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2021年9月29日水曜日

ちいさな医療現場からコビッドを考える


この1年半のあいだ、医療現場で走り続けてきた。
公立病院でも、ICU勤務でもない、年寄りばかりの施設でのんびりしているから71歳のナースでもフルタイムで働けるんだろうと、思われるかもしれないが、となりに建つ北部最大の公立病院から急性期を越えたばかりの患者や、リハビリ期にある患者や、障害者も送られてくるし、精神病院の入院患者よりも悪化したアルツハイマー患者も送られてくる。特にこの1年半のあいだは、公立、私立ともに病院がコビッドに振り回されているので、こちらも多忙を極めた。

ワクチンが政府からリリースされてすぐ50人の患者と40人余りの職員は全員2回のワクチンを受け、施設は厳しいロックダウンとし、患者への家族面会禁止、職員のうちホットスポットと言われるコビッド陽性者が出た地域から通ってきている職員には3日に一度PCRテスト、2か所以上の職場で働く職員には1か所だけで働くようにさせ、とにかく50人の患者をコビッドから守ることに専念してきた。オーストラリアで昨年のコビッド死者100人(1000人ではない)のうち80%が、メルボルンのあるビクトリア州の老人ホームから犠牲者が出たことから、その二の舞はしてはならないと考えてきた。

冬に年寄りは亡くなる。いくつも既往歴をもっていて免疫の弱い年寄りは、軽い風邪や尿路感染で冬になるとあっという間に亡くなる。しかしコビッドが流行し始めてから肺炎で亡くなる人はいなくなった。毎日まめに検温し、熱発や風邪っぽい人はすぐに 隔離してPCR検査をして抗生物質などを投与して処置したからだ。そうして、50人の患者をコビッドから守ってきた。

自分がコビッドをは運んではいけないから、この1年半の間、どこにも行っていない。休暇で日本旅行する予定はキャンセル、海のリゾートで家族そろって過ごす予定もキャンセル、愛するマゴたちには毎日でも会いたいのに、1年半の間に会えたのは、6回だけ。シドニーのロックダウンと再びロックダウンされる僅かな隙間を縫うように、何とか工夫をして去年のクリスマスとマゴの誕生日に会うことができただけ。日々成長が激しく、会うたびに身長の伸びに驚愕する。そんな子供たちの成長を見届けることができないのは、何よりも悲しい。

この間、親しくしている若い職員が二人も脳出血で倒れた。一人は救命できたが障害が残り職場復帰できない。ストレスが原因だ。医療従事者は、みな喜んでこれほどのストレスにさらされる現場に居るわけではない。病気で休職中や、辞めて行った職員も多い。
自分も、大学でマスコミを学び、大学卒業後、新聞社に勤めた。その後、夫の赴任先のフィリピンではインターナショナルスクールでバイオリンを教えていた。医療現場以上に興味のある職場があったら、そこに行く。ナースが天職だなどと思ったことは一度もない。そう言いながらこの職場にもう15年も務めてきた。いま、コビッドで健康な若い職員が脳出血で倒れるほど激しいストレスのもとで働かなければならないのは、コビッドの悪魔性もあるが、人々の無理解にあると考える。

感染症の感染を止めるには、人と人との接触を止めるしかない。
自分の住むシドニーのあるニューサウスウェルス州では、デルタ型コビッドが入ってきてからロックダウンとなり、すでに14週間それが続いている。州人口の80%が、2回のワクチンを済ませないとロックダウンは終わらない。それを州知事は14週間言い続けてきたが、なかなか80%に達しない。
世界人口の44%という膨大な数の人口が、すでにワクチンを打っているというのに、ワクチンで死んだ人の方がコビッドで死んだ人より多い、とか、ワクチンは毒だ、とか、製薬会社の陰謀だ、などと言う者がいまだに居る。

ワクチンは集団免疫を作らない。そんなことはわかっている。小説に出てくるような強力な警察国家が人口99%に、大人にもに子供もワクチンを強制しなければ集団免疫などつかない。しかしワクチンは、感染重症化を予防する。ワクチンは自分がウィルスを運んで、ワクチンが打てない、免疫不全の人や、子供や、障害者に感染することを最小限に止める。自分がウイルスを運ばないように、弱い人々の命をまもることが大切なのだ。

