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2009年11月14日土曜日

映画 「おくりびと」


今年2月のアカデミー外国映画最優秀賞作品。「おくりびと」英題「DEPARTURES」を観た。
日本では今年の初めに公開されていたから 今頃、と思われるかもしれないが オーストラリアでは この10月後半から劇場公開されて、世界65カ国でも公開されている。

原作:青木新門「納棺夫日記」
監督:滝田洋一郎
出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努、吉行和子

スタジオジブリ以外の邦画が オーストラリアで一般の劇場で公開されることはめったにない。どうしても、英語圏の人にとって字幕入りの映画が高い評判を得ることは難しい。
年に一度、ジャパンファンデーションが 日本領事館と共催で 日本で評判の高かった邦画を 公開する日本映画祭というのがある。今年末から1週間、シドニー、メルボルン、キャンベラ、タスマニアのホバートで21作品が公開される。
ちょっと興味があるのは、
沖田修一監督、堺雅人主演「南極料理人」
マキノ雅彦監督、西田敏行「旭山動物園物語」
橋口亮輔監督、リリーフランキー主演「ぐるりのこと」
雀洋一監督、松山ケンイチ主演「カムイ外伝」
紀里谷和明監督、江口洋介主演「GOEMON」などだ。

日本映画の良さは 日本という国の自然や風景の良さといっても良い。四季の移り変わりの美しさ、人々の律儀で礼儀正しく、謙虚でひたむきな生き方、日本の土壌が長いことかけて はぐくんできた独特の文化の美しさだ。「おくりびと」を観ながら、この叙情的な日本の美を 外国人がどれだけ理解するだろうか、と考えてながら観ていた。
鮭が川を登っていく秋、冬の風吹きすさぶ土手、花祭りの雛の真紅、桜の満開と花吹雪、、、季節ごとの美しさを上手に切り取った映像はみごとだ。

ストーリーは
ダイゴは 東京で、オーケストラのチェロ奏者。しかしある日突然 財政難を理由にオーケストラが解散されてしまう。失職したダイゴは 妻の同意を得て 故郷の生家に帰ることになった。家は母が亡くなった後も そのままにしてあった。ダイゴが6歳のときに 父親は若い女と家を出たまま消息不明だった。ダイゴは そんな父親の顔を覚えていない。

いったん家に落ち着くと ダイゴはさっそく仕事を探し始める。求人広告で目を引いたのは、「旅のお手伝い」をしてください という広告だ。その会社を旅行代理店と思い込んだまま ダイゴは面接に行って 社長に会い その場で採用される。仕事内容を聞きそびれ 前渡し金を受け取ってしまった後で、仕事は 死者の「旅立ち」のお手伝いであったことを知らされる。
社長は口数少ない 謎めいた人柄、とらえどころがない と思えば 葬儀を前にした家族には慇懃無礼にふるまう。ダイゴに初めて 舞い込んで来た仕事は 死後2週間たって 発見された老人の入棺だった。腐乱した死体処理を社長に怒鳴られながら やりおおせたダイゴは身も心も 傷だらけになって、帰宅する。ダイゴは妻に自分が何の仕事をしているのか どうしても言うことが出来ない。細々と 女手ひとつで風呂屋を経営する女将は 高校時代の同級生の母親だ。彼らは ダイゴのことを東京で大学を出てチェロを弾いていた、と、自分達のことのように 誇りにしていてくれる。そんな人たちにもダイゴは 今の仕事のことを話せないでいる。

落ち込むダイゴを社長は見て見ぬふりをしながら 独特の懐柔の仕方でダイゴに仕事に復帰させる。社長は心を込めて 死者の体を清め 美しい化粧を施して人の尊厳をもって世話をする。それを見ている家族達は 心を慰められ、死者を見送る心のくぎりをつける事が出来る。儀式が終わって 心の平静と 安心を得られる家族の姿を見てダイゴは 序序に その納棺師という仕事が死者とその家族にとって無くては ならない大切な仕事であることに気付いて行く。
しかし、いつまでも隠しておくことはできない。妻はある日、事実を つきとめて 死者に関わるような 汚らわしい仕事をしている夫を許せずに、実家に帰ってしまう。

