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2014年4月29日火曜日
映画「グランド ブダペスト ホテル」
https://www.google.com/webhp?rct=j#q=movie+the+grand+budapest+hotel&sh=0
原題:「THE GRAND BUDAPEST HOTEL」
監督: ウェス アンダーソン (WES ANDERSON)
キャスト
ミスター グスタフ :ラルフ フィネス
ロビーボーイ ゼロ:トニー レヴォリ
他、マチュー アマルリック、アドリアン ブロデイ、ジュード ロウ
ウィレン ダフォー、ジェフ ゴールド ブラム、ビル マリー
F マリーアブラハム、エドワード ノートン、リー セドリック
ジェーソン シュワルツマン、トム ウィルソン、サオイス ロナンなど
英独合作映画
ベルリン国際映画祭オープニングに上映。審査員グランプリ受賞作品。
ストーリーは
仮想の国、スブロッカ。第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦の始まる前のヨーロッパで、一番豪華で人気の高かったホテルのコンセルジュ、グスタフ氏のお話。
世界中からお金持ちの女性が、グスタフ氏にお世話をしてもらいたくて、休暇をとって会いにやってくる。グスタフ氏は、最も有名で、お金持ちの間でもてはやされているホテルマンだ。彼は、山の頂上に立つヴィクトリア風の美しいホテルで、ホテルにやってきた女性たちを一人一人大切にもてなして、アルプスの山々の景観を楽しんで休養してもらうために、ホテル最大のサービスを提供する。グスタフ氏は、新しいベルボーイを連れて、いつもいつも忙しい。ベルボーイの名前はゼロ。どの国から、どうやってブタペストまでやってきたのか誰も知らない。教育ゼロ、勤務経験ゼロ、でも、とにかく気が利くのでグスタフ氏のお気に入りだ。
ある日、グスタフ氏をことのほか気に入っていた年寄りの女性が亡くなった。グスタフ氏はゼロを連れてお葬式に行ったところ、ちょうど遺書が開封されるところだった。亡くなったおばあさんの親戚が全員集まっている。おばあさんの遺書によると、遺産はルネッサンス時代の名画ひとつだけ、、、これをグスタフ氏に贈るという。遺族たちは怒り心頭、グスタフ氏を罠に落とそうと画策する。皆で口裏を合わせて、おばあさんはグスタフ氏によって毒殺された、というのだ。
グスタフ氏は逮捕され刑務所に送られる。
刑務所でもグスタフ氏の誰にでも気分よく過ごしてもらうホテル式サービル精神は変わらない。グスタフ氏は刑務所仲間から評判が良くて、とても大事にされている。一方、グスタフ氏のいなくなったホテルでは、毎朝全職員がグスタフ氏のスピーチを聴きながら、そろって朝食をとることになっていたが、いまは、刑務所からゼロが受け取ってきたグスタフ氏の手紙のスピーチを、ゼロが読んで朝食をとることになっていた。ゼロはキッチンのパン焼き係りの少女と結婚する。このお嫁さんが、刑務所に、パンとケーキに鉄やすりやシャベルを忍ばせてグスタフ氏に差し入れをする。グスタフ氏は同室者5人で、刑務所脱走に成功。迎えに来たゼロと一緒にホテルにもどる。
そうこうしている間に、おばあさん殺しの真犯人がわかり、グスタフ氏の無実が証明された。しかし、第二次世界大戦の不穏な波がブダペストにも及んでいた。ある日、グスタフ氏がゼロを連れて鉄道で移動する途中、独軍に捕らえられ二人は引き離された。そしてそのままグスタフ氏は行方不明になってしまった。グスタフ氏は、どんなところで生まれ育ったのか、自分のことは誰にも言ったことがなかった。そして突然居なくなってしまった。ゼロはグスタフ氏を待ちながらホテルに留まっていたが、もう年を取ってしまった。