ワクチンを打つかどうか、ロックダウンを守るかどうかは、個人が選択すべき「自由」だという人がいる。自分が赤ちゃんの時に母親が、予防接種を受けてきたゆえに、結核にもならず、小児麻痺で障害も受けず、百日咳で呼吸困難にもならずに生きてきたことを忘れている。自分が恩恵だけ受けて、ワクチンを打たずにマスクもせず、ロックダウンも守らず「自由」に出歩いて叫びたて、デモで警官にツバを吐いた男が、翌日救急車で運ばれてコビッドで病院で治療を受けている。「自由」は、単なるわがままや、子供じみたエゴイズムではない。自由の概念は、そんな安っぽいものではない。

政府は12歳から16歳の子供にワクチン接種を勧めている。「自由」に判断して自分だけでなく自分の子供にもワクチンを打たせない母親たちは、ドクターの予約を取り、子供がきちんとワクチンについて医師と話し合い、学校の先生とも話し合ったすえにワクチンを打つかどうか、自分で選択する自由を与えて欲しい。子供を私物化しないでもらいたい。
自分はコビッドには感染しないからルールを守れないと言う人は、是非、ENDURING GUARDIANS(自分が意識不明や昏睡状態になった時に、どうして欲しいのかを明記する書類)にサインして、自分はコビッドに感染しても救急車の世話にも病院の世話にもならない、と約束してからワクチン拒否、マスク拒否、ロックダウン拒否をしてもらいたい。

守るべきは、州知事が言ったことや政府が罰則を布いて、決められたことにただ従うことではない。自分が考えて自分の倫理に従って、弱者は誰なのか、誰を自分が守らなければならないのか、考えることが倫理なのだ。
きちんとした科学知識を持ち、にも拘らず自分の信念 信心をもってワクチンに反対する医療従事者もいる。それはそれで仕方がない。今年の12月には、ワクチンを打った人も打たない人も、ワクチン人口が80-90%に達したら、「自由」に出歩けるようになる、と宣言した州知事の決断には賛成だ。
「平等」に人々が苦しんでいるのだから。

2021年9月22日水曜日

豪国の原子力潜水艦建設に反対する

豪国の原子力潜水艦建設に反対!

今、豪国はフランス大使が召還されてしまって、マクロン大統領に「裏切者」「後ろから攻撃する卑怯者」「米国の愛玩犬」「下品で粗野で残忍な奴」と攻撃されている。仏国だけでなく、EU議長からも、豪国との信頼関係は絶たれた、真摯な態度で説明をしないでいるとEU全体との外交問題となる、と言われている。
事の発端は9月15日に渡米中の豪国スコットモリスン首相が、突然米英豪3国共同軍事協力を約束し、米国の技術で豪国で原子力潜水艦を建設すると発表したことによる。
寝耳に水の仏国が怒るのは当然だ。7年前から独仏日の入札、交渉の結果、やっと仏国から動力型潜水艦を、900憶ドルで買う契約を済ませている。両国で数千の雇用で経済効果が約束されていたのを、一方的に契約破棄され、その損害賠償だけで4億ドル。代わりに、米国製の長距離極超音速巡航ミサイルが搭載される原子力潜水艦が建設される。このため今の豪国の軍事予算GDPの2.1%を超える史上最大の出費が予想される。
豪国は、EU と仏国だけでなく、隣のニュージーランドからも非難されている。核兵器も原子力発電も拒否してきた非核のニュージーランドは、原子力潜水艦の入港も領海に侵入することも許さないとアダーン首相は言い、近隣国との協調を目指すことが大切であると強調した。
シドニーはいまコビッドで、厳しいロックダウンの13週間目に入った。自宅から5キロ以内の距離で生活必需品を買いに行くか、エクササイズ以外外出禁止、誰を家に入れることも訪問することも禁止、学校もオフィスも自宅でリモート、おかげで倒産、失業、自殺数は、連日記録を更新している。そんなときに国は、900憶ドルの仏製を買うのをやめて、4億ドルの契約違反金を海に捨て、さら何倍もの金額の原子力潜水艦を買うと言う。
強力な武器で近隣諸国を威圧しなければならないとしたら、それは外交に失敗していることになる。私は25年間この国で働いてきて給料の35%を税金に取られている。他国よりも短時間にたくさんの人を殺せる武器を作ることに税金を使うことは許せない。武器増強は「安全」の抑止力にはならない。何のための核武装か。子供じみた軍備競争はやめなければならない。米国を基にする武器、死の商人の言うままになってはいけない。
原子力潜水艦という「漂流するチェルノブイリ」「海底のフクシマ東電」を作ってはならない。
武器を持たないことが、最大最強の武装である。
Scott Morrison Australia PM announced the US, Britain and Australia made a historic new partnership, and decided to built nuclear powered submarine by US technology in Australia.
It's long range hypersonic missile technology and undersea drones, against China's escalating militarisation of South China Sea.
It means Australia dumped the contract to buy $90 billion submarine from France, after negotiation and planning program the past 7years and promised thousands jobs. Cancellation for contract with France costs $4billion. A furious France Emmanuel Macron recall Ambassador and he blamed Scott Morrison "poodles of the US", "brutal, graceless, inelegant" and " stabbed from the back".
Australia should maintain healthy tie with China, the biggest economy power in the world. The continuing arm race and power projection in the region should be stopped. The Nuclear powered submarine is " floating Chelnoyble", and " Deep sea HIROSHIMA".
Arm racing doesn't bring peace and never stop a war.
No arms are the best arms.



