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2010年7月19日月曜日
パトリシア コパチンスカヤのヴァイオリンを聴く
素足でちょっと猫背の黒髪の美女が スタスタと舞台に上がり、右の眉をちょっと動かして合図を送っただけで コンサートが始まった。
団員全員が合図とともに 透明な ものすごく美しい音を紡ぎ出す。21人の弦楽器奏者が 生き生きとしたハーモニーを作り 盛り上がり歌う。誰一人として 彼女の合図を見逃さない。オ-ケストラ団員達の集中力がすごい。それをひきつけている 彼女のパワーにもあきれるほどだ。そんな彼女が、オーケストラをバックに独奏を始めると 矢継ぎ早のテクニック、熱に浮かされたような独演に、彼女の素足の足踏みの音が入り、突然彼女が歌いだす。ヴァイオリンの音と 激しいピッチカートと弦を擦る音、ハープシコードの弦まで擦っていた。聴いたことの無いような和音が入り乱れる。音の洪水。
そして、突然、団員全体が何の前触れも無く止まり、静寂が訪れる。一糸乱れぬ統制力。
ブラボーの声がとびかう。
こういう音を作り上げる 指揮者も偉いが、ついてくる21人のオーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)のレベルの高さは、並みではない。シドニーシンフォニーオーケストラの面々にこのようなことが出来る人は一人としていないだろう。
毎年 7回のACO定期公演回を 過去、10年あまり続けて聴いてきた。いくつも その報告をここに書いてきたので ACOの素晴らしさを繰り返すつもりはないが、彼らはいつもオーストラリアで最高のパフォーマンスをしていて、聴きに行けば必ず わたしを満足させてくれる。
今回のコンサートは ACOの創始者で総監督で指揮者で独奏者のリチャード トンゲテイは出演せず、代わりにパトリシア コバチンスカヤがゲスト指揮者で ヴァイオリン独奏をした。プログラムの6曲の選曲も彼女のもの。
16世紀のバロック、アルメニア人作曲家の現代音楽、ハンガリア人作曲家のダンス曲、ウズベキスタン生まれ作曲家の現代音楽、それに ハイドンとヴィバルデイ。
いつもリイチャード トンゲテイがやっているように、指揮もコンサートマスターも独奏も務めるやり方だ。
常に21人の弦楽奏者の目が この指揮者に集中している。よほど息があっていないとできない。演奏者としてオーケストラ全体を率いていくカリスマがあって、実力がないとでいない技を この1834年「プレセンダ」を弾くパトリシアは 楽々と楽しんでやっていた。
モルドバ生まれ。ウイーンで作曲を学び 数々の賞を取り 若い新鋭の作曲家として高い評価を受けている。ACOとの共演はこれで3回目。
常に新しいものを 追求するACOの肌合いに 彼女の爆弾を抱えているような創造力がよくマッチしている。彼女も団員たちも、実に相性よく、共演を楽しんでいることが 見ていてわかる。楽しみながら プロの演奏家としての緊張が、ピリピリと伝わってくる。
パトリシア コバチンスカヤについては 以下のとおり。
http://www.patriciakopatchinskaja.com/
ACOの良さは 実力があり、それを常に海外遠征と 海外からのゲストとの共演とで 常に鍛えあげていることだ。世界のあちこちから 若い優れた演奏者を 発掘し、連れてきて共演する。いちはやく 10年も前に ペッカ クシストをフィンランドから連れてきて紹介したのも、ACOだった。今回のパトリシア コバチンスカヤも、もう3回目の登場。初めて彼女の作曲したものを紹介されたときは びっくりした。もうあまりびっくりしない。彼女の作り出す音が居心地が良くなってきた。爆発寸前の若い熱が 聴いていて心地よい。聴くごとに 新しい感動を与えてくれる。
ハイドンの形どおりの美しいバロックが、奏でられる。それが 彼女がいったんカデンッアにはいると 全く新しいピッチカーとと和音の独奏になる。それでいてバロックから外れない。魔法をみているようだ。
ヴィバルデイも、よく演奏される「四季」の冬の場面を思い浮かべて欲しい。とても早い。16部音符の連続。氷の上を激しい北風が吹きすさび 枯葉が舞う とても早いピッチの曲だけれども、これを彼女は2倍早い、36部音符の連続にした。これが弦楽器の限界 というような弓さばき 手が痙攣するよりも早く動いている。 それをパトリシアと21人の団員全員がやっている。もう、、、すごい迫力。
ハイドンも ヴィバルデイも ここまで新しくなれるんだ ということをまざまざと見せてくれた。クラシックは新しい。
プログラム
1)へンりッヒ シューツ(HEINRICH SCHUTZ)
(1585-1672)による ドイツ マリア賛歌作品494(1671年作)
JS バッハよりも1世紀も早く 生まれたドイツ人作曲家。バロック音楽の作曲家として 沢山の影響を与えた。バッハ以前の曲と思えない斬新さ。骨太のリズムの中で 美しいメロデイーが ハーモナイズする。
2)テイグラン マンスリアン(TIGRAN MANSURIAN)
レバノン ベイルート生まれのアルメニア人作曲家が2006年に作曲したヴァイオリンコンチェルト 第2番。ソビエト崩壊後もトルコ ジョージア アゼルバイジャン イランにまたがったアルメニア地方で民族音楽を元にした現代音楽を作曲している。瞑想的なレクイエム曲。
3)サンドール ヴェレス(SANDOR VERESS)(1907-1992年)による4つの トランジルバニアのダンス曲。ハンガリアのトランジルバニア生まれ。第2次世界大戦で 生地を占領されスイスに逃亡、作曲を続けた人。
これが素晴らしかった。4部作のダンス曲が始まるやいなや、目の前に草原が広がり 羊達が草を食み、遠く青い山脈が連なる光景が目にうかんでくる。牧草の香り、山から吹き降ろしてくる冷たい空気、淡い青の空、、、。
チェロは力強いリズムを刻み、軽やかな小刻みなヴァイオリンがメロデイーを繋ぐ。そのそばから ドカンというリズミックな足踏みが加わり 早いテンポのダンス曲が次第に熱狂化してくる。楽団員全員が足を踏み鳴らし 熱が最高潮に達して 突然終わる。実にみごとなダンス曲だった。
4)エレナ カッツ チェーニン(ELENA KATS CHERNIN)1975年タシュケント ウズベキスタン生まれの女性 現代音楽作曲家。1997年の作品「ズームとジップ」
5)ハイドン(1732-1809年)
ヴァイオリンコンチェルト第4番Gメジャー 1761年作。
6)ヴィバルデイ (1678-1741年)
ヴァイオリンンのためのコンチェルトEフラットメジャー作品253「嵐の海」
繰り返すが、ハイドンもヴィバルデイも 弾き手次第で、ここまで生き生きとした 輝きのある音楽になれるんだ ということがよくわかった。まさしくクラシックは新しい。