ページ
▼
2010年4月22日木曜日
映画 「ドラゴン タトゥの女」
トルストイを描いた映画「終着駅 トルストイ死の謎」が 映像、音楽 キャストすべて合わせて 実に よく完成された作品だったので、そのあとほかの映画を見る気になれなかった。これ以上のものを映画に求めることは出来ないだろうと思える作品だったからだ。英国人の品格のある役者たちが、ロシア文学の香り高い文芸作品を作っていた。
「タイタンの戦い」とか、いつもの惰性的習慣で、新作ハリウッド映画も いくつか見ていたが 心に響かないので 全然映画評を書く気になれなかった。
そこで、スウェーデン映画を見てみた。
劇場で公開され始めて すでに2ヶ月たっているのに いまだに独立系の小劇場で公開されている。客が入らないと 話題作でさえ 1週間で劇場から消えていく映画が多いのに、しぶとく残っている。映画評論家たちが こぞって高得点をつけているので、見る価値はあるのだろう。
スウェーデン映画というと、ベイルマンをすぐに思い出す。学生のころ ベイルマンの映画を いくつか 生あくび咬み殺しながら見た。ネチネチ理屈っぽい議論ばかり繰り返している 会話中心で 動きの少ない映画ばかり。どちらかというと、2時間の中で、人が出会ったり 愛したり 憎んだり 殺したり 殺されたりするドラマが好きだったので、雪に閉ざされた家の中で 男と女が延々と言い合いをする心理劇には、辟易した。
しかし、今度のスウェーデン映画は、全然違うテイスト。15歳以下 お断りの暴力と人種差別とパンクに満ちた 現在のスウェーデンを写し取ったような映画だった。
「ドラゴンタトゥの女」原作「THE GIRL WITH THE DRAGON TATTOO」
原作: ステイーブン ランソン
監督: ニール アーデン オプレフ
キャスト
ジャーナリストマイケル:マイケル ナイクビスト
エリザべス: ノーミ ラパス
この作品は 昨年世界中で1000万部の売り上げを記録したベストセラー、ステイーブン ランソンによるミステリーだ。惜しいことに この作家は2004年に 作家として絶頂の時だったに関わらず亡くなった。日本では早川書房で翻訳出版されている。ミステリーは読むほうが絶対おもしろいが、映画で見るのもいい。
ストーリーは
ストックホルム。
ジャーナリストで ある企業のスキャンダルを暴いてセンセーションを起こしたマイケルは、その徹底した密着取材を、逆に企業から個人情報を暴露した罪で起訴され、3ヶ月の実刑判決を受ける。しかし やり手のジャーナリストにとって 実刑など勲章のようなものだ。人々はマイケルの暴露記事に拍手喝さいしていた。
そんなマイケルのところに、大企業グループ バンガーの元会長から、じきじきに、会いたいという話が舞い込んでくる。バンガー氏は、マイケルに 未解決の 40年前の 姪が失踪した事件を、調べ直して欲しいと依頼する。マイケルは どうせ刑期が終わるまで 新聞社に戻ることは出来ないし 捜査のための報酬が充分得られることから バンカー家が所有する島で、捜査を始める。
マイケルの調査の進行はすべてコンピューターに打ち込まれる。誰にも侵入できないはずの 彼の入り組んだ人口頭脳のなかに、一人入り込んできたハッカーがいる。マイケルは必死で探索して 探し当てたのは、ドラゴンの刺青をした パンクでレズビアンの若い女だった。マイケルは この女性 エリザべスに、捜査の協力を依頼する。エリザベスは 大企業に巣食う腐敗や企業秘密をコンピューターから盗み取るプロのハッカーだった。しかし、彼女の豊富な資金源だったパトロンが、急死したことで早急に資金が必要になった。渡りに船とばかり エリザベスはマイケルの仕事の助手を務めることになる。
マイケル達が調べていくうちに、40年の間に、バンガー家の娘が失踪しただけでなく 何人もの若い女性が誘拐され 異常に残酷な殺され方をする未開決事件が 頻繁に起きていたことがわかった。どの女性も首を絞められ陵辱され 死体をもてあそばれている。捜査する過程で バンガー家が 強力なナチ信奉者で、病んだ血筋をもっていることが明らかになる。その段階で当然 妨害が入り、マイケルにもエリザベスにも 身の危険が迫る。
ミステリーの謎解きのおもしろさが失われないよう、これ以上ストーリは言えない。スリルと暴力と破滅に満ちた映画だ。