2021年9月21日火曜日

ビートルズの「ノーウェアマン」

ビートルズの「ノーウェアマン」を歌ってみた。1964、ジョンレノンと、ポールマッカートニーによって作られた。ジョンは、新曲を作るために5時間も苦しんで、何もアイデアが浮かばずにいたが、たった一人でどこに行く当てもない、アイデアもない、何をしてよいかわからない自分の姿に自分で気がついて自分のことを曲にしてみた、とあとで語っている。
ビートルズによるアニメ―ション映画「イエローサブマリーン」に使われている。
訳詞は、自分よりも達者な、娘の書いたものがあったので、それを書いてみる。

あいつはほんとのノーウェアマン
誰もいない国に住み  誰の役にも立たないことを考える
 生きている意味がわからなく
 どこへ行くのかも知らない
 まるで君と僕みたいだ
ノーウェアマン 聞いてごらん
君は大事なことを忘れてる  世界は君の思い通りになるんだ 
 何もみていないようだけれど
 自分の見たいものは見てる  僕のことも見えてるかい
あせらなくてもいいよ
自分流儀でやれよ
困ったら誰かに手を貸してもらえよ
 ものの見方がわからなく
 何をしていいかもわからない  まるで君と僕みたいだ
ノーウェアマン 聞いてごらん
君は大事なことを忘れてる  世界は君の思い通りになるんだ
 あいつはほんとのノーウェアマン
 誰もいない国に住み  誰の役にも立たないことを考えてる

I am singing [ Nowhere Man] 1965 written by John Lennon and recorded by The Beatles. John wrote about himself after rache said. This music used for [Yellow Submarine] animation movie made by The Beatles.






2021年9月16日木曜日

ポールマッカートニーの「ヘイジュード」

「ヘイジュード」1968 ポールマッカートニー作詞、作曲を歌ってみた。
ジュードとは、ジュリアンの愛称。ジョンレノンとシンシアが離婚して、ジョンがオノヨーコのもとに走った時、ジョンの息子ジュリアンは、5歳だった。ポールはジュリアンのことを赤ちゃんの時から可愛がっていたので、事態を知るとすぐにロンドンからジュリアンとシンシアのところに飛んで会いに行って、ジュリアンを慰め、力になろうとしてこの歌を作った。

ジューと言えば、独語でユダヤ人のことだが、それをポールは知らなかった。一般的にジューと、ユダヤ人に限らず誰でも気軽に「きみ」と呼びかけるときに使われることもあるので、自分もこの歌は、気弱な男の子が、好きな彼女に言い出せないでいるのを、叱咤激励している恋の応援歌かと思っていたが、あとで前妻のシンシアの書いたものを読んで、ジュリアンのことだったんだと知った。
5歳の子供に向かって、がっかりするなよ、君のお母さんはお前が夢中になるほど素敵な人じゃないか、何でも分かってくれるよ、君はやせ我慢なんかせず泣いてもいいけど、お母さんが一緒だぜ。元気出せよ。と言っている。

ジョンレノンは、レノンでアイドルグループから第一線を走るアーチストとして生きるために、オノヨーコが必要だった。オノヨーコの美術展に行ったことがあるが、キューレーターから説明を受けなければ訳のわからない作品が多かったが、それでも彼女のほとばしる才能と、独特の宇宙観に手触りを感じた。
ニューヨークで、ヨーコの白い壁に釘が沢山あって、どこに釘を打ってもいいと、かなずちが置いてあった作品の前で、ジョンが釘を打ちつつ初めてヨーコと出会い、会話して、その時からジョンがひきずり込まれるようにヨーコに惹かれていった、というエピソードがとてもわかるような気がする。ジョンはこのときミュージシャンではなく、本物のクリエイターになりたかったんだと思う。

