2007年10月28日日曜日

オペラ「タンホイザー」

ドイツが誇るリチャード ワーグナーのオペラ「タンホイザー」を観た。シドニーオペラハウスにて、オペラオーストラリア公演、11月2日まで。指揮者 RICHARD HICKOX. 正式の名前は、「TANNHAUSER UND DER SANGERKREIG AUF WARTBURG 」(タンホイザーとヴァルドブルグの歌合戦)

べヌスベルグの官能の国で、女神ヴィナスと愛欲に耽っていた騎士タンホイザーは、そんな生活に飽きて ヴィナスに逆らって 地上のヴァルトブルグの国に戻る。昔の仲間達、ヴォルブラムにもむかい入れられて、恋人エリザベスにも再会を果たす。時に、ヴォルトブルグの国では領主主催で 騎士達の歌合戦が開かれ、タンホイザーも招かれる。エリザベスに片思いしているボルブラムは、領主とエリザベスの前で清らかな愛を歌ったのに、それい反発したタンホイザーは、官能の愛を讃える歌を歌い、領主、騎士達の怒りを買い、彼が禁断の地 べヌスベルグにいたことが発覚してしまう。それでタンホイザーは赦しを求めるため、ローマに巡礼に行くことを強要される。しかしローマで、タンホイザーに赦しは得られず、苦行に耐え切れず、死ぬ。エリザベスも タンホイザーの帰りを待ち疲れて 命を神に捧げて死ぬ。エリザベスの純愛が奇跡を呼び寄せて、タンホイザーの魂は救われる、と言うお話。

敬虔なカトリックでも、愛欲と官能の世界を全否定してしまう倫理主義者でもない私は 最後には二人とも死んでしまって それでも魂が救われたから良いじゃない というストーリーを良いと思っているわけじゃないけど 楽しいオペラ鑑賞だった。楽しまなくちゃあ損。オペラチケット$180、カーパーク$30、プログラム$15、中で飲むシャンパン$10.これだけ出して 楽しまなかったら、全然損。

ワーグナーのオペラはどれも、重厚、倫理、宗教的、難解、陰湿、悲愴、ねくら、おじいさんっぽい。 反して、モーツアルトや、ヨハン シュトラウスのあの、晴れ晴れとした、空を突き抜けるような明るく、軽快で踊りだしたくなるような楽しいオペラは、どうだ?なんという違い! まあ これがドイツなんだから、仕方がない。歌われる沢山の美しいアリア、そして合唱、どれも言葉がものすごく難しい。哲学的 形而上的な言葉の羅列、歌うほうは、大変だろう。そして歌のうちどれひとつとしてオペラを観た翌日 鼻歌でフンフン歌えるような曲はない。

こういったワーグナーのオペラをダイレクターELKE NEIDHARDT、セットデザイナーMICHAEL SCOTT-MITCHELL,ライトデザイナーSUE FIELDなどが、とても現代的で良い舞台を造っていた。官能の世界の女王ヴィナスに仕えるアモール(愛の天使)が、すごく印象的だった。アモールは歌わない せりふがない、ながら、舞台全体のコマまわしのような重要な役割をもっていて、愛欲の世界にも、地上に世界にも出現して、誰でも人間の心には愛と官能を求める気持ちがあるという このオペラの新しい解釈に手を貸していた。アモールは、巨体で肥満体、はげで 背中に天使の翼をもっている。実に醜いというか、印象的な姿で歌わず語らずして体の動きで表現する、すごく良い役者だった。(MAELIOSA STAFORD)。

ヴィナスに、MILIJANA NIKOLIC(アルト)、タンホイザーに、RICHARD BERKLEY (テノール)、エリザベスに、JANICE WATSON(ソプラノ)。3人とも、特に素晴らしくも 悪くもなく、難曲を次々に美しい声で歌いあげていた。羊飼いの少年も、7歳くらいだろうか、美しいボーイソプラノで歌ってくれた。

特質すべきは、今回のオペラにはワーグナーの重厚 悲愴、根暗をオーストラリア独特の明るい笑いで上手に処理していたことだ。まず、アモールのみごとな出現が笑わせる。背中に翼があるのに反宗教的でいたずらっぽくて、かわいい。彼の一挙一動に観客は笑っていた。

ローマに巡礼に行ってローマ法王に謁見されて帰ってきた司祭達がみんなカトリックの黒いガウンを着て、おそろいの「アイローマ」と書いたビニールバッグをもって行進する姿なども、観客は大喜びで手をたたいていた。このオペラ、他のオペラに比べてコーラスシーンが多く、28人の男性合唱、14人の女性合唱がとても良かった。

それと、官能の世界で堕落した人々が乱れているところを、10人位の踊り子が編みタイツ、娼婦スタイルでタンホイザーと戯れるシーンでは、ラリアの定番、黒タイツ、ブーツに黒ブラジャーに、ムチをもった踊り子が タンホイザーが地上に帰りたいと 悲愴な決意で美しいアリアを歌っている最中、「帰る」という言葉が出るたびに、彼の前に出て、脅かそうとするところも 観客はワーっと沸いていた。編みタイツにムチ姿が出てくると 俄然喜んでしまうラリア人って何なの?

純愛のエリザベスがタンホイザーを思って、歌うシーンでも 6人位のダンサーが蝙蝠になって、アクロバットみたいな危ない姿でバタバタ、エリザベスを邪魔して 愛の行方に影を落とすところも、おもしろい演出だった。 8匹の本当の犬まで出てきた。

総じて、舞台芸術がとても良くできていて、優れた舞台を 堪能することができた。 ワーグナーなのに、よく笑った。意表をつかれる、楽しい舞台だった。つまらない娯楽が多いなかで、本当に、オペラは、舞台で本物を観る価値がある。