ページ

2013年2月22日金曜日

パリ国立オペラ公演「カルメン」



パリ国立オペラオーケストラ
パリ国立オペラ合唱団
パリ国立オペラ児童合唱団
指揮:フイリップ ジョーダン
監督;イブ ボウネシー
キャスト
カルメン:カテリーナ アントナテイ
ドンホセ:ニコライ シヨコフ
ミケイラ:ゲニア クメリール
エスカミリオ:ルドヴィック テジエール
メルセデス:ルイス カリナン
フラスキック:オリヴィア ドライ

一番好きなオペラは、「カルメン」と「アイーダ」。
この二つのオペラは何度見ても 誰が演じるのを見ても新しい感動をもたらせてくれる。ひとつひとつの音楽が感じさせてくれる胸の高まり、興奮、悲哀、歓喜、安らぎ、怒り、憤怒、、、観ていて舞台に立っている人とともに 喜び、怒り 悲しみ 楽しむ。椅子に座っているのは体だけで、オペラの間中 自分の魂が舞台の中で 役者たちに交じって飛び回っている。主演女優とともに、恋をして男を捨て、憎しみに震える。こんな体験ができるのはオペラだけだ。演じながら、声の限りに歌いつくす声楽のエネルギーに、観ているものが完全に取り込まれてしまうオペラの魔力というものだろう。
パリ国立オペラの去年12月の出し物「カルメン」のハイデフィニションフイルムを映画館で観た。たった2か月前に パリで公演されたオペラを こんなに早くシドニーで観られるなんて 何て嬉しいことだろう。

ジョルジュ ビゼーは一年以上かけて作曲した、このオペラが不評だったために、心臓を悪くして37歳で失意のもとに死んだといわれている。チャイコフスキーは彼の死後、「カルメン」は世界一人気のあるオペラになるだろう と予言した。ビゼーの死後、たくさんの作曲家や演出家によって、手が加えられて今日の姿になったが、事実、「カルメン」は フランス語で書かれた最も人々に愛されるオペラになった。

余りに有名なストーリーだが、一言でいうと、三角関係の末、別れた男に殺される女の話だ。背景にセビリアの独立運動やジプシーへの差別社会が存在する。現在でも スペインは、最大で深刻な問題、バスク地方の分離独立運動を抱えている。
主人公カルメンは バスク地方の出身のジプシー。スペイン政府からは二重に差別されている上、反政府盗賊団の一員だ。カルメンのために身を持ちくずすドン ホセもバスク地方の出身。立身出世が困難な立場だが、軍隊に入団して国のために忠誠を尽くすことで 堅実に生活の糧を得て、国に残してきた母親を楽にさせたいと願っている、誠実な青年だ。
タバコ工場で働くカルメンは 気の合わない女ボスを口論の末、ナイフで刺し殺そうとして 治安軍に拘束され、鎖につながれるが、見張りのドン ホセに「あなたも同郷者じゃない、そんな女を縛り付けるの?」と情に訴え、激しく愛を乞うダンスを踊って誘惑した末、すきを見て逃亡。ドンホセは 罪人を逃亡させた罪で留置される。数か月後、懲役を終えてカルメンに会いに来たホセは、カルメンと愛し合う。しかしカルメンを口説きに来た上司を、嫉妬から切りつけてしまい、もう軍には二度と帰れない身になってしまう。
カルメンとホセはジプシーの盗賊団の一行とともに、山に移動して軍の駐屯地を襲い武器を奪う。帰る場のなくなったドン ホセはすぐにカルメンから飽きられる。カルメンは闘牛士エスカミリオに心移りし、やがて招待された闘牛場の場外で ドン ホセに再開。カルメンと再び愛に生きることしか考えられないホセに愛を乞われ それを無碍に断ったカルメンは殺される。

