2013年10月25日金曜日

山でオットと2日目:室堂から黒部湖へ

     


翌日、弥陀ヶ原から高原バスで室堂に行く。
室堂は立山、剣縦走の拠点地だ。手前に、「雪の大谷」という雪の名所がある。毎年8メートルもの積雪があるここは雪の吹き溜まりで、時として20メートルもの深い雪が溜まる。除雪車で 両側に切り立った氷の道を作って、4月から6月までの間、観光客が500メートルもの長い、雪に囲まれた道を歩くことができる。それがすっかり溶けてなくなってしまった今は、室堂ターミナルは観光客と立山登山者とでごった返していた。

今日の室堂は強風が吹き荒れている。山の上のほうは大変だろう。素晴らしい眺めだ。昨日はガスがかかって見えなかった剣岳が立山の横からくっきりと頭と肩を出してそびえ立っている。立山連峰が全部見える。立山の主峰、雄山3003メートル、浄土山2831メートル、別山2880メートルが目前に聳えていて、大日連山、国見岳、天狗岳も立派だ。

ここには水蒸気やガスを噴き出す地獄谷があり、火山活動によって爆発した火口をみせていて、今もなお小さな爆発を繰り返している。学生のころ立山を登った時は、地獄谷のなかを自由に歩けた。硫黄のにおいに閉口しながら、ガスが噴き出て、まさに地獄のような岩場を歩いたものだった。もう一度、地獄を見られると思っていたら、今は、立ち入り禁止になっていた。3-11の東北大震災が起きたとき、地盤が変動して、きわめて有毒なサリンガスが噴出するようになったからだという。本当に山は生きているんだな。だから絶えず変化をしながら、人を惹きつけて止まない。

室堂で山岳ガイドについて1時間半かけて、みくりヶ池を一周するトレッキングに参加したかった。参加したかった。本当に参加したかった。早朝なので、みくりヶ池に映える立山、剣の絵葉書のようなみごとな写真が撮れるに違いない。しかしオットが室堂で高原バスを降りたところから一階まで上がって、外に出ることも、2階に上がって展望台に行くこともできない。ヒューヒュー喘息の息をしているオットを放って、ツアーのみんなは嬉々として山岳ガイドに付いて出かけてしまった。
階段しかない室堂ターミナルで 隣接する立山ホテルのカフェを見つけてオットを座らせる。コーヒー1杯で、1時間ねばるようによくよく言い聞かせて、脱兎のごとく地獄谷の方向にむかって走り出す。剣の写真を撮るために。だいだい山で、走っている人なんかいるわけがない。ひどい形相で転がるように走る私を不思議そうに見る人々、、、わー見ないで、見ないでー!風だと思ってください。
風が強くてなぎ倒されそうだ。強風に逆らってガシガシ走る。1時間でできるだけ剣岳が良く見えるところまで行って写真を撮らなければ、、。やっと、目的を果たして写真をバチバチとると もう1時間経っている。向うから大荷物を背負った青年がやってくる。ライチョウに会いましたか?と笑顔で話しかけてくる。大日岳からずっと縦走してきた、という。うらやましいぞ。
大急ぎでターミナルまで戻りオットの身柄を引き受けて、駅に隣接する立山自然保護センターに連れていき、ライチョウの生態のフィルムを並んで見る。大画面に映し出されるライチョウを追ったフイルムを見ただけで本当にライチョウに会ったような気になれる。しあわせ。

標高2450メートルの室堂からトンネルの中をトロリーバスで、立山を横切って大観峰2316メートルに行き、ロープウェイで黒部平1828メートル、黒部湖1455メートルまで下る。とにかく人が多い。トロリーバスもケーブルカーもたくさんの人が乗車の順番を待っている。乗り換えごとに、ツアーコンダクターは、ツアーの面々に付いて行けなくて、駅のど真ん中で遭難している私たちを、人込みの中から探し出して順番の先頭に押し出すことで大変苦労していた。ごめんなさい。

黒部湖で遊覧船に乗る というのがツアーの目玉のひとつだったが、強風で遊覧船は出ないことになった。標高1433メートルの黒部ダム0.8キロの距離を歩いて渡らなければならない。アルペンルートを富山側から来たのだから、長野県側に出なければならない。オットを支えて歩かせる。少し歩いては、甘いものを食べさせて、また少し歩いては飲み物を与える。何のことはない私のやっていることは動物の「調教師」と変わらない。
黒部ダムはこのオットではなく、死んだ夫が昔、熊谷組に居た時に建設に関わった。山が深く道がないので資材を運ぶ運搬ルートを整備することが大仕事だった、とよく聞かされた。ダムの側面に殉職者慰霊碑がある。黒部のダム開通までのドラマを映画化し、石原裕次郎が主演した「黒部の太陽」は、有名だ。見てないけど。
新田次郎の「点の記」は、剣岳が主役だが、映画化されてとても良かった。実際に、撮影のためにスタッフも役者たちも剣岳を登坂したというが、重いカメラをもった撮影班は大変だっただろう。今またこの時の映画監督、木村大作は、黒部で新しい映画の撮影に入っているという。「春を背負って」というタイトルらしい。楽しみだ。

黒部ダムからは、真正面に赤沢岳2678メートルがとても立派に見える。とおく後立山連峰が大きく広がり、白馬山脈につながっていく。ダムの上0,8キロをようやく渡り歩き、扇沢行のトロリーバスに乗らなければならない。40段の階段がそびえ立っている。関西電力が山を掘って、岩をぶち破って作った山の地下を走るトロリーバスだ。1段 1段 オットをなだめすかし、飴を与え,鞭で脅かして登る。そのあいだ、たくさんの人が、「大丈夫ですか」と聞いてくれる。大丈夫なわけないだろーが!秘境で山をぶち抜いて作ったダムを歩いているのだから、大変なのはわかる。しかし車椅子の人がアルペンルートに来られるようになるのは、いつのことだろうか。

扇沢からバスを乗り換えて、黒部ロイヤルホテルへ。落葉松に囲まれたモダンな洋館だ。夕食はフレンチ。
男女別の露天風呂まである。でもオットには大浴場は無理。外国では温泉に、水着を着て入る。ずっと前、私の友達が男同士で露天風呂に入っている写真をフェイスブックにアップした。アメリカンスクール育ちの娘は、ニッポンの中年男達が裸で露店風呂に入っている写真にショックを受けて、すぐにフェイスブック友達から外して絶交した。娘はニッポン人が温泉で酒を飲んだり、くつろいだりするのを全部裸でするものだ、ということを知らなたっかのだ。私も公衆浴場や温泉で他人とくつろぐ経験がない。どんなものか 覗いてみたが沢山の人がいるところに入っていく勇気がない。深夜、オットを寝かせて、そっと誰もいない巨大な檜の風呂にちゃぽんと入り、泳いでみて、露天風呂に浸かってみた。石でできた温泉は深さも十分あり垣根で外の風や雨を防ぐ工夫がされているが、遠くの山が見える訳ではなく、宿の庭が見られるようになっている。これが森林浴か?経験してみたが、肌は本当にスルスルになった。だから人気なんだな。なっとく。