何か新しい局面にぶち当たった時、どうすべきか。一番弱い立場に居る人の側に立ってみる。被害者、突き落とされて傷つき悲嘆にくれる人、自分に何が起こったのか分からなくなって混乱し、言葉を失っている人、そうした弱い立場に立っている人と同じ側に立って物を見るということが大切だと思う。

今でこそロンドンニューヨーク間は、直行便で8時間で飛べるが、60年代ではその倍もかかっただろう。ジュリアンの気持ちを思って仕事を放り出して、ジュリアンに会いに行ったポールの気持ちを思うと、胸の中があたたかい思いでいっぱいになる。
I am singing [Hey Jude]1968 、written by Paul McCartney. Jude is nick name of Julian, son of John Lennon and his wife Cynthia. After John left his family for Yoko Ono, Paul came from London to visit Cynthia and Julian. Then he wrote [Hey Jude] as way of consoling little Julian...." And anytime you feel the pain, hey Jude refrain, Don't carry the world upon your shoulders".... poetic words sing to a confused and hurt 5 years old little boy and some of the most empathetic lyrics ever written. Cynthia later wrote that Paul was the only person who dared anger John, by visiting her and Julian in their time of need.





2021年9月9日木曜日

「五番街のマリーへ」と男社会

「五番街のマリーへ」1973作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一を歌ってみた。

1950年の終わりから60年にかけて、プレスリーが歌いながら腰を振るのは、公共秩序に反し道徳と教育に悪く、若者の非行を助長するという理由で、警察が出動して、彼が腰を揺らしたら即、逮捕という条件でステージで歌わなければならなかった。
ビートルズが世に出た時、人々は長髪の男たちの登場に顔をしかめ、「不良」のレッテルを張り、PTAなどこぞって、彼らのレコードを公衆の場で踏みつけ叩き割った。
今では冗談のようだが、これが事実であって私も歴史の証人だ。

18で大学に入りすぐベトナム戦争、安保反対闘争に突入、家を出て、当時学生が占拠していた学生会館をに根城にして、毎日ガリ版でビラを作って蒔き、集会でデモを呼びかけ、連日デモり、せっせと敷石をかち割り、逮捕者を救援する、一緒に活動する仲間と思っていた活動家と称する男たちは、ほとんどが女を「同志」と考えず、俺の女とか、誰それの彼女という範疇でしか存在を認めようとしなかった。
逮捕された警察署で「お前らPは、」と言われて、意味が分からず聞き返したら、マルクスは俺のものはお前のもの、お前のものは俺のものと言っている。だからお前ら女子学生は、誰とでも寝る売春婦を同じだ、と言われた。2度目の逮捕の時は、もう囲まれていて逃げようがない場で、重装備の機動隊に「女のくせに生意気」と飛び蹴りされて、地面に倒れたところを数人の機動隊に殴る蹴るの暴力を受けた。左翼の多くも、ポリと同じ封建時代、明治男の頭だった。冗談のような話だが、事実だ。

リベラルな家庭に育って、父も叔父たちも母方の叔父たちも皆、戦争に抗した大学教授だった。しかし家庭では、父は平気で、「女は馬鹿だ」と言い放ち、私の2歳上の兄だけを「世継ぎ」として甘やかした。戦後貧しい中でも四谷大塚のような塾に通わせ中学で下宿までさせて、東大に行かせようとし、その後就職まで面倒を見る親ばかだった。父は死ぬ前、とても甘えてきて何かと頼りにしたが、財産の大半は兄に残して死んだ。家のアルバムに私の写真はほとんどない。兄の小さなころからの笑顔ばかりが張り付けてある。冗談のようだが、これも事実だ。