このオペラのどのシーンも、素晴らしいが、一番華やかなシーンは 最初と最後だ。
最初の町の中心、井戸のある広場の喧騒のシーン。
駐屯している軍の交代時間になると軍人たちの行進に合わせて 子供たちが行進のまねをしたり、井戸の周りで一休みする兵士たちに物売りが集まり、タバコ工場で働く女工たちが、休憩時間に井戸で一服するのを待ち構える男たちで、大変な喧騒だ。100人あまりの男声女声合唱団や児童少年合唱団が、走ったり、水浴びしたり、跳ねたり跳んだり それぞれの役を演じながら歌う。田舎からドン ホセに会いに来たミケイラが 兵士たちにからかわれたり、タバコ工場の女工と男たちのやり取りがあったり、役者たちが、舞台の上をひしめいている華やかなシーンだ。舞台の隅から隅まで小さな子供たちまで一人もボーとしていないで、役を演じて「街の喧騒」を立派に演じている。舞台だから当たり前かも知れないけれど、初めて見たときは、その見事さにびっくりした。とても楽しいシーン。その喧騒の只中に カルメンが出てきて「ハバネラ」(野の鳥)を歌って、男たちを魅惑する。野の鳥は自由の鳥。誰にも手なずけられたりしないものさ、、、と言うわけだ。

また最後の 闘牛場の華やかなシーンも素晴らしい。美しい闘牛士たちがマタドールに身を包み堂々と舞台をうねりながら行進し、人々が歓声で迎える。子供たちがパレードに付き従い 道化師や、一輪車の軽業師たちや 着飾った紳士 淑女がカーニバルを楽しむ。ここも100人の歌手とダンサーがそろって豪勢で華麗な舞台が繰り広げられる。そして、人々が闘牛場に入ってしまうと、広い広場にカルメンとドン ホセだけが取り残される。静寂と死。

実によくできたオペラだ。今回のカルメンは 首を絞められて殺された。オペラオーストラリアの前作ではピストルだったし 2年前のイギリスロイヤルオペラのはナイフだった。オペラオーストラリアの公演では 盗賊団とともに山い向かうカルメンに 本当の馬に乗せて歌わせた。リハーサルで馬から振り落とされて足を捻挫しながらの公演で主演歌手は大変な思いをしたそうだ。
闘牛士エスカミリオが 初めて登場する場面で馬に乗って出てくる舞台もあったし、カルメンにカスタネットを持たせて色っぽいフラメンコを躍らせる舞台もあった。

今回の公演で秀逸だったのは、エスカミリオの素晴らしいバリトンだった。ルドヴィック デジエールって、どこの国の人だろう。今までみたカルメンで、いつもエスカミリオは、見たところ立派なのに声量が足りなかったり、闘牛で牛を避けるどころか避けることもできなさそうな巨体で醜かったり なかなか満足な人に会えなかったが 今回のエスカミリオには大満足。それとミケイラのソプラノが 力強いソプラノで、真っ青な秋の空を突き抜けていくような晴れ晴れとしたソプラノで、びっくりした。ゆるぎない 立派なパワフルなソプラノ。舞台の隅々まで声が行き渡る。端役にはもったいない。

主役のカルメンは平均点か。イタリア女性にしては 歌は良いが演技にジプシーの激しい性格が表現されていなかった。金髪のカルメンでは、ちょっと迫力に欠けるということか。しかし、ニコライ シュコフのドン ホセは、とても良かった。演技力も歌も申し分ない。最後のカルメンを殺すときなど、女に、「もう顔も見たくない、好きじゃない、」と言われているのにしつこく 偏執狂みたいな’顔で 無理にカルメンにウエデイングドレスを着せて、そのリボンで首を絞めるところなど、本当に怖かった。カルメンを見る目など、完全の狂人の目になっていて演技と思えない真迫力にぞっとした。すごいな。歌いながらここまで役柄に打ち込めるのか、と感動した。

また、指揮者のフィリップ ジョーダンが素晴らしい。若くてハンサム。華麗で闘牛士みたいに、切れの良い、素晴らしい指揮で、目を奪われた。写真は彼の姿。

本当に身も心も満たされたオペラの午後。
おまけに、映画館には ボトルでない樽のイタリアビール ペリー二がある。ボトルより数倍美味しい。3時間余りのオペラを観て渇いたのどを潤して、景気よく闘牛士に唄を歌いながら 運転して帰ってきた。音楽は本当に何と人を幸せにしてくれるのだろう。