かつてヨーロッパで一番立派だったホテルも、グスタフ氏をなくして今はもう見る影もない。戦前からこのホテルを贔屓にしてくれた人々が時たま思い出したかのように、訪れるだけだ。すっかり年を取ってしまったゼロは、それでもグスタフ氏を待ち続ける。
というお話。
ストーリーにすると、こんなお話だがこの映画は喜劇で、話の筋やストーリー展開ではなく、一コマ一コマを笑う映画だ。早いピッチでシーンが変化して画面の面白さで笑わせてくれる。ちょうど喜劇の舞台を、映画でスピードアップして、次から次へと笑わせるようだ。ラルフ フィネスのソフトで誠実そのもの、繊細な人柄が、おおまじめにホテルサービスする姿が、とてもおかしい。ホテルマン達はみんな忙しいので、早口でしゃべる。ゼロはとりわけ早口だが、同じ口調でラルフ フィネスが早口ことばでしゃべると、言葉が上滑りしていて、笑える。それらの言葉がウィットとユーモアに富んでいて、皮肉もきつい。イギリスの上質の笑い。本格的なシェイクスピア舞台俳優ラルフ フィネスにしか出せない質の高い笑いだ。
刑務所の脱走なども、現実離れしていて、無声映画時代のチャップリンを見ているようだ。雪のアルプスをソリで脱出するシーンなど、オリンピックのジャンプ台からスレーダーから山スキー競技まで、敵に追いつ追われつ全部こなすところなど、笑いが止まらない。
山の頂上に建つピンク色の瀟洒なホテルや、ホテルの中の装飾、登場人物たちの服装など、現実離れした映画監督ウェス アンダーソンの独得の美意識が見受けられる。この監督の前作「ムーンライトキングダム」(2012年)を見て、彼の独得の映画のセンスに興味がわいた。この映画も、非現実的な世界の羅列で、絵画のように、見て楽しむ映画だった。20メートルくらいの高い木のってっぺんに、ボーイスカウトのテントがあったり、教会の尖塔の穂先で、取っ組み合いをしたりしていた。彼の映画を好きな人と嫌いな人とが、はっきりと分かれるだろう。嫌いな人にとっては この映画、さっぱりわからない。絵画でいうと精密画や印象派の絵やデッサンを違って、いわば抽象画だ。何を言おうとしているのかは、描いた本人にしかわからない。見た人はそれぞれ画を自分にひきつけて観て自分なりの解釈をするだけだ。そういう映画もあって良い。
出演者がみな有名な役者ばかりで、一人ひとりが端役でなくて主役級の役者ばかりが、この映画のちょい役で出演している。とても贅沢な映画だ。映画のプロばかりで ウェス アンダーソンと、ちょっと遊んでみました、という感じの映画。しかしこの映画の成功は、1にも2にも、主役をラルフ フェネスにしたことで以っている。彼のソフトで紳士的な口調、声の柔らかさ。デリケートで神経の行き届いた表現と物腰。怯えた少年のような青い目。
「シンドラーのリスト」(1993年)で、冷酷無比なドイツ軍将校を演じて、注目されるようになった。自分の一存で人を死に追いやったり、一度だけチャンスを与えて再び酷い死に目にあわせたりして楽しむヒットラーの盲信者の狂気を見事に演じて、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされた。
ピーター オトウールの演じた「将軍たちの夜」という映画があった。戦時下のナチズムの嵐の中で、身の毛がよだつような、、人がどこまで人に対して残酷になれるかテストしているような、、、絶対狂っていなければできないようなことを平気でやるサデイストを、ピーター オトウールが、当たり前のような顔で演じていた。彼がお茶を飲んだり、街を歩いたりするシーンごとにあぶなっかしい狂気が潜んでいて、いつどこで爆発するかわからない、不安に満ちた映画だった。そのときのピーター オトウールの「あぶなっかしさ」は、ラルフ フィネスの物腰にも共通する。現に、ラルフ フィネスが、王立演劇学校を卒業して役者になって初めて踏んだ舞台が、「アラビアのロレンス」のロレンス役だった。ロレンスとピーター オトウールと、ラルフ フィネスの3人には、共通する「繊細と狂気」が潜んででいるのではないだろうか。そんな役者が、この映画では喜劇を演じていて、とても笑わせてくれた。
