2009年8月8日土曜日

浦沢直樹「MONSTER」



浦沢直樹のコミック「MONSTER」全18巻(小学館)を読んで、とっても おもしろかった。

この人の作品、「20世紀少年」22巻と「21世紀少年」上下(小学館)の 計24冊を読んで この作者の構想の広がり方、登場人物を小まめに使いながら お話の枠を広げて大きくしていく独特の描き方にとても引かれた。この「MONSTER」も、読んでいるうちに どんどん話の筋に引き込まれていき 気が付いたときには18冊読み終わっていた。途中ダレることなく 一気に24冊とか18冊を 読ませる力を持っている この人は構想力のある とても頭の良い作者なのだろう。
彼の作品の終わり方も、独特で ひとつの結論を彼は出さない。だから人によって 最後の解釈が全然ちがってくる。

「20世紀少年」も、結論の読み方が 読む人によって 随分違ってくるのだろう。読んでいる間中 お面を被った「ともだち」が誰なのか それが知りたくて 知りたくて 読み進んできたが 最後の最後「ともだち」は ケンちゃん以外は 誰も名前さえ覚えていなかった影の薄い男の子だった。ケンちゃんが その子のことを 憶えていたのは自分がその子に ものすごく卑怯なことをしたからだった。その意味で 世界を破壊する「ともだち」は 自分自身のなかにある敵だった、と言うことも出来る。
「MONSTER」も、結論と解釈が人によって全然ちがったものになると思う。

ストーリーは
東西ドイツの間の壁が取り払われる前 1986年。東独から元貿易局顧問が妻と10歳になる男女の双子を連れて 西独に亡命してくる。しかし、その直後に 夫婦は殺され、男の子は銃撃をうけて半死状態で発見される。瀕死の男の子の手術を担当したのは デイュッセルドルフ私立病院の 天馬賢三医師。優秀な外科医。 卓越した技術と医師としての使命感 そして謙虚な姿勢で、同僚からも 患者達からも 信頼されていた。病院長の娘と結婚して 外科部長に抜擢されるところだった。
しかし、男の子の救命を優先したため、同じときに、院長に頼まれて 脳血栓で倒れた市長の手術が手遅れになったことで、怒った院長から 憎まれ、婚約者の娘も失うことになってしまった。

天馬医師が救命した少年ヨハンは 順調に回復する。両親は死亡。殺人現場で発見された 双子の妹アンナは 事件の衝撃で口が聞けない状態になっていて、同じ病院に収容されていた。しかし、ある日、突然、ヨハンとアンナは姿を消す。そして彼らの治療に関わっていた病院長や医師たちが、天馬を除いて 全員 毒殺死体で発見される。

9年たった。
ハンブルグで、ケルンで、ハノーバーで、4組の子供の居ない中年夫婦の死体があがる。そしてこの事件に関わっていた警察官達までが 毒殺されて発見される。

ハイデルベルグに10歳までの記憶のない 19歳の少女がいる。名前はニナ。飛び切り明るい快活な娘で 養父母に引きとられて幸せに暮らしている。養父母を本当の両親だと思っている。しかし心理学者ガイテル医師は 二ナの失った記憶が 何か途方もない恐怖によって閉じ込められたものに違いないと確信している。
そのニナに突然、20歳になった日に迎えに行く というメイルが入る。ニナは 漠然とした恐怖感に襲われながら 偶然、天馬医師と出会う。帰宅したニナを待っていたのは 最愛の養父母が殺害された姿だった。養父母の惨状を見て、二ナは一挙に 双子の兄、ヨハンの記憶を 取り戻す。

10歳のときに 両親を殺したのは兄のヨハンだった。両親を殺した後、銃をアンナに渡して 自分の眉間を指して ここを撃てと命令したのはヨハンだった、と天馬にいう。アンナはモンスターのヨハンを しっかり撃ったのに、どうして天馬医師は ヨハンを救命してしまったのか、と責める。そして、ニナ(アンナ)は ヨハンというモンスターを殺して殺人行為をやめさせられるのは自分だけだと考え ヨハンを追って旅に出る。

ヨハンの殺人行為に深く関わってしまった天馬はいまや 大量殺人事件の重要参考人 殺人容疑者だ。天馬は自分が殺人鬼モンスターの命を救ってしまった為に、沢山の犠牲者が出ていること知って、自分が責任を持って ヨハンを始末しなければならないと考え 自分もまた警察に追われながら ヨハンとニナの後を追う。

ヨハンは バイエルンに現れる。実業界の大物に近ずいて 彼の秘書に納まっている。この男の昔の愛人が ヨハンとアンナの母親の親友だったことが わかったからだ。母親がチェコスロバキアで 生きているかもしれないと知って、ヨハンはプラハに向かう。
昔、プラハに 政治犯の子供達だけをあつめた孤児院があって 様々な人体実験と教育実験が行われた という。そこで育った子供達や職員達は ある日、互いに殺しあって その場に居た全員が死亡するという事件があった。
すべてを読む 鍵は このキンダーハイム孤児院だ。
というお話。このあとも長いけど、ここまでしか言えない。

簡単に筋だけ触れたが ものすごく沢山の登場人物がいる。その人々それぞれが ドラマをもっていて 複雑にヨハンの過去にからみあっている。酒癖の悪い私立探偵、天馬の同級生のサイコセラピスト、無医村の医師、ジャーナリスト、極右団体、戦争犯罪人 昔の婚約者、天馬になついてしまった孤児、若い志を持った刑事、それらがみんな複雑に関わりあって話を重層的なものにしている。

しかし、この物語のおもしろさは、ヨハンもアンナも自分の過去を憶えていない というところにある。ずばぬけて秀でた頭脳を持ち 人を殺すことなど何とも思っていないヨハンが 自分の過去を探し出しながら 自分の過去に関わった人々や育ててくれた人たちを 次々と抹殺していく。それを追う アンナが彼女もまた10歳までの消えていた過去を 徐々に よみがえらせていく。またそれを追う天馬がヨハンの過去を洗いながら 追い詰めていく。天馬は 自分の無実の罪を証明する為にヨハンを追っているのではなくて ヨハンの命を奪うために追っているのだ。それをまた 執拗に追う、ルンケ刑事の執念。
読者は ヨハンの過去への旅とともに、殺人が繰り返されながら ひとつひとつの彼の過去を知っていくことになる。

どうしてヨハンが 殺人鬼となり 自分の過去を抹殺しなければならないのか、、、それは、ヨハンとアンナと天馬と ルンケ刑事が一堂にに 顔をあわせたときに 一挙に山場をむかえる。
最後 天馬ははどうなるのか 解釈は それぞれだ。
 
双子の兄妹がいる。そのうち 一人を母親が切り捨てなければならないとき 連れて行かれた子供よりも、時として それを見送らなければならなかった子供の方が 傷が深い場合もある。
ヨハンの自己破壊、自己消滅願望は 幼い妹を守りきれなかった 贖罪からくる と言えないことはない。

結末は、これで一件落着ではない。じつに多くのことを 語っている終末。ヨハンの旅は終わっていないのだ。
ただ、人は 空のベッドをみることができるだけだ。

本当におもしろいコミックだった。