2017年3月2日木曜日

大混乱のアカデミー賞授賞式と、映画「HIDDEN FIGURES」

                             


2017年2月26日に開催されたアカデミー賞授賞式は、特別おもしろかった。
アカデミー賞のなかで一番肝心な、「作品賞」は、毎年5時間にわたる授賞式で最後の最後に発表される。最後のとっておきの栄誉だ。だからこの栄誉を受けた作品関係者は、受賞作の監督だけでなく、作品に関わった製作者やキャストの面々もステージに上がって、祝福を受け監督が受賞スピーチをするのが通例だ。
今年は、「ムーンライト」が受賞した。が、どこをとち狂ったか発表者が 「ララ ランド」と間違えて発表してしまい、「ララ ランド」の面々がステージに上がり、役者たちも抱き合い大喜びをして、監督は涙ながら受賞スピーチをし、製作者もスピーチをしている最中に、司会者から「重大な間違いが起きました。受賞作品は 「ララ ランド」ではなく、「ムーンライト」です。」と叫び始め、檀上は大混乱。急遽登場した 「ムーンライト」の監督の受賞スピーチが始まっても、ステージの 「ララ ランド」の面々は意味が解らず、茫然と檀上に残ったまま、ステージの上はただただ混乱して人々が右往左往していた。

映画「ボニーとクライド」は、1967年アーサーペンによって作られた映画史上で後世に残る名画だが、これを主演したのが、フェイ ダナウェイと、ウオーレン ビューテイーだった。1934年に起こった男女による連続銀行強盗の実際にあった事件を映画化したもので、二人は最後、警官に包囲され、それぞれが50発以上の銃弾を浴びて惨殺された。1930年代の少年少女の行き場のない退廃的な社会状況の中で、貧しく恵まれない大人になったばかりの男女が強盗に走る姿が、アーサー ペンの切れ味の良いシャープな映像と、テンポの良い音楽に乗せて映し出される、素晴らしい作品だった。この作品がアカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞にノミネートされて、今年で60年目となる。

そこで、フェイダナウェイ、76歳と、ウオーレン ビューテイー、79歳が、手に手を取って、今年のアカデミー賞のステージに華々しく登場して、作品賞を読み上げたのだが、それが間違っていて、大混乱を起こしたのだった。このとき、ウオーレン ビューテイーが、ステージで封をされた封筒を開けて、中に書かれた作品名を読み上げるはずだった。ところが中の紙を彼は読まず、フェイ ダナウェイに渡して彼女に読ませた。誰もがゴールデングローブ賞をすでに取っていた「ララ ランド」が、作品賞を獲ると思っていた。で、フェイが、「ララ ランド」と言って、アカデミー賞始まって以来の大失態が起きた。ウオーレンは自分が読まずにフェイに読ませたのは、彼女に華を持たせたかったのか、自分が何十年かぶりの舞台に立って舞い上がってしまって、字が読めなかったのか どうか事実はわからない。わたしは、フェイ ダナウェイが予定外に、突然紙を渡されて、眼鏡なしに字が読めなかったのではないかと思う。

あとでアカデミー審査委員が、間違った封筒をウオーレン ビューテイーとフェイ ダナウェイに渡してしまったと、言い訳していたが、そんなわけはない。ステージの上でフェイが持っていた紙には、確かに「ムーン ライト」と書かれ、それをカメラが大写しでとらえていた。メデイアは、審査委員のミスだったということにして、80歳ちかくになった二人の往年の名優をかばったのだろう。

という訳で、今年のアカデミー賞はハプニングがあったり、パーキンソン病で20年も前に惜しまれながら引退したマイケル フォックスが足を引きずりながらも元気な姿で出て来たり、ジャステインテインバーレイクの歌も、ステイングのパフォーマンスも良くて、なかなか見ごたえがあった。

