのだ。

若いころのエリックを演じたジェレミー アーヴィンが好演している。コリン ファースや二コル キッドマンの熟練した演技に負けていない。真田広之がとても良い。日本人俳優の中では、一番きれいな英国英語を使える俳優だ。高倉健や渡辺謙などの全く聞き取れない英語とは比べようもない、きれいな英語だ。強い意志を持った男の良い顔をしている。