2009年2月12日木曜日

オペラーストラリア公演「魔笛」




今年度、前期のオペラオーストラリアの興行が始まった。

昨年のオペラの出し物が 押しなべて低予算興行で 印象に残るものがなかったので、嫌が上にも今年の出し物に 期待をつなぐ。もし、今年の興行も低調だったら、もうオペラオーストラリアとは おさらばだ。毎年10万円だして、自分の席を確保してきたが、団員達が努力しないのならば 観にいく意味がない。カラスとドミンゴのDVDを観ていた方が 余程気が利いている。

いつも、行く度に腹が立って叫びだしそうになるが シドニー名物のオペラハウスにはエレベーターもエスカレーターもない。長い階段を年寄り達が 死ぬ気になって手すりにつかまって上がっていかないと たどり着けない。非常識で、反社会的だ。

2千人収容の会場に 舞台装置を運ぶ為の 荷物用のリフトがあるきりだ。身体障害者や長い階段を歩けない年寄りは この貨物用のリフトで 会場に案内される。着いた先から、やはり、階段をいくつかは 登らなければならない。内部が全席 階段状になっているからだ。職員がいつも二人がかりで 車椅子の人を大汗かいて運び上げている。膝が悪く 喘息持ちの夫とオペラに行くたびに、これがもう夫にとって最後の機会かもしれない と思いながらゼイゼイ言いながら階段を登る夫を見ている。

モーツアルトのオペラ「魔笛」を観た。
2幕、2時間40分。3月19日まで。
ストーリーは、
見たこともない不思議な生き物達が生息する不思議な森で、王子タミーノは 道に迷って途方にくれている。突然、大蛇が現れて、気を失ったところを 「夜の女王の国」の3人の侍女に救われる。侍女たちは、美しい王子をみて、夜の女王を呼びに行く。タミーノが気がついてみると 横にパパゲーノがいて、大蛇が死んでいるので、彼が助けてくれたのだと思い、友達になる。パパゲーノは女王に献上する鳥を捕まえる為に森にきていたのだった。

そこに、3人の侍女が女王を連れて、やってくる。夜の女王は、娘のパミーナ姫が 「ザラストロの国」に誘拐されてしまったので、助けて欲しいと、懇願する。パミーナ姫の絵姿を見て、タミーノは一目で恋をする。そこで、タミーノとパパゲーノは、勇んで姫を救い出す為に ザラストロに向かう。

ザラストロの神殿に着いたタミーノは パミーナに出会って、二人は同時に恋に陥る。二人をみながらザラストロは、 悪いのは太陽をさえぎってこの世を闇で閉ざしている夜の女王だ、という。タミーノは パミーナにふさわしい王子かどうか ザラストロの与える試練の儀式を受けることになる。

庭にパミーナが眠っている。そこに奴隷頭のモノスタトスが来て タミーナを自分のものにしようとする。すんでのところで 夜の女王がやってきて、娘を救い、娘を連れ去ったザラストロに復讐する為に 剣を渡してザラストロを殺すように命令する。
言われたとおりに パミーナはザラストロの前に出るが 彼にこの国の神聖な殿堂で、復讐などという愚かな考えは なくすようにと言って、パミーナを諭す。

パミーナは 恋するタミーノに会いに行くが タミーノは沈黙の修行をしている最中で、パミーナが話しかけても返事もしてくれない。パミーナはそれを見て 彼が心変わりしたのだと思い込んで、母のくれた剣で自殺しようとする。そこを、3人の童子がかけより、パミーナをタミーノのところに連れて行く。タミーノは 今度は水の試練と火の試練を受けるところだった。パミーナは タミーノとともに、この試練をくぐりぬける。
ザラストラを裏切って夜の女王の僕となったモノスタトスが夜の女王とともにザラストラの神殿を襲撃してくる。しかし、ザラストラの光の強さに打ち負かされて 夜の女王は去っていく。ザラストラは太陽を讃え、タミーノとパミーナを祝福する。
というハッピーエンドのおはなし。