「五番街のマリーへ」は、昔マリーを捨てた男が、何年かしてマリーに思いをはせる、センチメンタルな歌だ。自分がマリーを懐かしく思うと、マリーの方も自分を懐かしく思ってくれていると信じて疑わない、うぬぼれた思い込み。俺がマリーを捨てた時、マリーの方も別れたがっていたかもしれないし、思い出したくもないかも、あるいはすっかり忘れているかもしれないとは決して思わない男の身勝手と自己過信。マリーに悪いことをしたと思うなら反省して、匿名で小切手でも送りなさい。黙って、そっと力になる、ということがどうしてできないのか。勝手に自分と他人との過去を装飾して、ノスタルジアと自己愛にふけるのは、やめたほうがよろしい。
どうして女は怒るのか。
答えは簡単だ。男が甘やかされすぎていて、未熟なまま成長し、大人になれないまま死んでいくからだ。(笑)
I am singing [ 5 th Avenue's Mary ] written by Aku Yu and Tokura Shinichi in 1973 and recording by Pedro and Capricious



2021年9月2日木曜日

「赤とんぼ」と「おぼろ月夜」

「赤とんぼ」三木露風作詞、山田耕筰作曲と、「おぼろ月夜」高野辰之作詞、岡野貞一作曲を歌ってみた。
日本はこれから「赤とんぼ」の季節に入り、自分が住むシドニーはこれから「おぼろ月夜」を迎えることになる。日本の秋とこちらの春は、気温が同じくらいで、一年で一番自然が美しい時期だが、あいにくシドニーは、ロックダウンが10週間目になる。国境封鎖、州境封鎖、訪問者禁止でどこの家を訪ねてもいけない。1日1回1人だけ5キロ以内に、マスクをして食料などの買い物に行けるが、店に前でQRコードを入力しなかったり、5キロを超えて外出すると$5000の罰金。どこにも行けず、誰とも会えない。学校は閉鎖され、オフィスはリモートワークのみ。これが2か月続いていて、さらに、2か月延長されるもようだ。

職場のナースたちは、3日に一度PCRテストして、外出許可証をもって職場に来ている。仕事中、マスクをしたうえで、プラスチックのフェイスシールドを付け、ガウンを着て働いていると、自分の吐きだしたCO2を吸って動き回っているので、呼吸が苦しくなって死に物狂いの形相で働いている。
近代医療は感染症との闘いだった。細菌感染では抗生物質で治療を途中でやめたり、多用すると、MRSAメチシリン耐性黄色ブドウ球菌のような耐性菌ができ、さらに強力な抗生物質が必要になってくる。ウイルスは細菌より小さく細胞膜がないので抗生物質が効果ないのでワクチンしか治療法がない。初め接触感染で弱かったコロナウイルスが、デルタ株が世界中に波及してからは、1人が感染すると家族4人に感染させ、2日後には100人を超える感染力を持つ。伝染を止めるためには人と人の交流を止め、ロックダウンするしかないという論理はEUをはじめ世界各国が経験してきたことだ。患者隔離、PCRテスト、QRコードで徹底した個人の行動を追跡して感染者を隔離、下水検査、国民の80%までワクチンを打つこと、これらを早急に進めなければならない。子供たちを死なせないために。
コロナが終息して戻っていく社会は、再びパンデミックを繰り返さないために、今までの利潤優先の競争社会の発展をスローダウンしなければならない。森林を守り、野生動物の捕獲や売買をやめ、地場の有機農業を援助し、地域のものを食べ、屋根に太陽光パネルを置き、化石燃料による電力を拒否し、原子力発電を終結させ、フロンガスを使った電化製品をやめ、漁業網の海上投棄をやめさせ、プラスチックをなくしていく。必要なもの以外買わない。
コロナパンデミック終息後、戻っていく社会は、コロナ前と同じ社会であってはならないだろう。同じ社会に戻れば、第2第3のパンデミックが大規模に広範に、深刻に人の生存権を脅かすことになる。
経済成長をスローダウンする。そのことによってパンデミックの再来を止める。そういった叡知が人にはある、と思いたい。
I am singing Japanese old song [Red Dragonfly] and [Shadowed Moon]. When these songs were sang by people, most Japanese 90%population were agricultural workers, poor, hard working but helping each other at their community.
Right now we are suffering with pandemic COVID19,and 4,5
million people died in the world wide, 24000 in Japan, 1000 people in Australia. Every body wants to back to normal: 2019 happy past as soon as possible, after 80 % population will be fully vaccinated.
However, we should not be back exactly same world because the key of pandemic was there in the past, free Capitalism, consumer first society. Japanese economy depends 100%imported oil, 30% imported foods, still unable to give up nuclear power plants and coal power plant, continuously large amount of CO2 product in the society, and medical system was completely corrupted because of shortage of government money and privatized system.
Hope to see economy growth make slow down. Better humanity society ahead.