一枚の抽象画をみるような、愉快な舞台を観ているような、楽しくて、不思議なテイストの映画だ。
2014年4月23日水曜日
映画 「アメイジング スパイダーマン 2」
監督:マーク ウェブ
キャスト
ピーター パーカー:アンドリュー ガーフィールド
グウェン ステイシー:エマ ストーン
叔母 メイ :サリー フィールド
エレクトロ :ジェイミー フォックス
グリーン ゴブリン:デイン デハーン
ライノ :ポール ジアマテイ
ストーリーは
ニューヨーク名門高校の卒業式。グエン ステイシー(エマ ストーン)は、総代として、列席者を前にスピーチをしている。ピーター パーカー(アンドリュー ガーフィールド)も、列席しているはずが、彼は登校途中で、暴走トラックが暴れまわり、罪もない市民をなぎ倒して悪事を働いているのを見逃せなくて、スパイダーマンスーツに身を包み飛び回っている。スピーチが終わり、卒業証書の授与になり、ピーターの名が呼ばれた瞬間に、まわりをハラハラさせながら滑り込みセーフ、彼は証書を受け取ることができた。
ピーターとグエンは愛し合っているが、グエンの父親が警察署長として殉職する寸前、ピーターの正体を知って、「娘を愛しているなら、これ以上近付くな。」と厳命して息絶えたことが、ピーターの頭から離れない。グエンはピーターの正体を知っている。ピーターがスパイダーマンを続ける以上、グエンは危険にさらされる。別れなければならないと分かっていて、ピーターにはどうしてもグエンを諦めることができない。煮え切らないピーターの態度にグエンはイライラし通しだ。
グエrンはニューヨーク最大の電力会社オズコープ社の研究機関に研修生として入社した。オズコープ社の社長、オズボーン氏は、科学者だったピーターの父親の協力者だった。ピーターの父親が6歳のピーターを置いて行方不明になってからは、オズボーン氏は会社を発展させてきたが、いまは遺伝病で、死の床にある。息子、ハリー オズボーン(デイン デハーン)は、ピーターの幼馴染だったが、死に際の父親に会いに、ニューヨークに帰ってきた。ハリーも同じ遺伝病で若死にする運命にある。
ピーターの両親は、たった一つの茶色のカバンを残して失踪した。代わりにピーターを育ててくれた叔父も事故で亡くなった。ピーターは、自分は何者なのか。愛するグエンとの関係も思うようにいかない。正義のためにスパイダーマンになって、ニューヨークのヒーローになったが、自分はいったい何者なのか。これからどうして生きていくのか、疑問を叔母さんにぶつけてみても答えは見つからない。
しかし、ピーターは残された茶色のカバンの中にあった暗号を解いて、今はもう廃線になった地下鉄の駅の中に、父親が自分のために残してくれた秘密基地を見つける。そして、オズボーン氏が科学者として許されない遺伝子操作の研究に携わっていることを知る。そのころ、幼馴染のハリー オズボーンは、スパイダーマンを必死で探し回っていた。スパイダーマンの血液を使って、自分の遺伝病を直そうと期待している。
一方、オズコープ社のマックス(ジェイミー フォックス)は、取りえのない真面目なだけの冴えない技術者だが、事故で高圧電流をあびて自分が電気を吸収して熱を発するこののできる発電人間「エレクトロ」になってしまった。気が付くと、姿も人とは思えないモンスターに変っていて、人々を傷つけ警察から銃撃を浴びせられている。ハリー オズボーンは、スパイダーマンに血液を提供することを断られて、彼を憎むようになり、エレクトロを使ってスパイダーマンを襲う。自分も開発中の遺伝子操作でできたワクチンを注射して「グリーン ゴブリン」怪人になる。戦いが始まり、
