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2013年1月19日土曜日

映画 「ヒッチコック」

                                                                                           
                                                                               
原題「HITCHICOCK」
監督:サーシャ ガヴァン
キャスト
アルフレッド ヒッチコック:アンソニー ホプキンス
アルマ レヴィル:ヘレン ミレン
ジャネット リー:スカーレト ヨハンソン
アンソニーパーキンス:ジェームス ダーシー

アルフレッド ヒッチコックは「サスペンスの神」と言われて、後続の映画人に多大の影響を与えた。ジャン リュック ゴダールや、フランソワ トリュフォーなど、ヌーベルバーグの旗手達からは、神様のように崇拝された。(今になって思えば 神はヒッチコックではなくて ドナルド チャップリンの方だったと思うけど。)彼は、ロンドン生まれのアイルランド人。27歳で、監督で脚本家だったアルマ レヴィルと結婚。二人してハリウッドに移ってから、サスペンス、犯罪物の白黒映画で大成功した。

自分が映画好きになったのは 多分にヒッチコックの影響による。小学生高学年から中学生のころ、テレビで1時間物のヒッチコックシリーズが放映されていて、ヒッチコックが番組の後に登場して、解説をする。物語のなかに、ヒッチコック本人がさりげなく通行人や 特徴のある体形の本人の「影」などになって出演していて、それを探すのも面白かった。
普通の人が、とんでもない人違いで事件に巻き込まれたり、二重人格の人の恐ろしい犯罪が起きたり、善良そうな夫に保険金を掛けられて 妻が殺されそうになったり、効果音を使って、恐怖心が煽り立てられる。ドキドキ、ハラハラ 怖がりながらも画面から目を離せない。事件のキーになる物、電話とか鍵とか色とか音を、実に上手にハイライトさせて、あとで「ああ そうだった。なるほど。」と、納得させて事件の解決をみる。観ている時は気がつかないが、「ダイヤルMを廻せ」では撮影に 普通の電話の倍も大きな電話を使って「事件のキー」を暗示していた。さりげない会話が 後で重要な事件解決の鍵を暗示していたりもする。
サスペンスは いわば作り手と観客の頭脳ゲームのようなものだから、画面ひとつ見逃せない。そんな映画の面白さを教えてくれたのが ヒッチコックだった。

ハリウッド パラマウントも、当時の最高の男優、女優を彼の映画のために提供したと思う。
1940年の「レベッカ」では、ローレンス オリビエと、ジョーン フォンテイーン。1945年の「白い恐怖」では グレゴリー ペックとイングリッド バーグマン。1946年「汚名」では、ケイリー グラントとイングリッド バーグマン。1954年の「ダイヤルMを廻せ」では、レイ ミランドとグレース ケリー。54年の「裏窓」では、ジェームス スチュワートとグレース ケリー。「泥棒成金」では、ケイリー グランドとグレース ケリー。1958年「めまい」では、ジェームス スチュワートとキム ノヴァック。1959年の「北北西に進路をとれ」では、ケイリーグランドと エバマリー セイント。1960年の「サイコ」では アンソニー パーキンスとジャネット リー。1963年の「鳥」では ロッド テイラーと、テイッピ ヘドレン。1964年の「マーニー」では ショーン コネリーとテイッピ ヘドレン。1966年の「引き裂かれたカーテン」では、ポール ニューマンとジュリー アンドリュース、、、などなど、これだけ豪華な役者達を自由自在に使って自分の映画を作った。すごいなー。彼の映画をほぼ全部みている自分にも 少しあきれる。

彼の映画の中で、一番好きな作品は、「レベッカ」1940年作だ。年の離れた男の屋敷に、後妻として迎えられた幼妻ショーン フォンテイーンを震え上がらせる前妻レベッカの影、、。ラストシーンで、レベッカの付き添い女中が屋敷に火を放ちレベッカの影とともに、炎に焼かれて狂い死んでいくシーンなど、怖くて怖くて映画を観たのは10歳前後だったのに、昨日見た映画のように克明に記憶している。
1969年作の「サイコ」はやはり、映画史上に残る名作だろう。映画「ヒッチコック」は、この「サイコ」を作る過程を描いた作品だ。