中で3人のアフリカンアメリカン女優が、仲良く肩を組んで司会に出てきたのは嬉しかった。3人は新作映画 「THE HIDDEN FIGURES」(隠された人々)のヒロインたちだ。
1969年 ガガーリンが世界で初めて人工衛星で宇宙に飛んだ。アメリカではNASAの宇宙開発をしていて、天才的数学者のアフリカンアメリカンの女性たちがそれを支えていた。彼女たちは人間コンピュ-ターと言われ、IBMがコンピューターを開発する前までの 宇宙工学と宇宙物理学的な数字をはじき出すために無くてはならない存在だった。
しかしこの事実は白人、男性優先社会では公にされず隠され続けてきた。黒人がまだ公民権を持っておらず、黒人女性が大学院で学ぶ前例もなく、公共の場では、トイレも学校も、劇場の入り口も、「白人専用」、「カラード専用」と区別されていた時代だ。
映画の中で、数学者キャサリン ジョンソン扮する、タラジア ヘンソンが、仕事をしているNASAのビルには、カラード用の女性トイレがないため、遠くのビルまで走っていかないとならなかったり、全員白人の職場でいやがらせに、コーヒーまで 「白人専用」、「カラード専用」と分けられたりして、いじめられる姿が出てくる。それを知ったボスの、ケビン コスナーが怒り狂って、全職員の前でナタで「白人専用」トイレの看板をたたき割る。で、「きょうからトイレはみんなのものだよ。」と宣言する。年取った、ケビン コスナーがとても良い。とても良い映画だった。

それで、この作品はアカデミー賞に縁がなかったが、3人のアメリカのこれまで隠されていたヒーロインたちが、本物の天才数学者で工学博士のキャサリン ジョンソンをステージに連れて来た。スタンデイング オベーションで迎えられた車椅子の彼女の登場は、威厳のある美しい女性で、アカデミー賞の華を添えた。

映画「THE HIDDEN FIGURES」
監督:テオドール メルフィ
キャスト
タラジ P ヘンソン:キャサリン G ジョンソン
オクタビア スペンサー : ドロシー ボウガン
ジャネル モネイ メアリー ジョンソン
ケビン コスナー : アル ハリソン
クリステイン ダンスト :ビビアン ミッチェル
グレンパウレル:ジョン ハーシェル グレン宇宙飛行士
マハーシャラ アリ:キャサリンの夫

アカデミー賞は、白人のショーと言われて久しい。審査員はユダヤ人が多い。
だからユダヤ人差別発言を酔ったついでに言ったことがあるオージー監督のメル ギブソンは これこそが今年の映画の中で最も優れていると思われる、良心的兵役拒否者の沖縄戦を描いた 「ホーカス リッジ」が作品賞、監督賞、主演男優賞にノミネートされていたにも関わらず、編集賞を獲得しただけだった。とても残念だ。

しかし アカデミー賞に集まったアーチストたちは、はっきり「反トランプ」だ。メリル ストリープはアカデミー賞の大御所で、トランプが大統領になる前から激しく批判を繰り返していた。トランプも大人げなく、メリル ストリープなんか、大したことない影響力のない女に過ぎない、とコメントしてきた。司会者のジミー キンメルは、アカデミー賞が2時間過ぎたところで、「みなさん トランプが何も、ツイッターしてきません。」と言って、会場を沸かし、「メリルが ハーイって言ってるよ。」と、トランプにむけて、自分の携帯でメッセージを送って見せて、笑わせたあと、メリル ストリープをみんなが支持しているところを見せてあげよう、といって、会場の全員がスタンデイング オベーションでメリル支持表明した。

また、前回の受賞者として登場した役者のガエル ガルシア ベルナールは、受賞者の名前を読み上げるだけでなく、自分の言葉で、「アートに国境はない。メキシコ人として、人間としてアメリカとメキシコの間に壁を創ってはいけない。」と発言した。
去年のアカデミーは受賞者が全員白人だったことから「ホワイトアカデミー」と揶揄されたが、今年のアカデミーは、反トランプの勢いでさしずめ 「ブラック アカデミー」と言えよう。

作品賞を獲得した「ムーンライト」は、アフリカンアメリカンの少年がマイアミの貧しく暴力的な黒人社会の中で自分のアイデンテイテイーを模索しながら成長していくお話。製作予算も小さく特に有名俳優を使っているわけでもない小品だ。しかし、アフリカンアメリカンでゲイという少年にとって、社会がいかに不条理で厳しく、生きにくい社会であることか、を物語っている。心に響く作品だ。
助演男優賞をこの作品でマヘシャラ アリが受賞した。この役者は、「HIDDEN FIGURES」で キャサリン ジョンソンの夫役でも出演している。母親役のナオミ ハリスは助演女優賞にノミネートされていた。
また助演女優賞には、映画「フェンシズ」(「柵」)で、主演ベンゼル ワシントンの妻役を演じたビオラ デイビスが獲得した。
アカデミー作品賞 「ムーンライト」を監督したバリージェンキンスは、受賞のスピーチの最後に、この賞はすべての肌の黒い人々のためにある、と言って、このアカデミー大祭を締めた。反トランプに沸いて、アフリカンアメリカンの受賞が多数の「ブラック アカデミー」となったが、これを一日だけのお祝いにすることなく、ずっと継続していってもらいたい。