妻が去っても ダイゴは納棺師の仕事にやりがいを見出していく。季節が変わり 妻が妊娠を知らせに戻ってくる。再び妻は 夫に子供に誇って言えるような職業に就いて欲しいと、懇願する。進退窮まったダイゴに 風呂屋の女将が亡くなったという 知らせが入る。ダイゴは 妻や元同級生の家族が見守る中 死者を清め、生前の姿を彷彿させる化粧を施し、家族とのお別れを演出する。居合わせた人々は一様に、死者を見送る儀式に 心打たれるのだった。
そこに、突然ダイゴの父の死が知らされる。6歳で自分を捨てて消息を絶った父を恨んでいるダイゴは 父の遺体の引き取りを拒否する。そんなダイゴを、社長は 立派な棺を持たせて ダイゴを妻とともに送りだす。

むかし、文字の無かった時代に 人々は好きな人に自分の気持ちを伝えるために、自分の気持ちに一番近い石を相手にあげて 気持ちを伝えたという。父は、ダイゴが昔 父にあげた石を 握り締めて死んでいた。記憶になかった父の顔が にわかに よみがえり、父を慕う気持ちが 再び帰ってきた。 ダイゴは 父を 愛を込めて清めて 納棺したのだった。
というおはなし。

映画のなかに、たくさんの笑いがあり、たくさん物を食べる場面があり、別れと出会いがある。とても良い映画だ。世界で注目され、アカデミー賞受賞しただけの価値がある。何年も前に 捨てた息子のもらった石を握って父が死んでいるところは ウソくさいが、、。

この映画、かけだしの納棺師が 落胆し、絶望し脱力し、模索しながら仕事に誇りをもち一人前のプロフェショナルに目覚めていく成長史であり、また、親に捨てられた子供が 親を許してやることで 自分も親離れすることができた過程を描いた映画でもある。悩み、苦しみ、叫び、むせび泣く主演の本木雅弘が 秀逸。

この映画の発案は この役者、本木雅弘によるものだそうだ。インタビューで 彼はインドを旅行してヒンズー教の聖地で 老婆の死体が公衆の面前で焼かれるのを間近に見た。そこで親族達が和やかに語らい、火の回りでは 子供達が遊んでいる そんなごく自然に日常の中で生と死が共存している姿を見て死も生と同様に価値があるのではないかと考えた と語っている。映画のために実際に納棺の現場にも立会い、納棺師としての訓練を積んだそうだ。私はチェロを弾く姿を見て、好感を持った。弾いたことがない役者が 一夜漬で みようみまねでチェロを弾いてみせるのが いかにみっともないか、他の映画などで見ているから、役をこなす為に どれだけこの役者が本気でチェロを習ったかが、わかったからだ。

また、社長の山崎努が 光っている。彼の人を食ったような とぼけた古たぬきぶり、彼にしかできない味だろう。秘書のいわくありげな 吉行和子も良い。どことなく人生にくたびれた中年女、背中に哀愁が漂っている。このふたりの熟練俳優が 渋く固めていて映画に良い味がついている。妻役の広末涼子 初めて見たが 本当にあれで、役者かよ?何か いつも無意味な笑顔ばかりで馬鹿みたいに見えたのは 私だけだろうか。

いまではもう 葬儀屋の前に納棺師が きちんとした納棺の儀式を行うことは少なくなってきているのだろう。田舎に行っても 人は病院で死ぬ。病院から直接 葬儀屋が遺体を引き取り いっさいを取り仕切る。葬儀屋に引き渡す前に、体に詰め物をして、遺体を清め、清潔な服を着せるのは 看護士の仕事だ。知らない人が多いけれど、看護士もまた、遺体を生前と同じように大切に扱って 心をこめて見送る。

わたしも数え切れないほど「おくりびと」をした。
初めて妊娠したとき、当時勤めていた癌病棟の患者さんたちが、とても喜んで祝福してくれた。これから産休に入るので、しばらく会えないけど 赤ちゃんが生まれたら見せにくるから、と約束して産休に入った。6ヶ月たって、仕事を再開する前に 病棟に赤ちゃんを見せに行ったら、もうみな 亡くなっていて誰ひとりとして 知っている患者が残っていなかった。でも あのとき妊娠を自分のことのように喜んでくれた患者 ひtりひとりの顔は 忘れられなくて、克明に覚えている。もう31年前も話だ。