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2012年1月9日月曜日
映画「マーガレット サッチャー鉄の女の涙」
映画「THE IRON LADY」邦題「マーガレット サッチャー鉄の女の涙」を観た。
鉄の女と呼ばれた元英国首相マーガレット サッチャーをメリル ストリープが演じた。声、発音、イントネーション、スピーチ、顔つき、歩き方やしぐさまで、全くそっくりで本人と見分けがつかない。これで、今年のアカデミー主演女優賞は決まりだ。ストリープが受賞するに違いない。
http://yourmovies.com.au/movie/42877/the-iron-lady
ストリープは、サッチャーが保守党党首に立候補するころの若い頃から 現在86歳のアルツハイマーを発病して足元がおぼつかない姿まで、本当に迫力のある演技を見せた。顔の大写しが多いが、しわだらけの化粧の技術も巧みだが、年寄り独特の不随意に動く口元や 震える手など本当に本物の年寄りとしか思えない。ストリープはすごい。怪物だ。女版、ロバート デ ニーロと言われている。役を引き受ける前に、役について徹底的にリサーチして完全に役柄になりきることに努力を惜しまない。アカデミー女優賞のノミネート16回と女優では最多。ゴールデングローブも 26回ノミネイトされ、6回受賞している。
1985年「愛と哀しみの果てに」(原題アウト オブ アフリカ)では、デンマーク人のアクセントで デニッシュイングリシュを駆使してロバートレッド フォードの相手役を演じた。2005年「マデイソン郡の橋」では、イタリア語なまりの英語でクイント イーストウッドの相手をしていたし、2008年には、59歳で、「マンマミーア」で、アバのまねをして10センチも高いヒールで飛んだり跳ねたり歌って踊ってみせた。
でも私が一番好きなストリープの作品は、1982年の「ソフィーの選択」だ。原作ウィリアム スタイロンの小説も良かったが、映画も素晴らしかった。 この映画で彼女はポーランド語を習得して、ポーリッシュなまりの英語に徹し、ナチズムに翻弄される女を演じてアカデミー主演女優賞を受賞した。映画で、ナチスに5歳の息子か3歳の娘か どちらかを渡すように命令されて、殺されるとわかっていて娘を渡した。その罪悪感と後悔に責め立てられて、共に死んでくれる相手を求めていた恋人と自滅していくしかなかった哀れな母親の役で、心理俳優として、名実共に認められた。
「マーガレット、、」では サッチャーが下院議員選挙に初めて立候補して落選する25歳のころから 結婚し、保守党党首となり 辞職して現在に至るまでの日々が描かれる。はじめは、女性の社会進出を願い、尊敬する父親や理解ある夫の強力を得て、弁護士から下院議員になる。そうしているうちに、次々と与えられる課題に突き当たって やがて11年間もの間 首相を務めることになる女性の意志の強さに圧倒される。そんな鉄の女が、家庭思いの夫を心のよりどころにする 普通の女で、年をとってもハイヒールを履いてきちんと化粧をする。外出時にはきちんと帽子を被る、そんな頑固な女性の意地の強さも立派だ。立派に彼女なりのスジを通したが、首相としては庶民にとって、決して良い首相ではなかった。
経済自由主義の信奉者だったサッチャーは、電話、ガス、空港、航空、水道などの国有企業を規制緩和し、民営化し、労働組合を潰し、法人税を値下げし、消費税を8%から15%に引き上げた。インフレを抑制するためにイングランド銀行に大幅な利上げをした。教育法を改革し、学校の独自性を認めず全国共通の教育システムを強制、教科書も一本化しテキストから「自虐的」人種差別や、植民地支配の歴史を抹消、改正した。医療制度を改革し、健保受給者を減らし 病人、身障者を切り捨てた。失業者を増大させ、貧富差を広げ、社会不安に陥らせた。
彼女ほど保守派政治家が政権を取ると、いかに権力者、資本家、経営者が肥え太り、庶民が窮民に陥るかを 絵に描いたように明確に見せてくれた首相は他に居ない。また、確たる理由もないのにアルゼンチンと戦争を初めて国民の愛国心を煽り、扇動することで首相の支持率を過去最高の73%にまであげるという実験をしてくれた。1982年南太平洋フォークランドでアルゼンチン軍攻撃の件だ。このことで、国内の失業者上昇、IRAとの摩擦、貧富差の拡大などの問題から国民の目をそらすことに成功した。
1980年代は、サッチャーの信奉する新自由主義という妖怪が 世界で跋扈した。自由な市場に任せておけば すべての経済活動は解決するとし、「生産性に応じて報酬がもたらされる。」と考える新自由主義は、2008年リーマンブラザーズの経営破綻が金融システム全体を崩壊させたように、理論的にも現実的にも破綻している。
資源に限りがある以上、経済成長をし続けなければならない自由主義経済を維持することは不可能だ。そのような中で 政府に求められるのは雇用を管理し、金融の安定を維持することだ。市場経済を金融企業に自由に増長させるのではなく、市場経済を管理しなければならない。
現在のギリシャに始まりイタリアやその他の国に飛び火しているユーロ危機は、ユーロのそれぞれの国の租税システムや内政に干渉できない結束では、結束そのものに限界がある。強いドルに対抗してユーロが出来ても 参加国が増えすぎて、いったん問題が噴出すると、借金を借金で返済していくしかない現在の解決方法では、ドイツやフランスに債務危機を解決できるとは思えない。
また、米国など、消費支出の37%が上位5%の高額所得者によって占められているが、このような貧富格差社会では、今後失業者が減り、景気が好転するとは思えない。
八方塞りの経済情勢のなかで、いまになって、やっぱりマーガレット サッチャーが良かったみたいな 彼女のような強い指導力が再評価される流れが出てくるとしたら、それは間違いだ。彼女の時代を懐かしがるのは、余裕のある金融企業家や資本家だけで良い。
女性の地位向上に貢献したことでサッチャーを評価するが、その経済政策が、たくさんの失業者をどん底に突き落とし、無数の自殺者を出したことを忘れてはならない。
映画は、映画として、とても良くできている。