ストーリーは
「北北西に進路を取れ」が 思いのほか製作費がかかったためパラマウントには予算がない。ヒッチコックは、実際に起った女性大量殺人のノーマンべイツ事件をもとに人格障害でサイコパスの男による残酷殺人事件の映画を作ることに決めていた。犯人は母親しか愛せない男で、母親がすでに死んでいるのにミイラ状態になった母親を抱いて眠る。歪んだ性衝動は若く美しい女性を殺して切り裂くことで解消していた。映画のタイトルは「サイコ」。

当時、「サイコパス」(精神病質)という医学用語が一般に知れ渡っていなかったし、女性大量殺人のような「きわもの」を扱うのは、B級のグロテスクえいがと決まっていたので、ヒッチコックのアイデアは パラマウントに受け入れてもらえなかった。そのためヒッチコックは 自宅を抵当に入れて、自分で資金を作り、低予算の白黒映画「サイコ」に取り掛かった。

自分も監督だった妻のアルマは、おもしろくない。主役になるジャネット リーを、初対面ですぐに気に入ってしまったヒッチコックを見ていて、「あ、またか。」と夫の悪い女癖に腹が立つ。アルマは脚本家のウィッドフィールド クックと共に、ヒッチコックの次の作品の脚本をすでに用意してあった。にも拘らず夫はそれを読もうともしない。夫に愛想がつく。一方、ウィッドフィールドはアルマを女王様のように扱ってくれて優しい。女心がなびかないわけが無い。彼はアルマのために海沿いに家を借りた。子供のようなヒッチコックの世話に疲れると、アルマはその海の家でウィッドフィールドと肩を並べてタイプライターをたたく。
それに気がついたヒッチコックは アルマとぶつかり合い、怒鳴りあい、責め合う。しかし、ヒッチコックが過労で倒れたのを機に、アルマは自分を必要とする夫のもとに帰る。以降、二人三脚で作り上げた低予算映画「サイコ」は、大成功する。というお話。

太って特殊メイクを施したアンソニー ホプキンスより、妻役のヘレン ミレンの演技が素晴らしい。夫への「嫉妬」と「諦念」。若い男への少女のような「憧憬」と「落胆」を、みごとに表現している。
エドガー フーバーを演じたデカプリオ、マーガレット サッチャーを演じたメリル ストリープ、マリリン モンローを演じたミッシェル ウィリアムズ、アウンサン スーチーを演じたミッシェル ヤオ、、、ここでヒッチコックを演じたアンソニー ホプキンスが加わると、比較してちょっと、がっかり。本物のヒッチコックのかもし出す、おっとりしたユーモラスな姿の印象が強すぎて ホプキンスがヒッチコックに見えない。

「サイコ」の主人公はアンソニー パーキンスなのに パーキンスのそっくりさんジェームス ダーシーなど、2時間余りの映画のうちの数分しか出番がなくて、これではあんまりじゃないか。でもそれは、「サイコ」でパーキンスに殺されるジャネット リーのシャワーシーンが有名になりすぎたからかもしれない。特殊効果音とともに サイコパスに襲われるシーンの怖さは本当に並外れて怖い。

映画の中でヒッチコックが、ジャネット リーの気を引こうとして、アルマが妊娠してしまったので僕達は結婚せざるを得なかったんだ と言うシーンがある。また、アルマはアルマで 若い脚本家に 私が先に映画監督だったのよ。ヒッチは助監督だったんだから、、、と言うシーンもある。浮気は後ろめたい。だから浮気に走る口実が要る。
ヒッチコックは もう30年あまり結婚生活をしているのに むかしむかし妻が妊娠してしまったからやむなく結婚したという口実で 若い女性との浮気の口実にしてきた。アルマは自分も才能があったのに ヒッチだけが脚光をあびて有名になり自分は裏方役に押し留められている不満を隠せない。
ヒッチコックは 大きな子供のように、短気で感情を抑制できない。怒ると馬鹿食い、がぶ飲みを止められなくなって、ほとんどアル中。おまけに映画に出演した女優に次から次へと手を出す。そんな 現実のヒッチコックが、自分がイメージしていた上質のユーモアを持った紳士のイメージに そぐわない。イメージが重ならない という違和感が映画が始まって終わるまで消えなかった。「サスペンスの神様」も 所詮俗人です、と言われて なんか、ちょっと、しょげてしまった。