スパイダーマンはグエンの力を借りてエレクトロを倒すが、グエンをグリーン ゴブリンの人質に取られ、戦っている間にグエンを死なせてしまう。グリーン ゴブリンは警察に捉えられ再び平和になるが、グエンはもう戻ってこない。ピーターはふぬけのようになって、生きる希望を失った。ニューヨークに、スパイダーマンはいなくなった。
再び悪がはびこり、サイ型のアーマーに入った怪力鉄人「ライノ」が、思うまま街を破壊している。プルトニウムを盗もうとするロシアマフィアだ。警察の包囲されているが、警察の力は及ばない。人々が見守る中を、ライノの前に小さなスパイダーマンの服を着た子供が現れる。以前スパイダーマンに助けられた少年だ。ライノが少年を踏みつぶそうとした瞬間、「あぶないよ。下がっていなさい。」という少年には聞き覚えのある声がした。スパイダーマンが帰ってきたのだ。
というお話。
今回のスパイダーマンの敵は、「エレクトロ」、「グリーンゴブリン」、「ライノ」だが、エレクトロにジェレミー フォックス、グリーン ゴブリンにデイン デハーン、ライノにポール ジアマテイと、悪人に有名役者を使っている。ビルからビルに、蜘蛛の糸で気分良く飛び回るスパイダーマンは気分爽快。3D画面も、ここまできたか。映像が本当に綺麗だ。自由自在に自分が飛んでいるような気分になれる。
ピーターは大いに悩む。だいたい映画のはじめの台詞が、「僕は怖い。」だ。戦えば戦うほど敵が増えてきて敵の力は増大するばかりだ。弱い者のために悪と戦うことに、「怯えるピーター」がとても良い。正義の味方が、いつも強くて自信満々なわけがない。高校を卒業したばかり。恋人の父親からは、娘に近付くな、と釘を刺されている。悩み多い17歳か18歳の少年だ。心の支えのはずの両親は謎の失踪中。父親代わりだった叔父さんは、ピーターと口喧嘩の末、家出したピーターを探し回って強盗に殺されてしまう。スパイダーマンは人気があるけれど本当の自分の姿を知っているのはグエンだけ。その恋人に近付いてはいけない。本当にこれじゃ、グレちゃうよね。強さも弱さももって、それでも尚、弱者の側に立ちたいと願うピーターに、共感できる。
エレクトロは冴えない真面目男で、誰からも評価されないで地味に生きて来た暗い暗い男だ。ハリーに、おまえが必要なんだ、おまえだけが頼りなんだ、と繰り返して言われて、生まれて初めて喜び一杯で、やる気むんむんになる姿も、単純だがよくわかる。
ハリー オズボーンも父親の研究を教えられていない。ピーターも、6歳で自分を捨てた父親のことを知らない。父親同士が協力者であり、やがて敵対するように、ピーターとハリーもいがみ合わなければならない運命だが、久しぶりに合った二人が、はじめは言葉少なく互いに下を向いていて、、、やがて二人並んで歩き出して、遂に童心に帰って、べらべらしゃべり、二人グダグダして、川に石を投げ競ったりするところがとても良い。こういうところが、マーク ウェブ監督の独得のテイストだろう。とても自然だ。
アンドリュー ガーフィールドの個性をよく出している。一人前のようでいて、頼りなく、男っぽいようで急に甘えた子供のような声で無邪気にしゃべり出す。アメリカ人だがイギリスで舞台役者の教育を受けた立派な役者だ。アメリカの人気トークショー、グラハム ノートンショーに、ガーフィールドと、エマ ストーンと ジェレミー フォックスが3人でゲスト出演していて、3人が和気あいあいと仲良くしている姿は、みていて気分が良かった。
マーク ウェブ監督のスパイダーマンは、強さも弱さも抱える少年が煩悶しながら大人に成長していく人間ドラマとして描いていて共感できる。前回のスパイダーマンよりもずっと人間的で良い。だいたい、前回のスパイダーマンは、垂直のビルの壁を本当の蜘蛛のように這って登っていく姿が気持ち悪かったが、今回のスパイダーマンは、空を飛び、ビルからバンジージャンプして冷たい風を切る。気持ちが良い。3Dでニューヨークの摩天楼を飛び回りたい人は、必見!
