2015年6月13日土曜日

映画「ウーマンインゴールド」ユダヤ人の戦後賠償




原題:「WOMAN IN GOLD」ウーマン イン ゴールド
監督: サイモン カーテイス
キャスト
マリア アルトマン    :ヘレン ミラン
ランデイ ショエンベルグ:ライアン レイノルズ

「サンマルコの馬」という例がある。
ヴェニスのサン マルコ大聖堂の入り口に堂々と聳え立っている有名な4頭の青銅の馬のことだ。今にも踊りだして全力疾走しそうな巨大で躍動感のある馬だから、一度でもヴェニスを訪れて見た人は、容易には忘れられないだろう。4世紀に身元不明のギリシャ人彫刻家によって作られたものだったが、ビザンチン帝国皇帝によってコンスタンチノーブルに持っていかれた。しかし十字軍がコンスタンチノーブルを陥落させると、馬たちはヴェニスに運ばれ、サン マルコ大聖堂の設置された。その後ナポレオンがヴェニスを制圧すると、馬たちはパリまで運ばれて、凱旋門の上に飾られた。その後ワーテルローの戦いでナポレオンが追放されると、再び馬たちはヴェニスに戻されサンマルコ大聖堂の正面バルコニーに置かれた。誰が持ち主か。

戦後賠償と一言で言うが、侵略によって略奪されたものは、どこまで遡って返却すれば賠償したことになるのだろうか。600万人のナチスによって虐殺されたユダヤ人の命を賠償することはできないが、略奪されたものを返却させることはできる。しかしナチスが台頭する前までの、ユダヤ人の財産はそもそも彼らの所有物だっただろうか。富を蓄える過程で巧みな商法で奪い取るようにして所有したものもあっただろう。

この映画は、「ウィーンのモナリザ」と呼ばれていた、グスタフ クリムトの名画「アデル ブロックバウアの肖像画」を、ナチスに奪われたユダヤ人家族が 戦後所有権を主張してオーストリア政府から取り戻す過程を描いた映画だ。思い出深い絵画の返還を求めて、収奪されたものは奪い返さなければならない、という強い意志を持ったユダヤ人女性と弁護士との感動の物語だ。2006年に話題になった実話で、当時ニュースにもなったのでよく憶えている。他に、ナチスドイツに強制労働させられたユダヤ人たちがシーメンスやフォルックスワーゲン社を相手に損害賠償を求めて財団が設立され総額100億ドイツマルクが、50%企業、50%政府によって支払われた。これも2006年までに賠償が終わっている。

しかしイスラエル建国にあたって、パレスチナの土地を軍事攻撃と共に奪い、住んでいた人々を狭い特別区に囲い込み彼らの人権を蹂躙し、現在も入植地を拡大しているユダヤ人の強欲を目の当たりにしていると、ならば、戦前そこに住んでいたパレスチナ人に土地を返却することはできないのか、と問い質したくなる。ユダヤ人の物だった絵画は60年経って所有権を認めさせたが、パレスチナの土地はもとの住民に返せないのか。略奪されたものは、どこまでさかのぼって返還されるべきなのか。戦後処理、損害賠償というけれども、本当のところは、人々は奪われたものなど、決して取り戻せないのではないだろうか。何と人々は、戦争によってたくさんのものを失ってきたのだろうか。

ストーリーは
オーストリア、ウィーンの裕福な家庭に生まれ育ったマリアは、自宅に飾られたクリムトの「アデル ブロック バウアの肖像画」が、制作された時のことをよく覚えている。まだ子供だったが、絵のモデルになった伯母には、子供がなかったので、姪のマリアを自分の子供のように可愛がってくれた。アデルはユダヤ人財産家フェルデイナンド ブロック バウアーの歳の離れた若い妻で、ウィーンの上流階級のサロンの華だった。フェルデイナンドがクリムトに注文した妻の肖像画は、3年かけて1907年に完成したが、ふんだんに金を使って描かれた豪華な作品だった。アデルがこのとき身に着けていたダイヤモンドのネックレスは、その後マリアのものになった。
マリアはオペラ歌手と結婚し幸せだったが、ナチスの台頭に伴い不穏な空気が感じられるようになると、アデル達叔父一家は、いち早くスイスに亡命する。しかしマリアの両親が国外脱出を決意したときには、時すでに遅く、国境はナチスによって閉鎖されていた。屋敷は軍に接収され、マリアたちは同居する軍人たちに監視されるようになった。マリアと夫だけ両親を残して、監視の目を欺いてやっとのことで、アメリカを安住の地に到着した。しかしそのときに、受っとったニュースは、両親の死の知らせだった。

