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2013年3月24日日曜日

映画 「大いなる遺産」




原作:チャールズ デイッケンズ
原題:GREAT EXPECTATION
監督:マイク ニューウェル
キャスト
マグウィッチ  :ラルフ フィネス
ピップ      :ジェレミー アービン
ミス ハビシャム:ヘレナ ボンハム カーター
ステラ      :ホーリー グレンジャー
ストーリーは
孤児フィリップ ピリップ(通称ピップ)は、鍛冶屋の姉夫婦の家に引き取られていた。ある早朝、両親の墓に花を供えようとして、脱走犯に出くわしてしまう。そのいで立ちの恐ろしさから、言われるままに、秘密に食物とやすりを与える。その後、成長したピップは、村で唯一裕福なミス ハビシャムの屋敷に、彼女の姪のステラの遊び相手として、定期的に招ばれるようになる。ビップは貧しい少年を見下して高慢で意地悪なステラの態度に傷つきながらも ステラの美しさに心を奪われる。

その後、立派に成長したビップは鍛冶屋の見習いをしていたが、ある日、弁護士の訪問を受ける。匿名の人の好意で、資金を提供され、ロンドンで紳士になる修行を受けられることになったのだった。ビップはその匿名の人は、ミス ハビシャムに違いなく、立派な紳士になれば、ステラと結婚できるに違いないと思い込む。嬉々として、ピップはロンドンで、弁護士の仕事を手伝いながら、紳士修行に精を出した。しかし、ある日、子供の時に 自分が助けた脱走犯、アーサー ラステイグが訪ねてきて、ピップを一人前の紳士に教育する資金を提供したのは自分だと 告白される。彼は、イギリスを離れ、オーストラリアで、農場主として成功し、ピップに会いに来たのだった。その昔、罪に陥れられた、彼には妻も娘もいた。その娘がステラだったのだ。ピップはミス ハビシャムを訪ね、ステラに会うが、ステラはピップの気持ちを知りながら、ピップと敵対する大金持ちの俗人と結婚することになっていた。

失意のピップは アーサー ラステイグを、警察の追手から逃れ、もう一度、オーストラリアに帰そうとするが、失敗。逮捕されたアーサーは怪我を負い、死ぬ。ピップは紳士になっても、何一つ幸せを掴めないことを悟る。
というお話。

原作者 チャールズ デイケンズ(1812-1870)は ヴィクトリア時代を代表する作家。「オリバーツイスト」、「クリスマスキャロル」、「デヴィッド コバフィールド」、「二都物語」などが代表作。生家が破産したため、学校教育は4年しか受けられず、たった12歳で、独立。靴墨工場で働きながら、ジャーナリストになる夢を持ち、1834年、22歳でモーニング クロニクル紙の記者になった。自分をモデルに貧しい者達を小説に書き、成功。68歳で亡くなると、ウェストミンスター寺院に 英国を代表する作家として埋葬された。墓石には、「苦しみの多い抑圧された貧しい者の共鳴した、イギリスで最も偉大な作家だった」という文字が彫られている。
プルースト、ドストエフスキー、トルストイ、ジョージ オーエルなどから 高く評価された。英語圏の国々では 彼の作品が必ず教科書に用いられている。日本の国語の教科書に、森鴎外や夏目漱石が載っているようなものか。

それほどポピュラーな作家の作品だから、これまで7回も映画化されている。
最も印象に残っているのは、1946年 デヴィッド リーン監督によるのもだろう。白黒映画だが、この年のアカデミー賞、監督賞を取っている。ピップは ジョン ミルズ、ステラをジーン シモンズ、マグヴィッチを フィンレイ カリーが演じている。
1998年の、アルフォン カーロン監督によって、撮影された、同じ作品では ピップを、イサン ホーク、ステラをグレン パースロー そしてマグヴィッチを ロバート デ ニーロが演じている。

今回の新しい「大いなる遺産」では、ヘレナ ボンハム カーターの演じるミス ハビシャムの怪奇ぶりが秀逸だ。裕福で恵まれた家庭の一人娘だが 結婚式の当日に婚約者から婚約破棄の手紙を受け取り、それ以来、時間を止めて、ウィデイングドレス姿のまま、何十年も生ける屍のように生きている。引き取ったステラを可愛がり、他の誰をも信頼しない。屋敷は蜘蛛の巣と 埃にまみれている。そんな異常な女を、役柄にぴったりなヘレン ボンハム カーターが好演している。彼女、映画監督のテイム バートンの奥さんで、こんな人間離れした役ばかりやっている。ハリーポッターシリーズでも、ずっと怖い魔女役で出演していた。「レ ミゼラブル」では孤児コデットを虐待する叔母の役、「スウィートトッドフリート街、悪魔の理髪店」では、人肉でパイを料理する女の役、「アリス ワンダーランド」では、トランプの女王役になっていて、とても怖かった。全然ふつうの女性の役で出てこない。

囚人アーサー ラステイグが、オーストラリアに流刑にあったのち、羊の牧場主として成功する。大金を手にして、警察に追われながら、またロンドンに ピップに会うためにもどってくる。自分の命を助けてくれた少年を 一人前の紳士にしてやりたいという願いをかなえるだけのために、自分の命を粗末にする。そんなあわれな男の役を ラルフ フィネスが演じている。この映画で 彼が一番輝いている。2時間あまりの映画の中で、彼が出てきただけで役者の貫録というか、迫力が 他の役者たちに比べて全然違う。炎のように生きた男の人生が ことさら痛ましく感じられるのは、役者の存在感ゆえだろう。「ハリー ポッター」でも、「ブルンジ」でも、「「愛を読む人」でも、とても良かった。

現代社会では考えられないお話だが、階級社会が永遠に続くと思われていた、この時代に紳士になること、貴族社会で受け入れられることがそれほそ大切だったのか。いま考えれば、アーサー ラステイグは、じめじめ雨ばかりで、気候の良くないロンドンなどに見切りをつけて、せっかくオーストラリアで牧場主で成功したならば、どうしてピップをオーストラリアに呼んでやり、一緒に事業を拡げて、楽しく暮らさなかったのだろうか、と思うけど。囚人の移民でできたオーストラリアは、気候がよく、刑期を終えた囚人には土地が与えられ、イギリス階級社会からいったんドロップした人々にとっては 生きやすい土地であったはずだ。

そういえば ローレンスの「チャタレー夫人」にも、夫人がイギリス階級社会の誇りも何もかも捨てて、無教養で無口な「きこり」と一緒に、手と手を取り合って、「二人でオーストラリアに逃げましょうか。」という台詞があった。囚人がさかんに送られていたオーストラリアという新しい国を当時のヨーロッパ人が、どう捉えていたかが 推測されて、興味深い。
いま考えれば、二人してオーストラリアに移住したら、きこりは特殊技能を生かしてイングランド式庭園をつくる造園や、公園管理、林野庁に就職して出世できただろう。不能の夫をもったチャタレーが、名誉を捨てて 新開地で贅沢さえしなければ 彼と幸せなハッピーエンドもあり、だったかも。

時代は変わる。人の考え方も価値観も変わる。階級制度、奴隷制度、専制君主、男尊女卑、、、壊されるべきものは、壊される。いつまでも虐げられた者は 黙ってはいない。とってつけたような紳士の名誉よりも実質を。紳士淑女の虚礼よりも生の人間を、しっかり取り戻すことだ。