2014年4月19日土曜日
映画 「ノア 約束の舟」
原題 :「NOAH」
監督: ダーレン アロノフスキー
キャスト
ノア : ラッセル クロウ
妻ナーメ :ジェニファー コネリー
養女イラ :エマ ワトソン
息子シャム:ローガン ラーマン
祖父 :アンソニー ホプキンス
コーランはムハメドが、610年に神の啓示を受けて、632年に没するまでの22年間に、神アラーから受けた啓示を編纂したものだ。ムハメドは預言者であり、預言者とは神の言葉を預かった者を指す。キリスト教ではイエスを「神の子」として信仰の対象にしているのに対して、イスラム教ではムハメドは人間であり、信仰の対象にはならない。信仰するのは、唯一絶対神のアラーだけだ。
一般にイスラム教は7世紀に始まったと言われる事が多いが、コーランによれば、この世が創られた時から根源的に神は存在していた、とされる。神はそれぞれの共同体に預言者をつかわせて正しい信仰と、正しい行いの規範を伝えさせた。アダム、ノア、アブラハム、モーゼ、イエスなどが、重要な預言者であり、ムハメドは、「最後の最も優れた預言者」である、とされている。
アダムやモーゼは旧約聖書の登場するが、コーランにもその名前が預言者として記載されていることに、意外な気がする。したがって、旧約聖書は、キリスト教にとっても、ユダヤ教にとっても、イスラム教にとっても、重要な人類の創世記について述べた宗教書ということになる。
キリスト教、ユダヤ教、そしてイスラム教にとって、共通して世界は「はじめは何もなかった。」のであって、神が天と地を創造した。旧約聖書は、イエス以前の神による天地創造の壮大な物語だ。
神はアダムとイブを創り、イブは蛇にそそのかされて禁断の果実を食べてアダムと共にエデンの園から追われる。アダムとイブは、カインとアベル、二人の男の子を持ったが、カインは嫉妬ゆえに弟アベルを殺し、エデンの東に留め置かれる。人々は邪悪に慣れ、高慢がはびこり、神は自分が創造した肉体をもつものすべてを皆滅ぼすことにした。しかし、預言者ノアだけは、過ちを冒すことなく正しく生きていたので生存することを許される。神の言われるまま、ノアは妻と3人の息子とともに方舟を作り、罪のない動物たちを方舟に乗せる。40日、40夜雨が降り、ノアとともに方舟に乗っていたもの以外の生き物は皆死に絶える。ノアは7か月と2週間のちに、陸に立ち神の祝福を受ける。 これが「ノアの方舟」の物語だ。
この「ノアの方舟」が映画化された。全米では上映開始後、記録的な入場動員数を上げて、すべり出しは好調。オーストラリアでも主演が、オージーの中のオージ―代表選手、ラッセル クロウだから、3Dの大型映画館は、大人気で込み合っている。
しかしイスラム教徒が多数を占める、カタール、バーレーン、アラブ首長国連邦、エジプト、ヨルダン、クエートなどでは、この映画の上映が禁止された。イスラム教では、神を偶像化することが禁じられている。アダムやノアやモーゼやイエスや「最後の最も優れた預言者ムハメド」を、役者が演じることも許されない。映画化は神や預言者を侮辱することになる、という。
宗教は、もとが同じでも、伝わり方によって、ことほどさように厄介だ。
ノアの方舟ときいて、動物がたくさん出てきて方舟に乗るところをとても期待して観に行った。大地を揺るがしてドカドカと、象やキリンやゴリラが方舟に向かってくるシーンは、大スペクタクルで迫力いっぱいで、単純に見ていて嬉しい。フィルムだからこそすばらしく勇壮な映像で、観客に強いインパクトを与えることができる。