その後マリアは年を取り、息子を育てあげ、寡婦となり、気ままに小さな洋品店を経営して暮らしてきた。しかし両親を含めて大切な人たちをナチスに殺されたことに対する憎しみは年をとっても減るどころか強くなるばかり。そんなある日、新聞でユダヤ人がナチスに奪われた財産の、損害賠償裁判が始まったことを知る。息子は弁護士だ。アメリカ生まれの息子には、むかしウィーンで、ユダヤ人たちに何があったのか話したことはない。しかし今こそ自分たちユダヤ人が失ったものを取り返すべき時ではないのか。息子を説き伏せてマリアはオーストラリア政府を相手に、クリムトの絵画の所有権を求めて訴訟を起こす。母と息子は幾度もウィーンとロスアンデルスを行き来する。一審で敗訴。オーストリアの最高裁までいき、とうとう絵画の所有権は、認められなかった。力尽き、マリアはあきらめる。しかし、息子は、絵が所有者だったフェルデイナンドが亡くなったとき資産の後継者としてマリアの名前を指定していたことを証明する書類をみつけ、今度はアメリカで国際裁判を起こす。ついに勝訴。とうとう絵画の所有権がマリアにあることを、オーストリア政府に認めさせた。

こうして2006年、戦後60年経って、オーストリア政府のものとしてウィーンのベルべーレ宮殿のオーストリア美術館に展示されていたクリムトの「アデル ブロック バウアの肖像画」と他5点のクリムトの絵画が、マリアのものとなり、ロスアンデルスに移される。その後、マリアの死後に、絵は元駐在オーストリア大使でユダヤ人損害賠償世界機構のエステイーローダ社長、ロナルド ラウダーによって1億3500万ドルで購入され、ニューヨークのノイエ ギャラリーに飾られ現在に至る。
というお話。

戦争で両親を殺され、筆舌尽くしがたい思いをしてアメリカに渡って来たユダヤ系オーストリア人のマリアが自分の体験を、すっかり年をとり孫ができるまで息子に話さなかった。そんな母親の体験を知るうちに、のめり込んで自分の家族や仕事まで捨てて取りつかれたように絵画の所有権のために奔走し、ついに成功する息子の感動物語だ。
オーストリア政府を相手に超然と立ち向かっていくヘレン ミレンが神々しい。彼女はもう英国の国宝のような役者だ。クイーンエリザベスの役で映画でも舞台でも演じて高い評価を受けている。彼女のクイーンズイングリッシュは完璧!息子役のライアン レイノルズのめろめろアメリカ英語とは対照的だ。そんな誇り高い彼女が、「アシェイムド、オーストリー!」(オーストリア 恥を知れ!)と映画の中で、二回も叫ぶ。彼女は半世紀ぶりに自分が生まれ育ったウィーンに戻ってきて、カフェに入っても絶対国の言葉を使わないで英語で通す。頑固だ。立派な歴史的建造物の政府官庁の床を、正しい姿勢で挑戦者然として、ハイヒールの靴音高く歩く姿も、貫禄たっぷりだ。ナチスが自分たちから略奪した絵画を、泣き寝入りせずに取り戻した勇気ある女性の反骨精神を、熟練女優が好演している。

映画の中で、「個人に戦後賠償なんてしていったら国際問題に発展しちまうぞ。日米間なんか大変な外交問題になるぞ。」と政府関係者がいう台詞がでてくる。日本の敗戦後、GHQによる占領で日本の美術品が米軍を通してどれだけ国外流出したかわからない。占領軍は一般家庭に土足で踏み込み刀や焼き物など貴重品を当然の戦利品として持って行った。しかし、同じように日本軍が中国やアジアの国々で侵略したときは、地元の人々から欲しいまま略奪したから戦後賠償を戦後求められる立場になかった。にも拘らず、米国人が持ち去った美術品などを返却しなければならないのか、と心配する米国人の心情は興味深い。

このクリムトの「アデル ブロック バウアの肖像画」は、オーストリア美術館から、マリア個人の所有となり引き取られていったがこのような法廷闘争を、快く思っていなかった人々も多かったのではないだろうか。マリアにとって、思い出の深い絵画だったが、マリアがもし音楽家だったら、所有権を主張するのは、父親が所有し演奏していたストラデイバリウスでも良かったはずだ。ストラデイバリウスのように希少価値のある人類の遺産は、個人所有を認めずに、公正な機関を通じて、すぐれた演奏者に貸与されるべきだと考える。

そもそもクリムトの絵画は誰のものなのか。美術品は個人所有が許されるものだろうか。世界共通で、人類の財産としての作品に、価格をつけ所有することができるだろうか。もとの所有者に返還するというが、いつまで遡ってもとの所有者と断定するのか。芸術を所有するとは、何なのか。

時として人は、一枚の絵、ひとつの曲、美しい詩に出会って人生が変わることがある。美しいものとの出会いは、人の人生を変えてしまうパワーがある。だから、わたしたち人間は、芸術なしに生きていくことはできない。
すぐれた芸術作品は、個人のものではなく万人のためのものでなければならない。クリムトのこの絵は、間違いなく国宝級のすぐれた芸術品のひとつにあげられる。見るごとに新しい発見がある。「アデル ブロック バウアの肖像画」は、本物の所有者が誰のものになろうが所有者に関わりなく、人々から愛されて、絵葉書になったり、ノートの表紙に使われたりしている。またブテイックの包装紙の図柄になったり、Tシャツになったりして、私たちの身近な存在になっている。絵画というものは、高い価格で億万長者個人のもとに引き取られていくよりは、無数の良くできた復製画がたくさんの家庭の居間に飾られて居心地の良い空間を作りだし、人々の手に触れられて愛される方が、クリムトなど画家にとって、幸せなことではないだろうか。