マイケルのまじめでこつこつと調査を積み重ねていくジャーナリストの姿が好ましく、マイケルと正反対なパンクなコンピューターハッカー エリザベスとの結びつきかたが、とてもおもしろい。
コンピューターハッカーとは、孤独な存在だ。莫大な現金が動く。裏社会を生きているのだから、例え見つかってしまっても 警察や他人に助けを求めることは出来ない。失敗しても もみ消されたり、殺されたり 生きていた証拠さえ消されても 誰にも文句が言えない。常に身の危険に備え、強い心を持っていなければならない。
どうして若い女が そんな危険な仕事をしているのか 序序に 幼い時からエリザベスの孤独で傷だらけの生い立ちが明らかにされる。つかの間のマイケルとエリザベスの似たもの同志の心の交流。
スウェーデンの「今」を切り取った おもしろい映画だ。
これをクレモン オピアム映画館で観た。この映画館は 創立1935年。中に6つのスクリーンがあって、全部で1600席。
一番大きなスクリーンでは メトロポリタン オペラや、キエフ バレエ団のフィルムを 定期的に、見せてくれたりする。幕間に、舞台からスルスルと電子ピアノがでてきて、生の演奏で客を退屈させない。赤い絨毯が敷き詰められて アールデコというか、ヴェルサイユ的というか、階段やあちこちにギリシャ風彫像が立っていたり 装飾が凝らしてある。
こんな古風で個性的な映画館だから、地元ノースのスノビーな インテリ年寄りたちが 常連だ。クレモンという場所は オージーが一番好きな「ウォーターヴュー」すなわち海が見える高台に家を持っている人々が多い。リタイヤメントアパート、日本でいう高級有料老人ホームも 沢山ある。
ここで月に一度 「ムービーランチ」というのがあって、新しい映画を見せたあと バスケットに入ったサンドイッチが配られる。近所のリタイヤメントアパートから送迎用のバスも出る。みんな きちんとした服装でくるところがやはり、イギリス的だ。おばあさん方は、きちんとイヤリングにネックレス、帽子をかぶったり、おじいさん方もちゃんと背広だ。用意されたお茶を飲みながら、映画談義に沸く。わたしもよく行くが 老人パワーに圧倒される思いだ。
おもしろいのは、映画の前にクイズがあって、みな子供のように手を上げて 当てっこをすること。「マレネ デイトリッヒの最初の映画は?」とか、「フレッド アステアが映画で全然踊らない映画のタイトルは?」とか、、。正解を言ったひとにお芝居のチケットなどが 配られる。もらったことないけど。
マイナーな映画を見せているのに 若いお客は少ない。シドニーのクレモンあたりに住む お金持ちでインテリのおじいさんおばあさん方は メジャーのハリウッド映画より、マイナーなフランス映画、スペイン映画なんかを好む。イランのマジット マジ監督の映画や、チャン イーモウ監督の中国映画を いち早く上映したのもこの映画館だった。珍しいブータンの若い監督の作品、ウイグルのドキュメンタリーフィルムを ほかの映画館に先立って上映したのも この映画館だった。
そんな映画館で映画を観ると 一緒に見ている人たちの反応がおもしろい。哀しい場面では あちこちで憚ることなくすすり泣いたり鼻をかむ音でにぎやかになるし、笑い方もすごい大声だ。
「シェリー」は、ものすごい美少年(ラパート フレンド)が、自分の母親くらいの年の女(ミシェル ハイファー)に恋をするお話だが、映画の最後に 彼は数年後に自殺しました という説明が出てきたら、あちこちで、「オーノー!」とか、深い深いため息が聞こえてきた。オージーは何で 映画や芝居やオペラを黙って観られないんだろう。
「モーターサイクル ダイヤリー」で、若き日のチェ ゲバラがバイクに乗って 倒れそうになったり 怪我したりするごとに、見ている人達が「アブナーイ!」とか、「アウチ!」とか叫んでいた。自分の孫とかが すべったりころんだりしているのを見ている気持ちなんだろうか。とても うるさかった。
スェーデン映画「ドラゴンタトゥの女」では、最後 パンクのエリザベスの後姿が消えたと同時に 拍手した人が何人もいた。エリザベスにすっかり共感したのだろう。私も同じ気持ちだった。だけど、どうしてオージーって、静かに映画を見られないんだろう。