エマ ワトソンが、部族の襲撃にあって生き残った少女がノアに救出され養女として育てられ、やがて長男と結婚して双子を生む、大事な役を演じている。ハリーポッターでは、顎のしゃくれた気の強い魔法使いだったが、すっかり大人になって可愛らしい。しかし、11歳でハリーポッターの映画の撮影が始まった3人の子役たち、ダニエル ラドリフ、ルパード グリント、エマ ワトソンの3人が、3人とも20歳になっても背が伸びなかったのは残念だ。
ウォッチャーズという岩の「おばけ」がたくさん出てくる。神の怒りに触れて岩にされて地上に降ろされた生き物だが、彼らが体を張ってノアたちを、方舟を乗っ取ろうとする邪悪な人間たちから救ってくれる。おかげでノアたち家族は全員そろって方舟に乗り遅れずに済むわけだけれど、ウォッチャーズがガンガン敵をぶっとばしたり、人間の束をわし掴みしてブン投げたりするシーンは、「ワールドワーZ」のゾンビと米軍戦闘シーンか、「指輪物語」の怪獣との乱闘シーンを見ているようだ。戦うだけ戦って、ボロボロになったウォッチャーズが次々と、神に許されてバキューン ドキューンと、天に召されていくところなど、ほとんど漫画のようだ。
CGを使って壮大なスケールで、預言者ノアのパワーを見せようとすればするほど、ノアがただの石頭の「頑固親爺」に見えてくる。なんといってもラッセル クロウだからかしら。ウェリントン生まれのオ―ジー俳優、50歳。男っぽさと喧嘩早いことで有名。「グラデイエイター」(2000年)撮影中、プロデユーサーブランコ ラステイングと喧嘩になって素手で殺しかけたけれど、結果としてアカデミー主演男優賞を受賞し、「ビューテイフルマインド」(2001年)でゴールデングローブ賞をとり、受賞スピーチの報道に文句をつけて番組プロデユーサーを壁に叩きつけ、「シンデレラマン」(2005年)では、NYホテルからシドニーの家に電話がかからないことに腹をたてボーイに電話をたたきつけ怪我をさせ、暴行容疑で逮捕された。そんなの彼には日常茶飯事。
ロックバンド「30 ODD FOOT OF GRUNTS」のリードボーカルでギタリスト。
おまけに彼は、ナショナルラグビーリーグ「ラビトーズ」のオーナーだ。
国民全体が間違いなくラグビー狂のオーストラリアで、プロのラグビーチームを所有するということが、どんなに英雄的なことか、、、彼をして男の中の男と、いわせる所以なのだ。選手15人を食べさせていけばよいというわけではない。試合に出場する強豪選手を支える2軍、3軍の選手たちをかかえ、地元シドニー南部のサポーターたちや、熱狂的なファンの会や、チアガールのグループを持ち、リーグ戦に勝ちぬかなければならない。体重100キロのバッファローのような男たちが100メートルを10秒で走り激突する。ラグビーは格闘技そのものだ。今季も彼の「ラビトーズ」は、「シドニールースターズ」や、「バンクスタウン ブルドッグス」や、「マンリーシ―イーグルズ」など強豪チームを相手に良い試合をしている。
また役者のなかにはパパラッチを嫌って、私生活を守るために逃げ隠れする俳優が多いが、ラッセル クロウは表裏なし、公私の隔てなし、どこからでも取材も写真も自由で、パパラッチはマイト扱いだ。ロックで、フットボール狂で、喧嘩の早い乱暴者だけど、これがオージー男の代表です。はい、、、。もんくありません。なのだ。
そんな男を主役にすえた聖書物語。本物のクリスチャンは、見ない方がいいかもしれない。
パラマウントが1億2500万ドルの巨費を投じて製作したスペクタクル超大型作品「ノア」。
よもや聖書のお話、と思わないで、ハリウッドアクション超大作娯楽映画というつもりで観に行くことをお勧めする。