このオペラの見所は 極端な高音と極端な低音だ。
夜の女王のコロラトーラソプラノはオペラのなかでも最高音をコロコロと鈴がなるような豊かなソプラノで歌わなければならず 難曲中の難曲と言われている。 そして、その対極となるザラストロの最低音 バッソプロフォンドだ。彼の曲もこれ以上低い音を出すのは不可能、というような低音を王者の風格と威厳をもって歌う。 可憐な娘パミーナと、美少年タミーノをめぐって 夜の女王の狂わしいばかりの高音と ザラストロの落ち着き払った低音とが交差するところが オペラのおもしろさだ。 またパパゲーノのバリトンが このオペラの舞台回しの役割を果たしている。

夜の女王のコロラトーレ、パミーナ姫のソプラノ、タミーノ王子のテノール、ザラストラのバッソプロフォンド、モノスタトスのテノールがかもしだすハーモニーに対して、パパゲーノのバリトンが、全体を引き締めて、まとめていく形になる。 以上の重要登場人物以外に、3人の侍女、タミーノの道案内になる3人の童子(ボーイソプラノ)。パパゲーノの恋人パパゲーナ(ソプラノ)、3人の僧侶(テノールとバリトン)もなくてはならない役柄だが、その上のコーラス合唱隊も入る。登場人物が多く、オペラの中でも、ぜいたくな お金のかかる出し物だ。

この「魔笛」はモーツアルトが死ぬ前に 最後に完成させたオペラ。曲が いかにもモーツアルトらしく 格調高く美しい。迫り来る死の影に脅えながら 貧困の極にあったモーツアルトの どこにこれほど優美で美しい旋律が作曲できる力があったのか。あふれるほどの才能を持ちながら余りに若くして亡くなっていった天才モーツアルトの不遇な一生を思うと いつも泣きたくなる。

夜の女王を歌った エマ パーソンは ラリアのパース生まれ、28歳で、シドニーで大学を終えたあと、奨学金を得てドイツに留学して あちらで活躍していた人。このオペラが初の凱旋公演になる。コロラトーラを 難なく歌っていた。将来が楽しみだ。 3人の童子 ボーイソプラノは声量は ないが透明な美しい声を出していて、舞台に花を添えていた。

今回の出し物で、特筆すべきは 役者達の声の良さ、難曲を上手にクリアして美しく歌っていただけでなく、そろいもそろって美形だったことだ。タミーノとパミーナの若いカップルは、美男美女で、特にタミーノのテノールは高音がよく伸びて美形が美声で歌うオペラの良さを充分見せてくれた。 夜の女王も 今が花盛りの28歳の美女、ザラストロが2メートルの背丈、がっしりした美男で役柄と外形とがぴったり一致していた。 オペラは声だけでなく役者の素材も役者ぶりも 見ごたえがあるものでなければならない。 去年の「ラ ボエーム」は最低だった。主役の夢見がちな若き画家が、オールバックの髪、小太りの中年中国人のオッサンだった。それがブーツを履いていれば ゴム長履いた魚屋の親爺にしか見えない。声が良くて高い声が出るからといって オペラは舞台なのだから 演じてくれなければならないし、演じる前に外観もとても大切だ。天は二物を与えずというが、オペラをやる以上 外観も声も演技もすべてそろっていなければならない。

また、この幻想的な御伽噺の舞台を盛り上げたのは 「LEG ON THE WALL」だった。不思議な生き物、名の知れぬ動物達が動き回っている夜の森を この人たちが アクロバットで木に引っかかっている鳥になったり、ジャングルをうごめく動物になったりして神秘的な夜を演出していた。体の柔らかな人たちで、街の高層ビルをよじ登ったり 様々な新しい演劇の試みに挑戦している若い演劇グループだ。注目に値する演劇グループだ。今後も、オペラにこの人たちが出てくれたら 舞台が生き生きして楽しくなるだろう。