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2009年9月28日月曜日
オペラ 「セビリアの理髪師」
マニラ 1995年12月 クリスマスコンサートで「セビリアの理髪師」序曲を演奏した。
このときほど ムキになって弦を弾いたことは 前にも後にもない。弦よ切れ! 弓よ折れよ!とばかりに全力をこめて演奏した。傍目にも 気でも狂っていたかのように オーケストラの末席で 椅子から転げ落ちんばかりに力を込めて弾いていた。100人余りのマニラインターナショナルスクールオーケストラ、私達の最後の演奏だった。演奏が終わり 第一バイオリンコンサートマスターの長女、セカンドバイオリンコンサートマスターの次女と、3人の名が呼ばれて立ち上がり 「これが3人にとっての最後のコンサートです、長いことありがとう」の言葉とともに、花束が贈られた。
花束など くそくらえ。
もう2度とバイオリンなど弾きも 教えもしないだろう。今後 どうやって生計をたてて生きていくのか、未知の世界に飛び込む前に 10年間のフィリピンでの生活を総決算する勢いで終了したコンサート。力を出し切った。
そして1週間後、私達母娘3人は 青い空の下、生まれて初めてシドニーの大地に降り立っていた。
誰一人として知人や友人がいるわけではないシドニーに、まだ あかちゃんっぽいテイーンの二人の娘を連れて行くなんて、無謀だ 愚かだと言われながら、憤然と 日本になど立ち寄らず、10年暮らしたフィリピンの腐った大地を蹴り飛ばして来た。このときの 強い決意が 「セビリアの理髪師」を聞くと よみがえってくる。ひとつひとつのオペラ、ひとつひとつの楽曲に思い出があるものだ。
このオペラは 楽しいオペラだ。決して、10年間の怨念を総決算して、心のケジメをつけるための音楽などではない。
一生 生活の苦労をすることなどなかったヨーロッパの大スター ロッシーニの甘い、豊穣な遊びの世界のオペラだ。ロッシーニの音楽に 暗さや悲しさや憎しみや妬み嫉み など一片もない。シドニーのつきぬけるような青い空だ。その青に ヨーロッパの知性と品格が加わる。彼は恵まれた環境で生まれ育ち作曲をし、音楽監督をした。ヨーロッパの大スターでどこに行っても愛され、褒め称えられた。
若干36歳で作曲を止め、以後40年間 何一つ作曲しなかった。にも関わらず彼は死ぬまでスターとして人々から愛された。
貧困のうちに作曲を続け、子供達を栄養失調で死なせ、楽譜を買うお金もなく冷たい寝台で 若くして死んでいったバッハやモーツアルトなどとは全然違う人生を送った。40年前に作曲して得た名声を その後死ぬまで維持した作曲家は他にはいない。
ニューヨーク メトロポリタン オペラ「セビリアの理髪師」を観た。クレモンオぺアム映画館で、27ドル。
ここで メトロポリタンオペラを ハイデフィニションフィルムで大画面で見せてくれるようになって1年。いままで、「蝶々夫人」、「ラ ボエーム」、「魔笛」、「夢遊病の女」などを見せてくれた。これから「トスカ」、「アイーダ」、「トランドット」。「サイモン カバネラ」が上演される予定。「サイモン カバネラ」では、プラシボ ドミンゴが歌う。年をとって 良い味が出ているドミンゴが見ものだ。
ストーリーは
ロジーナは 美しい箱入り娘。後見人バルトロの家で、厳しく監視されている。バルトロは年寄りだがロジーナに魅力を感じていて あわよくば自分が彼女と結婚できれば良いと思っている。したがって、虫がつかないように、自分が出かけるときは 彼女の部屋に鍵をかけて出かける用心ぶりだ。
夜になると窓の下にきて セレナーデを歌う恋する青年がいる。ロジーナも この青年に魅かれている。貧しい学生だという。
そこでセビリアの理髪師、フィガロの登場だ。フィガロは床屋で歯医者で何でも屋 どんな家にでも出入りできる。恋の仲立ちもできる街の人気者だ。
ロジーナに恋する青年は フィガロの助けを得て 仕官になりすましてロジーナの家に入りこみ バルトロに隠れてロジーナと手紙をやりとりする。次に青年は、音楽教師になりすまして、ロジーナにピアノのレッスンをする。しかしバルトロは厳しい警戒体制を敷いている。フィガロの手引きで 青年がはしごを使ってロジーナの部屋に入り込んで 恋を語るころには、遂に バルトロに見つかって捉えられるが、実は この青年は 伯爵だった。ロジーナは 正式の結婚申し込みに 1も2もなく承諾し、バルトロは何の文句も言えずに すべて丸く収まって 大喜び というお話。
ロジーナに恋する伯爵の一途な様子、テノールの恋歌の数々が なんと言っても聴かせどころだ。窓の下で歌い、ロジーナの耳元で歌う恋する伯爵が とても良い。JUAN DIEGO FLOREZは、メトロポリタンオペラのスターだ。大きな目がうるうるの美青年。とっても伸びやかな 美しい高音を歌う。
対するロジーナ JOYCE DIDONATO。イタリア系アメリカ人だが、顔もスタイルも文句ない美女で、メゾソプラノ コロラトウ-ラをきれいに歌う。二人の美男美女が恋歌の数々を歌い ドタバタをコミカルに演じる姿は 本当にオペラの良さを抽出したエッセンスを甘受している気分。
二人の美しいカップルに加えて、肝心のフィガロ。PETER MATTEIというスウェーデン人で、メトロポリタンオペラにゲスト出演しているバリトン。体がひとまわり大きな大男で 若々しくこの人が素晴らしい。
ロバに引かせた床屋の荷馬車で、登場して歌う フィガロフィガロフィーガーローの歌は、最高。ああ、フィガロって、こういう男が演じなければならないのかと、やっと納得。今まで、何度か舞台で何万円も払って観たフィガロは何だったのだろう。初老の惨めったらしいフィガロ、策略家で ずる賢いフィガロばっかり観てきた。でもロッシーニの描いたフィガロは そんなのでなくて、実にこのPETER MATEIがやったようなフィガロだったはずだ。当時の床屋といえば、民間医者代わり、歯医者もやれば 薬も処方した。女達にもてて 若くて屈強な体をした 素敵な男だったはず。
そんな、フィガロ役にぴったり合った歌い手をちゃんと探し出して 連れてこられるところが メトロポリタンオペラの力量なのだろう。
伯爵、ロジーナ、フィガロみんなそろって、素晴らしい。本当に楽しいオペラだった。
映画はDVDで観ない。オペラはCDで聴かない。生だけの主義。でも、ニューヨークまで簡単には飛べない。映画館で日曜の午後をオペラで とても楽しむことが出来て とっても満足。